枕を抱いて寝る夜は、だいたいひとり反省会が始まる。
夜の帳が静かに降り、窓の外では白く澄んだ月が、屋根越しに淡い光を注いでいた。
カーテンの隙間から射し込むその輝きは、ベッドサイドのランプの明かりと混ざり合い、室内に柔らかな陰影を落としている。
レオノールは着慣れた寝巻きのまま、天蓋付きのベッドに身体を預け、ゆっくりと仰向けになった。
かすかに寝具が沈み、ひんやりとしたリネンの感触が肌に心地よく馴染む。
頭の横には開きかけの本と、使いかけの羽ペンが転がっており、それらをそっと手で押しのけてから枕をぎゅっと抱きしめる。
息を吐きながら、レオノールは天井を見つめ、まばたきをひとつ。
今日の出来事をゆっくりと思い返していた。
(……久しぶりに三人で話せて、楽しかったな)
静かな部屋の中に、あのカフェで漂っていた紅茶の香りがふと蘇るような気がした。
ラフィーナの明るい声、カッシュの落ち着いた語り口、ティーカップが鳴る音。
どれも穏やかで、心をくすぐるようなあたたかさに満ちていた。
(『見たかった』って言ってたな、ラフィーナ。レオフィア姿のオレ……)
ふと唇が緩み、枕に顔を半分埋める。
まるでいたずらをした後のように、少し照れくさく、でも嬉しそうな笑みがこぼれた。
(カメラでもあれば、見せてあげられたんだけどな……)
けれど、この世界にそんな便利なものはない。
その代わりにあるのは――魔法。
そして、それを使える自分自身の力。
(前の世界では色んな便利なものがあった。でも……)
片足をくるりと布団の外に出しながら、横を向く。
(こっちはこっちで、ちゃんと楽しいな)
炎は空気を割くように走り、赤い舌を揺らめかせて対象を焼く。
水はしなやかに形を変えながら舞い、瞬時に氷にも霧にも姿を変える。
風は目に見えぬ刃となって吹き抜け、敵の体勢を乱す鋭さを持つ。
土は大地をうねらせて壁を立て、あるいは拳のように隆起して攻撃を仕掛ける。
学び、鍛え、強くなる実感は、どんなゲームよりも生々しくて、面白かった。
(剣も、思ったよりいけたし……。護衛がいなくても、今のオレなら何とかできる)
そう思いながら、枕をくいっと引き寄せて、腕の中に抱える。
けれど、だからといって無防備でいるわけにはいかない。
『レオフィア』としての自分は、あくまで貴族の令嬢。
慎みと格式を守るべき立場だ。
(でも、レオノールのときは自由でいられる。こっちは……好きなようにできる)
誰にも気づかれずに歩ける街並み。
静かな夜に、ふと魔法を試したくなるときがある。
風を感じ、火を揺らし、水のきらめきに目を奪われ、土の重みに指先を沈める――そんな些細な時間が、とても心地よい。
冒険者ギルドにこっそり登録しようとしたこともあった。
けれど、申請用紙に名前を書いた瞬間――カッシュがすっと背後から現れた。
「……何をしているんだ、レオノール」
そのときの無表情の中に、怒気を孕んだ瞳。
普段は冷静なカッシュが、書類を指でトン、と叩いたあの仕草を思い出すだけで、背筋がひやりとする。
(あのときの顔、ちょっと怖かったな……)
ククッと喉が鳴る。
笑いというより、もはや反射だ。
けれど、後悔はしていない。
むしろ、またいつか挑戦してやろうという気持ちの方が強かった。
(今度は、三人で行くのもアリかもな)
ラフィーナの治癒魔法とカッシュの防御魔法。
それに自分の攻撃魔法。
考えてみれば、パーティ編成としては意外とバランスがいいかもしれない。
(……にしても)
仰向けになったまま、抱いていた枕をぐっと引き寄せて頬を押しつける。
ふたりが口にした『好きな人』のことが、ふと頭をよぎった。
(……誰だろ?)
さっきまではなんともなかったはずなのに、今になってじわじわと気になってくる。
ラフィーナも、カッシュも、あんなにはっきり『他にいる』って言った。
(気にしちゃダメ、だよな。詮索するのは、ちょっと違うし)
でも、自分がそこに含まれていないことに、なぜかほんの少しだけ、胸がきゅっとなった。
分かってる。
聞いても、答えなんてもらえないってことも。
それでも、どこか置いて行かれたような気持ちが拭いきれなくて。
(……教えてくれたら、ちゃんと祝福したのにな)
枕の縁を握ったまま、小さく笑って、レオノールはまぶたを閉じた。
部屋の中は静かだった。
聞こえるのは、ランプの火がかすかに揺れる音だけ。
(……でも、もしうまくいかなくなったら。そのときは、オレがそばにいればいいか)
ひとつ、深く息を吐き、背中を丸めて枕に顔を埋める。
そして、ゆるやかな月明かりの中で静かに眠りへと落ちていく。
静寂に溶けるように、その背中はそっと夜の帳に抱かれていた。
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