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こんな裏設定があるなんて聞いてない!裏設定を知ったオレは悪役令嬢の婚約破棄を目指します。  作者: 雪野耳子


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35/69

目覚めたら知らない部屋でした。

 闇の中、光が明滅する。

(お、れ……は……)

 明滅する光が徐々に増えて行き、闇が真っ白に染まっていく。

(……おれ、は……)

 意識がゆっくりと浮上していく。

 ふわりと包み込む柔らかな布の感触。

 仄かに漂う清潔なリネンの香り。

 夢の中にいるような心地よさと、どこか違和感のある現実感が混ざり合う。

 まぶたを持ち上げると、ぼんやりとした視界の中に映るのは——知らない天井。

 瞬きをすると、徐々に輪郭がはっきりしていく。

 静寂の中、微かに水の滴る音が耳に届いた。それは現実のものか、夢の残響か。

 レオノールは息を詰まらせる。

 胸の奥で鈍い痛みがくすぶるように響いた。

 この場所はどこだ?

 何が起きた?

 鼓動がわずかに速まる。

 霧がかった思考の奥を手探りし、記憶をたぐり寄せる。

(確か……俺は、あの店の、地下で……)

 剣を抜いた感触、響く金属音、敵の怒号。

 目の前にあったのは戦場だった。

 戦わなければならなかった。

 みんなを助けるために。

 そして……脇腹を深々と貫いた、あの鋭い痛み。

 全身がびくりと震える。

 それと同時に、無意識に体を起こそうとした。

「……っ!」

 瞬間、鈍い衝撃が全身を駆け抜ける。

 痛みが鈍く響き、息が詰まる。

 まるで体が重しに縛られているかのような感覚。

 鉛のように沈む腕、動かない指先。

 それでも、歯を食いしばりながらゆっくりと脇腹へ手を添えた。

 掌越しに伝わる、わずかに熱を持つ皮膚。

 傷口は、まだそこにあった。

 慎重に指先を滑らせる。

 布の上から撫でるように触れると、確かに縫合された感触がある。

 完全に治ったわけではない。

 だが、しっかりとふさがっていた。

(……治癒魔法か?)

 安堵とも困惑ともつかない感情が胸をよぎる。

 助かったのか?

 しかし、ここはどこなのか。

 誰が自分を治療したのか。

 何が起こったのか。

 じわじわと冷たい焦燥が広がっていく。

 レオノールはゆっくりと息を吐いた。

 今、すべきことは一つしかない。

 状況を確認しなければ。

 次の瞬間、違和感に気づいた。

(……ん?)

 手の感触が、いつもと違う。

 布の質感が違う。

(何だ、これ……?)

 着替えさせられていた。

 心臓が跳ねた。

 元々着ていた服ではない。

 手触りの良い、ゆったりとした寝間着。

(マズい……これは、ヤバい……)

 何が起こった?

 誰がこれを?

 どこで?

 焦燥感がじわじわと胸を締めつける。

 レオノールは急いで周囲を見渡した。

 知らない部屋。

 高級そうな家具が整然と配置され、壁には繊細な装飾が施されている。

 深みのある木の色合いが、どこか静謐な雰囲気を醸し出していた。

 窓から差し込む光が、重厚なカーテンの隙間からわずかにこぼれ、室内に淡い影を落としている。

(ここ……どこだ?)

 混乱する頭を抱えたその時、扉が静かに開いた。

「失礼いたします」

 優雅な動作で入ってきたのは、整った身なりの女性だった。

 シンプルながら質の良い布地の侍女服。

 動作の一つひとつに、無駄のない洗練された所作が感じられる。

 しかし、彼女がレオノールの目が覚めていることに気づいた。

「っ……!」

 息を呑むように驚いた。

 次の瞬間、慌てて姿勢を正し、少しうわずった声を上げた。

「若様をお呼びしてまいります!」

 彼女は足音も軽く、ほぼ駆けるようにして部屋を出て行った。

 扉が閉まる音が、妙に大きく響く。

(……若様?)

 誰だ、それ。

 そんな人物に心当たりはない。

(というか……着替えさせられた上に、若様って……どういう状況だよ!?)

 じわじわと背筋に冷たい汗が滲む。

 このままここにいていいのか?

 それとも……逃げるべきか?

