7.人見知りぼっち令嬢、トラウマを発症する。
一週間後、召喚状の下、王城の謁見の間にやってきたレイネは周囲を重役たちに囲まれる中、王の前で跪いていた。
「――――レイネ・シュトラウゼン。面を上げよ」
荘厳な声を受け、レイネ?がゆっくりと顔を上げると、そこには玉座に座る陛下……それにこちらを冷ややかに見下ろすカイゼン殿下の姿があった。
「まず初めに――――」
「王族たる私の呼び出しに即座に応じないなんて何様のつもりだ!」
『ッ……!』
何かを喋りかけた陛下を差し置いて、開口一番に怒鳴るカイゼン殿下。
陛下を前にして言葉を遮り、怒鳴るなんてそれこそ何様だと言い返したくなるレイネ?だったが、ここでそれを言っても心象を悪くするだけなのでグッと我慢する。
「……申し訳ありません。何分、我が家では暗殺騒動があってバタバタしていたものですから」
「そんなもの私の知った事ではない!そもそも――――」
「はぁ……カイゼン、今は余が話している。一度、黙れ」
さしものカイゼン殿下も陛下からそう言われては黙るしかなく、ようやく話が進み始めた。
「さて、我が愚息のせいで話が遮られたが、まず、騒動の最中、召喚に応じてくれたようで感謝する」
「いえ、恐れ多いです。どんな状況であろうとそれに応じるのは貴族の義務ですから」
「うむ、そう言ってもらえると助かる。では早速、審議に移ろうと思うのだが、父君は来られないのか?」
「……書状には一人で来るようにと明記されていましたから、父はきていません」
「……何?余は父君も呼ぶように申し付けたはずだが」
思わぬ食い違いに眉を顰める陛下の言葉を聞いて一瞬、場がざわつく。
「……問題はないでしょう。今日はレイネ・シュトラウゼンの罪を問うための場です。本人がいるのならそれでいい」
「…………事は個人の問題ではない。婚約が絡んでいる以上は王家とシュトラウゼン家に関わってくるのだからその当主が不在というのは――――」
「父上、ここで審議を中止するのはわざわざ多忙の中、集まって頂いた重役の面々に申し訳が立ちません。どちらにせよ追及に必要なのはレイネ・シュトラウゼンだけなのですから当主の不在には目を瞑るべきでしょう」
『な、なんて強引な…………』
おそらく、ここで審議を中止され、後日、レイネの父を交えた中で再開されるのはまずいと思ったのだろう。カイゼン殿下が言葉を並べ立て、どうにか審議を続けようとする。
「それはそうだが……」
「陛下、私は父が不在でもかまいません。ここでは当主代行という立場で話を進めて頂ければ……」
「……当人もこう言っている事ですし、進めてもよろしいですね?」
「……分かった。審議を始めるとしよう」
レイネ?のいつもとは違う態度に一瞬、違和感を持った様子のカイゼン殿下だったが、自分に都合よく進むのなら問題ないとすぐに話を合わせ、審議が始まるように仕向けた。
『ほ、本当に大丈夫なんですか……?』
心配そうに尋ねてくる元のレイネを安心させたいところだが、怪しまれる行動をするわけのにはいかないとレイネ?は堪え、陛下の言葉を待った。
「――――ではこれより審議を始める。サージュ・リエール、前へ」
「はい」
名前を呼ばれ、前へと進み出たのはレイネに嫌がらせを受けたと訴える殿下の新たな婚約者……サージュ嬢だ。
「それではサージュ・リエール。訴えによれば其方はそこにいるレイネ・シュトラウゼンから数々の嫌がらせを受け、我が息子であるカイゼンに相談の末、今回の審議に至った。相違ないか?」
「はい、その通りでございます。私はレイネ嬢から様々な嫌がらせを受けました。教科書を破かれたり、取り巻きの方を通じて罵倒や小さな暴力を振るわれたり、果てには階段から突き落とされて命の危機を感じる事もありましたわ」
演技臭い泣き落としのような口調でありもしない事実を並べ立てるサージュ嬢に思わず吹き出しそうになるレイネ?だったが、我慢し、大人しく続きを聞く。
「そしてどうしようかと悩んでいたその時、カイゼン殿下が私に手を差し伸べてくださったのですわ」
「……婚約者のしでかした事は私の責任も同然。それに対処するのは当然の義務だからな」
そう言ってサージュ嬢と殿下は互いに熱い視線を交わして見つめ合い、二人の関係を周囲に匂わせていた。
『ッ……はっ……はっ……はっ…………』
「…………」
審議が始まってからここまで、一言も発さずに事の成り行きを見守っていた元のレイネが過呼吸のような声を漏らす。
身体を動かしているのはレイネ?なので実際に過呼吸を起こしているわけではないのだろうが、目の前の光景は元のレイネにとってあまりに精神的負荷が強く、苦しかったのかもしれない。
「……なるほど、サージュ・リエールの言い分はあい分かった。ここに並べられた事柄に対し、レイネ・シュトラウゼンに反論はあるか?」
