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6.人見知りぼっち令嬢、入れ替わりを喜ぶ。

 

 騒動から一週間、未だにバタバタと慌ただしい屋敷の中で、レイネは軟禁状態の日々を過ごしていた。


「……結局、時間が経っても元に戻る気配はないな」


 部屋の中で一人、呟くレイネ?だが、変わらず、頭の中では元のレイネの声が響いており、奇妙な共存関係が依然として続いている。


『ですねぇ……まあ、自分で身体を動かせないのは不便ですが、常にお話の相手がいる状態は悪くないと思ってますよ』

「…………不便の一言で済ませていいのかとツッコめばいいのか、それともそれと等価になるくらい話し相手がいなかった惨状を嘆けばいいのか」


 自分の身体を乗っ取られているといっても過言ではない状態なのに呑気な事を言っている元のレイネへレイネ?の呆れ交じりな呟きが向けられた。


『……も、もちろん、今の状況が良くない事は私だって分かってます。でも、実際、どうしようもないんだから仕方ないじゃないですか』


 この一週間、思い付く限りの事は試したが、元に戻る事はおろか、身体の主導権を入れ替える事もできなかったため、レイネ?と元のレイネは様々な問題と向き合う羽目になった。


「…………そりゃどうしようもないってのは分かるが、もっと真剣に悩んだ方がいいだろ……少なくとも俺はトイレや湯浴みの度に目隠しを強要されて騒音を喚き散らかされるのは嫌だぞ」

『うっ……それは私も嫌ですし、申し訳ないと思ってますけど……ここまできたらもう今更というか…………』


 特殊な状況とはいえ、生きている以上、当然ながら生理現象は襲ってくる。


 どれだけ我慢しても限界はあるし、仮にも貴族が何日も汚いまま過ごすわけにもいかず、やむなくレイネ?はそれらを行った。


 無論、なるべく無心でいるように配慮はしたものの、同性でも見られるのは恥ずかしいそれらを異性に見られるどころか、触ったりされる時点で、そんなものは意味を為さないだろう。


