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兄弟は選べないものである。

 目が覚めた瞬間、そこがどこなのか全く分からなかった。

 視界に映ったのは、慣れ親しんだ白い壁紙の天井ではない。

 代わりに目に飛び込んできたのは、まるで芸術品のように緻密な装飾が施された豪華な天井。

 驚いて首を横に向けると、そこには見知らぬ精巧な家具が並んでいる。

 この部屋全体に漂う高貴な雰囲気――自分の知る世界のものではないと感じた。

「どこだ、ここ……」

 つい漏れたその言葉とともに、頭にズキンとした痛みが走る。

 それでも何とか記憶を手繰り寄せなければと必死になる。

 ――そうだ。

 『あんた、休み中、暇でしょ。私、イベントで忙しいからコレ、クリアしといてよ。もちろん、全コンプで』

 『はあああ?オレだって色々やることが』

 『いいから、やれ。じゃいないと』

 『わかったわかった。わかりました!やりゃあいいんだろっ、やりゃあ』

 五つ年上の姉に、半分脅され、なんとか小遣いを条件にとある乙女ゲームのクリアを命令された。

 三連休をフル活用して睡眠時間を削りながらプレイし、ようやく全ルートを攻略。

 その後、気分転換がてらコンビニへ買い出しに行ったところで突然めまいに襲われ……そこから先の記憶が途切れている。

 また頭がズキンと痛み、思わず手で額を押さえた。その瞬間、違和感が湧き上がる。

「え……」

 自分の手が小さい。

 慌てて体を起こし、目の前に両手をかざす。どう見ても、表も裏も小さな手。まるで子供のものだ。

 恐る恐るベッドを降り、部屋の中を見回す。少し離れた場所に鏡台があるのを見つけ、急いで駆け寄った。

「うそ、だろ……」

 鏡に映った自分の姿を見た瞬間、思わずそんな言葉が零れ落ちる。

 滑らかなプラチナブロンドの髪に、夏の新緑のように輝く翠の瞳、桜色に染まった艶やかな唇。

「なんだよ、これ……」

 鏡の中の少女に手を当てる。そこに映る顔は、17年間見慣れた自分の顔ではない。明らかに10歳くらいの愛らしい少女の顔がそこにあった。

 呆然としながらも、どこかで見たことがあるような髪色と瞳の色に引っかかりを覚える。

 その時、コンコンと扉を叩く音が響いた。

 振り向くと、扉を開けて入ってきたのはシックな紺色の服を着た女性だった。

「あっ! レオ様!!」

 女性は自分を見つけるなり声を上げ、駆け寄ってきた。

「どこか痛い所とはございますか?」

 その手が優しく自分の頭や体を触れてくる。その行動に戸惑いながらも、思わず口を開いた。

「あ、あの……だ、大丈夫。貴方は、だれ?」

 その問いに、女性は驚いた表情を浮かべる。

「まああ!! 私を忘れるなんて!! やはり、頭を強くお打ちになってらっしゃるから! 乳母でございますよ! 乳母のミリーでございます!」

「ミリー……乳母、の? 乳母……」

 混乱したまま記憶を探るが、この「乳母」という存在には覚えがない。それよりも、この体は「レオ」と呼ばれたようだ。

 その名前に引っかかりを覚えながらも、もう一度確認するように言葉を返す。

「ミリー……ごめん。頭が混乱してて……お、じゃなくて、私、レオノールって名前だっけ?」

「なんと」

 ミリーは目を潤ませながら答える。

「そうでございますよ。レオ様はここサヴィア公爵家のご長男。レオノール・サヴィア様でございますよ」

「サヴィア家? 長男? えっ……えーっ!?」

 ミリーを慌てて押しのけ、もう一度鏡を覗き込む。

(この顔で長男?!男だって?!)

 どう見ても美少女にしか見えない顔がそこにある。それなのに、自分はサヴィア公爵家の「長男」だと言われた。

「レオ様?」

 ミリーが戸惑った声を掛けてくるが、頭の中は混乱の渦だった。

「ミリー、ごめん。オレって頭打ったの?」

「はい、巣から落ちたヒナをもとに戻そうと木に登られて、その拍子に落ちてしまわれて」

 どうやら木から落ちて頭を打ったらしい。

「とりあえず、セイン先生を呼んでまいりますので、もう一度ベッドへお戻りください」

 そう言ってミリーは一礼し、部屋を出て行く。

 再び鏡に映る自分の姿を凝視しながら、耳に残った「サヴィア」の名前が引っかかる。

「レオノール・サヴィア……オレの名前……サヴィア、サヴィア、サヴィア公爵、公爵……どっかで聞いたような……アーーーッ!!」

 突然の閃きに声を上げ、再び鏡を見つめる。

「この髪色、目の色、サヴィア公爵……思い出した!」

 ここは、三連休を費やしてクリアしたゲームの世界。

 姉に頼まれてプレイした乙女ゲーム『シェインレーラの乙女』の中で、ヒロインのライバルとして登場する悪役令嬢、レオフィア・サヴィアの家。

「あの女の兄弟って……ウソだろ……マジかよ」

 ゲームの世界に転生し、しかも悪役令嬢の「兄弟」という設定に放り込まれた事実を突きつけられたのだった。

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