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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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第八話 本気と稽古

 ゼニス市のミルド協会騎士団駐屯所の屋上に、カタナは若干の後悔と共に突っ立っていた。

 後悔の理由は、目の前で全身から霊光が上がっているカトリ・デアトリス。

視認出来るほどの高密度の霊力の光は、大気上の霊子に人の持つ霊力を反応させ、自然に干渉して現象を引き起こす――魔法の発現を意味するという事。

それは誰でも知っている世界の常識とも言える事であり、魔法が使えないカタナも当然のように知っている。

問題は、なぜ目の前の少女が魔法を発現していて、なぜ真剣(正確には魔法剣)を自分に向けて構えているのかという事。


(……確かに稽古に付き合うとは言ったが)

 そう、今朝確かに約束した事は覚えている。その為に駐屯所の屋上に、カトリを連れてきたのもカタナ自身だ。

 しかし、どう考えてもおかしい。

 それを一々指摘せねばならない事が何よりおかしい。

「……お前、やはり馬鹿だろ」

「な、何ですか藪から棒に」

 とりあえず常識というものを、この馬鹿に自覚させなければいけない。

 普通、剣の稽古や修練を行う時は怪我の無いように、刃引きされた訓練用の模擬剣か木剣を使うのが当たり前。それでも本気で打ち合えば、骨の一本や二本は平気で折れるくらいの危険はあるが、真剣を持ち出すよりは命の危険は遥かに少ないだろう。

 当然、この駐屯所にもちゃんと訓練用の剣は用意されている。

 ちなみ防具もあり、カトリはそっちをちゃっかり着用していたりする。カタナはいつもの黒の平服に黒の外套のままの格好だが、実はそれがカタナの戦装束なのだ。

「どこの世界に、訓練稽古に魔法剣持ち出す馬鹿がいる?」

 短い一言に、そうした常識というものを凝縮してある。面倒臭がりのカタナにしては、それでも異例の処置だ。

「え? 何かおかしいですか?」

 しかしカトリは全くの意表を突かれたように目を白黒させる。

「……お前は今まで誰かと稽古した事は無いのか?」

「ありますが、そういう事を指摘されたのは初めての事です」

「……」

 ひどい、これは最悪だ。カタナは生まれて始めて、顔も名も知らぬ誰かに向かって憤りを感じた。

 何せ、本来その誰かがしなければならなかった、カトリ・デアトリスに常識を叩き込むという面倒を、自分が被らなければいけなくなっていたからである。

 だいたい貴族の令嬢というのは世間知らずと相場が決まっているが、これはもう別のベクトルというか次元の話になっている気がする。

 それにこういう時に限って、そういう役回りに適したヤーコフが居ない。何故か奴は巡回中に自警団を捕まえてきていて、下で説教している最中だ。

 とりあえず後でヤーコフには報いを受けてもらう事にして、カタナは思考を切り替える。

「まず、馬鹿なお前に一つ忠告がある。剣で斬られれば人は死ぬぞ」

「ば、馬鹿にしないでください。そんな事くらい弁えてます!!」

 カトリは顔を真っ赤にして、まさかの弁えている宣言。むしろそっちの方がカタナとしては最悪だ。

「……じゃあ、なにか。お前は最初から殺すつもりで俺に剣を向けていると?」

 だとすれば、カタナはカトリ・デアトリスという少女を見くびっていたことになる。

 もしこれでカタナが殺されても、稽古中の事故と偽って免罪とする。無理がありそうだが、カタナの持つ騎士団での悪評価が、そう転ばせてもおかしくない事を考えると言い手なのかもしれない。そう思ってカタナは若干感心した。

「違います! 寸止めくらい私にもできます!」

 カトリは豪語するが、剣の寸止めの難しさを知っているカタナには納得できることではない。失敗した場合、首が飛ぶのはカタナの方なのだから。

「大丈夫です。その為のこの魔法ですから」

 カトリが言っているのは全身に作用させている駆身魔法の事で、ヤーコフが似たような魔法を発現できる事を知っているカタナは、身体制御式あるいは補助強化式の魔法だという事は理解できた。

「この魔法なら危ないと思った時に、私の意志一つで急制動が可能です」

「……それは、やるとお前の身が危険じゃないのか?」

「いえ、失敗してもせいぜい腕の一本が折れるくらいなので、問題はありません」 

 そう当然のように言い放つカトリに対して、カタナは呆れを通り越していた。

(本当に、どんな環境で育ったのか知りたくなるな)

