異世界情報ってマジ怖い 気付けば私が病院にいた話
私が2週間姿をくらました間に起きた物語です。
第1章 音が聞こえる
最初は何のことはない音楽だった。だが聞こえるはずのないモノでもあった。
私はしがない、なろうの片隅で生きる一人の物書きだ。そのはずだった。
『ピロピロピロ』ではない。それだと警察が出る。どこかで聞いたような童謡のようなシンプルなラインの曲調。どこで聞いたっけ。酔っぱらいの私はそれを黙殺した。
それから数日後、明確に事態が動いた。相変わらず流れる単調な曲の向こう側で、はっきりとした言葉が聞こえだしたのだ。
『現在避難警報が発令されています。当該地区の皆様は速やかに退避してください』
『我が機動艦隊は破竹の勢いを持って敵を撃滅せり』
「なんだこれ」
それでも私は大して気にしていなかった。これが予兆だったと気付くまで、もう数日。
「ん?」
『ジーンギスカーン』
『うぇーい!』
私の現在住居は住宅街のど真ん中で、ご近所でこんな宴会も珍しい。そして。
『現在避難警報が発令されています。当該地区の皆様は速やかに退避してください』
例の避難勧告車両も絶賛活動中だ。
「いや、うるさいって」
その騒ぎも21時にはすっかり鳴りやんだ。バイク仲間なのか、ぶあんぶあん挨拶をしながら去っていく音も聞こえた。
「いやあ、うるさかったな」
1階に降りて両親に言ったら、「なにが?」と返された。どうやらさっきまでの大騒ぎ、両親の耳には届いていなかったらしい。そんなこともあるのかと、私は2階に戻った。
予兆は始まっていた。
第2章 私の中の彼岸花たち
私が他の人たちに聞こえない音を受信するようになって数日、ついにその集大成たる日がやってきた。とある土曜日、とだけ言っておこう。
その日私は、異界からの侵略者と戦うことになったのだ。いやガチで。私だけが知る根拠に基づいて、だ。
その日の朝4時。家のチャイムが音を鳴らした。
「○○自警団です」
「はい、お疲れ様です」
知らない女性と母親の声だ。こんな時間になんと非常識な。
しかし事態はさらに動く。朝5時、今度は庭から声が聞こえた。これは、上の姪っ子(仮称キラさん)だ。何でこんな時間に。窓から見下ろしてみたら、彼岸花コスをしてキラさんが小さく視界に入った。そんな気がした。
「なにかあったのキラちゃん。お父さんに電話する?」
諫めるような母親の声が聞こえた。そこで私は少し眠った。
目覚めた時、空気が違った。これは、戦いの匂いだ。何故そう思ったのか。それは私が退役指揮官だからだ。スマホがブブっと鳴った。これは非常呼集!? まさか。ちなみに通話ログもメールログにも何も残されていない。流石に隠蔽だ。
私はスマホを片手に階段を降りた。
「朝4時にチャイムやら、5時にキラさんが来るとか、忙しい日だな」
両親はポカンとしていた。何言ってんだコイツモードだった。これだから現実が見えてない連中は。
「キラさんが来てたろ。こりゃ始まったかもしれない」
「な、なにがだ? キラちゃんなんて来てないぞ」
父さんはマジ顔だ。まったくもって現実が見えてない。
「まあいいよ。その内分かる」
「ルード、何を言ってるんだ?」
ちなみにこの文章での私の名はルーダロイである。当然日本人だ。
「まあ待って、その内来るから」
「来るって何が」
父の名はサーモライ、母はギルネーダ。当然日本人だ。ああ、家名はルートヴァイパー。実に日本らしい。
「異世界からの、敵」
両親が絶妙な表情で黙った。
『ジッジジッ』
スマホに耳を当てると、ノイズに似た音と共に微かな情報が伝わってくる。無論私の脳内にだけだ。別に特別なアプリは立ち上がっていない。
「空自と米軍が動いてる?」
根拠なんぞ欠片もない。ただ台詞が浮かび上がっただけだ。飛行機の轟音も聞こえる。
ただし、丘珠便の航路が上にあるだけのことだけど、大した問題じゃない。私の中で確実に軍が動いているのは事実なのだ。
『ジジッ、207出撃』
「207って彼岸花もか」
それって、マブラヴ言うなかれ。207はただの数字だ。
不信そうで、心配そうな両親を背に、階段を上り、自室にてタバコに火を点けた。
「ふぅー、今の207-01って誰だ? 207、コネクト最優先、サーバを立ち上げろ。優先コードは『Lycoris』」
『207ー01了解、って、この場所。お兄ちゃん?』