 そう考え、ベッドから足を下ろした瞬間、勢いよく扉が開かれた。

「レオノール!」

 駆け込んできたのは、カッシュとラフィーナ。

 次の瞬間、ラフィーナが涙を滲ませながら飛び込んできた。

 華奢な肩が細かく震えている。

「よかった……! 本当に……よかった……!」

 その声は、どれほど心配をかけたのかを物語っていた。

 彼女の腕がきつくしがみついてくる。

 レオノールは戸惑いながらも、彼女の背を優しく叩いた。

 一方、カッシュは深く息をつき、低く呟いた。

「……無事で、よかった。」

 その言葉に、レオノールは少し気まずい気持ちになる。

「心配、かけたみたいだな……。」

 だが、その言葉を聞いた途端——

 カッシュの表情が険しくなった。

「当たり前だ!」

 叩きつけるような言葉に、レオノールは思わず身を引く。

「なぜ、あんなところにいた? それに、なぜレオフィアに変装してまで潜入した?」

「え?」

 レオノールの思考が止まる。

「女性でなければ潜入できないのは分かる。だが、だからといって双子だからとレオフィアに変装するなんて……!」

 レオノールはようやく気づいた。

(そうか……この二人、俺がレオフィアに変装していたと思ってるのか……!)

 事情を知らない二人は、レオノールが意図的にレオフィアになりすましていたと誤解している。

(マズいな……話がややこしくなってきたぞ……)

 全てを説明するか、それとも誤解のままやり過ごすか。

(……悩む。めちゃくちゃ悩む……どうしよう)

 二人の視線が、心配そうにレオノールを見つめていた。

 その視線を受け止めるだけで、心がざわつく。

 カッシュは普段冷静なはずなのに、今は抑えきれない苛立ちが滲んでいる。

 ラフィーナは目元を赤く染め、今にも泣きそうな顔でこちらを見つめていた。

 この二人は、俺を本気で心配してくれている。

 それは分かる。分かっている。

(だけど……全部話したら、何て思われる? 俺が本当は……)

 喉の奥に言葉が引っかかる。

 話すべきだ。そう分かっているのに、言葉にするのが怖い。

 今まで隠してきたことを明かせば、二人の反応がどうなるか分からない。

 困惑するかもしれない。怒るかもしれない。

(……でも、誤魔化せるのか? この状況で……?)

 視線を向ければ、ラフィーナの瞳には純粋な不安が宿っていた。

 カッシュの眉間には、深い皺が刻まれていた。

 二人とも、俺の言葉を待っている。

 俺が何を言うのか、聞く準備をしている。

(もう……騙すのは嫌だ)

 沈黙を破るように、ゆっくりと息を吸った。

 胸の奥に絡みつく迷いを振り払い、今、すべきことを決める。

 そして、まっすぐ二人を見据える。

「……全部、話すよ」

 そう言った途端、胸の奥にわずかな重みが広がった。

 それは、安堵と緊張が入り混じった奇妙な感覚だった。

 ラフィーナは涙の滲んだ瞳で、じっとレオノールを見つめる。

 期待と不安が入り交じった表情。

 カッシュも腕を組み、視線を逸らさずにいる。

 ただの詰問ではない。

 彼らは真実を聞く覚悟を決めているのだと、痛いほど伝わってくる。

 レオノールは唾を飲み込み、わずかに震える手を膝の上に置いた。

 どこから話せばいい?

 何から伝えるべきか?

 心臓が小さく跳ねる。

 指先が、汗ばむほどの緊張を帯びていた。

 窓の外では、夜の帳が静かに降りている。

 星の光が薄闇を縫い、遠くでかすかな風の音が聞こえた。

 部屋の中は暖かいはずなのに、背筋にひやりとした感覚が走る。

 ラフィーナが、そっと口を開いた。

「レオノール……本当に、大丈夫なの?」

 その声は震えていた。

 ただ心配しているのではない。

 レオノールが語る真実が、彼自身をさらに傷つけるのではないかと恐れているのだ。

 ふっと、苦笑が漏れそうになる。

 どれだけ心配をかけてしまったのか、今さら痛感する。

 カッシュが、わずかに眉をひそめながら口を開いた。

「お前が何をしていたのか……全部聞く。だが、覚悟しろよ」

 レオノールは静かに頷いた。

 もはや、誤魔化す理由はどこにもない。

 手を握りしめ、口を開こうとした。

 だが、思いのほか言葉が出てこない。

 まるで喉の奥に絡まっているかのように、重い沈黙が訪れた。

(……落ち着け)

 もう迷うな。

 隠すことに意味はない。

 ふうっと、長く息を吐く。

 そして、ゆっくりと口を開いた。

「俺は……」

 その一言を皮切りに、夜の静寂の中で、真実が紡がれ始めた。



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