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〇丘の上の公園(朝)
ファインダー越しにぼんやりと朝焼けで色づく街並み。
イオ「うん、今日も完ペキ・・・」
イオ、カメラのレンズにストリークフィルターをはめる。朝焼けの光の線が強調されるファインダー越しの風景。
「カシャリ」とカメラがシャッターを切る。
イオ(カメラは世界を綺麗に飾ってくれる
だけど、いつも何か足りない)
イオの姿を遥か後方のベンチに座って見守る、フライトジャケット姿のシュウゴ。
〇輸送艦のハンガー
大写しになる「巨人の眼」。
ガントリークレーンに吊るされたままカメラアイの絞りを開く旧式の白い「グライヴァー」。スス汚れまみれの背中に突入用ブースターが接続されていく。
整備員「D4班、艤装終わり!
アイテム1(ワン)、1番機に搭乗せよ」
シュウゴ、グライヴァーに向かってヘルメット着用のままパイロットスーツを着てキャットウォークを歩く。2番機の手前で、腕を組んで待つキャロン。キャットウォークには食い差しの宇宙食のパックが散らばり、手すりにも後付けのラックがくくり付けられている。正規軍の格納庫ではない。
キャロン「遅かったじゃん。また返しに行ってたの?」
シュウゴ、無言で横を抜けつつ、フライトジャケットを手すりにかける。帰ってきたばかり。
キャロン「ツラ見せてあげたらいいのに」
シュウゴ「あいつは無事だった。それだけ分かればいい」
シュウゴが前に立つと、音もなく開くグライヴァーの下腹部ハッチ。
管制官「アイテム1は3番カタパルトを使用せよ。
アイテム1、タキシング始め」
移動していくクレーン。ギチギチと鳴る固定具と、軋むグライヴァーの肩。
管制官「アイテム1、1番機の外部入力切断します! ユーハヴ!」
グライヴァーの胸とブースターから外れる燃料ケーブル。
シュウゴ「・・・アイハヴ」
暗いコクピットの中で、ヘルメットのフェイスプレートに血しぶきのような誘導灯の光が反射する。
シュウゴの吐息で曇るフェイスプレート。胸に当たる「SHUGO」と書かれた2枚の識別プレートと、「IO」と書かれた割れた識別プレート。
宇宙へと開いていくハッチ。グライヴァーの背中越しに、残骸に覆われた「クツナギXXVI」のシルエットが浮かび上がる。
シュウゴ「ああ。今日もきれいだ」
〇新聞部、部室
デジカメの画面に表示される朝焼けの画像。
ナユタ「また、いつもの人?」
椅子から腰を上げ、カメラを確かめるイオと、長机で頬杖をつくナユタ。
新聞部の壁は雑多な写真で埋め尽くされている。イオの撮ったものはフィルターをかけた風景、ナユタはプリクラみたいにデジタル加工したポートレートばかり。
イオ、顔を上げる。
イオ「うん。今日はストリークフィルター」
ナユタ「知らない人からのプレゼントって怖くない?」
イオ「手紙の感じだと、悪い人じゃないんだけどね」
ナユタ「手紙?」
イオ「『お返しします。あなたが良い人を撮れますように』ってさ」
ナユタ「なんじゃそら」
イオ、気まずそうに笑う。ナユタは興味なさげに机上の予算表をめくる。
イオ、続けて写真をいじりながら首をかしげる。
ナユタ「どした?」
イオ「やっぱり、前も撮った気がする・・・」
ナユタ「そりゃ、イオっていつも風景ばっかじゃん」
ナユタ、予算表を閉じて伸びを打つ。
