四章第十一話 不死身の男
「流石だねカタナ。ケンリュウを相手にもう少し手こずるかと思っていたけど、ほぼ無傷じゃないか」
ずっと戦いを傍観していたランスローは、決着を見届けるとカタナに声をかけた。
「あんな殺人剣、無傷意外で勝つ方法は無いだろ」
「はは、確かにね」
貴公子然とした親しげな笑み。
ランスローは、今なおカタナに対して友好的な口をきく。
「……それで、次の相手はお前か?」
「まあね、でもその前に少しカタナと話したいな」
その言葉に、何を企んでいるのかとカタナは警戒するが、ランスローは首を振った。
「いや実は些細な事だけど、聞いておきたい事があったんだ……君には愛している特別な女性はいるかい?」
「………………は?」
何を聞いてくるのかとカタナは眉を顰めるが、ランスローは幾分真面目な表情で話を進める。
「僕にはいるんだ、でも怖い。この想いも、その人も、僕は恐れている。でも僕にはその恐れの正体が解らないんだ」
「……」
カタナを置いてけぼりにしてランスローは語っていく。
「口をききたいのに、ずっと見ていたいのに、守りたいのに、守られたいのに、触れたいのに、触れられたいのに、怖くてそれができない。ねえカタナ、僕はどうすればいいんだろう?」
「……知らん」
意味不明なそんな話を突然聞かされても、カタナはそう答えるしかない。
ランスローという男の事は前々から解らないとは思っていたが、カタナは今ほど理解に苦しんだことは無かった。
「そうだろうね、やっぱり誰かに聞いて答えが出る事じゃないか……ありがとう、こんな話は今をおいてできない事だったから、聞いてもらえただけでも良かったよ」
「……なんで俺にそんな話をした」
「いや、特別カタナに聞いてもらいたかったというわけでもないんだ。いつもはどうやっても聞かれてしまうから……」
「いつも?」
「あ、いや、やっぱり聞かなかった事にしてくれ」
何故か若干頬を赤らめたランスロー。
カタナとしてはケンリュウとの戦いで高揚した戦意が削がれ、なんともいえない気分である。
「……もういいか? お前の相手をするのは疲れる。あのジジイの前に余計な力を使いたくない」
ここもカタナにとっては通過点。
ランスローの事にかまけている余裕はないし、興味もない。
「ジジイ……か。ねえカタナ、あの御方がどうして『剣聖』なんて呼ばれているか、その理由を知っているかい?」
「知らん」
「最強だからだよ」
カタナのぶっきらぼうな返答にかぶせるかのように、ランスローは自信をもってそう言った。
「人として、剣士として、あの御方はこの世界の頂上に立っている。崇高な思想を持ち、僕やケンリュウ程度は歯牙にもかけない強さを持っている」
「……」
「カタナはどうなんだい?」
「……は?」
「譲れないものが今のキミにあるのか、それを聞いているんだ。愛する人、信じている信念、揺るぎない正義……そういうものが無いのなら、ここで死ぬべきなんだよ」
「……言いたい事だけ言うのは相変わらずだな、ランスロー」
「キミが何も言わないからだよカタナ」
ランスローは剣を抜く。
忌まわしき魔術武装である、『魔術剣・無血』を。
それは黒い刀身以外は普通の長剣のように見えるが、カタナはその剣がランスローにどのような力を与えるかを知っている。
だからこそ、巨無を構え、魔元心臓を再度起動させる。
「君とは友でありたかったよカタナ」
既に過去形になっている事が、ランスローとの戦いを回避できない事をカタナに示唆していた。
「俺と友になっても、いい事なんかないだろ」
「そんな事ないさ、キミは痛みというものを理解している。僕がずっと何よりも知りたいと思っているその事を誰よりもね。だから僕はキミにそれを教えてもらいたかった」
「……?」
「解らないだろうさ。これは僕にしか解らない事だから」
突き放すようにそう言った、ランスローの視線が鋭く変わる。
霊光が上り、駆身魔法が発現した。
「俺はジジイのところに行く……邪魔をするなら押し通る」
カタナの持つ巨無からも魔光が上り、霊子断の力が発現する。
「くく、始めようカタナ、僕は君とこうする時を待ち望んでいたんだ」
