フォードの助手席で
フォードの助手席で
「また豆かよ」
クライドはハンドルを握ったまま、ダッシュボードを平手で叩いた。車内に乾いた音が響き、ボニーの膝に載せた缶が跳ねる。ボニーは缶を押さえ、窓の隙間から入り込んだ砂を舌先で避けた。
「店にそれしかなかったのよ」
「昨日も豆だっただろ」
「昨日は温めたわ。今日は冷たいままよ」
「そういう話じゃねえよ」
「はあ? じゃあ何の話よ」
言い返した途端、右足に力が入り、ボニーは座席の端をつかんだ。一九三四年四月の初め、テキサスの道には乾いた土が薄く積もっていた。フォードが荷馬車の轍を踏むたび、包帯の内側で引きつれた皮膚が靴下に擦れる。
「肉が食いたいなら、次は自分で店に入って」
「俺が入ったら、店主が顔を覚える」
「あたしの顔は新聞に載ってないとでも?」
クライドは前を向いたまま口を閉じた。ボニーは缶を足元に下ろし、右足を伸ばそうとした。わずかに動かしただけで痛みが太ももまで走り、息が喉で止まった。
「足か」
「道を見て」
「止まるぞ」
「先へ行って。こんな見通しのいい場所に車を置いてたら目立つ」
クライドは返事をせず、干上がった小川の脇へ車を寄せた。エンジンが止まると、風に吹かれる草の音が聞こえた。遠くに平屋の家が一軒見えたが、窓は閉まり、人影もなかった。
前年六月、テキサス州ウェリントン付近で車が道路から転落したとき、ボニーは右足にひどい火傷を負った。近くの農家で手当てを受けたものの、町から町へ移動するうちに、以前のようには歩けなくなった。車を降りるときには、左足を置く場所を探し、右足をどこまで曲げられるか確かめなければならない。
クライドは後部座席の下から、角のへこんだ重曹の缶と水の瓶を取り出した。瓶の水はぬるく、底に細かい土が沈んでいる。重曹も傷に使えるのではないかと買ったものだが、開けないまま何日も車に転がっていた。
「包帯、替えたほうがいいんじゃねえか」
「その水は飲む分よ」
「ほかを探す」
「さっきの店にはなかったわ」
クライドはボニーの足を見た。昨日巻き直した包帯の端がほどけ、靴の上に垂れている。ボニーは反射的に、そこをスカートで覆った。
「触らないで。自分でできる」
「手を貸すだけだろ」
「この前、待ってって言ったのに引っ張ったじゃない」
「あのときは、早く出なきゃならなかった」
「今日は待てるの?」
クライドは答えなかった。ボニーは瓶から少しだけ水を手のひらへ注ぎ、包帯の端を湿らせた。布をほどく間、クライドはナイフで豆の缶を開け、何度も道の向こうを見た。
包帯を替え終えると、ボニーは足を座席に戻した。額の汗を袖で拭っても、傷の周りに熱が残っている。自分の足のことなのに、昨日より良くなったかどうかも分からない。
「だから、医者を探そうって言ったのよ」
「町の医者に顔を見せてみろ。すぐ保安官が来る」
「分かってるわよ」
「なら、俺ばかり睨むな」
クライドは開けた缶を差し出した。冷えた豆の表面には、薄い油の膜が張っている。ボニーが受け取らずにいると、彼は缶を彼女の膝へ置いた。
後部座席には毛布が押し込まれていた。昨夜はその下の銃身が背中に当たり、眠ろうとするたびに姿勢を変えた。クライドは外を見張ると言っていたが、夜中には運転席で眠っていた。ボニーが目を閉じられたのは、鳥が鳴き始めてからだった。
「腹が減ってるなら、先に食べて」
「お前が買ってきたんだろ」
「買ってこなければ、何も食べられないのよ」
クライドは缶を引き寄せ、ナイフの先で豆をすくった。二口食べたところで、足元の新聞を拾い上げる。端には黒い汚れがついていたが、一面の写真はよく見えた。
車にもたれ、葉巻をくわえ、ピストルを持って笑うボニーだった。仲間内でふざけて撮った写真が、置き去りにしたフィルムから広まったものだ。写真の上には、彼女を冷酷な女賊として描く太い見出しが並んでいる。
「あたし、葉巻なんて吸わないのに」
ボニーは紙面を指で押さえた。撮影のとき、葉巻をくわえて銃を構えたのは自分だ。その姿を面白がって笑ったことも覚えている。だが、写真を見た人間に、今の助手席で包帯を替えた女が見えるはずはなかった。
「新聞の連中は、その写真が気に入ったんだよ」
