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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第四章 友との誓い
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四章第五話 生死の境

「うひょー、うひょー!」

 リリイ・エーデルワイスは我を失ったかのような奇声を上げている。

 その理由は、人体錬成を前にしたカタナの今の恰好であった。

「……うるさい、騒ぐな」

「これが騒がずにいられましょうか!! ああ、この鎖骨、胸筋、腹筋、大腿筋!! スリスリしたい、ペロペロしたいよ、はあはあ……」

 カタナの半裸姿に、本気でリビドーを解放しているリリイ。

 さしものカタナも我慢ならず、二本の指をリリイの眼球めがけて突き出した。

「――うげっ!?」

「……ちっ」

 カタナの身体を舐るように見ていたリリイだが、超反応で目潰しに気付き、変態特有の逃げ足の速さを見せつけた。

「あ、あぶない。今ちょっとだけ本気だったよねカタナ……」

「……お前の変態さ加減と同じくらいはな」

 リリイは冷や汗を流しながら、もう一度おそるおそるカタナの身体を眺めだした。

 錬成魔法に必要なのは経験と想像力、それが主に重要な要素だと言われている。

 霊子を組み替え、物質の変性や組成の適応強化をさせる創造の力は、法士の知識によって大きく成功率が変わってしまう。

 だからリリイは今、カタナの身体全体の構造を理解し知識とする為に、人体錬成の準備として半裸にさせているのだ。

 目潰しの効果か、真面目な顔になったリリイは触診するようにカタナの腕を手に取る。

「なるほど……人の身体と大きくは違わないけど、筋繊維が常人とは数も太さも違うね。骨もかなりしなやかだ」

「触っただけでそこまで解るか?」

「まあ一応、鍛冶師として素材の目利きは重要だからね」

 使い手の身体能力も武器の素材に含んで考えるリリイとしては、その辺りは畑違いとは言わないようだった。

「……だけど、この数の神経や筋肉を錬成して組織の接合か。これは拒絶反応以前に、組成の成功確率も高くは望めないよ」

「ああ、良いさ……ところでお前の方は、どうなんだ?」

「ん? 何が?」

 リリイに対してカタナは、気になっていた事を尋ねる。

「協会騎士団の雇われだっただろ、こんな所で油を売っていていいのか?」

 鍛冶師としての腕だけは協会騎士団でも認められていたリリイ。

 王国と共和国の大きな戦いを前にして、一番それを求められるのは今なのではないだろうか。

「……また今更な事を。いや、ボクの身の振り方を心配しているのかな? まあなんにしても、あそこにはもう用は無いから気にしなくていいよ」

「どういう意味だ?」

「シュトリーガル・ガーフォーク、ケンリュウ・フジワラ、ランスロー、それにカタナやカトリさん。ボクが目を付けていた素材は皆離れてしまったからね」

 リリイが興味を持つのは大陸の明日をかけた大勢よりも、鍛冶師としての頂上を目指す為に必要な小勢。

 エーデルワイスの名を背負うからには、常にそれだけを考えるという事らしい。

「まあグラクリフトさんの鎧をこさえた段階で、ボクのあそこでの仕事は終わったようなものさ。大勢の凡人の為に不相応な装備を用意するほど、ボクは暇じゃないからね」

 そういう利己主義的な考えを崩さない所は、リリイのような天才が世を渡っていくのに必要な事。

 才能を使い潰される事を恐れての事だった。

「暇じゃないのに、此処にいるのはいいのか?」

「よくよく考えてみれば、これは一種のチャンスかもしれないからさ。ボクという可能性を広げる為に、カタナという作品に関わりを持つ事ができるのは」

「……作品か」

「おっと、この言い方は不快だったかい?」

「いや、むしろ光栄な呼び方かもな」

 道具や紛い物、失敗作よりは。

 かといって、カタナにとって別に喜ばしくも無いことだが。

「ならいっそ、もし僕が人体錬成に成功したならば、銘を彫らせてくれないかな? カタナにならエーデルワイスの銘が相応しいと思うし」

「……それは嫌だ」

 魔剣エーデルワイスとしてリリイに語り継がれない為に、カタナは全力で拒否した。



++++++++++++++



「それじゃあ始めようか」

 人体錬成の準備が整い、リリイは必要な素材と霊力を高める為の魔法陣を、カタナを中心にして構成させた。

 部屋の隅にはリュヌが控え、始まるその時を少しだけ緊張した面持ちで待っている。

「……まずい」

 カタナはリュヌ貰った紫色の液体を飲み干す。

 味は悪い、が体の感覚が鈍くなっていくように感じ、鎮痛作用が働いているのだと実感する。

「……やってくれ」

 カタナは力を抜いてベッドに横たわる。そして頷いたリリイからは、霊光が上り出した。 

 そして取り出される短剣。

「――ぐ」

 まずはカタナの足の死んでいる組織を、リリイは短剣で切り出す。

 手際としては、外科手術する医者ではなく研ぎ澄まされた剣士の腕前で、リリイはカタナの足に刃を入れていく。

 鍛冶師として頂上を目指す為には、自身も武器の扱いに長ける必要があるというのもエーデルワイスの教え、それがよく活きた場面であった。

 カタナも足の痛みにじっと堪え、リリイの手捌きに関心の目を向ける。

「さあ、これからだ……」

 おそらく自分に対して、リリイはそう呟き目を瞑る。

 止血と治癒魔法を同時に行いながら、更に始めるのは人体錬成。

 リュヌがフランソワ・フルールトークに用意させた、人体を構成する物質の数々。瓶詰めされたそれらを素材とし、リリイは禁じられた扉を開く。

「血管、筋肉、神経、精製……接合」

 カタナが失ったものをリリイは生み出し、穴埋めするように繋げていく。

 速く、そして正確に、これまで得た知識と業を結集して全霊力を注ぎ込む。

 まずは余計な事は考えず、可能な限り早く終わらせる事だけをリリイは考えていた。

 理論上の最速、そしてカタナが望む最高の状態での適応。

「……このまま、頼むよ」

 リリイは神に祈るようにじっと目を閉じ、カタナの両足に同時に発現させている法式を、段階的に組み直していった。

 