そこにいるのは貴公子然としたランスローではない。
一滴の血も流さず返り血のみがその身を染める、狂乱の無血騎士。
かつて王国の魔人部隊を壊滅させた刃が、カタナに向かって伸びていた。
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一撃目を先制したのはカタナ。
ランスローの腕とその手に持つ無血の刀身ごと、カタナは巨無で切り裂いた。
手ごたえはあり、普通ならば戦闘不能になる傷だ。
しかし次の瞬間にはカタナの首元に、無血の刃が向かってきた。
「……くっ」
カタナは体をのけぞらせ、身をかわし距離をあける。
ランスローは余裕ありげに、無血をくるくると回していた。
「予想外という顔だね。もしかして霊子断ならば僕に傷を負わせられると思っていたのかな?」
「……まあ、期待はしてたがな」
素直に認めるカタナに、ランスローは意味深な笑みを浮かべる。
「はは、もしそうだったなら勝負にならないだろう? 僕がカタナに自分の実力だけで挑んでも、百回に一回勝てるかどうかだろうさ」
ランスローはカタナの強さを、カタナ自身が思っている以上に認めている。
だがそれでも負けないという自信に溢れていた。
「無血の力は再生、それは何者にも止めることはできない」
存在を霊子に刻み、再構成に近い形で存在の再生を行う……それが無血の力。
無血とその使い手を永久不滅のものとする、まるで無敵のような力。
「絶望しなよカタナ、キミが相手をする僕は万に一つを確実にものにできる。キミは命がけであっても、僕は命をかけていない、これはそんな不公平な戦いなんだから」
普通なら匙を投げる相手だ、誰だって勝てない相手に挑みたくはないだろう。
しかしカタナの闘志は消えない。
今に限らず、これまでだってカタナの臨む戦いというものは不公平なのが当たり前であったから。
「……おしゃべりな奴だ、戦いの最中だというのに」
「文句があるのならキミの力で僕の余裕を奪ってみるんだね」
不死身であるランスローには敗北という二文字は存在しない、だからこそのこの余裕。
だがカタナは気付いている、ランスローが決して無敵の存在ではないと。
その答えは無血を、ランスローが所持している事にこそある。
(協会騎士団の所有する魔術武装は、全てが五十年前の大戦で、勇者が勝利した魔人から獲得したものだったはず)
つまり、無血の前の所有者は勇者によって敗北している。
だからカタナにも、ランスローに勝利する糸口はあるはずなのだ。
「いい目だねカタナ。最後まで勝利を疑わない、キミの部下だった女もそうだったよ」
「……カトリの事か」
「ああ、そんな名前だったね。無駄だというのに命を使って戦って、まったく馬鹿馬鹿しいよ」
ランスローは鼻で笑うように吐き捨てた。
「……殺したのか?」
「愚問だね、殺さない理由がないよ?」
カタナはカトリ・デアトリスの最期を知らない。
彼女が背負っていた多くの事も、結局は知らないままになってしまった。
カタナは今それを、少しだけ後悔している。
「無駄じゃない……」
「ん、今何て言ったんだい?」
「無駄じゃないって言ったのさ。いや、無駄にさせない……あいつの戦いを、あいつの命を。命を拾った俺には仇を取るなんて大それた事は言えないが、カトリ・デアトリスが馬鹿だなんてお前にはもう言わせん」
ケンリュウとの戦いの疲労を引きずりながら、カタナはランスローを相手にさらなる長期戦に挑む。
巨無と魔元心臓はカタナの体を更に蝕むが、持って行かれそうになる意識をアドレナリンが吹き飛ばす。
「……カタナがそんなに熱くなっているところは初めて見たよ。キミはどうやら自分の為よりも、誰かの為の方が力を出せるようだね」
「そういうわけでもない、結局は自己満足だ」
死んだ者にはどんな行いであっても届くことは無い。
死ねばそこで終わり、残るものがあったとしても、残された者にできることはもうない。
「照れ隠しかい?」
「……言ってろ」
カタナの上段からの一振りが、ランスローを斬りつける。
しかし不死身の男は倒れることなく、傷ついても何事もなく、何度もカタナに向かってくるのであった。