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幕末巨人剣豪異聞  作者: カキヒト・シラズ


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第10話

 翌朝、お鈴を「蜜柑屋」に残すと、四人の侍は下田海岸へ出かけた。

 海上には七隻の黒船が停泊している。

 いずれも見たことがないほど巨大な船だった。

 吉田松陰、金子重之輔の二人は湾岸から中州を伝い、弁天島へ向かう。

 大石進種昌と鳥海弥左衛門がその後に続く。

 弁天島には漁民の小舟が数艘、桟橋に泊めてある。

「こいつを拝借しよう」

 吉田が言う。

 吉田と金子は一艘の小舟に乗り込み、もやいを解いて黒船に進んでいく。

 種昌と弥左衛門もそれを真似、別の小舟に乗って後を追う。

「大石殿」

 吉田が言う。

「ぼくたちはメリケンに行くつもりだが、君たちはどうされるか」

「吉田殿がメリケンに行くなら」

 種昌が言う。

「お供してついて行くまでのこと」

 やがて一隻の黒船に近づくと、吉田と金子は右舷をよじ登り、乗船する。

 種昌は櫓をこいでいる弥左衛門にここに残るよう命じる。もしものときはすぐ逃げ出せるよう、弥左衛門を小舟に残しておくことを種昌は考えた。

 種昌は吉田たちを真似、右舷をよじ登る。




 種昌が甲板に登ると、八尺近い、金髪の大男の水平がモップで床を拭いている。

「ハリー」

 船室のドアが開いて声がすると大男はドアまで小走りに近づく。彼の名はハリーなのだろう。

 吉田と金子は手持無沙汰で佇んている様子だ。

 ハリーは再び、床掃除を始めるが、そのうちに三人の闖入者に気づいた様子で、モップを捨て、腰のサーベルを抜き、こちらに近づいてくる。

 金子が阿蘭陀語でなにやら話す。

 するとハリーはこちらに来いと手招きする。

 船室のドアを開け、ハリーは人を呼ぶ。

 しばらくして二人の水夫が出てくる。一人は金髪のひげ面の男、もう一人は黒髪の男。二人とも腰に銃を下げている。

 種昌たち三人は船室の方へ歩いていく。

「ハリー提督に会いたい」

 吉田が言う。

「ぼくたちはメリケンに行きたい。提督に伝えてほしい」

 金子が横で阿蘭陀語に通訳する。

 ひげ面の水夫が阿蘭陀語で返事をする。

「このミシシッピ号にはペリー提督は乗船してない。隣のポーハタン号にいるから、これから短艇で移動しよう。船室に来てくれ」 

 金子が日本語に訳す。

 吉田と金子はひげ面の水夫に案内されて船室に入っていく。

 種昌が続こうとすると、ハリーがそうはさせじと手で制す。

「go away」

 ハリーが叫ぶ。

 意味はわからなかったが、自分だけは招かれざる客であるようだと種昌は悟った。

 ハリーはサーベルを種昌に突きつける。

 種昌は仕方なく背中の長刀を抜刀する。

 するとハリーはサーベルで攻撃してくる。

 種昌は長刀で応戦する。

 突き技は大石神影流の得意とするところであったが、フェンシングの攻撃はそれを上回る。

 種昌は逃げるように甲板を掛け出す。

 ハリーが後を追う。

 甲板中央部のマストを長刀を横に薙いで切断する。

 マストが倒れ、ハリーの頭部を直撃する。

 ハリーの意識が朦朧としているところを狙い、みぞおちを突く。

 刀を引き抜くと血を吹き出しながらハリーは前のめりに倒れる。

 手足を痙攣させていたが、ほどなくして動かなくなる。

 種昌が長刀を鞘にしまうと、銃声が響く。

 船室のドアの近くに黒髪の水夫が銃を構えている。

 種昌の頬から一筋の血が滴る。

 次の銃声を聞く前に種昌は甲板から飛び降り、弥左衛門が待っている小舟に飛び込む。

「速く船を出せ。退散だ」

 種昌が叫ぶと弥左衛門は慌てて船を出す。

 黒髪の水夫は甲板から種昌たちに向けて銃を乱射する。

 しかし波が荒くなってきたせいで黒船自体が揺れ、銃の玉は当たりにくかった。




「これからの日本は」

 お鈴が言う。

「尊王攘夷というより尊王開国になりそうです。

 幕府は潰れますが、それでも開国して国力を強くする方向へ行きそうです」

 ちゃぶ台の上には太漏斗歌留多(タロットカルタ)が並んでいる。

 「蜜柑屋」で留守番していたお鈴は一日中、太漏斗歌留多(タロットカルタ)で占っていたという。

 種昌と弥左衛門は放心したようにお鈴の話を聞いている。

 大きな怪我はしなかったが、危険な冒険をしてきたせいで種昌は少し疲れていた。

「吉田松陰という男ですが、処刑される運命にあるようです」


 ペリーの黒船が浦賀にやって来てから一年後、嘉永七年(1854年)、日米和親条約を横浜で締結。その後、ペリーは下田海岸沖に黒船を停泊させた。

 吉田松陰と金子重之輔はポーハタン号に乗船できたがペリーは面会を拒否し、短艇で岸まで帰された。

 この密航未遂事件の罪状により、吉田と金子は江戸の伝馬町獄に投獄される。約一年後に牢屋から出されると、吉田は長州に戻り、松下村塾を開塾。明治維新の志士たちを育成することになる。

 その後、安政六年(1859年)、吉田は幕府から危険思想家と見なされ、処刑される。享年二十九歳。いわゆる安政の大獄である。


(つづく)



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