 もうすぐ終わる、リリイがそう思った時それは始まった。

「――カタナ!?」

 異変を感じ目を開いたリリイが見たのは、いつもは病的に白いカタナの肌が驚くほど紅潮し、苦悶が浮かぶ表情。

 そして、とうとう噛み締めていた口が開かれると、喉の奥からは張り裂けんばかりの叫びが飛び出した。

「がああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 リリイが思わず両手を使い、耳を塞いでしまう程鳴り響くカタナの叫び。

「……始まったようね」

 胸を押さえて止まない叫びを上げ続けるカタナを見て、部屋の隅に控えていたリュヌは足を進める。

 人体錬成による魂の拒絶反応、痛みに慣れているという自負があったカタナをして、耐え切れない禁忌の波。

「な、何事だ!?」

 叫び声を聞きつけてか、侍女のロザリー・ローゼンバーグがドアを開けて部屋に入ってくる。

「それ以上近付かないで頂戴、ロザリー・ローゼンバーグ」

 リュヌが鋭い視線と強い口調で、カタナに歩み寄ろうとするロザリーをすかさず制止した。

「で、でも」

「我が君は私が何とかするわ、心配しないで」

 状況を理解できない様子のロザリーに、リュヌは微笑みをかけ、そして震えているリリイの肩に手を置く。

「……やっぱり拒絶反応は避けられない、カタナでも耐えられないんだ」

 リリイは失敗したと、叫び声を上げ表情を歪ませるカタナから離れ、悲痛な面持ちで目を逸らした。

「いいえ、貴方は充分な仕事をしたわ。ここまでやってもらえれば、後は私の仕事……」

「……え?」

「さあ打ち勝って受け入れて、『黒死病パンデミック』の力を、そして本当の私を……」

 途端にリュヌの身体は霧のように変わり、カタナの身体を包み込んでいった。



++++++++++++++



「がああああああああああああああああああああ!!」

 カタナは胸の奥から上る堪えがたい痛みと苦しみに、なすすべなく打ちのめされる。

 それは斬られ、殴られ、折られ、焼かれ、捻じられ、剥がされた、かつてのどんなものとも違う。

 魂の叫び、警告。

 自分の身体に混じった異物に、霊子の異変に、魂は容赦なく訴える。

「あああああああああ、うああああああああああ!!」

 カタナは自分の両足に手をかける。

 これはお前のものでは無い。

 そう誰かに警告され身体が勝手に動くように、カタナは無意識的に力を込めていた。

「と、止めないと!! 引き千切るつもりだ!!」

 誰かの声が聞こえた気がしたが、カタナは自分自身の叫び声でそれを見失った。

 残っているのは楽になりたいという願望、数分も経たずにカタナは生きる意思さえも失っていた。

「ぎ、がふっ……ぐぶ」

 口いっぱいに広がる鉄の味。

叫び声を止ませたのは、喉から零れだした血。

だがそれは、叫び続けた事で張り裂けたから出た訳では無かった。

「苦しいでしょうけど、少しだけ我慢して頂戴。今は叫ぶ体力も惜しいのよ……」

 霞む視界、その中でカタナは美女の微笑みを認めた気がした。

 同時に、体の中に何かが入ってくる感覚。

(これは……胸の奥……)

 感じた奇妙な感覚は、物理的なものとは違う。

 それこそ拒絶反応を示す魂を鎮めるが如く、カタナを打ちのめしていた痛みや苦しみが治まり始める。

 何か温かいものに包まれたように、カタナは安らぎを感じていた。



++++++++++++++



「……嘘」

 静寂に包まれた部屋の中で最初に声を上げたのは、リリイ・エーデルワイスであった。

 カタナに見受けられた拒絶反応は収まり、まるで何事も無かったかのように寝息をたてている。

 だがベッドの上を濡らす大量の汗と血が、先程までの惨状が夢では無かった事を物語っていた。

「な、なんだったんだ?」

 駆けつけていたロザリー・ローゼンバーグも呆気にとられた表情で、見ていた光景の変化に戸惑いを隠せない。

 その原因はリュヌ。

 霧のように消えた彼女が、いつの間にか実体としてカタナに覆いかぶさるように横たわっていた。

「ふう、何とか適応した……ようね」

 リュヌの意識はあるようで、弱々しくカタナ頬を撫で、安堵するように息を吐き出した。

「今の……何をしたのか説明できるかな? その、論理的に……」

 記録上は存在しない人体錬成の成功を喜ぶよりも、リリイは目の前で起こった事がまだ信じられない様子でリュヌに尋ねる。

 それに対しての、リュヌの返答は曖昧な笑みと言葉。

「……少しだけ我が君を、私の色に染めてみたの」

「はい?」

 意味不明な言葉に理解できるはずも無く首を傾げるリリイに、リュヌはまた微笑むと重たそうにしていた瞳を閉じた。

「悪いけどここで眠らせてもらうわね……そんなに怒らないでフランソワ・フルールトーク。貴方との約束はこれで果たしたわ」

 リュヌはドアの影に隠れたフランソワに告げると、久々に感じた心地良いまどろみに身を投じるのだった。


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