Act1: え、誰?ていうか、何?
私は心で叫んだ。友達が私の彼氏を寝盗ったことを知った時よりも叫んだ。もう絶叫レベルで叫んだ。
- 後に残ったのは虚しさだけだった。
光が消えた後、オロオロしていた私を他所に周りは微妙に変化していた。
暗闇の中で目を凝らせば、人影のようなものが蠢き忙しなく何かを動かしているように見えた。私は何となくそれを見て
舞台の場面が切り替わっているみたいだ、と思った。
ぼう、と蠢く影達を見ていたら次第にそれは数が少なくなって、最後には蠢くものが一つも見えなくなった。私の周りはそれを見てざわめき拍手喝采、ああそんなに拍手するぐらい人がいたんだぁとまたぼんやり思っていると、小さかった子供の笑い声が大きくなり反響すらしていることに気づいた。
反響、反響ねぇ。
- は ? 嘘 、 反 響 し て る ?
ということは、此処には壁が、終わりがある。
壁が、壁があるなら、迷路の要領でその壁を伝いながら歩けば外に出られたり、なんてことが出来たりするんじゃないのか。
私は不意に現れた希望に思わず歓喜の声をあげようとした、-ところで気づいてしまった。
ゴクリ、と自分の喉が緊張で唾を嚥下する音が何だか酷く大きく聞こえた。
拍手とか、笑い声とか、いつ、止んだ?
怖い。
聞こえてたら聞こえてたで怖かったけど、聞こえなくなったらなったで、怖い。怖すぎる。
そんな私の内心の不安を込めた呟きを慰めてくれるとでもいうのか、
パッ
最初の光よりも若干オレンジ味を増した光が一点を照らす。
私はそれを見て思わず安堵の息を零したが、ふと違和感を感じる。
スポットライトの下、何か、居る。
第 一 村 人 発 見
って、違う違うそうじゃない。落ち着いて私、落ちついて。
そう、人が立っていた。今まで何もなかった光の下に男が、一人。
前屈みに立ち、目深に被ったシルクハットの縁を押さえているその男の表情は、少し離れて座っている私からは分からない。
黒いシルクハットに白いシャツ、黒いロングコート。
そして黒い編み上げのブーツに入れられたズボンも黒かった。
暗闇に黒い衣服って、お前。
私は思わず突っ込みたかったが、何となく周りが怖かった。
こう、空気が真剣というか、痛いというか。だけど黒い衣服の中で唯一白かった男のシャツはぼんやりとその場に浮かんで見えて少し気味が悪いなぁと思った。
男は被っていたシルクハットを左手で軽く円を描きながら取り、右手は無絵に添えて恭しく礼をとる。身に纏った黒いロングコートが動きに合わせてふわりと靡いた。
ゆっくりと身体を起こしたが顔はまだ俯かせたまま。私は一瞬、男の口が耳まで裂けている様に見えて小さく悲鳴をあげてしまいあわてて口を両手で塞いだ。
だが、ゆっくりと上げられた時には目は伏せられてはいたがとても穏やかで、口は裂けてなどいなかった。
目の錯覚、だったのだろうか。
いや、でも、と何度か目を擦ったり瞬きを繰り返してもう一度男を目を細めて見てみたが、やはり口は裂けていなかった。
男はスッと目を開き、こちらに気づいた様に瞬きをしてから緩やかに目尻を細めて微笑んだ。男がこちらを向いたと同時に何故か光が一つ増え、あろうことか私を照らしつけた。
「眩っ」
向けられたスポットライトが煩わしくて、思わず声を漏らしながら私は盛大に顔を顰め、目を細めるとそれまで静かだった周りがクスクスと声を漏らす。
― いやいや笑い事じゃないんですけど。