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こんな裏設定があるなんて聞いてない!裏設定を知ったオレは悪役令嬢の婚約破棄を目指します。  作者: 雪野耳子


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31/69

華麗に潜入捜査開始です。

 レオノールはジットの姉の服を手に取り、軽く広げてみた。

 どこにでもいる町娘が着ていそうな、素朴なワンピースだ。

 飾り気はないが、その分、街に紛れ込むにはうってつけだ。

 指先で生地の感触を確かめながら、ふと口元を緩める。

「よし、ちょっと着てみるか」

 そう呟くや否や、迷うことなく手早く着替え始めた。

「えっ?!」

「ちょ、兄ちゃん?!」

 突然服を脱ぎだしたレオノールに、ジットとミルドは慌てふためき、顔を真っ赤にして背を向ける。

 肩越しにチラチラと様子を窺うが、レオノールは全く気にする様子もない。

「いや、何驚いてるんだよ。男が着替えるくらいで」

 袖を通しながら、平然とした口調で言う。

「いやいやいや! 兄ちゃん、それは……!」

「何?」

 ワンピースの裾を軽く整え、腕を回して動きやすさを確かめる。

 元々華奢な体つきのせいか、思ったよりもしっくりきた。

 軽く伸びをして鏡代わりのガラス戸に目を向けると、そこには見慣れない"少女"の姿が映っていた。

 柔らかい布地が身体を包み込み、普段の無造作な服装とはまるで違う。

 レオノールは一度髪をほどき、手ぐしで軽く整えながら、いつもより高めの位置で結び直した。

 ほどよくラフなまとめ髪は、街で見かける娘たちとそう変わらない。

「どうだ?」

 レオノールが振り返ると、ジットとミルドは完全に固まっていた。

 口を開けたまま言葉を失っている。

「……兄ちゃん、本当は姉ちゃんだったのか?!?」

 二人はほぼ同時に叫び、レオノールをまじまじと見つめる。

 レオノールは一瞬だけ何も言わずに、口元を押さえる。

 そして、わざとらしく頷きながら、ふっ……と微かに笑った。

「……さて、どう思う?」

 いたずらっぽく問いかけると、ジットとミルドは慌てて顔を見合わせる。

「えっ、えっ、本当に……?」

「いやいや、待てよ……!」

 その反応を楽しむように、レオノールは肩をすくめて笑う。

「残念、兄ちゃんだよ」

 それを聞いた瞬間、ジットが「紛らわしい!」と叫び、ミルドは「マジで焦った……」と額を押さえた。

 レオノールはもう一度ガラス戸に映る自分を眺めた。

 髪を結び直し、ふわりとした裾を軽く揺らしてみる。

 どこにでもいそうな町娘の姿に見えた。

(おお、思ったよりそれっぽいな)

 口元に笑みを浮かべ、満足げに頷く。

「完璧だな」

 最後にジットたちに向き直り、念を押すように言った。

「遅いから寝てろよ。子供が夜更かしすると大きくなれないぞ」

「……お前が言うなよ」

 ジットが口を尖らせるが、レオノールは軽く肩をすくめ、家を出た。

 レオノールが去った後、家の中は一瞬の沈黙に包まれる。

 薄暗い部屋に残るのは、彼が脱ぎ捨てた服と、まだ余韻を引きずるジットとミルドの姿。

 そして、ジットがミルドを見た。

「なぁ……つけてみねぇ?」

「だよな!」

 二人は顔を見合わせると、こっそりと立ち上がると二人はこそこそと動き出した。

 ミルドは大げさに忍び足をし、ジットは「しっ」と口に指を当てる。

 だが、気づかれまいと意識するあまり、壁に肘をぶつけかけて慌てて止まる。

「声出すなって! 見つかったらどうすんだよ!」

「わかってるって……って、兄ちゃん歩くの速くね?」

「くそっ、ついてくの大変……っ!」

 ジットが息を切らしながらミルドに囁く。

「そんなこと言ってる間に見失うぞ!」

 レオノールは特に警戒している様子もなく、さっさと夜の街を歩いていく。

 その背中を見失わないようにしながら、二人は建物の影に隠れつつ後を追った。


◆       ◆       ◆


 夜の街は、深い静寂に包まれ始めていた。

 だが、飲み屋街へ足を踏み入れた途端、空気は一変する。

 熱気と喧騒が入り混じる空間では、酒をあおる男たちの笑い声、どこか場違いな音楽、そして嬌声が飛び交っていた。

 街角では、身を寄せ合う女たちが男たちの袖を引き、誘うように囁いている。

(なるほどな……ここが待ち合わせ場所か)

