第49話「教師という重すぎる仕事」
#第49話「教師という重すぎる仕事」
霧島先生が姿を消してから、しばらくが経った。
俺はあの出来事を引きずりつつも、彼女との約束のような気持ちで教師の道を進むことにした。
教師として誰かを導くことができるかもしれない。いじめがあれば助けることができるかもしれない。
あるいはタイムリープしてきた人間と出会うことができれば人生を終えることができるかもしれない。
霧島先生が歩んできたその道を、俺も辿ろうと思う。
初任校では、いきなり担任を任されることはなかった。まあ、当然だろう。まずは副担任から始まることになった。
主担当の教師のもとでクラス運営の補助を行うポジションだ。
ただ正直――その仕事を甘く見ていた。
担任の先生から仕事を振られるたびに、驚きと疲労が積み重なっていく。
配布物の準備、生徒の個別対応、進路指導の補佐、保護者対応、行事の運営、そして記録業務……副担任でもこの忙しさだ。そして担任が楽をしているかと言えばそうではない。
担任の先生はこれをメインで回しているのだ。頭が下がるというか、よく生きてるなって思うレベルだ。とんでもない仕事量。
しかもみんながこれだけ残業しているのに残業量が付かないとため息をついている。おそらく家にも仕事を持ち帰っているのではないだろうか?
他の先生に話を聞けば、「まだましだよ。俺の時代は副担任なんていなかったよ」と笑う。今より大変な……そういう時代もあったらしい。信じられない。
クラスの担任ではない教科担任はどうかと思えば、そちらも大変だ。1つの教科を、全学年・複数クラスに教える。準備に時間はかかるし、テストやレポートの採点で日が変わることも珍しくないらしい。どこも地獄だ。
さらに部活動。まさかの、これも担当が回ってきた。
令和の時代では外部コーチや地域支援の流れで部活動の負担が減ったとは聞いていたが、昭和から平成の時代は普通に先生が部活動の担任をやっている。
「強制ではない。やれる範囲でお願いしている」と言われてもみんながやっているから断れそうにない。もはや半強制だ。
それにしても、何だこれは。ブラック企業と変わらない。いや、それ以上かもしれない。残業代が付かないのにとんでもない仕事量。
「先生って、こんなに働くのか……?」
つい愚痴が漏れる。冗談抜きでブラック企業顔負けの労働環境だ。平成の時代の高校教師ってこんなに大変なのか?
極めつけは――自分専用のパソコンがない。
あるにはあるが全員分ではない。しかもソフトも古くて使いにくい。何と、テスト問題は手書きが基本。今時、そんなことあるか?と心の中で叫んだ。いやまあ平成初期だからこんな感じなのか。
仕方がないから手書きで問題を作って、コピー機の前で並んで印刷して、ホチキスで綴じて……。あまりのアナログさに絶句した。これで生徒数が多かったら、どうなるんだよ……。
俺は副担任という立場ながら、すでに限界を感じていた。
担任になったらどうなる?生徒指導、家庭訪問、進路の責任まで背負うことになる。時間がいくらあっても足りない。正直、心が折れそうだった。
でも――
辞めようと思えば、いつでも辞められる。
競馬の記憶がある。金に困っているわけでもない。霧島先生と違って、俺には教師という仕事に強いこだわりがあるわけでもない。
プライドなんて、教師の職なんて捨てようと思えばすぐにでも捨てられる。
それでも、辞めようとは思わなかった。
なぜか? 理由は簡単だ。
――霧島先生がやっていた仕事を、俺もやってみたいと思ったからだ。
霧島先生のように教師になって誰かを導きたい。
更にタイムリープしてきた者に出会えば、俺の人生も終わりを迎えるかもしれない。もう一度やり直すか、すべてを終わらせるか――その選択ができるかもしれない。
ならば、ここで踏ん張るしかない。
逃げるのは簡単だ。でも、前を向いて進むことでしか、見えるものも、見つかるものもない。
俺は教師として、この場所で頑張ってみると決めた。
例えどれだけ過酷でも、霧島先生が選んだ道を、俺は歩いてみたいと思った。
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おそらくこちらが最終章になると思います。もうすぐ終了。今週から月、水、金の1週3回の更新になりますのでご了承ください。
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