ナユタ「でもまあ、そんなお値段のフィルターがプレゼントね・・・」
イオ「ナユタも宝探し、どう?」
ナユタ「ご冗談。今回もどうせロクな噂じゃないって」
ナユタ、机の上の学級新聞を流し見する。『不審者注意! 軍服のゾンビ、廃工場に現れる!』の見出し。
イオ「でもネタになる。でしょ?」
イオ、足でドアを開ける。ナユタ、しぶしぶ手を振って見送る。
ナユタ「言っとくけど、怒られるのは私なんだからね、イオ!」
イオ「りょーかいです。ナユタ部長どの」
〇昇降口(夕)
靴を履くイオの後ろを、水筒を持ったサッカー部員たちが過ぎていく。
部員たちに手を振り、彼らのピースサインを撮るイオ。
イオ(退屈を壊す方法はふたつ)
〇交差点(夕)
信号待ちしながら、ネコにカメラを向けるイオ。その後ろでおばあさんがうろうろと歩く。
イオ(その1 カメラを持つこと)
おばあさんに道を聞かれて、スマホで地図を見せるイオ。
お辞儀するおばあさんと別れ、汗をぬぐうイオ。うざったそうに空を仰ぐ。
イオ(その2 なるべく椅子に座らないこと)
スマホを片手にアスファルトの路地裏を歩くイオ。足元をネコが並走している。
イオ、LINEでネコの写真を撮って送る。相手はナユタ。すぐにバツマークのスタンプが返ってくる。
舌打ちして、ジト目でネコを見るイオ。
イオ「・・・キミたちじゃ違うんだよなあ」
〇廃工場(夕)
イオ「ここかぁ」
うねるように突き出た煙突と、巨大なタンク。
トラロープをくぐり、ぐるっとタンクを回ったあと、壁を昇る階段を見上げる。
イオ「うん・・・?」
タンクのてっぺんに長髪の女性。モッズコートを羽織っていて、ブーツで手すりの支柱を蹴っている。
イオに気付く女性。片手を小さく振ってくる。
「カシュッ」と開くふたつのコーラ缶。イオと並んで休憩用ベンチに座る女性。女性がぐびぐびとコーラを飲み干す。イオより頭ひとつ背が高い。
イオ「あなたもゾンビの噂を?」
地面に置かれたイオのコーラ缶。ネコが不思議そうに見つめる。
キャロン「ゾンビって?」
イオ「みんな言ってますよ。軍服を着たゾンビが出るとか」
キャロン「なにそれ」
握り潰された缶がイオの缶に並ぶ。
休憩用のベンチから立ち上がるキャロン。はだけたモッズコートの裾からパイロットスーツの脚が覗く。
イオ「面白いじゃないですか。戦争もない日本に兵隊のゾンビなんて」
イオ、ベンチに座ったまま足をぶらぶらさせる。
イオ「だいたいなんでゾンビなんでしょうね? 兵隊でいいって思うんですけど」
キャロン「あなた、いつもこんなところに来るの?」
イオ、足を止めて、コーラ缶にかかとで触れつつ、横目でキャロンを見る。
イオ「・・・悪いですか」
キャロン「べつに。ただの質問よ。答えはイエス、ノーで」
イオ、億劫そうにキャロンを見上げる。
イオ「大人のくせにヒマそうですね」
キャロン「うん。昔からずうっと、ね」
イオ「嫌だな。そういう育ち方」
キャロン、唇をねじって笑う。
キャロン「懐かしいよ。わたしもそういう考え方してたから」
イオ「今はどうなんです?」
キャロン「これはこれでカッコいい生き方かな、って感じ?」
キャロン、イオに向かって手を差しだす。戦闘用グローブに包まれた手。
キャロン「八戸イオ、で良いんだよね?」
イオ、目を見開いてキャロンを見つめる。立ち上がろうとした拍子に、缶を蹴り飛ばしてしまう。
慌てて缶を立て直すイオ、無言で見つめるキャロン。
