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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第四章 友との誓い
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四章第七話 騎士の約束

 湖面に映る満月が夜の静かな風によって揺らめく。

 カタナはフランソワ・フルールトークに連れられて、別荘からほど近い大きな湖の岸にやってきた。

 メイティアは二人きりで話がしたいというフランソワの意思を承諾し、半刻だけ席を外すと言って今は離れている。

 だが姿は見えずとも僅かな気配をカタナは感じているので、どこからか監視を行っているのは間違いなさそうであった。

「この場所……憶えておいででしょうか?」

 フランソワは少し感慨にふけるようにカタナに尋ねる。

「ああ、俺たちが初めて出会った場所だな」

 実の母であるエトルリア・フルールトークの謀略によってフランソワが命の危機にさらされ、サイノメからの情報によって駆けつけたカタナがそれを助けた場所。

「おにーさまには本当に、言葉では言い表せることが出来ないほどの感謝を感じております。いつかはあの時の御恩をお返しできればと思うのですが……」

「そんなのは気にしなくていい。それにあの時の事はもしかすると、ジジイの計画とやらの一つだったのかもしれないからな」

「計画?」

 サイノメとゼロワンによって仄めかされたその言葉、それがどういうものかカタナは全体像をつかみ切れていないが、気がかりな事は多々あった。

「フラウを助けた功績で俺を聖騎士にした事、ゼニスの駐屯部隊に配属した事、他にも帝国特務の事やゼロワンとの何もかもがあのジジイの……シュトリーガル・ガーフォークの手の平の上だったのかと思うことがある」

「……それでも、あの時おにーさまがかけて下さった言葉はおにーさま本人のものです」

 フランソワはそう言って、カタナに手を差し出した。

「何だ?」

「失礼致します」

 困惑するカタナの手を取り、フランソワはその甲に口づけをする。

 カタナがフランソワに対して従剣の誓いを行った時のように、古来より服従を意味する作法。

「何の真似だ?」

「わたくしはおにーさまのもの、わたくしはどんな事があってもおにーさまを肯定し、どんな時でもおにーさまの味方ですわ」

「フラウ……」

 聡いフランソワは何を感じているのか、カタナの手を強く握りしめ目に涙を溜めていた。

「……ですから、また……ぐす……きっとまた会えますよね?」

 問いというよりは懇願に近い、嗚咽が混じったフランソワの言葉にカタナはしばらく黙した。

「……もう会えないかもしれない」

 ようやくカタナの口から出てきた言葉は、そんな弱気なもの。

 嘘を吐くことも不実も働けない、フランソワの真摯な眼差しはカタナに本音を零させた。

「きっとこれでどんな形であれ決着はつく。俺という存在の意味も、あのジジイの真意も……だがそれは結局、互いの意地をぶつけ合うだけだろう」

 少なくとも、シュトリーガルとはもうゆっくり話し合うような関係ではなくなった。

「十中八九戦いになる。いや、俺は挑む、全てを知り納得のいく結果を得る為にな」

「そんな……」

 フランソワの瞳からとめどなく溢れ出す涙。

「泣くなフラウ、お前に泣かれるのは結構堪えるんだ」

「……では、行かないでください。もう会えないなんて……言わないで下さい」

 カタナを引き留める力はフランソワには無い、だから涙を武器にしてでも行かせたくないと必死に懇願する。

「おにーさまがいなければ、こんな世界には何の価値もない……花の美しさも、鳥のさえずりも、心地良い風も、月の情景もなにもかも、おにーさまと見て感じてこそわたくしには初めて価値を持つのです」

 カタナにはフランソワの手を振り払う事はできない。

 だが、その言葉に頷くこともまたできない。

「……おにーさまと釣り合うように成長するまでお会いしないという約束を守れず、あまつさえ恥知らずなお願いをしているのは解っております、でも……う、ひっく……わたくしは……わたくしは……」

 言葉を詰まらせるフランソワ。

 溢れる感情が様々なものを振り切ってしまい、うまく言葉にできないのだろう。

(なんでこいつはここまで……)

 フランソワの飾らない思いの丈は、カタナを深く困惑させる。

 作られた命の埒外、そんな自分が他の誰かからこれだけの想いを受けている。

 これを罪と言わずになんと言うのか。

「……解った」

「え?」

 カタナはフランソワの頭に手を乗せ、なるべく微笑んで見えるように表情を作った。

「全てに決着がついたとき、俺は必ずフラウに会いに来る。そして俺はフラウの為に一生を捧げると誓う」

「え、ええ!?」

 あまりの驚きにフランソワの涙は止まってしまった。

 カタナの口から出た言葉は、受け取り方によってはプロポーズとも取れる。

 そこで完全に舞い上がらなかったのはフランソワの賢さであるが、半分だけ期待はあった。

「俺はフラウの騎士だ、あの時の言葉は嘘じゃない。どうせ他に行く当てもないし、荒事くらいしか役に立たないが雇ってもらえるなら相応の仕事はする」

「……はい」

 半分の期待はすぐに打ち砕かれたが、それでもカタナの言葉はフランソワにとって十分嬉しいものである。

「そう言って頂けるなら、わたくしはおにーさまをどこまでも信じますわ」

 フランソワはカタナの腰に手を回し、一度強く祈るように抱きしめた後、すぐに一歩離れた。

「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。おにーさまのお帰りを心待ちにしております」

 無理をしているのがわかるフランソワの声音と表情、本当はまだカタナを行かせたくないという態度がありありと見えている。

 だがカタナがまた会えると言っている以上、フランソワにとってその言葉は絶対であった。

(俺は……本当に卑怯だな)

 相変わらず好意につけこみ誠実さの欠片もない。

 だがこの時カタナは一つだけ胸の内に決意した。

 せめて最後の時まではこの約束を果たすために抗おうと、もし死ぬことになってもその時まで生きることを諦めないと。

「いくら私有地でも夜道は危険だ、別荘まで送ろう」

「……はい」

 カタナはフランソワを連れて元来た道を戻る。

 その後別れるまでの間、二人の間に言葉が交わされることはなかった。



++++++++++++++



「よろしかったので?」

 馬車の出発の用意をするメイティアは、背中越しにカタナに尋ねた。

「……よろしいも何もない。あんたに話すことも特にない」

 冷たく言い捨てられてもメイティアは特に気にした様子もなく、テキパキと準備を進める。

「相思相愛の男女の今生の別れにしては、些か淡泊であったかと思いますが」

「……関係ない」

 指摘するところは多々あったが、カタナはそれら全てを流した。

「羨ましい限りです、あれほど想い想われる関係があるなんて。身分も人種も超えた愛……素晴らしいではありませんか」

「あんたそんな性格だったか?」

 いつもはランスローの後ろを離れてついて回っているから、挨拶程度の言葉しかメイティアとカタナは交わしたことは無かった。

 今のメイティアはまるで少女が恋愛小説に胸を弾ませるような声を出しながら、同時に憎悪を滲ませる殺気をカタナに向けている。

「それはどんな心境の変化なのでしょう?」

「……別に、忘れてたから持ってきただけだ」

 メイティアの指摘したそれとは、魔術剣・巨無ドレッドノート

 最初は持っていなかった筈だが、カタナはフランソワを送った時についでに持ってきていた。

「なるほど、忘れていたのなら仕方ありませんね」

 メイティアは知的な微笑を浮かべ、何かを察したようにそれ以上は触れない。

 だが眼鏡の中の視線が一段と鋭くなったのをカタナは気付いた。

(さてと……どうするかな)

 最大の問題はカタナのすぐ目の前にある。

 


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