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――時遡(トキサカ)――  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第一章 ボーイミーツガール・・・・・・ガール?
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第七話 初デートは謝罪訪問?

「よーし、連絡事項は以上だ。チャイムまでは懇談の時間にするから自由に話して良し、スマホも許可する。ただし他のクラスに迷惑が掛からないように、大きな声や音を立てないようにな」

 岩城先生がそう言って教室の隅の椅子に腰かけると、教室の空気が一気に和らいだ。早速教室ではいくつかのグループに分かれて趣味や部活の話をしたり、ラインのグループ登録を済ませたりしている。


「ねぇ、神ノ山さんって、あの真面目クンと知り合い?」

「あ、それ私も聞きたーい」

 すぐ前の席にいたボブカットの女子が体を回してそう聞いてくると、隣の席の娘も興味津々で相槌を打ってきた。

「真面目君、って、あの天野君のこと?」

「そーそー、西中じゃちょっと有名よ。真面目オーラバリバリで近寄りがたい雰囲気あったけど」

 彼女らの話によると、彼は登紀が感じたイメージ通りの、古いタイプの優等生らしかった。挙手の時にはこれでもかと手を天に掲げ、朗読の時など大声なのは勿論、セリフ主に合わせて感情を込めて読むらしい。体育はいつも真剣過ぎるほど真剣で、クラスの委員長なども積極的に買って出るそうだ。


「親が政治家とか、警察官とかなん?」

 そういう態度はだいたい教育から来るものだ。だがそう聞いた登紀にボブカットの女子があっけらかんと返す。

「そう思うよねぇ、それが普通にタクシーの運転手なのよ、彼のお父さん」

 はー、と息をついて彼、天野未来の方に目をやる。彼の横には委員長の本田君が立ち、ばんばん肩を叩かれて笑っている、彼も同じ中学出身らしい。


「ふっふっふ~、私は見たよ、神ノ山さんと天野君の衝撃の出会いを!」

 その声にえっ? と振り向く私達3人。そこには三つ編みをリングにして左右に収めた女子が満面の笑みでスマホをかざす、そこに映っていたのは・・・・・・


「!!」

「きゃーっ、何これ?」

「うっひゃー!」

 仰天する私の隣で女子2人が肩をいからせて黄色い声を上げる。画面にはトラックの目の前で、犬を抱えて倒れる天野君の後ろから抱きついている私の姿がきっちりと収められていた・・・・・あの場にいたのかこの娘!

 あかんなぁ、私は呪い持ちなんやし、なるべく目立たんように学園生活を送りたかったのに初日からこの有様とは、現代の若者舐めてたかもしれへん。

「なになに、事故?」

「やっば、轢かれる直前じゃん。遅刻したのってこのせい?」

「もし死んでたら3人、いや2人と1匹で異世界転生してたかもねー」

 写真を撮った三つ編みリングの子がお気楽なセリフを吐く。ああ、確かに今はそんな若者向け小説がやたら流行っとるなぁ・・・・・・


「その話、詳しく!」

 いきなり目の前に丸眼鏡を曇らせて割り込んできたのは副委員長の宮本さんだ。メモを広げシャーペンをカチカチ鳴らしてアップで登紀に迫る。そういや文芸少女やったなぁ、この娘。

 なんか周囲にも人がわらわら集まってきている、既にその写真が幾人かに拡散していてもう言い訳がきかない状況だ。仕方ないので私は事情を説明し、遅刻は飛び込んだ際に制服の裾が破れたので取り換えに一度帰ったことを説明した。


 しばらく無謀さや度胸に感心され、そしてあの天野君と特に接点が無かったことを理解され、なんとか場の空気は落ち着きつつあった。やれやれ、初日から波乱やったけど、なんとか収まりそう。ほっと息をつきイスの背もたれに持たれかけた時・・・・・・私は自分の認識の甘さを思い知らされた。


「神ノ山さん、今日の放課後、予定開いてますか?」

 誰あろう天野君が私の前に立ち、少し顔を赤らめて大真面目にそう聞いてきたのだから。


 どどぉぉぉっ!と色めき立つ教室中。先生が「こら、静かにせんか!」と窘めるも皆の動揺は止まらない。囁くような黄色い声があちこちから上がり、男子の一部からは「まさかあの天野が」と目を丸くしている。宮本さんが至近距離で眼鏡を輝かせながらメモにシャーペンを走らせる、頼むから大袈裟にせんでくれん?