キャロン、手を下ろし、コートのボタンを外す。
キャロン「握手は次の機会にね、イオ」
コートを脱ぎ捨てるキャロン。コンバット・エッジに身を包んだ戦闘機パイロットの服装。
警戒してネコが鳴く。キャロン、ぞっとするほど濁った眼で一瞥する。その背後で光学迷彩が解かれ、揺らぎながら現れる紅色の「グライヴァー」。
街の方で爆炎があがる。炎の向こうに透ける、恐竜のようなシルエット。
イオ「ちょっと・・・!」
キャロン、イオを無視してグライヴァーの下腹部のコクピットに入り、ヘルメットをかぶる。
キャロン「ごめん。状況は?」
シュウゴ「2匹入られた。ターゲットBは任せる」
シートのレギュレータに接続されて膨らんでいく腿のエアサック。ベルトに締め付けられながら、キャロンはレーダーを起動する。「GRIVER 2ndKai」の文字が消え、レーダー盤を表示するサブモニター。
キャロン「イオと話したよ」
キャロン、口もとだけで笑う。
キャロン「まだ『使えそう』だった」
〇市街地、大通り(夜)
燃え盛るビルに影を落とす「怪獣」。背中に2本の触手を生やし、足元を逃げる人々を踏み潰しながら、街を進んでいく。
咆哮とともに、塗りつぶされた空が黒く染まり、現れた「眼」が街を走査していく。
それを避難したスーパーの駐車場から見つめるナユタ。
ナユタ「なんなの・・・」
ポケットで電話が鳴り、耳に当てる。
ナユタ「もしもし――」
イオ「ナユタ、どこにいるの?」
ナユタ「イオ? スーパーで買い物してたら、なんか怪獣みたいなのが」
どよめく周囲の避難民たち。ナユタがそちらを向くと、怪獣が駐車場を見下ろしている。
空を埋め尽くす「眼」が光を帯びて、怪獣にエネルギーを送信する。怪獣の胸が開き、中の機械がチリチリと音を立てながらレーザー砲をチャージし始める。周囲を舞う埃が火の粉に変わるなか、ナユタは立ち尽くす。
ナユタ「あ・・・あ・・・」
〇市街地、河川敷(夜)
ネコとともに河川敷を疾走するイオ。握りしめたスマホは真っ黒な画面。
イオ「ワケわかんない・・・!」
制服のあちこちがほつれ、髪も乱れている。人混みを抜けて河川敷に来たばかり。
街の方では相変わらず爆炎が上がっている。黒煙のなかでキャロンのグライヴァーがレーザーソードを展開して、怪獣と切り結んでいる。空も雲が巨大な渦を巻き、不穏な空模様。
ナユタに向けて照射された怪獣のレーザーを肩の盾で受け止めるキャロン機。左肩のユニットが空間を捻じ曲げ、レーザーの軌道を逸らす。偏向したレーザーに焼かれた家が次々と爆轟を上げていく。
怪獣の「眼」が空からレーザーを発射し、装甲を切断されるキャロン機。
笑うように眼を光らせるキャロン機。つばぜり合いが拮抗するふたつの機影。
イオ「あいつら、強さは同じなんだ・・・」
陰がイオの頭上を覆う。イオが見上げると、空に無数の「眼」。雨が、上を向いたイオの顔を濡らす。眼が閉じると、怪獣が川の水をしたたらせながら、光学迷彩を解いて姿を現す。
イオと怪獣の目が合った瞬間、怪獣の全身に光のラインが浮かび上がる。裂けた肉のあいだから次々と銃口が突き出し、レーザーを発振する。銃口をなぞるようにイオン化した空気がパチパチと爆ぜる。
イオ「あ――」
見開いたイオの眼に映る、光に包まれた怪獣。
次の瞬間、タックルで突き飛ばされる怪獣。盾を構え、突撃する白いグライヴァーの姿。突入用ブースターから噴射炎を吐きながら肩をぶつけるシュウゴ機。
