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――時遡(トキサカ)――  作者: 素通り寺(ストーリーテラー)
第一章 ボーイミーツガール・・・・・・ガール?
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第十三話 遠き日の愛しの君へ

 私は、おかしい。


 そりゃおかしいのはもう60年も前からだ。この体が時と共に若返るやなんて、常識では考えられない体になってしもうて、もう137年も生き続けているんやから。


 でも、ほうじゃない。


 あの日から体の年齢が遡り続けて、それでも私は確かに生きてきた年齢相応の人格があったはずだ。どこか達観した、長い時を生き続けてきたが故の、世界に対して冷めた目を持つ自分がいたはずだ。


 だけど、この春に高校入学してから、わたしはおかしくなってしもうた。普通のおばあさんの年齢を遥かに通り越しているはずの私が、どうしてこうも年頃の娘みたいな心持ちになっとんやろ。

 クラスメイトと話してても、まるで同い年の少女の会話のように手玉に取られることがある。先日などは探偵業をしていた私が、あろうことか大勢に尾行されているのに気づきもせなんだ。まるで本当のこの年齢の生娘のように、日々を過ごし続けている。


 この若々しい体が、心までそうあるように引っ張られているのだろうか。


 違う。それだけじゃない。


 探偵として、人間の醜い部分を多く見続けて来たから、若者の集団の中に放り込まれて、その無垢な心に感化されてしまっとるんやろうか。それもある。若人達の中で過ごす日々は、まるでささくれた私の心を浄化してくれているよう。


 でも、それだけやない。


 私はあおむけに寝転んだまま、お腹の上に乗せていた一冊のノートをかかげ、その表紙をそっとめくる。


『好きです、付き合ってください』

 

 ただ一行、そう記された彼の言葉に、心が、心臓が、とくん、と跳ねる。


 恋をしている。恋されている。


 それは私の人生に本来は無かったもの。女性は夫に(めと)られ、愛を育み、子供を産んで家庭を築き、その血を未来に繋ぐ、それが女の幸せ。私が生まれ育ったのは、そんな時代だった。

 だから本当は知らずに終わるはずだった『恋心』という名の媚薬。それが年相応まで若返った私の体に、きゅんと差し込む、胸を締め付ける。


 恋をしたから、恋をしたいと思ったから、今の私はこうなんやろうか。



 それも違う。


 全部嘘だ。


 ほんで、全部本当。



 今の私は17歳の体。そして時と共に若返り、やがては胎児になって消滅してしまう。


 私に、残された時間は、もうあと、わずか。



 何とも贅沢な話ではある。普通、人は100歳まで生きたら御の字だ。しかも晩年は思考も鈍り、寝たきりになって薬漬けでなんとか生き永らえる人たちも大勢いるのだ。

 でも、私は154年もの人生が約束されていた。しかも若々しい体を手に入れて、最後まで思考も鈍る事無く、体力が衰える事もない。こんな贅沢な長生きはありえないだろう。


 でも、それも、あと17年で終わる。


 大人の時間を終えた私には、もう出来る事はほとんどない。


 あとは短い子供の時間を駆け抜けて、健康なまま元気なまま、幼児になって、私は終わる。


 そう、だから私はこうなったんだ。年相応の女の子として通学し、青春し、そして恋をする。そんな生き方をするしかもう、やれることが無かったんだ。目前に迫った死と消滅を、明確な自分の終わりをはっきりと自覚して。


 せめて、年相応の生き方を満喫して、終わりたくて。

 その一時を、一瞬を、そばにいる人たちと共有したくて。

 時遡の呪いを受けた私が、全ての人たちとすれ違うだけの私が、今この時だけは、誰かと同じ方向を見ていたくて。



「あほやなぁ、ほんまに」


 交換日記をぽふ、と閉じ、左手に持ったまま両手をぱたと畳に降ろす。重みのある日記帳が、どん!と畳に落ちてばらばらと音を立てて転がる。


 クラスのみんなと、これからこの先どうなるかなんて分かっているはずやないか。私はもう人間じゃない、化け物だ。私は彼らと友達(・・)にでもなれるつもりやったんやろうか。

 気さくで明るいななみん、背が高くてスポーツ万能なせっちゃん、日々ネタ探しと物書きの研究に勤しむ宮本さん。熱血を地で行く委員長の本田君、飄々と生きる渡辺君、厳格だけどよく気の付く岩城先生。


 そして、私の人生に、恋心という(いろどり)を与えてくれた、天野 未来(あまの みらい)君。


 2年か3年後、彼らと私は通り過ぎる。別れの時は、もうすぐそこに迫っているのだ。

 楽しかった時間は、もうすぐ終わりを告げる。


 だったら、せめて――




 一学期の最後の日。終業式が終わった後、私は校門の前で彼を待つ。


『返事は、もうちょっと待って下さい、お願いします』


 私は交換日記にそれだけを書いて彼に返した。それ以来私は彼と、ほとんど目すら合わせていない。彼もまた私が『そうしてほしい』事を察したのか、無理に問いただすことはしなかった。


 ありがとう、ごめんね。今日、はっきりと言うから。


「天野君、これからちょっと、時間、いいかな・・・・・・」




 坂野町の山裾、犬伏地区のバス停で下車する私と彼。そこから裏路地に入り、セミの鳴く声を聞きながら、ちょろちょろと小川の流れる土手道に入っていく。山のふもとに到着すると、目の前にはまっすぐに切り立つ急な上り坂があった。

 その坂の左右にはいくつもの踊り場が設けられ、その中央には墓石が鎮座している。

「墓地?」

「うん」

 それだけ言葉を交わして、私は坂を上っていく。彼もその後に続いてくる。


 坂の中腹辺りで足を止め、左側にある階段から踊り場の墓の前に立ち、ここだよと彼に向き直る。

「神ノ山家ノ墓・・・・・・ここって、神ノ山さんの家の?」

「そうだよ、ここが私がいつか入る場所。それでね・・・・・・」


 さぁ、終わらせよう、彼との関係を。



「私の愛した人が、眠っている、お墓」


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