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魔剣カタナとそのセカイ  作者: 石座木
第一章 聖騎士と従騎士
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プロローグ

 カトリ・デアトリスは大きな歓声の中心にいた。

 特設された闘技場の舞台の上に静かに佇み、剣を携え、誰もが見惚れる凛とした表情ではやる気持ちを押さえつけて待つ。

 その心根に余裕はなく、昨日までは緊張や高揚を与えてくれていた声援も、今日は少しだけ煩わしく思う。

 それだけ今日のこの時この一戦は意味がある。

 数多の戦いを勝ち抜き、この場に立つただ一人の挑戦者となるために幾百の夢を打ち砕いてここまで来たのだから。

「我らが勇者にして、戦いと希望の神よ……」

 その日何度目になるか分からない祈りの所作、心の内ではなく言葉にして祈るのはその方がより良く祈りが届くと信じられているから。

「……どうか、我が手に勝利を。その為に我は全てを捧ぐ」

 それはある意味で儀式でもあった。文字通り、培った全てをこの一戦に捧げるための。

 胸に手を当て、瞳を閉じ、数秒の後にまた目を開ける。

 鳴り止まないと思われるような歓声が一時止まるのも同時だった。

 カトリの正面の門戸が開かれ、一人の男が舞台に向かって歩いてくる。

 長身にその全身を覆う黒い外套、反対に髪は白に近い灰色で、肌の色も驚くほど病的に白い。顔立ちは整っているが、濁った灰色の瞳はどこか異質で、見る者を魅了するよりも忌避を感じさせる印象だ。

 誰もがその見た目のインパクトに息を呑む中、カトリは別の理由で目を細めていた。

「どういうおつもりですか?」

 男がゆったりとした歩調で舞台に上がるのを待ってから、カトリは一目見たときに感じた疑問を口にする。

「どういうおつもり、とは?」

 灰色の髪と白い肌の男は、その灰色の瞳を真っ直ぐカトリに向け、平然と問いかえす。

「聖騎士殿のその装束は見たところ戦いに向くものではないものですし、何より武器を持ち合わせていない様子。とても一戦望むようには見えませんが?」

 カトリは失礼にならないように指摘した。

 ちなみにカトリの方は軽鎧に手甲という自身の動きに支障が出ない範囲で、できうる限りの重装備で臨んでいる。

 対する男は黒い平服の上に外套を羽織っているだけという、普段着といっても差し支えないであろう装備、疑問に思うのももっともである。

 しかし男は一息笑い飛ばして言った。

「こんな余興のために重くて金臭い鎧を着ろと? 馬鹿言うなよ」

「は!?」

「お前程度を相手にするのに武器も必要ない。くだらないことを言っている暇があるならさっさとかかってこい」

「なっ!?」

 なるべく失礼にならないように気をつけた言葉の返答が、あろうことか耳を疑うような暴言の数々だった。

「俺はさっさと終わらせて帰って寝たい。ホラ審判、何をぼさっとしてる、さっさと開始の号令を出せ」

 更に勝手なことを言いつつ、男はカトリとの間に立つ審判員に命令を下す。

「え? いや、しかし、よろしいので?」

 当然審判員の目から見ても男の格好はその場に似つかわしくないもので、正直どうしたものか困り果てていた。

「……いいからさっさと始めろ」

「は、はいい!」

 静かながら恐ろしい気迫で睨まれた審判員は、冷や汗を流しながら口上を挙げる。


『それでは、騎士選抜武芸祭・最終戦! 聖騎士カタナ 対 挑戦者カトリ・デアトリスの試合を開始する!』 


 審判の高らかな号令とともに歓声も最高潮となった。

 カトリは納得できない思いを抱きつつ、剣を抜く。両手で正眼に構えた長剣は、無駄な装飾など一切無いが、刀身だけは普通の剣とは違い真っ白に輝く。 

『エーデルワイス』と銘がついているそれは、魔法による付加により強度と切れ味の強化がなされた剣であり、一般的に魔法剣と呼ばれる優れた武器であった。

「なるほど剣は良いものを使っているみたいだな」

 そんな呑気な声が聞こえて、カトリの奥歯が怒りでギリリと軋む。

「そちらも早く武器を構えたらどうです? 後で言い訳されても困りますのでその間は斬り込むような真似はいたしません」

「ハッ、そりゃありがたい騎士道精神だな。だが武器は必要ないと既に言ったはずだ。もう忘れたのか? だとすれば技を磨く前に、もう少しおつむの方も鍛えた方がいいぞ」

 ブチッ、と何かが切れるような音がした。それはきっとカトリにしか聞こえなかった音だろう。

 完膚なきまでに叩きのめす。今まで誰に対しても思わなかったその感情を心の底に置き、一呼吸をおいたあと、

「いきます」

 カトリの周囲に霊光があがる、魔力によって自身の体の周囲へ付加をかけ、動きを加速させる法式。いわゆる付加魔法を発動する。カトリ自身の白き霊光と、構えるエーデルワイスの白く輝く刀身の美しさに会場は熱気を取り戻す。

 そしてカトリはわずかに剣を引き、姿勢を落として一気に踏み込んだ。

「ハアア!」

 一瞬で間合いを詰めたカトリはその速さを存分に生かす刺突を繰り出す。肩口を狙ったそれは最小限、命までは奪わない程度の配慮だった。

 その時まではその余裕があった。

「――!」

 カトリの最速の剣である刺突は、カタナが上体を逸らしただけで回避された。

会場にどよめきが走る、騎士選抜武競祭において圧倒的実力で勝ち上がったカトリの剣が完璧に回避されたのはこの時が始めてであったからだ。

 そしてそれだけに留まらず、二の太刀を繰り出そうとしたカトリは腕を掴みあげられ、動きを封じられていた。それは完璧と言って良いほどに、間合いを見切った洗練された動きだった。

(う、うそ)

 そして一番その事実を信じられなかったは当事者のカトリに他ならない。彼女は自分の実力というものを知っていた。幼いころから剣を振り続け、若くしてすでに命の遣り取りの経験もある、この武競祭を勝ち上がる中で実感もした。

 それが一瞬で崩れていく。

 

 足を蹴り上げられ、身体が重力から解き放たれたようにふわりと浮き上がり、次の瞬間には背中から地面に叩き付けられる衝撃を鎧越しに感じた。

 決定的なのは自分の手にあったはずのエーデルワイスがいつの間にかカタナの手にあり、更に剣刃を鼻先に突きつけられていること。

 この状態を言葉で表すのは一つしかないだろう。

 悔しいが認めるしかない、敗北を。

「……参りました。私の負けです」

「ハッ、見れば分かる」

 潔く敗北を宣言したカトリを、こともあろうにカタナは鼻で笑った。カトリはその屈辱と怒りに耐え、肩を震わせる。

「……今日は負けても、いつかは超えて見せます」

 カトリは純然たる決意を突きつけた。それは負け惜しみでしかなかったが、カタナの失礼千万な態度に押され、言わずにはいれなかった。

 それに対してカタナは鼻を鳴らし、

「お前には一生無理だ」

 吐き捨てるように言ってその場を去った。

 波乱尽くしであった騎士選抜武芸祭は、波乱のままそうして幕を閉じた。


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