 腕の良い治癒師の魔法なら、骨折も数日で完治は可能かもしれない。だが、骨折をする時の痛みは、治るからと安易に考えられるほど軽いものではない。

 それを問題ないと言い張るカトリには、虚勢ではなく何度も経験したうえでの実感が伴っているのがカタナには感じられた。

 それでも、

「悪いが、信じられないな」

 カタナは突き放すように言った。

 反論の余地の無い拒絶の言葉に、流石のカトリも言葉をなくす。

「……別にお前だけを信じられない訳じゃない。俺は基本的には他人を信用しないだけだ」

 まるでフォローしているようだが、カタナにはそのつもりがなく、実際そうだから本当の事を言っているだけ。

 カタナは他人を信用しない。例外もいるが、基本的には自分だけを信じているし、今までの人生がそうさせてしまった。

 それはどうしても曲げられない。屈折していると自覚もある確固たる倫理感だ。

「残念です。隊長には私の本気を今一度、改めて評価してもらいたかったのですが」

 結局、食い下がる余地の無いと判断したのか、カトリは剣を引いた。

 しかしカタナは下がろうとするカトリを制止する。

「まあ、待て。勘違いするな」

 カトリは訝しげにカタナを見る。それも当然だ、今の会話の流れから勘違いする余地は見当たらないのだから。

 それでもカトリは確かに勘違いをしていた。

「俺はお前の魔法や、寸止めの技術を信用しない。だが俺は俺の事だけは生憎と信じられる」

「――?」

「まあ、つまり。お前がいくら本気でその剣を振り回そうと、俺にはかすりもしないから好きなようにかかってこい。存分に稽古をつけてやるって事だ」

 堂々とカタナは言い放った。

 内心このままお開きでもいいかとも思っていたが、大きな心残りが一つあったからだ。

「そのかわり、俺にお前の剣がかすりもしなかった場合は、二度と訓練稽古に真剣を持ち出すな」

 そう、カトリ・デアトリスに常識を叩き込むという事。

 ただでさえ問題児がそろっている自分の隊に(カタナ自身の事は棚上げ)、新たな問題が発生するのを防ぐため、カタナは面倒臭さを押し殺してそう決めた。

 対するカトリは笑みさえ浮かべてそれに応じる。

「良いでしょう。そうなれば、私は隊長以外にはこの剣を向けないでしょうから」

「俺にも向けんな」

 それにはカトリは何も答えなかった。

 代わりに改めてエーデルワイスを抜いたカトリと、外套の隠しから何も持たない右手だけを出したカタナの、本気の稽古が始まった。



++++++++++++++



 実時間で五分間。その長いようで短い時間を経て、カトリは膝を屈した。

 その五分に技の応酬というものは全く無く。

あったのは応酬ではなく、カトリからの一方的な怒涛の攻めと、それを躱し、流し、軽く往なすカタナの姿。

カタナの言葉通り剣はかすりもせず、拳打や蹴撃で意表を突こうとしても、まるでお見通しであるように通用しない。

完全に見切られている、それをしっかりと実感した途中からは寸止めの意識も薄れ、終わり頃には完全に振り抜いていた。

それだけ全力だったにも関わらず、カタナは淡々と単純作業でもこなすように、無手の右手一本をうまく使って全て捌ききった。

「ふう……本当に、信じられません」

駆身魔法による強化でまず常人には捉えられない剣速も、最小限の動きの紙一重で全て躱すカタナの反応速度は、それこそ魔法でも使っているかと錯覚するほどの速さだ。

しかし、魔法は視認できるほど高密度の霊力によってしか発現はできず、カタナからはその兆候は無い。それがカタナの地力を裏付けていることがカトリには到底信じられないのだ。