怪獣、川に落ちて水しぶきを上げる。
イオ、思わず胸にカメラを抱き寄せる。足元で逃げていくネコ。
破損した左腕を肩からシールドごと引きちぎって、捨てるシュウゴ機。膝をつきながらイオの顔をロックオンする。シュウゴ機の視界に、「IO-133」というイオの識別コードがターゲットボックスに並ぶ。
コクピットハッチが開き、逆光になったパイロットの姿があらわになる。
シュウゴ「乗れ!」
イオ「は、はい!」
キャロン機よりも大きなタンデム式のキャビン。後部座席に座るイオ。シュウゴは振り向こうとするが、ヘルメットがバンドで背もたれに固定されていて断念。
シュウゴ「ベルトだけ締めて座ってろ!」
イオ「あの・・・」
シュウゴ「何も触るな。邪魔だ」
正面モニターに立ち上がる怪獣が映る。
シュウゴ、噴射スイッチを左手ではじき、スティックで機体を左右に振る。
急上昇しながらレーザーを回避するシュウゴ機。ライフルで射撃を加え、怪獣から肉片が散る。
イオ「あれ、何なの?」
イオ、離陸の衝撃で五点式シートベルトにめちゃくちゃに身体を巻かれている。
シュウゴ「ダイモスで製造されたハルピュイア型だ。肉巻き人形どもが・・・」
イオ「機械なんですか!?」
シュウゴ「知るか。向かって来るから壊してる」
怪獣の口が大きく裂け、レーザー対空砲が突き出す。
シュウゴ、武装パージレバーを引き上げる。突入用ブースターを固定していたツメが外れ、機体からブースターが分離する。熱を帯びたブースターに殺到するレーザー。すぐに燃料が大爆発を起こす。
シュウゴ機、爆風で怪獣の前に押し出される。怪獣の触手に頭を串刺しにされるグライヴァー。
シュウゴ「くそ・・・」
グライヴァーの胸部の同軸機銃が火を噴き、触手を切断される怪獣。外れた基部からコネクタが現れ、砕けた触手からもコードの束がほつれ飛ぶ。
後じさりした怪獣の背後に、空間のゆがみが生まれる。
イオ、息をのむ。グリッチノイズまみれの記憶がフラッシュバック。
シュウゴ(過去)「イオ、頼めるか?」
イオ(過去)「うん、大丈夫」
無数の「眼」から撃たれるビーム、パイロットスーツに身を包んだ過去のイオが、右手でレバーを握り込む。光に包まれるグライヴァーのコクピット。
現実に戻る。
怪獣の「眼」が目の前で輝いている。怪獣の口もレーザー砲を露出させて、射撃準備完了。過去の再演。
イオ「うん。大丈夫」
イオ、うわ言のように言い、うつろな目で微笑む。
イオ、シートの横の壁に指を這わせる。壁がパカッと開いて記憶通りのレバーが現れる。
イオが握り込んだ瞬間、グライヴァーの割れた片目が光を放つ。
シュウゴ「なにを・・・」
振り向こうとするシュウゴ。コンソールパネルに「IOTA-CONNECTED」の文字と、あらゆるインジケーターの針が跳ね上がるクラスターパネル。
シュウゴ「やめろ、イオ!」
イオの目がスパークを放つ。
グライヴァーの周囲の地面がめくり上がり、宙を舞う土くれを怪獣のレーザーが焼く。
薙ぎ払われた土煙の向こうで、空間ごと黒く塗りつぶされるシュウゴ機。
裏返っていく空間、黒くなったグライヴァーのシルエットから次々と現れる武装。大剣、無数のナイフ、フルプレートの鎧。
塗りつぶされた空間に下あごを食われたグライヴァー。欠けた鎧に全身を覆われ、ファンタジー漫画の黒騎士のような姿。笑うようにカタカタと装甲を鳴らしながら、かじり取られて剣の形になった右手のライフルを怪獣に向ける。
