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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第四章 友との誓い
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四章第三話 聖騎士の苦悩

 協会騎士団本部の会議室では、臨時の聖騎士会議が行われていた。

 置かれた円卓に座るのは四人。

 協会騎士団の副騎士団長ルベルト・ベッケンバウワーに、東部防衛司令官グラクリフト、竜騎隊の隊長であるシュプローネは、いつも会議では顔を合わせる面々。

 更に本日は、『長老』という愛称で親しまれる魔法戦術顧問騎士であるウボウも、久方ぶりに会議に参加をしていた。

「……まずは目下の問題である、対王国戦についてだが」

 会議の進行役はいつも通りルベルトが担う。

 現在は騎士団長が不在なため、かなりの負担がかかっている事を心配されているが、その表情は厳めしくも疲労の色は見えない。

「王国は共和国との国境付近に既に大軍を集めている。偵察隊の報告では、その数五万を超えるという話だ……」

「五万!?」

 話を遮る声はシュプローネの驚きの声。

 だがルベルトは、構わずに話を進める。

「それに対して我ら協会騎士団が動かせる戦力は正騎士が七千、従騎士が一万三千、それに魔法士の五百を合わせて二万強が最大だ。つまり単純な数で言う王国との戦力は、二倍以上差がついている事になる」

「……」

 どんな場でも全身鎧を身に纏うグラクリフトも、ルベルトの言葉をしっかりと受け止めるように、無言で重々しく頷く。

「各方の自警団から義勇軍も募っているが、現時点では千にも満たない。議会からも、有事の際には協会騎士団のみで事にあたれという御達しが出ている」

「はあ!? ちょっと待て、元老院の奴らなら戦力になりそうなの抱えてるだろ! それなのにアタシらだけで戦えっていうのかい!?」

 身を乗り出したシュプローネの熱の籠った言葉を、ルベルトは今度は流さなかった。

「そうだ、王国に関しては協会騎士団のみで対処する、これは決定事項だ。その他の戦力は帝国への監視と、東部の未開拓地域の防衛に回さなければならないからな」

 ルベルトにとっては、もう再三各方面との話し合いで決まった事。それが揺るがない事を解っている。

 だがシュプローネは納得を見せる様子が無かった。

「だったら、帝国と同盟を結ぶとかして何とかならねえのか!?」

「……既に親書は送っているが、丁寧に使者を立てて断ってきた。まずは二国間の争いで済むならば、もっとも得をするのは帝国だから当然だな」

 元々国交はあっても友好的とは言い難かったから当然だ。

 大戦後に共和国が建国されたのは、元は帝国の領土であった場所。

前皇帝は勇者に対して敬慕していたが、それは当代に受け継がれていなかった。だからこの十年ほどは領土の返還を何度も言い渡して来ていた。

「こうなると、王国に対して我々が掴むべきはただの勝利では無く、被害を最小限に留める完全勝利が望ましい……」

 むしろ大陸の平和を維持していくのなら、それは避けて通れない道。

 大陸最強の誇りを見せる良い機会だと、ルベルトは言った。

「……だけどよ」

「不安か?」

 言い淀むシュプローネは、ルベルトの言葉に我に返ったように首を振る。

「ち、ちげーよ。ただ、初の実戦でそれだけの戦力差があるって言われたら、その……」

 つまりは不安だという事らしい。

 五十年間も国同士で大きな戦いが無く、騎士は鍛練と演習でしか強さを認識できない現状。

 シュプローネの不安は、他の騎士達全てに言える事であろう。

 だがことルベルトに至っては、そうでは無い。

「私は単純な数で言う戦力では二倍以上差があると言ったが、戦力差はそれだけでは決まらない。報告によれば、五万という王国の軍勢の中に含まれる騎士の数は、その半分にも満たないらしい。多くはむりやり徴兵された下層の一般人や奴隷兵だろう」

