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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第四章 友との誓い
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四章第十四話 最後の願い

 シュトリーガル・ガーフォークは佇んでいた。

 目の前には今しがた自分が殺したカタナの死骸が倒れており、溢れ出した血が地面を赤黒く染め上げている。

 たとえ魔元生命体ホムンクルスといえど、心臓を貫かれれば失血死は免れない。

 すでに脈もなく、死は確定したものだ。

 しかしシュトリーガルは、カタナがまだ立ち上がるのを待つかのように剣を収めてはいなかった。

(……終わりではないでしょう?)

 そう信じているかのように、ただじっと倒れたカタナの姿を見つめる。

(これで終わりなら、キミを凶星などと呼ぶことはできません)

 費やした時間はなんの為にあったのか。

 身勝手にそう思う事に疑問を抱かないほど、シュトリーガルは命を奪う事に慣れていた。

 自分だけの正義を抱き、悪しきと間違いと言われようと、進んできた事を誇りにすら思っている。

(さあ、立ちなさい)

 自分の正義によって作り出したカタナという存在にも誇りを持っている。

 その誇りと、ずっと胸に秘めてきた唯一つの誓い。それこそがシュトリーガル・ガーフォークを突き動かしてきた。

(……さあ)

 長く人の道を外れてきた男の渇望は、そこでようやく実を結ぶ。

 待ち続けたシュトリーガルに応えるかのように、カタナから流れ出した血は霧となり宿主の体に収束していった。



++++++++++++++



 失われた腕も、体中に走っていた傷も全てが元に戻っていく。

 迸る魔力が霊子と融合しカタナの体は再構成され、真の凶星と呼ぶべき存在がそこに目覚めた。

「本当に素晴らしいですカタナくん。深淵をのぞき続けたキミは、私の期待にしっかりと応えてくれた……外道に堕ちた甲斐があったというものです」

 シュトリーガルはまるで少年のような瞳でカタナの姿を見ている。

「……」

 カタナは何も答えず、立ち上がったままただじっと俯いていた。

「どうかしましたか?」

「……」

 シュトリーガルの言葉に、カタナは何も反応を見せない。

「……これは」

 まるで幽鬼のようなカタナの雰囲気に、シュトリーガルは気付く。

 意識がない。

(もしや『黒死病パンデミック』の力を覚醒させ、死から蘇ったのは無意識下での事だったと?)