 レオノールは目の前の小さな酒場を見上げた。

 他の賑やかな店とは違い、どこか陰気な雰囲気が漂っている。

 看板はくすみ、扉の蝶番は錆びつき、明かりも薄暗い。

 客を選ぶような、排他的な空気がある。

 入口の扉を開けた瞬間、数人の客の視線がこちらに向く。

 だが、それは一瞬のことで、すぐにまたそれぞれの酒へと戻っていく。

 それがかえって不自然に思えた。

 空気には酒と煙草の匂いに混じり、どこか鉄錆びのような異臭が漂っている。

 まるでここが、ただの飲み屋ではないと匂わせるようだ。

(……この店、ただの飲み屋じゃないな)

 カウンターの向こうで、ワイングラスを拭いていた女性店員が、ゆるく巻いた髪を肩越しに払いながら視線を向けた。

 ルージュの引かれた唇が、薄く微笑む。

「……仕事ねぇ」

 低く掠れた声は、どこか甘やかでありながら、警戒心を隠さない。

「あんた、どこからの紹介?」

 彼女の声には、ただの酒場の店員ではない、何かを見抜く鋭さがあった。

「……紹介ってわけじゃないけど、話を聞いて……ここに、来たら仕事貰えるって……」

 そう答えると、彼女は少し顎を上げ、店の奥を示すように視線を流す。

「ふぅん……親方ァ、新入りが来たみたいよぉ」

 彼女はゆるく笑みを浮かべながら、グラスを指でくるりと回す。

 その仕草には、どこか楽しんでいるような、試すような雰囲気があった。

 すると、奥の暗がりから、脂ぎった男が現れた。

 ずんぐりとした体格で、目を細めながらゆっくりとレオノールを舐めるように眺める。

 商品を選ぶかのような、いやらしい視線。

 口の端がわずかに持ち上がり、喉の奥でくぐもった笑い声を漏らした。

(……うわ、最悪)

 それでも表情を変えず、レオノールはただ黙って視線を受け流す。

 そう思いながらも、レオノールは平然と視線を受け止めた。

 しばしの沈黙のあと、男はニヤッと嗤った。

「名前は?」

 その問いに、レオノールは軽く息を吸い、すぐに作り笑いを浮かべる。

「フィア」

「……フィア、ねぇ」

 男は笑みを浮かべながら腕を組み、顎をしゃくる。

「ついてこい。詳しい話は奥だ」

 そう言い残し、男は店の奥へと歩き出した。

 先に進むごとに、空気がどこか冷たくなっていく。

(……逃げ道はあるか?)

 何気ない素振りで周囲を観察しながら、レオノールは男の背を追った。

 通路に漂う酒と煙草の匂いの奥に、どこか湿った土のような匂いを感じた。

(……地下室か? あるいは、もっと『隠し部屋』みたいな場所があるのか?)

 店の奥へ向かうにつれ、街の喧騒が遠ざかるのではなく、まるで切り離されていくような感覚を覚えた。

 床板は踏むたびに軋み、鼻を突くような湿った土の匂いが濃くなっていく。

 壁にかかったランプは煤け、明かりがまばらに揺れている

 閉鎖的な空間に飲み込まれるような感覚。

 足を進めるたびに、奥へと引き込まれていくような感覚に襲われる。

 レオノールは、内心の警戒を悟らせないように、静かに足を進める。

 ふと背後を振り返ると、酒場のカウンターにいた男たちが、小声で何かを話していた。

 こちらを見ているようで、見ていない。

 それが余計に不気味だった。

 レオノールは深呼吸を一つ。

(さて、どんな話が出てくるか……)

 軽くスカートの裾を整え、静かにその後を追った。

いつも読んでいただきありがとうございます。感想とか頂けたら嬉しいです。

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