「今更って……いや、まあ、考えても仕方ないか。当人がそう言うなら俺に言える事は何もないしな」

『…………その、やっぱり元に戻りたいですか?』


 身体の持ち主が半ば受け入れているならいいか、と思考を放棄してグッと伸びをするレイネ?に元のレイネが声のトーンを落として尋ねてくる。


「?……どうした唐突に。そりゃ戻れるもんなら戻りたいだろ。というか、それは自由に身体を動かせる俺よりも、お前の方がそう思ってるんじゃないのか」

『………………私は……なんというか……このままでも――――』


 元のレイネが沈黙の末に何かを言いかけたその瞬間、慌ただしいノック音と共に返事を待たず、メイドのイリアが駆け込んできた。


「っ失礼します、お嬢様……旦那様がお呼びですので書斎までお越しください」

「……分かりました。今、行きます」


 すぐに演技を取り繕い、返事をしたレイネ?に対し、メイドのイリアが心配そうな表情で見つめてくる。


『……イリアはお父様が私に厳しい事を知っているからそれで心配してるんだと思います』


 イリアは優しいですからと自嘲を込めてそう補足する元のレイネの言葉を聞きつつ、レイネ?は立ち上がって、ドアの方へ歩き出した。


「…………心配しなくても大丈夫ですよ。ただ話すだけですから」

「でも、お嬢様…………」


 それでもなお、心配するメイドのイリアを安心させるように笑顔を向けて部屋を後にする。


 そしてイリアの後に続いて書斎まで足を運び、ノックをしてから部屋へと足を踏み入れたレイネ?はそこで初めてレイネの父の姿を目にする事になった。


「――――きたか、レイネ」

『お父様……』


 人を見た目で判断すべきではないのだろうが、レイネ?から見た第一印象は気難しく、高慢そうな頑固爺という、おおよそマイナスなものだった。


「…………娘が襲われたのに一週間も放置して、心配の一言もないのですか?お父様」

「フン……ずいぶんと生意気な口を利くようになったな。いつものようにオドオド、ビクビクはしないのか?」


 開口一番にレイネ?が皮肉をたっぷりと込めてそう言い放つと、レイネの父はそれを鼻で笑い、煽るように返してくる。


「親子の会話でそんな事をする必要がありませんからね。そもそも、生意気云々以前に私は普通の事を言っただけですよ」

「……どうやら先の事件と騒動は相当な衝撃をお前に与えたようだな。全く、最初からそのくらいの口が利ければよかったものを」


 威圧するような態度を前にしても動じない娘の姿を見てため息混じりにそう漏らすレイネの父に、思っていたよりもまともだという印象を受けたレイネ?は眉をしかめつつも、話を進めようとする。


「……それで?今になって私を呼び出したのはどういう理由ですか。もしかして暗殺の犯人が捕まったとか」

「…………いや、そっちはまだ進展がない。お前を呼び出したのは殿下が公的な場でお前の罪を暴くから王城まで来いと書状を送ってきたからだ」

『っ…………!』


 父から出たその言葉にレイネ?の頭の中で元のレイネが息を呑んだ。


「……そっちでしたか。まあ、私の性格的に押せばすぐに罪を認めると思ったのに、反応がないからより強硬手段に出たんでしょうね」

「だろうな。王の前でお前の口から罪を認めさせればいいとでも思ってるんだろう」

「あら、意外ですね。お父様は私がやってないと信じてくださるの?」


 意外にも殿下に対して呆れ気味の父へレイネ?が半ば試すような言葉をぶつける。


「フン、信じるも何も親に対してさえ、オドオドしていたお前が誰かを害するなんて大それた事をできるわけがないだろう。まあ、最初から今の様子だったら違ったかもしれんがな」

『お父……様…………』


 厳しく当たっていても親は親、信じるとは少し違うかもしれないが、それでも長年、一緒に過ごした関係性から自分の娘がやっていないと確信している様子だった。


「というか、そもそもの話、この縁談は我が家……ひいては国の安泰のためのものだ。学生程度の嫌がらせで拗れ、破談にしていいようなものではないというのに…………あのバカ王子が」

「……後半に本音が漏れてますよ、お父様。それで、今回の召喚の書状はどうするのです?」

「…………どうするも何も召喚状を無視する事はできん。恥を忍んで暗殺騒動を表沙汰にし、日にちを遅らせる事くらいは可能だが、仮にも王族からの呼び出しだ。いかないという選択肢はない」

『そんな…………』


 おそらくはその辺も加味してレイネを逃げられない状況に追い詰め、認めさせる算段なのだろう。


 正直、証拠もないのに押し切ろうとするのは大分、杜撰な計画だが、予想外の暗殺の失敗に焦っているのかもしれない。


「……ふむ、なら私にある考えがあるのですが」

「考え?お前がか」

「ええ、今回の件。暗殺騒動も含めてお父様も腹を立てているのでしょう?もうここまできたら婚約破棄は仕方ないにしても、あのバカ王子にきちんと現実を思い知らせるべきです」

「…………詳しく話を聞こうか」


 レイネ?が自らの立てた筋書きを話すと、父はドン引き……もとい、感心したように髭を擦った。


「――――なるほどな。確かにそれなら多少の溜飲は下がるし、我が家と王家が負うダメージも最低限で済むだろうが、お前にそれができるのか?」

「……できなければ言い出しませんよ。私だって頭にはきてるんです。どうせオドオド、ビクビクして何も言えないと思ってる殿下とあの性悪クソビッチに目に物を見せてやりますとも」

「…………ずばずば明け透けにものを言えるようになったのは良いと思うが、少々、口が悪すぎるな」


 苦言混じりの呆れ笑いと共に頭を掻く父へお互い様だと笑って返し、早速、準備に取り掛かる。


『………………』


 ほとんど口出しできないまま進んでいく話を前に元のレイネは小さな不安を覚えるが、それをレイネ?に打ち明ける事ができないまま、召喚の当日を迎える事となった。


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