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こんな裏設定があるなんて聞いてない!裏設定を知ったオレは悪役令嬢の婚約破棄を目指します。  作者: 雪野耳子


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33/69

助けに来たのに助けられました。

 夜の酒場の裏手、湿った石畳の上に身を潜めながら、ジットは不安そうに仲間たちを見回した。

 路地の隅には打ち捨てられた木箱や酒瓶が転がり、夜の冷気が肌を刺す。

「姉ちゃん……本当にここにいるのか?」

 そっと酒場の窓へ目を向ける。

 薄いカーテン越しに明かりが揺れ、何人かの人影が映し出されている。

 外からでは詳細はわからないが、間違いなく人の気配があった。

「さっき、ここに連れ込まれるのを見たんだ」

 ジットは拳を強く握りしめる。

 と、その時。

「……お前ら、こんなところで何をしている?」

 低く、静かな声が背後から響いた。

 ジットの背筋が凍りつく。仲間たちも息をのんだ。

 反射的に振り返ると、暗がりの中から長身の影がゆっくりと現れる。

 その瞳が鋭く光り、こちらを射抜く。

「ちょ、ちょっと! 放せ!」

「俺たちは何も悪いことしてない!」

 必死に逃げようとするが、すぐに腕を掴まれた。

 力の差は歴然で、振り払うこともできない。

 すると、別の方向から足音が近づき、複数の影が現れた。

 夜風にたなびく青を基調とした制服――警備隊だった。

「そこまでだ」

 鋭い声が響く。

 前へと進み出たのは、隊長らしき男。

 淡い月明かりに照らされた横顔は冷静で、だが油断のない視線がジットたちを射抜いた。

「こんな時間に、こんな場所で何をしているんだ?」

 ジットは唇を噛みながら答える。

「姉ちゃんが……姉ちゃんが、あの店にいるんだ!」

 その言葉に、男――カッシュ・グラードはわずかに眉をひそめた。

「あんなところに?」

 視線を酒場へと向ける。外観は普通の酒場だが、カッシュの表情には疑念が浮かぶ。

 実は、この店は以前から警備隊の捜査対象となっていた。

 裏で何かしらの違法取引が行われているとの情報があったが、確たる証拠はなく、今まで動くに至っていなかった。

 カッシュは小さく息を吐き、ジットたちに目を戻す。

「……俺が様子を見てきてやる。お前らはここで待っていろ」

 そう言い残し、部下にジットたちの見張りを命じると、酒場の入り口へと向かった。

 扉を押し開けると、むわっとした酒と煙草の匂いが鼻を突いた。

 空気は淀み、薄暗いランプの明かりがぼんやりと店内を照らしている。

「いらっしゃい……こんな時間に珍しいねえ」

 カウンターにいた店員が、笑みを浮かべながらも、その目には警戒の色が滲んでいた。

「店主を呼んでくれ」

 カッシュは静かに言った。

「店主? どうしてまた?」

「少し話がある。いいから呼んでくれ」

 店員が渋い顔をしながら奥へと歩き出す。

 その背中を見送った瞬間――。


 ドォォン!!


 突然、店の奥から爆発音が響き渡った。

「なっ……!?」

 激しい衝撃とともに、店全体が震える。

 天井からホコリが舞い、客たちが悲鳴を上げて逃げ出した。

「待って! そこはっ!」

 店員が慌てて制止しようとするが、カッシュはすでに駆け出していた。

 薄暗い廊下を突き進むと、奥の部屋の扉が吹き飛び、そこから煙と炎が立ち上っている。

 焦げ臭い匂いが鼻をつき、視界が霞む中で、地面に倒れる人影が目に入った。

 血の匂いが混じっている。

「レフィア……!?」

 カッシュは思わず息を呑んだ。


◆     ◆     ◆


「……親方が呼んでる」

 重々しく軋む鉄扉の向こうから、無骨な男たちが無造作に足を踏み入れた。その視線は冷たく、微かな期待すら許さない圧力が漂う。

 彼らのひとりがレオノールの腕を荒々しく掴む。

(……いいタイミングだ)

