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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第十話 風神と鋼

(聞きたいことは山ほどあるが、結局聞けずじまいか……馬鹿だな、大馬鹿だ)

 風神はかつての相棒の背を見送りながら、意地っ張りで臆病な自分を猛省していた。

「追いかけなくていいんか?」

 その様子が地面に突っ伏している今の相棒に伝わってしまったのか、そんな心配をかけられてしまう。

「……必要ない。それよりいつまで地べたを這いずり回っている気だ? 魔法はとっくに解いてあるぞ」

「あ、本当さ」

 地面に押し付けていた風神の魔法が消えていると解ると、彼はのそのそと起き上がった。

「うげ、ぺっぺ」

 口の中に砂利でも入ったのか、一生懸命唾をはきだしている情けない相棒の姿を、風神は不機嫌さの混じる呆れ顔で見る。

「貴様もほとほと使えない男だな、尾行一つろくにできないとは。『ハガネ』の名が泣くぞ」

「関係ないし、好きで名乗ってるわけじゃないさ。それに俺の仕事は戦う事であって、裏でチマチマ動くのは性に合わないのさ」

 風神の今の相棒――鋼は愚痴をこぼす。

「……よく言う。『室長』に見初められるまでは、裏闘技場でチマチマ稼いで暮らしてたくせに」

「稼ぎは少なくても、喧嘩の相手に困らなかったあそこは天国だったさ。今となっては室長の口車に乗った、あの時の馬鹿な自分を殴りつけたい気分さ」

「それについては同情するよ。だが、お前の馬鹿さは変わらないから、結局同じ結果になるだろうがな」

「……ひどいさ風神。八つ当たりは他を当たってほしいさ」

「……誰が誰に八つ当たりをしていると?」

 眉根を顰めた風神を見て、鋼はビクッと体を震わせる。

風神が不機嫌なのはいつもの事なので、鋼は慣れているつもりだが。その不機嫌さがいつもの比じゃないと肌で感じたのだ。

 だがそれで怯む鋼ではなかった。むしろ危険に踏み込むのが彼の生き方で、「藪があったらまずつついてみる」を信条とするくらいのものなのだ。

「さっきのおにーさん……風神は魔剣って呼んでたか? あの人と話してから苛立っているさ」

「……そんなことはない」

 風神は表情を変えないが、視線を僅かに逸らしたことを鋼は見逃さない。

「なんだが知り合いみたいだったし、風神があんなに取り乱している所を見たのも初めてさ。どういう関係なのさ?」

「……それこそ貴様には関係ない」

「関係あるさ、ダシに使われた身としては」

「……チッ」

 風神は忌々しげに舌打ちして鋼を睨み付ける。しかしはっきり図星をさされて怒りを向けたのでは、本当にただの八つ当たりだと気づき自重した。

(……普段は何も考えてない癖に、こういう時だけ鋭いな)

 鋼の言う通り、風神は鋼をダシに使った。

 尾行の訓練はしていても、経験のほとんどない鋼にそれをさせたのは、もしサイノメが現れた時に目立つおとりとさせ、風神がサイノメを捕縛するための布石であったのだが、それがうまくいくとは思っていなかった。

 危険が大好きで喧嘩っ早い鋼が、魔剣を前にしてじっとしてるはずもなく、実際その通りになった。

「俺があのおにーさんに喧嘩ふっかけて、風神がそれを止める。後方で有事に備えることが役割の風神が、前に出てくる理由としてはありさ、何せ命令違反してるのは俺なんだから。でも普段の風神ならそんな穴のある作戦を立てるより、最初から自分の力だけで遂行しようとするはずさ」

「……そうだな、認めよう。私は任務に私情を持ち込んでしまった。上に報告するなら好きにすればいい」

 鋼の言ったことに間違いは無く、風神はどんな処罰でも受けるつもりだった。最初からその覚悟もある。

 しかし鋼は首を横に振って否定する。

「報告なんてしないさ。ただ俺は知りたいのさ、いつだって任務に従事する風神が、そうまでしてあのおにーさんに会いたかった理由を」

 気づけば鋼はいつになく真剣な面持ちだった。誤魔化しは許さないという雰囲気である。

「……大した話じゃないぞ」

「いいさ、それでも」

 鋼が頷くと、風神はぽつぽつと語りだした。

「あの人はかつては魔剣と呼ばれ、帝国特務の一線を担っていた武官だった。その頃の私の任務は、もっぱら魔剣のサポートをすることだったな……」

「なるほど、かつての相棒だったってわけか」

「そうだ、だが二年前、魔剣は突然姿を消した。帝国特務では任務中の脱走という事になっている……そのままつい最近まで行方すら知れていなかった」

「任務放棄の脱走? おいおい、それって普通の軍法でも重罪、特務だと尚更厳しいんじゃないんか?」

「すぐに追手はかけられたさ。だがどんな有能な密偵を派遣しても足取りを捉える事は出来なかったらしい、私はその任に就くことを許されなかったがな」

 鋼にはその理由が理解できた。さっきの風神のように、任務に私情を挟むかもしれないと上が判断したからだろう。

「……ひょっとしてさ、魔剣って風神の元恋人だったりする?」

「それはないな」

 風神はきっぱり否定する、だがその鉄面皮に朱がさしているのを、鋼はどう受け取って良いか悩むところだった。

「頼れる先輩という印象だったか、気づけばその後ろをついていくのが当たり前のように思っていたな」

「うへ、あの風ちゃんが誰かの後ろをついていくとか信じられ……」


 ゴッ


「上官を変なあだ名で呼ぶなと、何度言ったらわかる愚図」

「ずみまぜん……ウウ……ウウ」

 鳩尾に肘鉄を食らった鋼は呻きながら息を整える。

(……本当に、こんな女が後ろをついていくなんて……魔剣、何者なんだ?)

