四章第十三話(裏) 番狂わせの期待
ランスローは自分の名を呼ぶ誰かの声に、目を覚ました。
目の前には横たわった体を抱きかかえるようにして、不安げな表情で顔を覗き込んでくる眼鏡の女性の姿がある。
「……メイティア」
「ランスロー様……よくぞ御無事で」
無事もなにもランスローは無傷、少し気を失っていただけであるが、彼の従者はどのような時も主の身を気にかけている。
そしていつもならメイティアが触れる距離まで近づけば、ランスローに撥ねつけられるところなのだが、今に至ってはそうではない。
むしろ逆に起き上ったランスローはその感触に浸るように、メイティアに体を重ねて抱きしめた。
「ど、どうなさいました?」
顔を赤らめて動転するメイティア。
昔のトラウマからメイティアに対して恐怖を感じ、冷たく当たっていたランスロー。
その心境の変化に戸惑っているのは本人も同じであった。
「……怖かったんだ僕は。何も感じないこの体が、それと比例するように何も感じなくなっていく心が。本当はキミの事が怖かった訳じゃない、他人の死を前にしても何を思っていいのか解らない僕が、どうやって人として生きていけばいいのか……答えの出ないそれがずっと怖くて誰かのせいにしたかったんだ」
人は怯えるからこそ他人に牙をむく。
「僕は弱いから、強くなれば、守られなくてもいいくらい強くなれば、その気持ちは変わるんだと思っていた。恐怖を知って乗り越えて、メイティアよりも強くなれば、昔のような関係に戻れると……」
「ランスロー様……」
震えた体を撫でるように、メイティアはランスローを抱き返した。
「……でも、分かったよ。僕は素直になっていなかっただけだったんだって……昔の間違いを正す勇気がなかっただけで、それすらも誰かの手を借りたり、また誰かのせいにして目をそらそうとした」
一瞬だけど感じた死の恐怖から、ランスローが得られたものは何もなかった。
得る前に最初から既にあったのだ、少し振り返って数歩の距離にずっといて、自分の声を待っている。
勇気を出せば取り戻せるすぐ近くに、今も昔もずっとあった。
「気を失う一瞬で、走馬灯に様にいくつものメイティアの顔が浮かんだ……でも昔の顔ばかりで、今のメイティアの事が思い出せない事が何よりも口惜しかったんだ。だからこれからはずっとキミを見ていたい、ずっと付いてきてくれるかい?」
ランスローはメイティアの姿を焼き付けるようにじっと見つめる。
「……私にはもったいないお言葉です」
メイティアは照れながらも、従順にランスローの言葉に頷いた。
「悪いけどそこまでにしてもらえるかしら?」
メイティアとランスローが作り出した二人だけの空間を、そう言って呆れ顔で壊したのはリュヌ。
今この場には他にケンリュウもおり、そちらは気を使ってか、もしくは関わりたくないからか、少し離れた場所で背を向けている。
「水を差して悪いのだけれど、我が君は貴方達を倒して先に行ったのね? 少し話を聞かせてもらえるかしら」
「キミは……確かカタナの。そうか、メイティアをおさえていたのはキミか……それで何が聞きたい?」
女性に対して厳しい態度をとっていたランスローの態度は、幾分か軟化していた。
元々はメイティアへの態度を改められない感情をぶつけていただけで、そのポーズももう必要なくなったからだ。
「シュトリーガル・ガーフォークが何を思っているのか、彼の目指しているところに何があるのかを聞きたいわ」
既にメイティアとケンリュウにも聞いてあることであったが、リュヌはランスローにも同じことを尋ねる。
「僕もそれは知らない。あの方には恩があって今までついてきただけで、こうした行動に至った事に対して、深いところまでは伺っていない。それとカタナと本気で戦ったのは、僕のわがままに過ぎない事だ」
「そう……ならいいわ」
ランスローの返答もリュヌには実のあるものではなかったが、それでも納得はできた。
ランスロー達もケンリュウも、何が起こっても後腐れが無い者だという事。
(ずっと一人で戦っていたのね……シュトリーガル・ガーフォーク)
親しい仲ではないが、数十年前から知っている相手が何を思っているのかリュヌには解ったような気がした。
「貴方はどうする気ですか? この先ではカタナ様とシュトリーガル様の決闘が行われているはずです。従者を名乗るのなら、普通は加勢に参るべきですが……」
そうリュヌに尋ねるのはメイティア。
「野暮な事はしないわ。力を使い果たした私が行っても我が君の役には立たないし意味もないもの……それに念も押された事であるし」
リュヌはそう答えて目配せする。
その先には幼い外見の女性が階段に腰掛けながら足をぶらぶら振っていた。
実はこの場にはランスロー達とメイティア、そしてケンリュウ以外にももう一人待機している。
「あはは、そういうこと。リュヌっちも、他のみんなも敗者復活戦は次の機会にして今は全てが決まるのを待とうよ」
そう楽しげに言ったのはサイノメ。
これから何が起こるのか見透かすように、果てまた番狂わせを期待するように、この有意義とは言えない時間にもうきうきとしている。
「……その時こそが、きっと全てが始まる時だから」
サイノメは意味深な言葉を呟くも、その場にいる者達からの問いかけには何も答えず、ただその時を来るのを待ちわびていた。