「あのトラックの運送会社にお詫びに行くから、一緒に来てください」

 そう言って頭を下げる彼の態度に、教室の空気が瞬時に張り付いて、そして凪いだ。ほんの少し間をおいて登紀は状況を、そして彼の言い分を理解する。

「分かりました、行きます」

 立ち上がってそう返した後、私は彼に手を差し出す。そうだ、何を勘違いしとったんや、あれだけ他人様に迷惑をかけて知らんぷりすんなんて、仮にも大人より長い時間を生きて来た大おばあちゃんの私としたことが。

 差し出された手を彼が気恥ずかしそうに握ると、私は右手に力を込めつつ左手で彼の手を包む。軽く会釈した後にこう告げた。

「ありがとう、私、間違う所やったわ」


 関心と尊敬と、そして感謝の目で彼を見る。その彼は顔はおろか耳までまっかっかだった。これやっぱちょっと恥ずかしい。



「お父さんが? そうなんだ」

 放課後、天野君と下校路を歩きながら話す。あの事故の後、彼の父が運転手と話しをつけており、そのことを彼のスマホにメールで送ってきているとの事。もうあとは当人がお詫びを入れるだけだそうだ。

「そういや神ノ山さん、腕の怪我はどうなの?派手に擦りむいたっぽいけど」

 それを忘れてた、とばかりに聞いて来る彼。応えて私は右袖のボタンを外し、二の腕までまくって見せる。そこにかすり傷すらついていない事を確認した彼は、ほっと胸をなでおろす。

「良かった、派手に転んだから酷い事になってたかと思ったけど」

「私、頑丈やけん」と笑顔で返すと、彼はそっぽを向いて頬を掻く。どうやら私の二の腕の肌を見て意識したらしい・・・・・・本当に可愛いな、この子。


「あ、あれだよ」

 彼が指さしたのは通りにあるコンビニだった。なんでも運送会社まで彼の父が送ってくれるとの事で、個人タクシーを待機させて待っててくれているらしい。父子含めて後でちゃんとお礼せなあかんね。


「父さん、お疲れ様」

 彼が運転席の父に手を上げる。

「え、ええええええええ! 未来が、女の子と下校しとるっ!!」

 私をまるで妖怪のような目で見た彼のお父さんが、運転席で絶叫を上げる。

「タ、タクシー・・・・・・なんやね、これ」

 私が目の前にある白いスポーツカーを指差して、固まって呆れる。



「がっはっは、そうかそうか、未来もついに色気づいたか」

「だから違うって父さん、あの事故に巻き込まれて、たまたま同じクラスだったから、それだけだから!」

 下世話に笑うお父さんに、真っ赤になって抗議する天野君。彼と私は狭いスポーツクーペの後部座席に身を収め、寄り添うように並んで座っていた。広い助手席を勧められたが、さすがにそこまで図々しくはなれない、なにしろ無賃乗車やし、お詫びに持っていくコーヒーセットまで用意してくれとるんやし。


「本当に(なん)から(なん)まで、お世話になっとります」

かんまんかんまん(いいよいいよ)、気にせんで・・・・・・けど君、地元の人?阿波弁やし」

 あ、しまったと思う。私は最近こちらに引っ越してきたという設定だった。日本中を回っていた時も単に関西の方の出身かなと思われる程度だったが、さすがに地元民にはごまかしがきかないようだ。

「大阪からこっちに来たんですけど、母が徳島出身で、それで影響を受けてて・・・・・・」

 一応考えていた設定を話すが、運転席の父はそんなもんかねぇ、と首を傾げる。


「それより、この車かっこえ・・・・・・いいですね、なんか速そう!」

 とっさに話題を反らす、こういう時にはネクタイでも何でも褒めるのが一番だ。案の定抜群の食い付きを見せるお父さん。

「分かるかい? センスいいねぇお嬢ちゃん。徳島広しと言えどもこんな格好いいタクシーはまずお目にかかれんよ、がっはっはっはっは!」

 上機嫌で笑うお父さんと、それを「えー」というジト目で見る未来君。なんか真面目な彼と豪快なお父さんが全然対照的で微笑ましい、本当に親子なのかな、彼のお母さんがどんな人か見てみたいもんや。