 脳は死の危険が迫ると、過去の経験から助かる方法を導き出そうとしてあらゆる記憶を蘇らせるという。

 カタナの今の状態がそういった無意識下での覚醒であるのなら、肉体は存在しているが一度死に近づき過ぎた事で魂が失われた可能性がある。

「いや、そんなわけはありません。そんな事は許されませんよ……」

 シュトリーガルは常に押し殺していた殺気を解放する。

 意識の外を突く無拍子にはどれだけ殺気を殺せるのかも重きを置くべきところだが、今は単純にカタナの反応を見たいが為。

「まさか、本当に死んでしまったのですか?」

 シュトリーガルの殺気を前にしても、カタナにはまるで反応が無い……かに見えた。

「……さっきから何を一人でブツブツ言ってんだジジイ、とうとう耄碌したのか?」

 ゆっくりと目を開き、シュトリーガルをその灰色のまなこで捉えるカタナ。

 無作法な言葉使いと気だるげな表情は、まさしく彼そのものを形容するに相応しい。

「こっちは体の変化に戸惑ってんだ、少しはそっとしておけよ」

「……なるほど、これは失礼しました。ふふ、ははははははははははは!!」

 笑いながら、カタナを斬りつけるシュトリーガル。

「くそジジイ!」

 無拍子では無かったからか、カタナは回避することが出来たが、腕を失ったり元に戻ったりした事での重心の変化に体勢が整わず、反撃は難しい。

「どんな気分ですか? また一歩、怪物に進化した気分は」

「……対して変わらん、俺は俺だ」

「そうです、その強さ。どこまで進化しても自分を失わない、それでこそです」

 今度は無拍子でカタナを斬りつけるシュトリーガル。

 可視と不可視の二刀がカタナの腹と首を切り裂こく。

「む……」

 傷口より鮮血が飛ぶも、すぐさまそれは霧消化してカタナに収束する。

 人体錬成の際にリュヌによって分け与えられた力の一端を、カタナはものにしつつあった。

「ふむ、どうやらこの得物では不足のようですね……」

 カタナの様子を見て悟ったシュトリーガルは二刀を捨て、もう一つ隠し持っていた武器を取り出す。

 付加魔法がかかった布が、封印を施すように巻き付いた短剣。

「見覚えがあるでしょう?」

「それは、ゼロワンが持っていた……」

 シュトリーガルが今その手に持つのは魔術剣・『阻無ジャガーノート』。

 巻き付いた布を取り払うと、禍々しき魔光が上りその刃に霊子断の力が発現する。

「……ケンリュウといい、ランスローといい、あんたといい、なんでどいつも奥の手を隠しているんだ?」

「常に本気を出していられるほど、人は余裕があるわけではないという事でしょうね」

「……逆な気がするがな」

「そう言うキミはどうなのです?」

 シュトリーガルの指摘は、カタナが拾い上げた巨無ドレッドノートを指している。

 魔元心臓ダークマターの魔力によって、ようやくその刃に霊子断の力が発現する。

「意識してかどうか知りませんが、キミはその剣を使う事を躊躇していますね。私に対して手心を加える気があるのではないですか? ケンリュウくんやランスローくんを相手にした時はどうだったのです?」

