13話「夕暮れのスーパーと水川の秘密」
#13話「夕暮れのスーパーと水川の秘密」
水川との距離は、ほんの少しだけ縮まった。
パンを渡した屋上のあの日から、彼女は俺を“無視”しなくなった。
かといっていつもは話しかけてくるわけでもない。
屋上で一緒にいる時だけの関係だ。
「今日はどれがいい」
「じゃあ、たまごパン」
「そればっかだな。他に好きなのがあれば買ってくるぞ。おにぎりでもいいし」
「えっと、サンドイッチがいいかな?」
「分かった。でもあれは競争率高いから期待すんなよ」
水川は真っ赤になっていた。おそらく水川も言った後にあつかましいお願いだと気が付いたのだろう。
うちの購買のサンドイッチはやや値段が高いが人気。一度は食べてみたいと思っている学生は多いがその値段と人気でなかなか食べれないのだよな。
それから少しずつだけど水川とは屋上でいろいろな話をするようになった。かなり距離が近くなっている。
こんな屋上だけの関係も悪くなかったが、、、もちろんそれだけでは終われない。
(もう少し、踏み込むか)
俺はあれから、水川について少し調べた。
成績は学年上位。奨学金をもらっているほどだった。本当に凄い。
人付き合いは少ないが、教師には評判がいい。
そして、家庭の事情――。
「両親は離婚しており母親は長期入院中。実質、小学生の弟と二人暮らし」
古い記録や近所の噂などを組み合わせて辿った情報だ。
母親は持病持ちで入退院を繰り返している。
弟はまだ小さく家事と弟の面倒、入院している母のお見舞いなどを全部水川が引き受けている。
(そりゃ、弁当どころじゃないわな)
日本の母子家庭の現状。それはひどいものだ。
特に親が病気で入院するとどうしようもなくなる。月数万円程度の助成金と児童手当などで生きていけるはずがない。
入院費用などは医療制度でなんとかなるが病院の食事代などは対象外。それだけで手当がほとんど消える。親が入院すると残った子供が生活できるはずがないのだ。それは昭和、平成だけでなく今の令和の時代もたいして変わらない。弱者は切り捨てられる。それが今の日本のシステムだ。
弟には学校の給食があるからまだいい。でも水川自分の昼は後回しにしていた。だからいつも一人で屋上にいたのだ。
彼女はバイト禁止の校則をかいくぐってこっそり深夜の仕分けをしているという話も耳に入った。
勉強しながらバイトもしてあの成績か。たいしたものだ。本当に努力しているのだろう。そりゃ笑顔も消える。笑っている余裕などないだろう。気の毒な話だ。
前世では酷いフラれ方をして恨めしく思ったがとんでもない。ぬくぬくと何不自由なく生活している俺の告白など聞いている場合ではなかっただろう。逆に申し訳なく感じた。
そんなある日の夕方、俺は偶然、水川を見つけた。
帰り道の商店街にあるスーパーの、生鮮コーナー。
学校帰りの買い物客で混雑する中、彼女は一人、冷蔵ケースの前に立ち尽くしていた。
「……」
手にしていたのは、半額シールが貼られた鶏もも肉。
彼女の目は"価格”と“内容量”と“家族の人数”を測っているようだった。半額とは言えそれなりの値段だ。
(買うか、やめるか。……迷ってる)
彼女は何度も値札を見ては、商品を棚に戻しかけまた手に取る。
一歩、二歩――俺は静かに近づいた。
「……なにやってんだよ、水川」
「っ……黒崎?」
驚いて振り向く水川の手から、俺は肉をさっと奪うと、そのままレジへと向かった。
「ちょ、ちょっと待って! なに勝手に!」
「今日、バイト代出たばっかなんだ。ちょっとくらい気にすんな」
「いや、そういう問題じゃ――!」
俺はレジに千円札を出し、肉を袋に入れて渡した。
水川は少し呆れたようにそれを受け取り、軽くため息をつく。
「……余計なことを」
「そっちがもたもたしてたからな。見てらんなかった」
「……今日だけよ。ありがとう」
ポツリと、聞こえるか聞こえないかくらいの感謝の声。
でも、確かに言った。俺はその一言だけで、今日の価値があったと思った。
スーパーを出ると、夕暮れが街を赤く染めていた。
水川は肉の入った袋を両手で大切に抱えながら、ぽつりと話し始めた。
「ありがとう。弟、喜ぶと思う。……鶏の唐揚げ、好きだから」
「……そっか。じゃあ、今日の晩飯は当たりだな」
「……あんたって、時々ほんとズルい」
それは、屋上で聞いた言葉と同じだった。
でもその口調は、前より少しだけ柔らかかった。
――俺は、このまま、少しずつでいい。
水川の中に、俺の“居場所”を作っていこう。
それが打算であれ、演技であれ――最後には、ちゃんと届かせる。
(高校生のうちに彼女を作る。前の人生で得られなかったものを今度こそ)
空は、オレンジ色に染まっていた。
沈む太陽の下で、水川の後ろ姿は、はかなげでそしてやたらと美しく見えた。
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