 やがて運送会社に到着するタクシー。お父さんは駐車場の奥に車を止め、息子と私に「行ってこい」と指図する。ん、と頷いて車を降り、コーヒーセットを手にする未来君。

 ええね、いいお父さんや、と思う。最後は問題を起こした当人だけで始末をつける、そんな大人の対応をさせる父と、親に甘えない真面目な息子、よくできた親子や。


「失礼します、お電話していた天野です!」

 堂々とした彼の言葉に事務所の大人たちがおお、と注目する。コーヒーセットを抱えた私が柔らかく会釈すると社員たちは思わず顔をほころばせる。雑多な運送会社の事務所にいきなり若いカップルが現れたらまぁこうなるやろう。


 奥の応接室に案内される。ソファーの上座に社長さんとあの運転手が座って、私と未来君は反対側に腰を下ろす。

「おお、嬢ちゃんも来たんやね、ケガ無かったんかい?」

 運転手の人の言葉に、はいと言って再度右腕をまくる。社長がやれやれと安堵してソファーに身を沈ませると、未来君が立ち上がって深々と首を垂れる。

「本当にご迷惑をおかけしました、これ、つまらない物ですが!」

 そう言ってコーヒーセットを差し出す彼。社長さんはいやいやと恐縮した後、ありがとうと受け取る。

「ただなぁ、今後は犬なんか庇うんやないで。轢きそうになるこっちの身にもなってくれや」

「すみません、軽率でした」

 ペットを轢くのと人間を轢くのでは運転手の重みが違う。勿論ペットも轢かないに越したことはないが、人間を轢いてしまうとその人の人生は終わってしまいかねないのだ。

 近頃流行りの異世界転生のためにトラックに轢かれる話などがいかに馬鹿げた創作なのかを改めて思う。これは宮本さんにも話してあげんといかんねぇ。

 そこまで思って思わずぷっ、と吹き出す。大体私自身が呪いなどという小説のネタになりそうな存在なのに、馬鹿な事を考えたもんじゃ、今風に言うなら「お前が言うな」やろうねぇ。


 その後30分ほど、持ってきたコーヒーを淹れて貰って社員の皆さんと懇談を楽しんだ。というか私と未来君は完全にカップル扱いで「どこまで進んどん?」「キスくらいした?」「今時の若者はそんなウブちゃうやろ」などと散々冷やかしを受けた。これ、今でいうセクハラちゃうん? 現に未来君は顔を真っ赤にしていやいやいや、と首を振るばかりだ。あんまり照れるもんだからこっちまで顔がが赤くなるわほんまに。


 ようやく事務所を出たと思ったら今度は待っていたお父さんに「二人とも顔真っ赤やなぁ」とトドメを刺される。


 結局アパートの近くまで送ってもらい、お礼をして二人と別れる。初日から本当に激動の一日だったわ。心地よい疲れに満たされながらアパートのドアを開け、自室に戻って畳んである布団に倒れ込んだ。


 ――わたしもひとつ、恋でもしてみるかねぇ――


 今朝なんとなく思ってみた妄想、それは今日、登紀の前にしっかりと具現化した。


 気恥ずかしさに思わず枕に抱き着いて、足をぱたぱたさせて悶える。あーもう、こんな大おばあちゃんを萌えさせるもんやないわ。

 心の声と裏腹に、17の顔を赤らめて恋する乙女のニヤケ顔をしているのが、今の私には手に取るように分かっていた。



 ふぅ、と自室で息をつく天野未来。今日で出会ったあのクラスメイトの笑顔が、姿が、どうしても頭から離れない。

 どうしてあそこまで彼女に惹かれるんだろう、顔も、髪も、肌も、立ち姿さえも、自分の知っている女子とはどこか全く違っていた。


「なんかこう、『特別』って気がするんだよなぁ」


 神ノ山登紀(かみのやま とき)天野 未来(あまの みらい)。彼女と彼の出会いの一日目は、こうして暮れていった。


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