 武芸祭で感じた力の差は、今この時を持って開いていく一方だった。

「もう、打つ手無しみたいだな。終わりでいいか?」

 そう告げるカタナは、カトリから見て圧倒的な強者であり。同時にそう感じてしまった事に悔しさを覚えたカトリは、最後に足掻いてみることを決めた。

「いえ、もう一手」

「――む」

 カトリは屈した膝を持ち上げると同時に、腰だめに振り抜いたエーデルワイスをカタナに投げつけた。

 剣の投擲は剣士にとって最後の手段で、それは悪足掻きの破れかぶれに他ならない。

 意表を突くには十分だが、しかしエーデルワイスという決め手を放した時点でそれは有効ではない。僅かに見せるカタナの隙も、そこを突く武器が無ければ意味がないのだ。

 しかし実はカトリにはもう一つ武器がある。それこそが真の最後の一手。

 カタナは回避の動作に入っている上、視線はエーデルワイスを捉えている。絶妙のタイミングを見極めたカトリは、霊光の集束する左手の掌をカタナに向かって突き出した。

「――雷槌」

 電力球の魔法が発現し、一直線にカタナに飛ぶ。

 それこそがカトリの最後の武器。戦技魔法という系統に区分される、それだけで戦闘に有効な効果あるいは破壊力を持つと認められる魔法。

 駆身魔法で消耗してはいても、直撃すれば意識を刈り取るくらいの威力は出ている。

そして戦技魔法は魔法を使えるものにしか防ぐ手立てはない。それ以外の者が対処する場合は回避しか選択肢は無かった。

「――っつ」

 タイミング的に回避は間に合わず、魔法も使えないカタナには、当然防ぐ手立てはなく。

 選択肢はない。

 

 炸裂音。

  

 高圧の電気が打ち付けるような音が辺りに響く。

 そこに立つ者は二人、カタナとカトリ・デアトリス。

「……あれが防がれるとは、もう打つ手なしです」

 数秒の静寂を挟んで、口を開いたのはカトリの方だった。

「いや、あれだけ高速発現の戦技魔法まで使えるとは。侮っていた」

 カタナも初めてカトリを称賛するような言葉を口にする。それだけの驚きと敗北感があったからだ。

 戦技魔法に区分される魔法は、瞬間に必要なその効力・威力・距離などから消耗も激しく、またそれだけの条件をクリアするための霊力と霊子の反応・発現には十分な時間が必要となり。霊光という兆候があるため、それらをどれだけ削れるかが魔法を使う者たちにとって永遠の課題になっている。

 協会騎士団の魔法戦隊の隊員が、威力を抑えたものを発現したとしても五秒弱。その半分以下ともなれば、どこに出しても恥ずかしくない天才だと判断される。

 カトリ・デアトリスが垣間見せたのは、天才と呼ばれるに相応しい実力だった。

(天は二物を与えないはずじゃないのか?)

 剣の冴えもそうだが、実際カトリ・デアトリスの実力はこんな辺鄙な所の一隊員でいるのが不思議でならないほどだ。

「今のは俺の負けだな」

「何故です? 完全に防いでいたではありませんか。あの反応は相殺障壁魔法のはずです」

 相殺障壁魔法は魔法を防ぐために開発された魔法であり。

原理としては霊力と霊子の反応で発現している魔法に、別の霊力を重ねて反応を相殺させ、発現している魔法を無効化するというものだ。

 防御の魔法としては一番よく使われるが、問題点としては発現している魔法を構成している霊力と、ほぼ同等の霊力が防御側に必要になるため、力の差が歴然の場合はその効果は表れないということ。

「俺は魔法が使えないからな。今のはコレのおかげだ」

 訝しげなカトリに説明するため、カタナはコレと指した自身が今着ている外套の裏地を返して見せた。

「――! これは魔法印ですか?」

 外套の裏地にあったのは、幾何学模様で刻まれた魔法印という付加魔法の術式の一つ。物体に術式を刻んでおくことにより、魔法の発現を援助する為のもの。

「織り込んであるのが、アラクネルという霊力を取り込んでおける霊糸だ。そこから霊力が魔法印に充填される仕様になってる」

 そうなると霊力の供給と、魔法印の術式による霊子との反応を自動で行うことができる。

 つまり先程カタナが戦技魔法を防いだのは、外套に刻まれた相殺障壁魔法の術式が自動で発動したからである。

「だから防いだのは俺じゃなくこの外套。俺は何もしていない」

「……装備を負けた言い訳にする方を見たことはありますが、装備を言い訳に負けようとする方は初めてです」

「気に入らないだけだ、こんなものに頼らなければいけない事がな」

「大体、これは私が稽古をつけてもらったのであって、勝ち負けを競ったわけではありませんよね」

「……あれだけ本気で斬りかかってきたのを、まだ稽古だといいはるのか」

「かすりもさせなかった人の台詞とも思えませんが?」

「それも、まあそうか」 

妙に納得してしまう。いやそうせざるを得ない雰囲気がカトリにはあった。

ここで引かないと、もう一本なんて面倒な事になりかねない雰囲気だった。

「しかしすごいですね、その外套」

 カタナの危惧は回避されたようで、カトリの興味はカタナの外套に移った。

「まあ、確かにすごいはすごいか。協会騎士団最高のヘンタ……もとい、最高の技術者が作ったものだからな」

 カタナは危うくのところで変態という言葉を飲み込んだ。カトリは気付かなかったようでジロジロと外套の裾あたりを眺めている。

 カトリが先程見て分かったのが、霊力の増幅機構や他にも対魔法の為のような術式が見られるという程度で。きっと魔法学校の導師並みの知識がなければ、全容の理解すら難しいものだろう。

