5.人見知りぼっち令嬢、打ち解ける。
「とりあえず、お前の両親は貴族なんだろ?なら今回の暗殺の件だって黙ってないだろうから相談して……」
『……それは、その、あんまり期待できないと思います。殿下との婚約破棄の件で両親……特に現当主であるお父様は私の事を見限っていますから』
「……見限るって、自分の娘をか?婚約破棄の理由だってでっち上げの罪なんだろ」
『罪はでっち上げでも、私が殿下に気に入られなかったのは事実です。だから…………』
諦めきったような暗い声にレイネ?は無言のままドアの方へ向かい、勢いよく開け放って、廊下をつかつかと進み始める。
『ちょっどこに行く気ですか?あの部屋で待機してるようにってイリアからも言われて……』
元のレイネが慌てて戻るように言うも、レイネ?は止まらない。何かを目指して歩き続ける。
「――――お嬢様?危ないですからあのお部屋でお待ちください」
身体の主導権がない以上、元のレイネにはどうしようもない。そう諦めかけていた時、曲がり角からメイドであるイリアが現れ、どこかに行こうとするレイネ?を引き留めた。
「……お父様に用があるのです。すぐに戻りますから心配いりません」
「…………それならなおさら止めさせて頂きます。今の旦那様は面子を潰された事で気が立っておられますから」
「…………っそれが止める理由だと?娘が父に会いに行くだけです。気が立ってようと関係ないでしょう」
最初に見せた演技が崩れ、一瞬、素のレイネ?が出るも、止めるのに必死なのか、メイドのイリアは気付かず、言葉を募らせる。
「……それが理由になる事はお嬢様が一番お分かりの筈です。先の件と今回の騒動で気が病んでいるのはお察ししますが、ここはどうかお堪えください……お願い致します」
『イリア……』
懇願するように深々と頭を下げるメイドのイリアからは心の底からレイネを心配しているのが窺え、元のレイネの呟きも相まって、レイネ?の憤りもすっかり引いてしまった。
「…………分かりました。今は大人しく部屋に戻りますね……心配をかけてごめんなさい」
「いえ、私の方こそ差し出がましい真似を……失礼しました。お部屋までお送りしますので」
イリアに連れられて部屋まで戻ったレイネは、何か食事をお持ちしますと言って出て行った彼女にお礼をいってからベッドの上にぼすんと倒れ込んだ。
『……あの、えっと――』
「……さっきは悪かったな。何も言わずに飛び出して」
気まずい空気の中でどう話を切り出そうか迷っている元のレイネの言葉よりも早く、レイネ?がそう切り出し、言葉を続ける。
「たぶん、この家にはこの家の事情があるんだろ。それをよく知りもしない俺が感情に任せて動くのは間違ってる……あのメイドの様子で気付かされた」
レイネ?からすればまだこの身体になってせいぜい数時間、記憶を共有していない以上は元のレイネの事情なんて分かるわけはない。だからこそ、身体を動かせるレイネ?は自身の行動がどんな結果を招くか慎重に考えるべきだった。
『…………正直、意外……でしたね。まだ出会って間もないですけど、貴方があんなに感情で動く人だとは思いませんでした』
少しの沈黙から微笑むような声色で返す元のレイネ。勝手な行動を怒っているわけでもない彼女の言葉にレイネ?は一瞬、目を丸くするも、すぐに口元を緩め、寝返りを打ちながら静かに呟く。
「……そうだな。自分でも意外だ。たかだか会って数時間の相手にここまで感情移入するとは思わなかった」
『……この状態で会って、っていうのも変な話ですけどね』
冗談めかしてそう言い、笑い合う二人。どことなく弛緩した雰囲気が流れる。
「…………意外といえば、今のお前の喋り方もそうだな。最初に話してる時は常にどもってて、声は頭の中に響くのに聞き取りずらいって状態だったし」
『う……その、私は友達もあまりいなくて、殿下ともあんまり喋らなかったから、人と話すのに慣れてなくて……』
境遇故か、はたまた生来の性分なのかは分からないが、元のレイネは極度の人見知りで、まともに話せるのは小さな頃から接しているメイドのイリアくらいだった。
「……なるほど、要するにぼっちってわけか。その割には今、俺と普通に喋れてるみたいだが」
『…………こんな特殊な状況だからですかね。自分でも意外というか、会って間もない貴方とこんなに話せるなんて思いませんでした』
一つの身体に二つの精神が同居して、会話を繰り広げているなんて状況は普通有り得ない。だからこそ気にしている余裕もなく、こうして普通に喋れているのかもしれない。
「――――お嬢様、お食事をお持ちしました」
ノックと共にメイドのイリアが声を掛けてきたため、元のレイネとレイネ?はそこで会話を中断。
運ばれてきた食事を食べ終えた後は精神的に疲労が溜まっていた事もあり、そのまま就寝してしまった。