 奴隷という言葉は共和国では聞き慣れないが、選民思想の強い王国では当たり前の制度である。

「そのような寄せ集めでは士気を維持するのも難しい。宣戦布告から中々進軍に移らないのも、きっとその足並みを揃えるのに苦労しているからだ。私はむしろ協会騎士団のみで動けるこちらには、その点大きな強みがあると見ている」

 自信を持って言い切るルベルトに、単純に言われるまま感心するシュプローネ。

「……何を阿呆のように口を開けている。シュプローネ……貴様の竜騎隊もその強みの一つだろう?」

「え? あ、ああ」

 大陸において唯一の高空戦力である竜騎隊。五百騎だけとはいえ、その遊撃能力はルベルトも大いに期待をかけている。

「それに、グラクリフト殿の部隊には、東部未開拓地域の魔獣から国を守り続けてきた経験もある。他の騎士も血の滲むような訓練と、実戦さながらの演習を私の管理の下に練磨してきた。支配階級に胡坐をかいた王国の近衛騎士に、後れを取るはずが無い」

「うむ」

 ルベルトの言葉に、グラクリフトも兜の下からくぐもった重々しい声で同意した。

 鉄血騎士ルベルト城塞騎士グラクリフトが揃って確信する勝利、それを前にして聖竜騎士シュプローネも腹を決める。

「解ったよ、アタシも全力でその勝利で貢献する……いや、竜騎隊が最速で勝利に導いてやるぜ」

 根が単純なだけに、シュプローネにあった迷いはすぐに消えた。

 上に立つ者が自信を持って挑めば、下の者もそれに倣うもの。これで竜騎隊の事は心配ないだろうと、ルベルトは判断する。

 そして卓の上に地図を広げた。

「向こうは大軍である以上、侵攻ルートは限られている。中央の平原を通るのは、まず間違いないだろう……」

 大軍が一番実力を発揮できるのも平地、戦いにおいて数で劣る側はそれを避け、如何にして有利な地形で戦えるかという事が重要である。

「だが、今回はあえてこの平原で真っ向から戦いを挑む」

 ルベルトのその言葉に、それまで黙っていたウボウが尋ねる。

「ほうほう、してその真意は?」

 協会騎士団の最年長で、騎士団長のシュトリーガル・ガーフォークと同じく最古参の騎士は、ルベルトを値踏みするように白く長い眉の下から目を光らせた。

「そこが今の協会騎士団の力を、もっとも発揮できる舞台だからです。奇襲や伏兵など、戦術で効果的なものが犠牲になりますが、それ以上のものが活かせますから」

 そう言ってルベルトは、グラクリフトを一瞥する。

「……」

 何も言わずに頷き返す様子に、二人の信頼関係が見て取れた。

「ほうほう、なるほどの。ただの騎士道精神で、正々堂々という理由から真っ向勝負を挑むわけでは無いようじゃの」

「もちろんです、私も騎士である前に一人の指揮官として勝利のみを目指します。それが協会騎士団の全ての者が望む、この大陸の平和に繋がりますから」

 ルベルトの言葉に納得し、ウボウもそれを認める。

「そうじゃな。それに平原より内側に侵入を許せば、町や村が略奪にあう危険もあろう。わしも、預かっている魔戦大隊と共に、ルベルト坊の指揮にかけようかの」

 好々爺の笑みを浮かべた長老の言葉によって、協会騎士達の明日はルベルトに任された。

「……では総指揮はこのルベルトが、前線指揮はグラクリフト殿、シュプローネは竜騎隊を纏め、ウボウ殿には私の補佐を務めて頂く。これで如何か?」

 誰も異議を唱える者はいない。

 今現在の、協会騎士団に所属する全ての聖騎士の心は一つになっていた。



+++++++++++++++



「……大丈夫かルベルト」

 会議が終わった後、二人だけになるのを見計らいグラクリフトはルベルトに声を掛けた。

 連日の負担からくる疲労をうまく隠していても、長い付き合いであるグラクリフトにはルベルトが無理をしているのがよく解る。

