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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第四章 友との誓い
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四章第九話 武士の道

 ブルガード砦の正門。

 カタナは開くまでもなくその半壊した門をくぐり、天井のところどころから太陽の光が差し込む砦内に侵入する。

 限りなく廃墟に近いこの場所は、かつての戦いの壮絶さをカタナに想像させるほど。

 人と人の戦いではこうはならない、カタナの知る記録では、かの勇者が初めて魔人と戦った場所であると示していた。

(人外と人外の戦いか……これからここで起こる戦いでは、こうはならない事を祈ろう)

 そう願ったカタナは砕けた石畳を踏み越えた後、巨無ドレッドノートを構えて足を止めた。

 砦のつくりとしてはよくある、門を抜けてきた敵を大勢で迎え撃つための大広間。

 そこでカタナと対峙するのは、貴公子然とした美青年と、東方列島の民族衣装に身を包んだ異国の男。

「ランスローにケンリュウか……あのジジイはどこだ?」

 カタナはその二人に対して、姿の見えないシュトリーガルの居所について尋ねる。

「あの御方はこの奥で君を待っているよ」

 あっさりとそう答えたランスローだが、ただでは通さないという雰囲気。

 その隣のケンリュウも胸やけしそうなほどの殺気をカタナに向けていた。

「一応聞くが、俺と戦うつもりか?」

「そうだよ。その為に待っていたんだからね」

「……その意味は?」

 カタナのその問いに、黙っていたケンリュウが主張するように一歩前に出る。

「某が戦う意味は、すでに貴殿に預けている。また、貴殿が某と戦う理由もあるのではないか?」

「……」

 ケンリュウは、カタナと以前に引き分けた事の決着をつけたがっている。

 そしてカタナにとってケンリュウは、兄であるゼロワンを斬られた仇。

「尋常に勝負せよ。以前とは違い共に最高の得物、いつぞやの決着をつけるのはこの機会をおいて他にない」

 ケンリュウは腰に差した十月十日を持ち、独特の居合の構えを取る。

「……魔元心臓ダークマター起動」

 カタナは巨無ドレッドノートを構え、その霊子断の力を発現させる。

 両者の間に緊張が走る、互いを見据えその一挙手一投足を見逃すまいと張りつめた空気が形成された。

「約束通り、手出しは無用」

 声を出す労力も惜しいという調子で、ケンリュウはランスローに対して背中越しにそう言った。

 確実に勝利を収めるなら二対一で臨むべき。だが、その確実を捨ててでも一対一に拘る理由がケンリュウにはある。

 ランスローは何も言わずに頷き、傍観するために離れる。

 



++++++++++++++



 ケンリュウ・フジワラは今まで敗北したことがない。

 彼の父によって一子相伝で伝えられた剣は、初めての真剣勝負の相手であった彼の父を殺すことで完全なものとなり、その後も多くの敵を両断してきた。

 そして武士を自称するケンリュウが信じる道は、彼の父が残したただ一つの言葉。

『藤原の剣は、強者を斬り続けるという暗闇の中でこそ生かされる殺人剣。存在理由はそこにしかなく、到達点もそこにしかない』

 偏った強さにしか意味を見出さず、そしてその為に戦い続ける。

 ケンリュウの信じる武士道とは、死ぬまで答えの出ない修羅の道。

 その限界を見定める為の、強者との戦い。

「……奥伝・断空」

 ケンリュウは発現させた駆身魔法により、人の限界まで高められた速さで剣を抜き放ち、十月十日が産声を上げる。

 音速を超え、敵を両断する為に一直線に飛ぶ斬撃。

 

 ギャアアアアアアアアアアアン


 風を切るその音が敵に届くのは、いつも既に両断された後である。


 ギン


 しかし、今回に限りその必殺の剣は阻まれる。

 凶星と、その者が持つ巨無ドレッドノートという力によって。

 十月十日の飛ぶ斬撃は術式によって発現する力であり、物理的効果は持つもの。

 だから霊子断の力を発現させた巨無ならば、その飛ぶ斬撃を切り裂くという事も可能であった。

「……!?」

 ケンリュウは驚きながらも、修練によって身に着けた動作で無意識のうちに納刀した。

「……ちっ」

 隙をついて間合いを詰めようとしていたらしいカタナが、その機を逃して舌打ちをする。

 藤原流の居合の技において重要なのは抜刀よりも納刀の速さ、それを髄まで染み込ませたケンリュウは流石であり、十月十日を持つに相応しい者の技量といえる。

 だが、初めて見せられた光景に、ケンリュウが鍛えた精神を揺るがされたのもまた事実。

(音速を超える十月十日の斬撃を、巨無の霊子断によって切り裂く……そのような芸当が可能だというか)