イオの唇が動く。
イオ「壊して」
無数の刃が飛び回り、解体されていく怪獣。肉のあいだからマシンのパーツが漏れて、地面に転がっていく。その破片にも容赦なく突き刺さるナイフたち。
剣を両手で振りかぶるシュウゴ機。失った左腕を、黒く塗りつぶされた影が補っている。
剣から炎が噴き出し、巨大な刀身を作る。そのまま袈裟懸けに切りつけ、ジュウジュウと怪獣の眼を焼きつぶしながら、怪獣を切り裂く。
地面に火柱が連なり、大地を裂いていく。炎に包まれる視界を映す、イオの瞳。
シュウゴ機、膝をつき、剣を取り落として、裂けた地面に空気ごと吸い込まれていく。
〇過去の丘の上の公園(朝)
イオ「いいよね、ここ」
街の見える手すりに寄りかかり、シュウゴに向かって笑うイオ。
シュウゴ「そうか?」
イオ「みんな綺麗に撮れるから」
グリッチノイズで顔の見えないシュウゴ。イオ、無理やり手すりに立たせて、カメラを向ける。
イオ「笑ってよ。見せてあげる」
シュウゴ「俺で・・・?」
イオ「いいから。ほら、つまんない顔してるよ?
カツカツと指で手すりをたたくシュウゴ。ぱっと手を離し、イオに顔を向ける。
シュウゴ「これでいいのか」
イオ「そう。そんな感じ」
グリッチノイズが消え、微笑むシュウゴの顔が映る。シャッターを切るイオ。
イオ「うん、シュウゴは今日も完ペキっ」
〇宇宙空間
暗闇のなか、半壊してただようシュウゴ機。
光を失ったカメラアイ。砕けたレンズが涙のように、グライヴァーの眼窩から剥離していく。
コクピット内、放心しているイオ。シュウゴは無言でスティックを握っている。
イオ「ずっと・・・何かが足りない気がしてた」
イオ、抱えたままのカメラをさする。イオの年齢とは不釣り合いに傷だらけの一眼レフ。
イオ「私、誰なんですか」
シュウゴ「知る必要はない」
イオ「いつも勝手に決めないでよ!!」
イオ、前の座席にこぶしをたたきつける。彼女の胸元で揺れる、一眼レフ。
イオ「あなたが贈ってくれたんでしょ。私のこと、知ってたから」
シュウゴ「・・・・・・」
シュウゴ、ゆっくりとヘルメットを脱ぐ。ぼさぼさの髪が広がる。
振り向くと、ツギハギだらけのサイボーグ化された顔。イオ、息をのむ。
シュウゴ「次で返すものはぜんぶだ」
シュウゴ、グローブの手を伸ばす。不自然に盛り上がった指の関節。機械のマニピュレータ。
シュウゴ「それで終わりにする」
イオ「ねえ、その顔・・・」
シュウゴ「来年になったら助けが来る。それまでは、俺たちがなんとかするから」
シュウゴ機の後ろが急に明るくなる。残骸を抜け、宇宙空間に放り出されるシュウゴ機。
背後には穴の開いた「クツナギXXVI」。破断箇所までシュウゴ機のレンズの破片が点々と続いている。軌跡をなぞるように無数の宇宙戦艦、敵機体、砲台の残骸。すべてブレードとライフル装備のグライヴァーによって撃破されている。シュウゴたちが20年間守ってきた軌跡。
イオ、過去のことがフラッシュバックする。
血まみれの指、ヘルメットのフェイスプレートにべったりついた手形。落ちくぼんで穴のようになった目。自分の身体を突き抜けて生えた鉄骨。宇宙空間で機体に磔にされたイオ。叫ぶ眼前で、燃えさかる軍艦。
イオ、嘔吐する。吐しゃ物の飛沫が玉となってコクピット内を漂う。