「私達も暇じゃないんだ!さっさと罪を認めてサージュ嬢に謝罪し、婚約破棄を認めろ!!」
レイネ?が喋り出す前にカイゼン殿下が恫喝紛いの大声を上げた。
(……怒鳴れば気の弱いレイネは威圧されて罪を認めると思ったのかもしれないが、そうはさせない。こっちも勝手な言い分やくだらない茶番に付き合わされて苛々してるんだ。とっとと終わらせてもらおう)
罪のでっち上げもそうだが、サージュ嬢とカイゼン殿下がレイネ……元のレイネに向ける侮蔑や嘲笑の視線もレイネ?は気に食わないし、なによりも彼女をここまで追い込んだ奴らに対する怒りが燃え上がっていた。
「…………何故、私がありもしない罪を認めて謝らなければならないのかしら?」
「何だと?」
『ぅぁ…………?』
レイネ?はあくまで丁寧に返そうと思っていたが、もう限界だ。口調が荒げていくのも気にせず言葉を続ける。
「私はそこにいるサージュ嬢とあの日に初めて会いました。嫌がらせはもちろん、突き落とすなんてした覚えもありませんし、そもそも私には取り巻きはおろか、友達すらいません。それなのに取り巻き伝手に罵倒や暴力を受けたなんて正直、笑いそうになりましたよ。ええ」
「なっ……ば、馬鹿な事を……それじゃあ貴様は事もあろうにサージュ嬢が嘘を吐いているといいたいのか!!」
気の弱いレイネからくるとは思わなかった反論に動揺しながらも、カイゼン殿下は声を荒げて威圧しようとしてくるが、レイネ?はそれがどうしたと言わんばかりに言葉を続ける。
「その通りですよ、殿下。大方、私相手なら黙らせる事ができると思ったのでしょうけど、そうはいきません。そこまで言うのなら何か決定的な証拠でも見せてくださいよ。サージュ嬢の証言だけじゃなく」
「ッそんなもの……サージュ嬢がそうされたというんだからそうに決まっている!!」
「ハッ、まるで駄々をこねる子供ですね。証拠がないのなら全てはサージュ嬢の妄想の域を出ませんし、なんなら私という婚約者が邪魔だから罪をでっち上げて排除しようとしたお二人の陰謀なのではと疑ってしまいますよ?」
「そ、そんな、私は……」
「き、貴様ぁっ…………!」
「――――そこまでだ。両者とも一旦、落ち着いてもらおう」
ヒートアップするレイネ?とカイゼン殿下の言い合いを止めた陛下は軽く嘆息した後、あくまで公平に判断すべく、二人へ順番に問いかける。
「……レイネ・シュトラウゼンよ。其方の言い分としては全てはサージュ・リエールの狂言という事で相違ないな?」
「……はい、全て身に覚えのない事でございます」
「では、サージュ・リエール。レイネ・シュトラウゼンはこのように訴えておるが、それは事実か?」
「い、いえ、事実ではありません。きっとレイネ嬢が罪から逃れようと苦しい言い訳をしているのですわ!陛下っどうか惑わされないでくださいまし!!」
それぞれに問いかける陛下に対し、レイネ?は淡々と、サージュ嬢は動揺しながらも情に訴えるように答えを返した。
「…………双方、意見が食い違っているわけだが……ふむ、こうなると証言だけでは埒が明かん。なら、訴えている側のサージュ・リエールへ証拠の提示を求める」
「っ証拠……そ、それは……」
「ち、父上!証拠なんて必要ありません!全ては奴がやったに決まっているのですから!!」
正式に陛下から証拠の求められたサージュ嬢は冷や汗を浮かべながら目を逸らし、それを庇うよう殿下が必死に誤魔化そうとしている。
「はぁ……カイゼン、何度も言わせるな。お前は黙っていろと言っただろう。それにどうしてレイネ・シュトラウゼンがやったに決まっていると言い切れる?」
「そ、それは……っ私は元婚約者です!奴がそういう事をすると分かって――――」
「カイゼン。これ以上、余を失望させるな。誰かを罪に問おうというのに、否定している本人を差し置いて、証拠もなしに決めつけるのは論外。それがまかり通るなら気に入らない者をでっち上げで捕まえる事ができてしまうなんて当たり前の事が分からないのか?」
頭痛を堪えるようにこめかみの辺りを抑えた陛下が呆れと怒りの混じった言葉を漏らした。
「……陛下、これ以上は時間の無駄です。サージュ嬢側から証拠の提示がないのなら彼女達の狂言という事でいいのでは?」
「っそうやって逃げるつもりか!そもそも貴様が……」
「逃げるも何も、証拠がないのなら罪には問えないと陛下が仰ったばかりでしょう?」
証拠なんて偽装しようと思えばできただろうが、レイネの性格なら押し切れると高を括って用意しなかったのが運の尽き、こうなってしまえばもう殿下とサージュ嬢に逆転の目はないだろう。
「……婚約解消は受け入れます。貴方はそこのサージュ嬢と末永くお幸せに。まあ、今回の馬鹿げた騒動の責任は問われるでしょうけど」
冷ややかな視線と共にレイネ?がそう言い放つと、カイゼン殿下は肩を震わせて俯いた。