第5話
一頭の馬が柳川城目指して疾走している。
馬上には柿色の甲冑に身を包んだ八尺の巨人が手綱を引いている。
背中には六尺一寸の長刀を背負っている。
今朝、甲冑は納屋の奥から引っ張り出した。
馬は離れの厩舎で飼っていた。
大石進種昌は引き止めるお鈴を家に残し、単身で柳川城に向かった。
柳川城の堀の前には鎧兜に身を包んだ藩士や足軽たちの軍勢が馬蹄形に陣を組んでいる。
種昌は馬を停め、軍勢に対峙する。
おれ一人を撃つために数百人の兵を集めたのか。
狂ってるとしか言いようがない。種昌は心中で独り言ちる。
ならば受けて立つぞ。必ずや妻と息子の仇を取ってやる。
炎が燃え広がるように名状しがたい怒りの念がこみ上げてくる。
「ヌォオオオオー」
背中の長刀の抜くと馬を疾駆させ、軍勢に突進する。
弓矢や火縄銃の鉄砲玉が無数に飛んでくるが、長刀を上下左右に振り回し、すべて叩き落とす。
掘の側まで来ると兵たちが種昌に馬を取り囲み、槍で突こうするが、種正は素早く長刀を左右に薙ぐ。
長刀に切られた槍の穂先に混じって、兜をかぶったままの複数の兵の首が血を吹き出しながら宙を舞う。
「ゆくぞ」
種昌は馬に気合を入れると、馬は「ヒヒィーン」と鳴きながら、のけぞるように前足を高く上げる。
種昌は両足で馬の胴体を挟むように蹴る。
それが合図のように馬は助走し、堀の手間で大きく跳躍して堀を飛び越える。
着地をするとき馬は転倒し、種昌は地面に投げ出される。
立ち上がると三騎の騎馬武者が種昌を取り囲み、槍を穂先を向ける。
「おまえら」
種昌がののしる。
「さしでおれと戦う気概がないんか。たわけ者が」
種昌は長刀を左右に薙ぐ。
馬の首が三つ吹き飛び、三人の騎馬武者が地面に倒れる。
三人とも起き上がる前に種昌の長刀が襲いかかり、二度と生きて起き上がることはなかった。
騎馬武者ともあろう者が軟弱者ばかりとは。
種昌は吐息をもらす。
もっと殺しがいのある相手はいないのか。
大石神影流を駆使するにふさわしい相手でないと、刀も体も錆びついてしまう。
そのときふと右腿に激痛が走る。
種昌は思わず、しゃがみ込む。
右腿に矢が刺さっている。慌てて矢を抜き捨てるが足のしびれは続いている。
顔を上げると櫓に弓を構える兵がいる。兵は烏帽子をかぶっている。
次の瞬間、矢が二本飛んでくるが、種昌は地面を転がってかろうじてよける。
懐から手裏剣を取り出し、櫓に投げる。
ややあって、烏帽子をかぶった兵の体が弓とともに櫓から落ちる。背中に矢筒を背負い、額に手裏剣が刺さっている。
種昌は起き上がろうとする。しかし右腿に激痛が走り、起き上がれない。
そればかりか全身にしびれが回り、体を動かせない。意識が次第に遠のいていく
先ほどの矢に毒が塗ってあったのか。
そのうちに今度は薙刀を持った四人の足軽が種昌を見つけ、周囲を取り囲む。
体を動かせない種昌はもはやこれまでと観念しかける。
するとどこからともなく翁の面頬をかぶった侍が抜刀して現れ、四人の足軽をたちどころに斬り捨てる。
「師匠」
面頬をかぶった侍が種昌に言う。
「だれだ。お主は」
種昌が言うと侍は面頬を脱ぎ捨てる。
翁の面にもひげがついていたが、脱いでもまだひげが見える。
「拙者をお忘れか。鳥海弥左衛門でござる」
種昌は思い出した。
土佐藩・致道館で道場破りに来た男。
種昌に失神させられ、介抱したところ、意識を取り戻した弥左衛門は種昌に弟子入りを申し出た。
最初は断ったが執拗に頼むので根負けして弟子にした。
もともと剣の筋はいいのかすぐに腕を上げた。
ところが半年前、また武者修行に戻りたいとのことで、致道館から出て行った。
「矢の毒にはこれが効くでござる」
懐から軟膏を取り出すと、弥左衛門は種昌の右腿の傷口に塗る。
効果はてきめんだった。体全身のしびれはたちまち引いていき、種昌は立てるようになった。
「ところで弥左衛門。おまえはなぜここにいるのじゃ」
種昌に問われると弥左衛門は話し出した。
武者修行をしている途中、種昌が幕府と柳川藩から命をねらわれているといううわさを耳にした。
たまたま肥後地方に来ていたので、ここは昔の師匠に恩返ししたいと考えた。
今朝、種昌の実家を訪ねると留守番をしていたお鈴から、柳川城へ甲冑を着て馬に乗り、一人で進撃したとのこと。
案の定、柳川城に来てみると種昌が孤軍奮闘している。ここは自分が助太刀するのが筋だと考えた。
弥左衛門は手短にそのように伝えた。
(つづく)