 レオノールは静かに目を閉じた。血の気が引くような緊張が張り詰めるが、内なる鼓動は冷静さを保っている。

「行くぞ」

 男たちは有無を言わせずレオノールを引き立てようとする。

 足音が地下の湿った床を叩く。

 数歩進んだところで、レオノールは息を潜めたまま一気に動いた。

「今だっ!」

 一瞬の隙を突き、レオノールは身体を捻った。勢いよく腕を引き剥がし、相手の懐に滑り込むと、腰の剣を素早く奪い取る。

「なっ――!?」

 驚愕に目を見開く男。その喉元に冷たい刃を突きつけた。

「捕まってるフリをするのも、なかなか大変だったよ」

 レオノールは冷笑を浮かべながら、剣の切っ先を揺らす。

 他の男たちが一斉に動き出す。

 しかし、彼女の目は鋭く、冷静に状況を把握する。

(まずは場をなんとかしないと。ラフィーナたちを助けるのはその後だ)

 その思考が巡る刹那、重々しい足音が響いた。

「へぇ……思ったより、やるじゃねぇか」

 奥の扉が開き、脂ぎった笑みを浮かべた親方が悠々と姿を現す。

 その目は獲物を品定めするような嫌悪感を伴う視線だった。

「だがな、お嬢ちゃん――」

 親方が顎をしゃくると、別の男が動いた。

 レオノールが反応するよりも早く、ラフィーナが捕えられた。

「ッ……!」

 ナイフが白い首筋に突きつけられる。

 ラフィーナの目が怯えに揺れ、喉が細かく震えていた。

「どうする? そいつを助けたければ、大人しく剣を置くんだな」

 親方の声は愉悦に満ちている。

 レオノールの手が止まる。

(……どうする?)

 この状況で剣を置けば、確実に不利になる。

 しかし、ラフィーナが殺される可能性を考えると迂闊に動けない。

「えいっ!」

 その時だった。

 ラフィーナが、男の足を思いっきり踏みつけた。

「がっ……!?」

 鈍い音が響き、男が痛みによろめく。

 その隙を逃さず、ラフィーナは力いっぱい身を捻る。

 しかし、その勢いで男の手が弾かれ、彼女の身体が床に投げ出された。

「クソガキがッ!」

 怒りに燃えた男が、剣を振りかざす。

「ラフィーナ!」

 レオノールは迷わず飛び込んだ。

 その瞬間、鈍い感触が脇腹を貫く。

「……ッ!」

 熱が広がる。まとわりつく痛みが全身を襲い、呼吸が乱れる。

(……しくじった)

 剣を握る男の歯を食いしばった表情が目に入る。

 しかし、後悔している暇はない。

「……クッ」

 レオノールは歯を食いしばると、風魔法を発動させた。

「ウィンド・ブラスト!」

 轟音とともに衝撃波が巻き起こり、男は壁に叩きつけられるように吹き飛ばされた。

 さらに、出口を確保するため、全力で火炎魔法を放つ。


 ドォォン!!


 壁が爆ぜ、炎が爆風と共に立ち上る。

 激しい熱風が地下を駆け抜け、瓦礫が崩れ落ちる。

 煙が充満し、視界が霞む。

「みんな、逃げろ!」

 囚われていた人々が、一斉に駆け出す。

 その中で、ラフィーナだけは動かなかった。

 目の前で崩れ落ちるレオノールに駆け寄り、震える腕でしがみつく。

「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

 彼女の涙が、レオノールの頬に落ちた。

 レオノールは微笑し、震える指でラフィーナの頭をそっと撫でる。

「……勝手に庇ったのは、私だから……泣かないで」

 視界がぐにゃりと歪む。

(……ヤバいな、これ)

 意識が揺らぐ中で、踏み込んできた影が目に入る。

「レオフィア!」

 カッシュ・グラードが駆け込んできた。

 剣を片手にしたまま、すぐさま状況を把握し、険しい顔でレオノールを抱き起こす。

「クソ……出血が多い。治癒魔法師はいないのか!?」

 彼の声が焦燥に滲む。

 周囲の警備隊員が駆け込んでくるが、すぐに治療できる者はいない。

 レオノールは口を開こうとしたが、言葉が出ない。

 意識が沈み込んでいく。

 その時、淡い光が辺りを包んだ。

 驚いたようにカッシュがラフィーナを見る。

 ラフィーナの身体が静かに輝き始めていた。

 指先がじんわりと熱を帯びる。

 体の奥底から何かが湧き上がる感覚。

「……これ、何?」

 レオノールは呆然としながら、光に包まれる感覚を覚えた。

 視界が揺らぐ。

(……ああ、眠くなってきたな)

 光の温もりに包まれながら、意識がゆっくりと、闇の中へと沈んでいった。

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