第三十四話 医学班と呪術班
「はい、今日も血圧、心拍数、体温ともに異常なし、と」
十三階の医療ルームにて、今日の検査を受ける未来に橘医師がそう告げると、周囲の医師たちは安堵よりもむしろやれやれ、というため息交じりの落胆に包まれる。その声を聴いて登紀や七海は不満そうだが、未来自身はちょっと暗い顔で返した。
「やはり、何も残ってませんか」
「ええ、今日は強心剤を服用して貰ったのですが・・・・・・やはり効いてません」
未来の問いに答えたのは薬剤師の王林杏だ。この一か月未来には検査の他に様々な薬を服用、投与し続けて来たのだが、その体に目立った変化は見られなかった。今日も強心剤を飲んだにもかかわらず、心拍数に変化無かった。
未来や登紀と医師たちが部屋の窓際にあるテーブルに腰かけて今日のミーティングを始める。だが彼らの表情にはどこか諦めにも似た気疲れの相が見えている。
「カナダのアルバトル医科大学が、研究を打ち切ると言ってきました。残念です」
その報告に一同、はぁ~とため息をつく。今までも世界各地の医学研究員から、この細胞反再生症候群に対してのギブアップ宣言は数多く届いていたが、ついに医療大国のカナダからも白旗がひとつ上げられてしまったのだ。
今この場所での研究同様、未来を診察してデータを持ち帰った世界の医師からも未だに前向きな発見や情報は寄せられてこなかった。このあまりに非常識な病状は、真面目に研究すればするほどに行き詰まりを見せていたのだ。
「やはり超常現象的な何かが原因なのでしょうか」
「それを医学で解明するのが我々の役目でしょう!」
医学方面での研究が手詰まり状態なのに比べ、呪術方面での病の研究はそれなりの進展を見せている事がなおさら彼らのプライドを傷つける。医学と言う理論に基づいた研究者たちである彼らは、目の前の患者が”呪い”などという症状に侵されているなど認めるわけにはいかなかった。
「まぁ落ち着き給え、昨日今日で結果が出るような病気ではない事は皆も知っての通りだ」
再年長の特別顧問、Dr.リヒターがそう言って皆を嗜める。とにかく既存の治療法ではどうも歯が立たない、ならば治療のアプローチ方法をもっと変えて見るべきではないか、という結論でこの場はお開きになった。
「ほんっと、進展ないわねぇ、医療班は」
昼休み、会社の食堂でランチを食べながら七海は登紀にそう毒づく。高校以来長く二人を見て来た彼女にしてみれば、さっさと未来君の病気を治して、二人にとっととくっついてもらって肩の荷を下ろしたかった。
「まぁ、予想はしとったよ。アレは明らかに呪いやもんねぇ」
魔法陣を浮かび上がらせて、そこから這い出た子供達と会話をしている時点でもうそれが医学でどうにかなる次元ではないのは分かっている。分かってはいるんだけど、この”時遡プロジェクト”を世界中で研究してもらう為には、表向き不治の病という事にしてもらわないと困るのだ。「呪われているから助けて」などと世界中に発信してもジョークだと笑われてスルーされるのがオチだからだ。
「ねぇ、あれから天野君とは、キスくらいした?」
カレーのスプーンを登紀に向けてニヒヒと笑う七海に、登紀はジト目で「またそーゆー事言う」と返す。が、七海は真面目な顔でさらに過激な発言をする。
「実はねぇ、セックスしたら直るんやないかと思ってるのよ」
ぶっ!と口の中のエビチリを吹き出す登紀。昼日中から何を言っとるんこの子は!
「あら?アレも医学的には充分に検証すべきでしょ? 生殖行為なんだし、生物の基本じゃない」
大真面目にそう答える七海。登紀はやれやれと息をつくと、スプーンを置いてこう返した。
「今の未来君は、その・・・・・・いわゆるEDなんよ」
今度は七海が豪快にカレーを吹き出す番だった。咳き込んだ後に「え、マジで?」と目を丸くして身を乗り出す。
「私の時もそうやった。体が秒単位で若返っとるせいでな、体も心も性欲が欠落しとるんよ」
「なにそれ・・・・・・生殺しじゃん」
時と共に若返るこの呪いは、生殖意識の高ぶりすら秒単位でリセットしてしまう。事実この一か月、未来君は一度も性処理をする事が無かった。それは彼の年齢の男性の体の仕組みを考えたら、ほぼありえない事なのだ。
「それは早く何とかしないとねぇ」
普段の冷やかしとは違う、しみじみとした顔でそう返す七海。
「人のことより、おまはん彼氏おらんの?」
「それを言わないで~~!」
午後。今度は呪術スタッフが部屋に集合し、大き目のモニタにパソコンからの映像を映し出している。
「こんな感じ?」
パソコンの専門であるアバ・ハリスが描いたCGが映し出される。それは話を総合して描き出した、登紀の”月食の魔法陣”と、未来の”五重の輪の魔法陣”だ。
「うん、いい感じ、そっくりですよ」
「大したもんやねぇ」
二人の評価にアバがえへへ、と頭をかいて笑う。その横に居た渡辺が隣に座る老婆、星占術のプロであるマルガリータ・ディアズに「どうですか?」と問う。
「|Urano despues de todo《うん、やはり天王星ですね》」
