第51話「正しいことの難しさ」
#第51話「正しいことの難しさ」
いじめの再発を受けて、俺はついに決意した。
――証拠を集めよう。
教師としての正義感というよりも、もう迷いたくなかった。穏便に済ませた結果、被害は繰り返されたのだ。黙っていても状況は変わらない。
いじめをしたという生徒に言っても否定されるだけ。それでは全く意味がない。
そこで俺は授業の合間、昼休み、放課後など、少しでも時間があればいじめが行われているとされる場所へ足を運んだ。
目立たぬように、耳を澄ませ、見落としのないように細心の注意を払った。
そして、ある日の放課後、ついにその瞬間は訪れた。
物陰から覗いたその場で、主犯格の生徒が他の生徒に金を出せと詰め寄っていた。周囲には取り巻きと思しき生徒たちの冷笑が響く。俺はその現場をインスタントカメラで撮影し、ボイスレコーダーで音声も記録した。
確実な証拠だ。もう言い逃れはできない。
翌日、俺はその生徒を呼び出した。
「これ、見てほしい。いじめの証拠だ」
スマホの画面に映った自分の姿を見た瞬間、彼の顔が固まった。
「……分かりました。やってました。すいません」
静かに、だが確かに彼は認めた。
「でも、できれば誰にも言わないでほしいです」
「分かった。ならば、もうやらないと約束して欲しい。そして取った金は彼に返して欲しい」
俺は少しだけ安堵した。これでようやく解決する。そう思っていた。だが、それは甘かった。
翌日、怒鳴り声と共に保護者が学校に現れた。
「うちの子が泣いてるんですよ!勝手に録音や撮影なんて、まるで警察じゃないですか!」
目の前で怒りを爆発させるその母親は、完全にこちらを悪者扱いしていた。いじめの加害者である自分の子のことなどそっちのけで、「子供の人権」や「プライバシーの侵害」ばかりを主張していた。
俺は言葉を失った。何を言っても聞く耳を持たない。
学校側はどうにか保護者をなだめたようだったが、モヤモヤは消えなかった。
そしてその日の午後、俺は教頭に呼び出された。
「黒崎先生……今回は少しやりすぎです。私たちは警察ではありません。教師という立場を忘れないように」
「……じゃあ、どうすればよかったんですか?」
つい、そう返してしまった。だが教頭はそれ以上何も言わなかった。ただ眉間にシワを寄せたまま、視線を逸らすだけだった。
後日、担任の先生にも同じ問いを投げかけてみた。
「難しいよ。正解なんてない。ただ、あまり強く出すぎると、今回みたいに親が騒ぐ。下手をすれば弁護士まで連れてきて言いくるめようとする。かといって放っておくのも正義じゃない」
「教師って、割に合わない仕事ですね」
「……本当に、そう思うよ」
数日後、その担任は体調不良を理由に休暇を取った。どうやら精神的なものらしい。おそらくは新任の俺以上に教頭に詰め寄られたのだろう。
そして俺は再び教頭に呼び出される。
「君の対応が少し行き過ぎたんじゃないか?担任の先生にも負担がかかったようだしね。もっと穏便に……」
その言葉に、俺は返す言葉を失った。俺のせいであの人の良い担任に迷惑がかかってしまったのだ。
正しいことをしたつもりだった。生徒を守りたかっただけだ。それでも、俺は責められている。担任には迷惑をかけてしまった。
いったい、何が正しいのか。
俺はただ、生徒の未来を守りたかっただけなのに。
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