Act4: 人はそれをカンニングペーパーと呼ぶ
まさかの透明人間かよ、猪飼。
口に出したつもりはなくても、猪飼は視線だけで悟ったらしい。
困った様に眉尻を下げて微笑むと
「私はイガイだからね」
-「意外」に「猪飼」は透明人間でしたってか。笑えない冗談はよしてくれ。
猪飼はそういって私の手をゆっくりと離した猪飼の手は、なかった。
笑えない冗談はさっきのだけで十分だったのに。
比喩ではなく、本当にないのだ。
白いシャツの袖口から出ていた、私の手をさっきまで掴んでいたはずの手、どころか手首から先が。
ただ、可笑しいことにグロテスクに血が滴っている訳ではないのだ。
例えるならそう、マネキン。マネキンの手首を切り落としたらこうなるだろう、そんな感じだ。
言葉を失う私を他所に猪飼は、あらやだーとおばさんくさいことを言い、軽く肩を竦めて「やれやれ」というようなジェスチャーをしながら笑って見せた。
「時間がね」
足りないよね。
そう言って猪飼はポケットに手を突っ込んで何かを出した。いや、正確には出そうとして、消えた。
今度は手が消えた様に、そう正直言うと猪飼本人する気が付いていないんじゃないかと思えるほどの自然さで、猪飼は消えたのだ。
パチ・・・
パチ・・・
パチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・
-ああ、拍手が五月蝿い。
猪飼が消えて舞台終了ってか、これも全部シナリオだったってか。私はそれにまんまと踊らされていた舞台の一部で役者でしたってか!監督出せ監督!
私はケッと柄悪く吐き捨てるように声を出してから、ふと観客からではない別のところからの強い視線を感じたような気がして目を泳がした。
「・・・・・・・。」
睨む様に目を凝らすと白い物が浮かんで見えたが、私はそれを見つけた途端、無視したい衝動に駆られた。
”エース、台詞「始まるのね・・・」を告げ舞台を仰ぎ、イガイの時計を胸に抱き終演 ”
人影が焦る様に忙しなく揺らすそれを、人はカンニングペーパーと呼ぶ。