その答えに「やっぱりか」と鼻息をつく渡辺。彼は一カ月前にこの部屋で未来の魔法陣を見た時、それが天王星の輪である事を一目で見抜いていた。こうしてCGで再現して検証するも、それは的を得ていたようだ。
「でも、どうして月食とか、天王星?」
ピーター・フィリップのその質問に老婆マルガリータは誰に言うともなく呟く。通訳氏によると、星の力はその時に天にある最も存在感の大きい星の影響を受ける、ということらしい。
「あー、私が呪いを受けたのはもうずっと昔やけど、確かにあの時、月食やったて言うとったわ」
かつての孫、壮一の言葉を思い出す。当時ガキ大将だったあの子は、その日も夜遅くまで起きていて、赤く染まる月食を見ていた。だから私の呪いは赤い月にちなんでいるんやな。
「天野君が呪いを受けた日、月食と天王星食が同時に起きたのよ」
回答を述べたのは七海だ。2022年11月8日に起きた天体ショーは実に442年ぶりの皆既月食+天王星食(天王星が月の裏側に隠れる現象)が起きた。それをあすかむらんどで登紀と一緒に見ていた未来は、彼女の呪いに巻き込まれる形であの子供達と関わった。
そして三年後、この部屋でトキちゃんの事を思い出した時、あの子供たちを呼ぶために彼の周りに浮かび上がった魔法陣が天王星の輪だったことは、間違いなくその影響を受けてのことだろう。
「『天』野だから天王星だと思ったけどな」
そう言って笑う渡辺にピーターが首を傾げる。日本語表記で同じ漢字が一時あるのよと説明すると、ああネームドミックスか、とうんうん頷く。どうやら星占術の類では大きな要素らしい。
「とにかく情報をもっと集めねばならん、八百万の神の行いなれば猶のこと」
山伏修行者の天仙院白雲氏がそう告げる。彼は現代にあって山に籠って修行を続ける修行僧であるが、未来にかけられた時遡の呪いが日本古来の神の仕業であると確信してここまで足を運んでくれていたのだ。最初は胡散臭い人物と見られていたが、『生け贄』『おおかみさま』『人身御供』などのワードをこちらが言う前からぴたり当てて見せた事が彼を信頼させ、そして呪いの存在をも一同に信じさせていた。
「その『おおかみさま』つうのがどんな存在なんかも調べねがあがんね」
そう続いたのは古代史研究家の門田 一花さんだ。彼女曰く「おおかみさま」というのは各地の伝承で様々な姿形で伝えられていて、時には人の姿、時には名前の通り狼の姿を取り、また別の伝承では大猿の姿を取っていたものもあるそうだ。
「生け贄についての伝承も探らないと」
矢野資料館の水原さんがそう続く。神ノ山登紀さんが呪いを受けたのも、天野君がそうなったのもこの徳島の土地だ。ならばその呪いは土着の物である可能性が強い、この地でかつて人身御供が行われていた資料があれば一気に真相に近づけるのではないかと気合いを入れる。
しかし、こうして様々な角度から検証すると、調べる要素がいかにも多い。医療班みたいに手詰まりになるよりはましかもしれないが、逆にどこから手を付けていいのかさっぱりである。
「これじゃあ無駄足が多そうだけど、どうすんの?」
「いやいや、古来より神様ってのは謎懸けと回答が好きなんだ。なので呪いの全容を把握するのは大事だと思うよ」
そう答えたのは彼の上司である歴史研究科、大荻 市之助だ。彼曰く古来より御伽話や伝承の数多くに、神様から出された質問に人々がいかに答えるか、というのがお約束としてつきもので、発掘した遺跡にもそれにちなんだ出土品は結構見つかっているらしい。
「スフィンクスが旅人に出すクイズ、みたいなものですか」
未来の言葉に全員がああ!と納得する。遥か遠くエジプトの民話にまでそれがあるのだから、確かにそうかもしれない。
「とにかく明日から早速、各方面に分かれて呪いの全容に迫るとしよう。拙僧は一度飛騨の修行の地に戻って身を清め、山々の声を聞かねばならん」
白雲さんの言葉に全員がうーん、と首をひねる。確かに呪いには近そうな人物なんだが、やはりどこかうさん臭さが抜けないな、この人。
「わだすはもいちど、あぢこぢの『おおかみさま』や『生け贄』の伝承を調べてみるべ」
門田さんもそう言ってよこらしょ、と立ち上がる。彼女には渡辺が同行して移動や宿泊の面倒を見ることになっている。
マルガリータさんはピーターと共に星占いの任につく。呪いと月食や天王星の関係を紐解くべく、近場の星が良く見える山に居付いて研究を始めるそうだ。当然ながらメキシコと日本では星の見え方が違う為に、この地に合わせた星の輝きを知る事が必要になるらしい。
「アマノ、天王星は『凶星、変化、改革、離別、不安定』等を示す。あまり縁起のいい星じゃない、気をつけてな」
ピーターの言葉に「本当に?」と目を丸くする未来。その後ろで登紀、七海、渡辺の三人が「あー納得」と頷き合う。特に最後の”不安定”は、どこか危なっかしい天野未来という人物にぴったりと当てはまる気がした。
「じゃ、私と水原は地元の歴史の洗い直しだな」
そう続いたのは大荻さんだ。水原さんも「うっす」と頷いて立ち上がる。その言葉に未来と登紀は顔を見合わせて、こくり頷くと二人にこう言った。
「それなら、僕たちも手伝わせてください!」
「当事者の私たちが見れば、どこかピンと来るものがあるやろし!」