 以前にもカタナに対してケンリュウは同じ技を見せている。

 だが、手の内を晒したところで見切れる技ではあるはずもないという自負もある。

(いや、見切ったとしても音より速く動くことなどできるはずもない。だとすれば……)

 カタナは間合いを離したまま、ケンリュウの出方を伺っている。

 その視線の先にあるもの。

(……そうか、そういうことか)

 ケンリュウは気づき、それを確かめる為に今一度剣を抜き放つ。

 飛ぶ斬撃は直線の軌道でカタナに迫り、そして先程と同じように巨無によって切り裂かれた。

 カタナが体制を整えるのと、ケンリュウの納刀の速さは同程度。またしても間合いはひらいたままである。

「……見切られているのは、某の動きであったか」

「……」

 カタナは何も答えない。

 だがその場を動かないその様子から、ケンリュウの仮説が正しいことを示していた。

 速さを突き詰めた断空は、刃と水平に直線の軌道を必ず進む。

 だからケンリュウの動きを見切ることが出来れば、その刃の延長線上に盾のように巨無を置くことで防ぐことが出来る。

(だがそれは驚異的な反応速度と、修験力により限界まで高めた某よりも速く動き、なおかつ針の穴を通すような精密さが必要となる)

 人間の成せる技ではない、それを思いながらケンリュウはカタナという男を見直した。

「光明、ここに見つけたり」

「……何をぶつぶつ言っている」

 ケンリュウはカタナを好敵手と認めた。

 信じる道は暗闇、しかしそこを進み続け求めたのは光、時代に不必要な殺人剣を全力で振るうべき最高の相手。

 その興奮を抑えられず、ケンリュウはここに名乗りを上げた。


それがしは藤原剣竜、藤原流居合術を受け継ぐ当代。その名に恥じぬよう、全力で参る」


「全力だと?」

 ケンリュウの言葉と同時、気配が変わる。

 今になって全力を宣言され、訝しげにするカタナに向かってそれは放たれた。


「裏奥伝・空我くうが


 同じ構え、同じ動き、十月十日による飛ぶ斬撃には変わらない。

 だがそれは断空とは全く異なっていた。

「――!?」

 ケンリュウの動きを見切り、先程と同じように巨無を構えたカタナだが、その変化に反応が一瞬遅れる。

 斬撃の軌道はさきほどまでの直線の軌道ではなく、斬撃が意思を持つように動き、カタナの肩口を切り裂いた。

「ぐ……」

ケンリュウが空我と称するそれは言うなれば柔の剣。

 僅かに剣の重心をずらす事によって軌道を自在に変える、断空とは威力も速さも大分落ちてしまうが、その緩急の差にカタナの精密な動きが狂わされる。

 ケンリュウは次に断空を放つ、カタナは何とかその動きに合わせて防ぐも、たまらず数歩後ろに下がり間合いをあけた。

「……厄介なもの隠しやがって」

「貴殿が相手だからこそ必要になった技だ」

 断空という必殺の剣をもってすれば、今までどんな相手にも二の太刀は必要なかった。

 カタナという男が今までに対峙したどんな強者よりも強く、ケンリュウの全身全霊をかけるべき相手だからこそ、それが陽の目を見る結果となった。

「この間合い、これが今の貴殿の死線を左右するようだな」

 カタナが間合いを詰めない理由の一つが、ケンリュウの動きに対する反応速度の限界。

 秒より遥かに少ない時間の中で精密な動きを要求されるカタナには、数歩であっても死に直結するか否かの瀬戸際である。

「そう思うなら、あんたが近づいてみればいい」

 そんなカタナが口にするのは、強がりではなく誘い。

 死線にいるのはケンリュウも同じ、奥の手をもってしても仕留めきれない相手に余裕などあるはずもない。

「その手には乗らぬ、某には某の戦いの呼吸がある」

 それがケンリュウにとって最善最良。

 カタナを相手に十月十日の扱いを少しでも間違えば、それは即敗北につながる事が解っているから、それだけを確実に成す。

「……いざ」

 剣に生き、剣に死ぬ、死線の中にあってこそ活きるその覚悟は、ケンリュウに恐れを抱かせない。

 抜けば命を散らせる刃、先に逝くのは自分か敵か。

 人道よりも武士道をとる剣士は、生まれて初めて戦いを楽しんでいた。



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