「今朝の記事には、あたしが立って警官を撃ったように書いてある」
「見てたわけでもねえ」
「二人が死んだことは本当よ」
クライドの手が止まった。数日前、グレープバイン近郊で二人のハイウェー・パトロール隊員が撃たれた。新聞には二人の名前と写真が載っていた。ボニーは家族について書かれた短い段落を、店先でも車内でも読んだ。
「あいつらが近づかなけりゃ、撃つこともなかった」
「家族にも、そう言うの」
「俺たちが捕まれば、お前だってどうなるか分からねえんだぞ」
「分かってる」
ボニーは新聞をクライドの手から取った。あの道で何が起きたかを、二人が同じ言葉で話せるとは思えなかった。それでも、死んだ隊員の名前を読まなかったことにはできない。
クライドがナイフを閉じ、缶の上に置いた。
「今になって、俺だけが悪いみたいに言うな」
「そうは言ってない」
「お前はずっとこの車にいた。盗んだ車にも乗ったし、銃があるのも知ってた」
「知ってるわよ。だから腹が立つの」
声を上げた拍子に、右足が床へ滑り落ちた。痛みでボニーは座席の縁を握った。クライドが手を伸ばすより先に、ボニーは自分の膝を持ち上げた。
ドアの隙間で風が鳴っている。ボニーは上着のポケットを探ったが、煙草の箱は空だった。潰れた箱を手の中で折り曲げ、足元へ置く。
「母さんに会いたい」
クライドは窓の外を見た。母の暮らすダラスの家へ行くことは、今のボニーにはできない。会いに行く道を二人で考えた夜もあったが、朝にはまた車を走らせていた。
「帰りたいなら、そう言えよ」
「今、言ったじゃない」
「俺から離れたいのかって聞いてる」
「母さんに会いたいのと、それは別よ」
クライドは座席に寄りかかり、それ以上何も言わなかった。ボニーは母の台所を思い出した。焼いたビスケットを布巾で包む手と、洗った皿を伏せる棚。あの椅子に座れたとしても、母にどこから話せばいいのか分からなかった。
「少し外へ出る」
「足が痛むだろ」
「ここに座ってても痛むわ」
ボニーはドアを開け、左足を地面につけた。右足に体重をかけないよう、金属の縁を握って立ち上がる。車体に肩を預け、乱れた息を整えた。
クライドも運転席から降りたが、近づいてはこなかった。ボニーは道の両端を見た。遠くの家まで続く道はなく、小川の底には枯れ草がたまっている。ここから一人で歩いて帰れないことは、車を降りる前から分かっていた。
それでも、足の裏に土の硬さが伝わった。ボニーは車体から手を離してみたが、すぐにまたつかまった。クライドが何か言いかけ、口を閉じる。ボニーは彼に背を向けたまま、袖で目元に入った砂を拭った。
車に乗る前、ボニーはダイナーで働き、注文票の裏に詩を書いていた。今、警察へ行けば、これまで自分が見て、してきたことを話さなければならない。助手席へ戻れば、次の町でも逃げることになる。母の台所でビスケットを食べていた頃に戻る道は、どちらにもなかった。
助手席の床に、黒い万年筆が転がっていた。軸には細い傷が増え、インクは残っているかも分からない。ボニーは車の縁を支えに腰を落とし、万年筆を拾い上げた。砂を親指で払うと、ペン先が鈍く光った。
「ボニー」
「手は貸さないで」
左足で踏み込み、右足をかばいながら座席へ戻った。腰を下ろすと傷が熱を持ち、ボニーはしばらく動けなかった。万年筆をスカートのポケットに入れ、自分でドアを引く。一度では閉まらず、肩を寄せて引き直した。
クライドは運転席へ戻り、豆の缶とスプーンを差し出した。
「まだ残ってる」
「ええ」
ボニーは豆をすくった。冷えた豆は舌の上でざらつき、二口目も同じ味がした。クライドも残りを食べ、空の缶を後部座席の袋へ入れた。
「次の町で、インクを探して」
「何を書くんだ」
「まだ決めてない」
「紙もいるだろ」
「売ってたら買う」
クライドがキーを回した。エンジンの振動が足に伝わり、ボニーは片手で膝を押さえた。もう片方の手には、豆のついたスプーンが残っている。
車が動きだす前に、ボニーは窓を指二本分だけ開けた。吹き込んだ風が新聞をめくり、写真の中の女の顔を裏返す。ボニーは新聞を押さえず、残り少ない水の瓶を拾い上げて膝の間に挟んだ。