「……」

 カタナは巨無を構えない。

「まったく甘い事です」

「……うるせえよ」

カタナの姿が揺らぐ。

 構えをとらず自然体、まるでシュトリーガルの姿を鏡に映したような動きであった。 

「――!?」

 そして凶刃が振り下ろされる。

 シュトリーガルの目の前に、カタナの巨無ドレッドノートが制止していた。

「今のは……無拍子」

 呆然と呟くシュトリーガルにカタナは口の端を歪めて笑った。

「……痛めつけて弟子に体で覚えさせるクソ師匠のおかげで、それが身についてるんだ」

 その物言いにはシュトリーガルも乾いた笑いを浮かべるしかない。

 無心無想、無気無息の境地にあって初めて会得できる奥義・無拍子。

 シュトリーガルが会得に数十年かけたその業を、荒い完成度とはいえカタナはものにしてしまった。

 剣聖という、剣の道の頂に立つ場所に土足で駆け上がってきた。

「キミにはほとほと恐れ入ります」

 余裕からではなく、シュトリーガルは本気で驚嘆していた。

「三度も死にかけた駄賃だ、高いとは言えないだろ」

「確かに、そうですね……」

 シュトリーガルは阻無を横に払う。

 その無拍子の攻撃をカタナは巨無で受け止める。

 同じ霊子断の力ぶつかることで、それが反発しせめぎ合う。

「……素晴らしい」

 単純な力での競り合いに分が悪いシュトリーガルは、反発する力を利用して間合いを空けた。

「素晴らしい……ですが、やはり私を殺す気は無いようですね」

 カタナがその気であれば、今と先程で二度もシュトリーガルを殺す機会があった。

 しかし、しなかった。する気もなさそうであった。

「あんたが言ったんだクソ師匠。人を殺すなって」

 カタナは何を言っているんだというように、首を横に振る。

「人の世で生きていくのなら人を殺すな。その教えとその為の技を俺に刻み付けたのはあんただ」

「……そんな事もありましたね」

 協会騎士団に置いておくために、確かにシュトリーガルはカタナにそう教授した。

「カタナという名もあんたに貰った。片刃の剣はその背で命を守るものだと、あんたは言った」

 験体番号や魔剣と呼ぶわけにもいかないために、人の名も与えた。

「……そのかわり、鋭い切っ先は敵に向けるようにと言ったはずです」

「そうだったな、でもあんたは敵じゃない」

 ここに至ってもそのような事を嘯くカタナに、シュトリーガルは呆れたように嘆息する。

「何を馬鹿な事を……キミは今まで自分がどんな目に遭ってきたか忘れたのですか? 私は自分のエゴの為に、キミの生涯に干渉しつづけてきたのですよ?」

「それで得るものも確かにあった」

「ですが奪ったのも私でしょう。ゼロワンにカトリ・デアトリス、帝国特務に協会騎士団、所詮はかりそめで、もう戻ることはありません」

「……だけど残ったものも確かにある」

「……」

「生きてきた事に後悔は多い、だが俺はまだ前を見ている……」

 カタナは知っている、自分が一人では何もできない矮小な存在である事を。

「助けてくれた者達、存在を認めて居場所をくれた人達……俺が今もこうして立っていられるのは、そういう奴らがいたからだ」

 もうこの世にいない者も、もう会えない者も数多いけれども、だからといってカタナは一人ではない。

 出会いと別れを経験し、『カタナ』となった彼には、それがただ一つ誇れる事であった。

「そして何も持たず命として生まれるはずのなかった俺を作ったのがあんたの狂気なら、感謝だってするさ」

「……そこまで言われると、嫌味にしか聞こえませんね」

「正真正銘の本音だ……だからこそ今一度俺は言う、あんたの狂気はここで終わらせる」

「私を殺す気もないのにどうやって終わらせるのです?」

「あんたが飽きるまで相手しよう」

 カタナは堂々とそう宣言した。

 その眼には一切の濁りもなく、淀みもない。

 そこにいるのは凶星と呼ぶべきものではなく、確固としたカタナという存在であった。

「カタナくん、キミは……まったく、どこまでも……」

 シュトリーガルはあてられたように、眩しいものでも見るかのように瞬きをした。

 しかし、阻無ジャガーノートを収める様子は無い。

「いっそ恨んでくれたなら、楽だったのですが」

 シュトリーガルが呟くのと同時、周囲一帯の地面から霊光が上る。

 浮かび上がる幾何学模様は、魔法陣の発現させていた。

「これは何だ?」

「魔法陣・『色即是空しきそくぜくう』と、これを用意してくれた私の悪友は言っておりました。効果は……私の思うがまま」

 シュトリーガルは瞑目し、大きく息を吐き出した。

「この力を、駆身魔法として私は次の一撃の為に使います」

 霊光がシュトリーガルの体を包む。

 カタナが以前にカトリ・デアトリスに見た、精霊駆身魔法に匹敵する輝きであった。

「……これで小細工は出し尽くしました、全身全霊をかけてキミを倒します」

「……解った」

 シュトリーガルの決死の表情に、カタナも不動のまま応える。

 輝きの増す霊光、対するは静かなる無力。

 両者が持つのは共に必殺の刃。

 勝負が一瞬で決着するのは当然の事であった。



++++++++++++++



 どちらが先に動いたかは明白ではない。

 シュトリーガルは限界まで高めた力と技で、カタナはそれに応える本気で剣を振るった。

 刹那において、互いが感じたのは自身の死。

 しかし、戦いの決着としてはカタナもシュトリーガル・ガーフォークも、どちらも死ぬことはなかった。

 寸前で止められた刃と交わった視線。

「……なんで止めたんだ?」

「カタナくんが止めたからです」

 今すぐにでも振り切れば相手の命を断てる、しかし両者ともその気は起きないようである。

「キミの言った通りですね、どんなに頑張っても音よりは速く動けない。人の限界などあっけないものです」

 良くても相打ち、シュトリーガルはカタナの剣の方が速かったことに気付き、その結果を大いに認める。

「でも、私は言いましたよね……卑怯者で嘘つきだと」

 魔法陣の輝きは収まっていない、そして狂気も消えてはいない。

 剣を捨て、カタナの体を掴み、シュトリーガルは最後の選択をする。

「……おい、何を」

「カタナくん、キミは強い。それが解って良かった、キミが凶星で本当に良かった」

 シュトリーガルとカタナの体が光に包まれる。

 そして成される最後の願い。

「私の知る全てを……カタナくんに伝承します。私の全てを……」

「まさか、おい!!」

 魔法陣・空即是色がその願いを現実にする。

 それこそが、シュトリーガルがカタナをここに呼び寄せた真の狙いであった。

 





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