お姉様に絡むんじゃねぇクソ野郎
「…はぁ。本当に、救いようのないおバカさんですわね」
リュキア王国の第五王女、八歳の私ラーナは中庭の東屋で冷めた紅茶を口にしながら小さくため息をつきました。
私の視線の先ではこの国の第一王女であり次期女王、つまり王太女である私の最愛の姉リーシェ姉様が婚約者のエリオット公爵令息に詰め寄られています。
「リーシェ! また公務にかこつけて私との時間を削ったな! 王太女だか何だか知らないが、女の幸せは男に寄り添うことだろう!」
…うわぁ。
本日三度目の、エリオット様による「僕を構え攻撃」…見ていて気持ちいいモノではありませんわね。
あの方は顔だけは良いのですが、中身が残念なことに、リーシェ姉様の優秀さが理解できない「プライドだけ高い木偶の坊」なのです。
「ごめんなさい、エリオット。でも北部の飢饉の対策会議は、この国の未来に関わることなの」
リーシェ姉様は困ったように微笑んでいます。
ああ、なんてこと…。
聖母のように慈悲深い姉様は、こんな無能な男相手でも、決して声を荒らげたりはなさいません。天使。
でも、私は違います。
私はリーシェ姉様をはじめとした姉様たちみんなを愛しています。
姉様たちの笑顔を守るためなら、泥を被るどころか、泥沼に相手を沈めることだって厭いません。
「ちょっと、そこの失礼な殿方?」
私は愛らしく見えるような仕草でスカートを摘み、トコトコと二人の間に割り込みました。
「な、なんですか、ラーナ姫殿下。今、私はリーシェと大事な話をして…」
「大事な話? 姉様の貴重な時間を、あなたの個人的なワガママで奪うことが『大事』なんですの? 驚きましたわ。エリオット様は、リュキア王国の民の命よりも、ご自分の寂しさを優先されるほど、お心が…その、狭いのですか?」
小首を傾げて、あどけない子供の瞳で彼を見上げます。
こういう時、八歳という年齢は最高の武器になります。
「なっ…! 私はただ、婚約者として……!」
「婚約者、ですか。次期女王を支えるべき立場の方が、次期女王の仕事を邪魔する。…ふふっ、それってお仕事の『ボイコット』のお誘いかしら? それとも、公爵家は王家に楯突く準備ができたということ?」
私の冷ややかな声に、エリオット様の顔がみるみる青ざめていきます。
隣でリーシェ姉様が「ラーナ、そこまで言わなくても…」と私を宥めようとしますが、甘いですわ姉様。
ここで叩き直しておかないと、この男はつけ上がるばかりです。
私はエリオット様の足元に、わざとらしく扇子を落としました。
「拾ってくださる? あ…それとも将来の『王配』になられるお方には、八歳の王女の頼みすら聞き入れられないほど、高いプライドがおありなのかしら?」
「ぐ…っ」
エリオット様は屈辱に震えながらも、私の冷徹な視線に圧され、膝をついて扇子を拾い上げました。
「…どうぞ、ラーナ姫殿下」
「ありがとうございます。…ねえ、エリオット様。姉様は優しいから許してくださるけれど、私は気が短いの。次、姉様の邪魔をしたら……お父様に言って、公爵家の領地を『厳しめ』に『審査』するようお願いしちゃおうかしら?」
にっこりと、最高に可愛らしい笑顔で告げると、彼は逃げるように去っていきました。
「もう、ラーナったら。エリオットも悪気はないのでしょうに」
リーシェ姉様が困ったように私の頬を撫でます。ああ、この柔らかな感触…最高です。
「いいのです、リーシェ姉様。姉様を蔑ろにする者は、私がこの国の外まで蹴り飛ばして差し上げますわ!」
…さて、次は二番目のルージュ姉様に無礼を働いている近衛騎士の鼻を明かしに行かなくては。
最近は目に余るというか、目障りなモノがよく現れるのです。
とっとと一つずつ潰さないと、姉様たちが舐められてしまいます。
私の忙しい一日は、始まったばかりです。