 魔法印を刻んだ術者の実力と苦労がよく解る。

「これは隊員にも支給されるものなのですか?」

 遠慮気味に聞くカトリの目は、かなり物欲しそうにしている。まあ、無理もないが。

「いや、霊糸が貴重だからな、騎士団でも数人にしか渡ってない」

「……そうですか」

 残酷な現実を聞いてなお、カトリの目には物欲が滲んでいる。残念そうにしているが、外套から目を放そうとしていない。

「やらないぞ」

「い、いりませんよ。汚そうですし」

 図星をさされた照れ隠しなのか、かなり失礼なことを口にするカトリ。カタナにはだんだんと遠慮がなくなってきているように感じた。

 まあ確かに毎日着てるからよく勘違いされるが。

「……一応言っておくが、同じものを持ってるから着回しはしてるぞ」

 洗濯は、部下やサイノメにやらせてるのは口にしない。

「同じもの……ならば一着私に……」

 しかしカトリ・デアトリスの物欲を再度刺激する裏目の結果になってしまったのは、カタナの失言であった。



++++++++++++++

 


 欲しがりのカトリを「そんなに欲しければ、お前の魔法剣となら交換してやる」という一言で沈黙させたカタナだったが、しかしそれとは別に辟易していた。

「どうすれば隊長のように強くなれるのですか?」

 きっと聞かれるだろうと思ってはいた。だが想定していたところで、答えられない事を聞かれては結局返答に困るだけ。

「……さあ、知らない」

「私は真面目に聞いているのです」

 真剣な顔を近づけるカトリだが、カタナはカタナで真剣に本当の事を答えている。

 知らない。

 そうとしか答えられない自分が、本当に弱い生き物なのだと自覚させられてしまう瞬間でもある。

 生まれた時から何も変わらず、替えていくだけの人生。いやこれを人生と呼ぶのは人に対して失礼なのかもしれない。

生を全うし、死を体感する。そんな普通が化け物として生まれた自分には許されていないのだから。

あるとすれば道具を全うし、必要なくなれば捨てられるという事実だけ。

「俺は強くなる方法を知らない。知っていれば教えてほしいくらいだ」

 かつて師に教わった事は強くなるための技法ではなく、弱くなるための技法だった。

 道具として長く使われる為に、使用する者に道具が危険なものだと気づかせない為に、手加減というものをその身に叩き込まれた。

 必要な時以外武器を持たず、必要な時以外は動かない。

 細々と隠れ生きる事をしなければならばならない。そんな奴のどこが強いのか。

「……いいです。解りました、教える気はないという事ですね」

 少しだけ寂しげに言って身を引くカトリ。失望の色が見えるようだった。

 そんな顔をしても困るだけだ。

 カトリは勘違いをしている、だがカタナはそれを正すことはしない。それがいつもの面倒だからという言い訳ではなく、正す為には話したくない自分の腐った運命を話さねばならないから。

 そうしたくないという理由だけで、カトリ・デアトリスとの擦れ違いを放置する。

 しかし、一つだけ忠告はしておこうと思う。

「強くなりたいなら、少なくともここに居るな。ここにはお前を変えるものは何もない」

 後ろめたさからの親切心であったが、それが今のカトリに正しく届くはずもなく。

「……私はいつか貴方を超えて見せます」

 キッと目を鋭くして立ち去って行った。

 階段を下りる足音が聞こえなくなり、カタナは嘆息と共に屋上からの景色を眺める。

(いつか……くればいいな)

 それはカタナにとっても、カトリ・デアトリスにとっても幸いな事だ。

 しかしそのいつかがこない事はカタナには解っている。解っているからその分ため息が漏れるのだ。

(こういう時サイノメが居れば、いらんフォローがあるんだがな……)

 生憎と今日は休み、つくづく世界はカタナを嫌っているらしい。

「……フケるか」

 もう今日はヤーコフも戻っているし臨時休業でいいだろう。

 外套を翻して、三階建の駐屯所の屋上から飛び降りたカタナは、音もなくゼニスの街に消えて行った。

 


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