 対峙した時、只者ではない印象を鋼は持ったが、話を聞けば聞くほど興味が尽きなくなってくる。

「……とにかく、私はずっと知りたかったのだ、魔剣が裏切ったその理由を。結局聞けなったがな……」

「今からでも聞こうと思えば、聞けるんじゃねえの?」

「……そうだな。だけど分かったのさ、どうしたところで時間は戻らないと、私の望む答えはもらえないとな。怖いのさ私は、あの人と完全に決別してしまうのがな……」

 もう立場上は敵と言って差し支えない相手で、本来ならとっくに割り切るべき事なのに、何かに期待して――期待したくて目を背けてしまう。

「なるほどな……よく解ったさ。風神が恋する乙女まっしぐらだってのが」

「なっ!? 違う、そういう感情は断じて持ち合わせていない!!」

「いや、その反応だけでもう十分だからさ」

 いつだって冷静な風神が、また取り乱した事がその証明だとも言える。

「でもよく久しぶりの再会で、あんなに淡白に接してられたさ」

「……少し、少しだが頭が真っ白になってたから、そのせいかもな」

「……じゃあ無言だったりしたのって」

「……少しだけだ」

「はい」

 言い知れぬ風神の剣幕に押されて、鋼は敬礼までとっていた。

 ちょっとからかうのも命がけなのだ。

「でもさ、これからどうするのさ? 任務如何によっては、あのおにーさんと戦う事になるかもしれないさ。風神はそれでもいいのか?」

「覚悟はしている……だが勘違いするな、私達の任務は魔剣と戦う事ではなく、魔剣と契約している情報屋を捕縛あるいは抹消することだぞ」

「いや、勘違いしてるのは風神さ」

「……何?」

「そっちの情報屋については、どう考えても風神の担当さ。俺が言ってるのは、俺と魔剣が戦う事になった場合の話さ」

 鋼は理解していた。この任務における風神と自分の役割を。上がどう判断して自分達を派遣したのかを。

「……解っている。最悪の場合もお前の迷惑になるような事は無い」

「それならいいさ」

 風神の言葉には含むものもありそうだったが、鋼はそれだけで充分に満足した。

「それで、今日のところは挨拶代わりだとして、これからの方針としてはどうするさ?」

「魔剣の監視には私が付く、お前はそのサポート……雑用だ。魔剣が情報屋と接触があるまでこれを維持する」

「なんでわざわざ雑用と言い直したのはともかくとしてさ、それだと風神の負担がものすごい事にならないか?」

「問題ない。私を誰だと思っている」

「さようですか」

 風神はいざとなれば眠りながらでも魔法を発現したままにできるから、その大口も十二分に説得力はある。

「ところで風神はその情報屋の事は知ってるのか?」

「ああ、よく知っている、仇敵だからな」

 二年前に逃がし、おそらく魔剣の裏切りとも関係がある相手だ。

 情報商会サイノメ・ラインの構成員であるサイノメ。いくつもの国家機密情報を盗み出した犯罪者だが、その流出を恐れる各国の政府は、表立って捕まえようとすることはできない。

 そういう相手には裏手配書という形で、帝国特務のような裏の機関が事にあたる。

「奴を捕まえるのは容易ではないが、結果は出して見せる」

 サイノメの持つ情報量はどこも咽から手が出るほど欲している。それこそ自国を守るためのみならず、他国の機密を手に入れる為にも。

 だがそう言った事情とはまた別に、風神が意欲を燃やすのは、一重に魔剣の事があるからだった。

(サイノメ……どう言いくるめたのか知らないが、魔剣を奪った事は高くつくぞ)

 一度だけ風神がその目に収めた仇敵の姿は、幼い少女といったものだったが、その見た目に騙されることの愚かしさは既に学んである。

 一度は逃したが、二度は無い。そう固く誓い、後は相棒に釘をさしておけば完璧だ。

「だからお前も足を引っ張るような勝手な事は、くれぐれもするなよ鋼。今日の昼のようにな」

「ん、ああ喧嘩に割り込んだことね。まあ、結局なにもしないまま事態が収まっちゃったけどさ」

「お前が首を突っ込んでもどうせ道化にしかならないのだから、無駄な事はするなという事だ」

「道化……ね。まあ昼もさっきも確かにそうだったさ。わかったよ、有事の時まで我慢しておくさ」

「それでいい」

 帝国特務の二人は頷きあい、任務を再開する。

 パートナーでありながら、それぞれ見ているものは違いつつも。

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