「平気だ……珍しいなお前の方から声をかけてくるのは。そんなに私は疲れているように見えたのか?」

「いや、まだ他の者が気付くほどでは無い。だが俺の目は誤魔化せん」

 いつもは役職上、節度をもって接する両者だが、二人きりの時は幾分かフランク。

 それでも根っから堅いルベルトとグラクリフトでは、あくまで幾分かに過ぎないが。

「……ふう、今更お前に強がって見せても無駄か。会議中も随分と気を遣わせたな」

「そんな事は無い」

 同じ師の下で同じ釜の飯を食った仲、気を遣うも何もない。

「いや、正直なところグラクリフトが居なければ、会議も指揮を執るのも出来る気がしない。情けないな私は……」

 ルベルトがそのように弱音を吐くのを、長い付き合いの中でグラクリフトは初めて聞いた。

 要はそれだけ参っているという事。

「初めて執る大きな戦いの指揮だ……それも国を賭けるような。私で本当にいいのだろうか?」

「……他に誰が居る」

「ああ、誰も居ないさ。だがそれは騎士団長が不在だから私に回ってきただけだ……結局私は代理に過ぎない。そんな者が指揮を執って本当に良いのか、それが不安なんだ」

 上に立つ者は、下の者に不安を与えぬ為に常に堂々とした振る舞いを強いられる。

 指揮官にまず必要なのは、その重責に耐えられる心。戦場が大きくなればなるほど、その許容量も更に大きいものが必要になる。

「それに後悔もしている。騎士団長が行方不明になったのは、私のせいではないかと」

「……カタナの事か?」

「ああそうだ。私が奴を捕らえさせて離反されるような事をしなければ、あるいはこの場には騎士団長も、ランスローやケンリュウ殿も居たかもしれない……」

 結局理由は定かではないが、無関係とも思えない。

 その事が更に、ルベルトに責任を感じさせている。

「らしくないなルベルト。師の教えを忘れたのか?」

「師の……」

 だがグラクリフトの叱咤に、ルベルトは俯いた顔を上げた。

「そうだ、『全ての事は逃げるに如かず』。逃げるならば勝つ為に、それが我らが師であるバシリコフの基本の教えだった筈だ」

 勝てぬ相手を前にしたら逃げていい。だが、それは次につなげる為、もう一度自分を高めて、後進に策を授け、勝利を掴む為に逃げろ。それが『逃げ腰のバシリコフ』と呼ばれた二人の師の教えだった。

「今のお前は、騎士団長やカタナ達を理由にして逃げている。だがそれは勝利に繋がるのか?」

「ぬう、それは……」

「……どのみち騎士団長が居ても、指揮を執るのはお前だったろう。騎士としてよりも剣士として、遥か高みにあったあの方には見えていないものが多かった。それにカタナ達が居たとしても、集団戦には扱い難いから邪魔なだけだ」

 ルベルトにとって最大の理解者で、そして最大の相棒であるグラクリフトには解っていた。

「他に居ない、というのはこの大陸の何処を見てもお前しかいない。という意味だ」

 いつも無言だが、だからこそ、ここぞという時にグラクリフトの言葉には重みがある。

 それだけの事を言われては、ルベルトも奮い立たない訳にはいかない。

 グラクリフトのように体格に恵まれなく、師の技は受け継ぐ事は出来なかったが、それでも心だけ立派に受け継いでいる。

「ありがとうグラクリフト。私は逃げない、この戦いは勝利できるからな」

「……それでいい。絶対に勝ち、そして生き残るぞ」

「ああ、師の教えを後世に残す為にも、私達の新たな教えを残すためにもな」

 そうして二人は誓い合う。

 かつて逃げ腰のバシリコフが勇者ミルドレットにそうしたように。

 


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