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社務所を出ると、黄金の光が体中に降り注ぐ。
気温は高いが、陽射しだけは少しずつ秋らしくなっているのが分かった。
参道に落ちている葉っぱを見つめ、歩は苦笑する。
――あと少ししたら、また掃除が大変だろうな。
ここでの思い出といえば、小詠と過ごしたことと、ひたすら掃除、掃除、掃除だった。
うんざりする日もあったけれど、今となっては全てが懐かしい。
「高階さん」
鳥居をくぐったところで、ぱたぱたと足音がして小詠が近づいてきた。
巫女装束にポニーテール、相変わらず息を呑むほど美しい。
「門を閉じてるので、こっちから出てください。どうぞ」
と言って、小詠は門扉の横にある小さな裏木戸を開けた。
「ありがとうございます」
「それと、これを」
と言って、歩の手に何かを握らせる。
朱色の生地に金糸で縫い取りのされたお守りだった。
御剣神社のお守りだろうか。こんなデザインのものは見たことがない。
小詠は真っすぐ歩を見つめて言う。
「私を守ってくださって、ありがとうございました」
「いえ、俺は……」
否定しようとした歩に、小詠は首を振る。
「本当です。高階さんは私のこと、ずっと守ってくださいました。感謝しています。
だから、神様が私の代わりに高階さんを守ってくださるように、祈りを込めて作りました」
「小詠さんが……?」
「はい。手作りで不格好なんですけど、もしよかったら」
はにかんだように笑う姿を見て、これが本当の小詠の笑顔なのだと歩は悟った。
――彼女が演じた谷口桃香は、この世のどこにも存在しない。
だが、その虚像こそが歩を救い、ここまで突き動かしてきたことは事実だった。
「ありがとうございます。どうぞお元気で」
自然と手を差し出し、二人は握手する。
「私は成瀬小詠といいます。氷鏡神社と、御剣神社で巫女をしています」
今さらな小詠の自己紹介を聞いて、切なさとおかしさが同時に込み上げる。
歩は微笑んで言った。
「俺は高階歩といいます。今は転職活動中です」
小詠は今にも泣き出しそうな顔で笑っている。
「初めましてですね、高階さん」
「はい。初めまして」
「もしよかったら、また遊びに来てください」
「ありがとうございます。それじゃあ、また」
歩は壊れ物を扱うようにそっと小詠の手を離し、裏木戸をくぐって外へ出る。
振り返ると、小詠は手を振っていた。
天真爛漫な桃香とは打って変わって、心細く不安そうな目だった。
歩は手を振り返すと、背を向けて歩き出す。
空はどこまでも青く澄み渡り、風が優しく背中を押すように吹き抜けていった。
【終わり】