シュウゴ「特務艦『クツナギXXVI』。20年前に座礁したが、やっと回収の目途がついた」
イオ「でも、私、いつも学校に・・・」
シュウゴ「ああ。明日からも普通に生きろ」
シュウゴ、ぎこちなく笑う。記憶とはまるで違う苦しそうな笑顔。
シュウゴ「イオは、ただの人間だ。それでいいだろ?」
イオ「そんなこと――」
イオ、否定しようと口を開くが、ゲロまみれの手の中でカメラが軋む。シュウゴが贈ってくれたパーツで出来たカメラ。彼にとっての平和な日常の象徴。イオの日常が守られるから、何年も戦ってこられた。
イオ「・・・うん」
〇丘の見える公園
イオ(日常に戻るのは一瞬だった)
イオ、河川敷にクレーターができた街を眺め、カメラを構える。
イオ(だけど、知ったことを忘れるのは難しい)
イオ、すぐに馬鹿らしくなって、シャッターを切らずにすぐやめる。その背後から、ナユタが現れる。
手には買ったばかりの炭酸飲料、頬にはヤケドを隠すための絆創膏。
ナユタ「珍しいね イオが迷うなんて」
イオ「ちょっと、作り物っぽく思っちゃって」
ナユタ「『写真は第二の化粧』ってね」
ナユタ、自前のデジカメで風景を撮影する。
ナユタ「フィルター、露光、シャッタースピード……真を写すなんてよくほざけたもんだ」
イオ「なんか嫌なことあった?」
ナユタ「うん 数少ない友達が調子悪いとかね」
手早く写真の出来栄えを見るナユタ。片手に握ったペットボトルの中身はすでに半分以上無くなっている。
イオ「・・・いつも荷物を贈ってくれる人と会った」
ナユタ「よかったじゃん。で?」
イオ「カッコいいヒトだった」
ナユタ、目だけで不思議そうにイオを見る。
ナユタ「また会うの」
イオ「分かんない」
イオ、伸びを打つ。
イオ「『忘れてくれ』って言われた。迷惑に見えちゃったみたい」
ナユタ「イオのことを訊いてるんだけど」
イオ「私・・・?」
イオ、街並みを眺める。シュウゴのいない風景。
イオ「うん・・・会えないのはイヤかな」
ナユタ「ああ。なるほど。イオって面食いだからねえ」
イオ「私、これでもシリアスなんだけど!」
ナユタ、笑ってデジカメで適当に風景を撮影する。画面で出来栄えを確認しつつ鼻を鳴らす。
ナユタ「やっぱデカいの撮るのは苦手だなあ。ああ勿体ないことした」
ナユタ、デジカメを手首からぶら下げて、ペットボトルの炭酸飲料を飲み干す。
ナユタ「じゃ今日は解散で。イオはポートレートの練習すること」
ナユタ、後ろでに手を振りながら帰る。
手首に吊るしたデジカメの画面には、怪獣の前に立ちはだかるキャロン機の後ろ姿を写した写真。
〇イオ宅、玄関前
シュウゴ、郵便受けから手を離す。最後のレンズフィルターを返し終わったところ。
懐かしそうにイオの家を見上げ、わずかに微笑む。
「カシャッ」とシャッター音。振り向くシュウゴ。一眼レフを構えるイオ。
イオ「笑わない人かと思ってた」
シュウゴ「休みくらい笑って過ごすさ」
イオ「私は逆かな」
シュウゴ、フライトジャケットのポケットに手を突っ込む。瞑目し、微笑む。
シュウゴ「知ってる」
イオ「どこまで?」
シュウゴ「さあな・・・知ってることだけだ」
イオ、カメラを下げる。彼女も微笑んでいる。
イオ「きみの写真を撮るのが得意ってことは?」
シュウゴ「たぶん一番知ってるな」
シュウゴ、観念したように苦笑する。その顔をフレームに収めるイオ。
イオ「よし。これで完ペキ」
晴れ空にシャッターを切る音が響く。
了