断章 友との誓い
ブルガード砦は始まりの場所であり、同時に終わりの場所でもあった。
初めて聖剣の力を覚醒させ、異界の少年ミルドレットが勇者となった場所であり、彼がこの世界で役目を終え、元の世界に帰った場所でもある。
私が友であった勇者ミルドレットに誓いを立てたのは、彼を元の世界に見送るその時であった。
「……本当に行ってしまうのですか?」
「ああ、もう決めた事だ」
その場にはミルドレットと私の二人だけ、見送りには他にも数人親しい者が来ていたが少しだけ席を外してもらっていた。
「今更止めようとは思いませんが、本当にいいのですか? その……」
「聖剣の力でこの世界を外側から封印する事か? いいんだよ、ルルはそれがベストだって言っているし、俺もそう思う」
「だけどレット、本来なら聖剣の加護によってもっと長く生きられるはずのキミの命を、削ることになるのでしょう?」
「まあそうだけど、それでもざっと五十年は生きられるみたいだし十分だろ、そんなに長生きしたい願望はねえしな」
「ですが不条理ですよ。この世界を救った勇者であるキミが、更に命を削ってまでこの世界に尽すなど……それは本来ならこの世界の者が負うべき使命です」
「はは、硬いなシューは」
ミルドレット……いやレットは私につけたニックネームとやらを呼び、軽く笑って見せた。
「『人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり ひとたび生を得て滅せぬ者のあるべきか』ってな」
「何です? またレットの世界の故人の言葉ですか?」
「そんなもんかな、俺の好きな武将が良く使ってたらしい。意味は人がどんな一生を送っても大した長い時間じゃない、誰だって死ぬときは死ぬって感じかな」
「でもそれは……」
「だから俺は後悔したり、自分自身に疑問を抱くような生き方はしたくないんだよ」
レットはまっすぐな目で、私の言葉を止めさせた。
「この世界を守りたいと決めたのは俺だ、だからこそその為に戦ってこれからもその為に力を使う。本当ならこの世界に残るのが一番なんだろうけど、俺は帰らなきゃいけねえ」
レットは言葉を切り、思いを馳せるように空を見上げた。
「お袋に心配かけただろうし、それに……あいつも、俺がついてないと危なっかしいしな」
「あいつ?」
「ああ、幼馴染で、まあ親友っていうようなもんかな? そいつが俺をどう思ってるか解んねえけど、俺はそう思ってる」
「……親友、ですか」
レットのその言葉に、私は踏み込めない何かを感じた。
きっとそれは、彼にとって私はそこまでの存在ではないというのを感じてしまったからだろう。
「こっちとあっちを行ったり来たりもできなくはないけど、やっちまうとルルの予言が外れちまうし、そもそもこっちじゃもう俺は厄介者扱いだからな……」
「それは違います、レットは厄介者などではありません」
自嘲したレットを私は強く否定した。
「レットの力を恐れる者もいますが、キミは誰からも称えられるべき行いをした! 私はそれを尊敬し、誇りに思います!!」
「おいおい、大袈裟だろ」
「そんな事はありません……私達の世界を救ってくれて、守ってくれてありがとうございます、勇者ミルドレット」
聖剣の力を使えば、彼はいつでも元の世界に帰ることができた。
それでも聖剣は元々この世界のものであり、その力はこの世界の為に使って然るべきだと彼は言い、この世界を救った。
別世界の人間である彼が、この世界の為に戦う道理などなかったというのに。
「礼とかいらねえよ。ダチだろ俺達」
だがレットにとってはその、『ダチ』という言葉で充分な理由だと言う。
友という意味のその言葉、その関係だけで世界を救ってしまった彼。
見返りも求めずに正義を貫いたその偉大さに、私は敬服するだけであった。
「レット……私はバシリコフらと共に、キミが王国と帝国に結んでくれた協定と報酬を元にして国を作ります」
「ああ、らしいな。帝国領の魔人に占領されてた土地を使うんだって聞いた」
「ええ、国の名はミルド共和国に決まりました。どこまで大きくできるかは解りませんが、キミの偉業も協会を作って伝えていきたいと思います」
「それは恥ずいからやめろ」
本気で嫌そうにするレットだったが、私はそれだけは譲らなかった。
「レット、キミの事は生涯忘れません」
聖剣の力で世界を救い、その封印によって異界の門を閉ざし魔人の力にも干渉する。
黒の巫女が再予知で示す災いの未来に対して、対策を講じる猶予が私達には与えられた。
「人々の希望の為に戦った勇者の姿を、揺るがない正義を持ち友情に厚いキミの事を、私は決して忘れません」
「……俺も忘れないぜ。この世界の事も、お前の事も」
私達は最後となる握手をそこで交わした。
そしてその時に、私はレットにある誓いを立てる。
「キミに救われたこの世界を、私達は……私は守っていきます。キミの正義と友情に報い、この世界をキミが救った事を誇れるような未来を、きっともたらせてみせるとここに誓います」
その時既に、私はその誓いの為、己の全てをかける決意はできていた。
どのような困難や挫折が待っていたとしても、私は生涯をその誓いの為に捧げることを決めていた。