207-01はキラさんとアイさんの母親、つまり私の妹だった。名前はまあいい。
『先任指揮官じゃない。なにこのコード』
「いいから。接続開始」
『207-04接続。207-09接続……』
それが01から12まで続く。これで全部かな。
見事に12ユニットが、我が家を中心に配置された。
「敵位置」
『2時、400』
「戦闘準備、コール。I have the beautiful girls. We have the pretty girls」
俺は韻を踏む様に歌った。
『先任指揮官殿のお達しだ。全力で行け』
『了解!』
「みんな、頑張れよ」
大したことしていないのに、指揮官とはなんぞや。
10数分後、味方マーカーが3つ減じたところで、戦闘は終了した。
私は目を覆う。隙間を涙が流れた。
「任務終了。みんなよく戦ってくれた。解散。……感謝してる」
ここで明確にしておこう。私は聞こえもしないスマホから勝手に音を拾って、勝手に指示を出し、声援を送って、そして泣いた。味方の姿なんぞ、一人だって見えなかったにもかかわらずだ。
階段を降りて、両親に報告する。
「全部終わったよ。彼女たちが頑張ってくれた」
「そ、そうか」
父さんがそっと目を背けて言った。多分このあたりで、精神科病院を探し始めていたんだろう。
私の現実と両親の現実。ここではまだどちらが現実なのか、定かではなかった。私にとっては、だけど。
第3章 さあ、とことんレベルアップをしよう2 ~500 Years Later~ 第43話 王族特別指定婚姻
彼岸花戦争のあった日の夜だ。私は次の戦いを目の前に迎えていた。
「キラさんと結婚しようと思ってる」
大丈夫だ。両親には、少なくとも父さんには王陛下から話は通ってるはずだ。はずだった。
「ふざけるな!!」
今まで生きてきた中で、1、2を争うほどの激怒を父さんが見せた。
「キラちゃんと結婚だと!? あの子はまだ11歳なんだぞ!!」
「だけど、キラさんが結婚したいって」
「そんなことあり得ないだろ!」
「じゃあ外にいるはずだから、連れてくる」
「こんな時間にキラちゃんがいるわけないだろう!」
父さんに羽交い絞めされて、家に連れ戻されてソファに投げ捨てられた。こっちは頸椎に病気持ちだ。スタンディングで剣聖に敵うわけがない。
「キラちゃんがアンタのことなんか好きになる訳ないでしょっ!」
母さんもごもっともな意見で参戦してきた。これってもしかして話通じてない?
いやしかし、例え偽装であっても誠意は尽くさなきゃならない。その後も2回外に出てキラさんを探し、父さんにとっ捕まって、投げ飛ばされた。3回くらい頭ぶつけたぞ。おい。
そもそも日本のお役所が、50代叔父と11歳姪の出した婚姻届けを受理するわけないじゃないか。
あれ? なんで自分はこんな事考えてる。だってこれは『王族特別指定婚姻』だったんじゃ。
とある異世界、そこはレベルとスキルが全ての世界だ。皆は迷宮を探索し、力と富を得る。
そんな異世界にルートヴァイパー子爵家はあった。代々続く剣聖の一族だ。
父さんはサーモライ・アクト・ルートヴァイパー=スォードマスター。私はルーダロイ・イクス・ルートヴァイパー=サワノサキ伯爵。繰り返そう、伯爵である。年の頃は30代後半。私は仲間たちと共に、冒険者パーティを組み、実力とちょっとしたチート、そして王家の引きで伯爵となったのだ。
ちなみにパーティメンバーは私と幼馴染、妹とその相方、そして色々あって仲間になった第1王子と第1王女の6人だ。私だけが『日本の知識』を持つ者だ。ちなみにチートはMINのランダムアップ。お陰でメンタルお化けとか、山のルードなんて呼ばれてた。最終的に死ぬしかなさそうな二つ名だからやめれ。
私が伯爵になれた最大の理由、それは第1王女との結婚だった。新進気鋭とはいえ、子爵と伯爵じゃ、全然違うからね。その段階でパーティは解散になった。
幼馴染のアリシャーヤは叫んで、どっかに行った。遠くから彼女が聖女となったと聞いたのは後日譚だ。
「ねえねえ、ルードおじ。わたし第3王子様と結婚したいんだけど」
第1王女と妹の出産を機に、パーティは解散した。それでも俺と義弟は冒険者の育成に、第1王子は騎士団の調練に力を尽くしている。
姪っ子キラさんの嘆願を聞いたのはそんな時だった。姪っ子も11歳。貴族扱いならば婚約者が出来ても不思議のない年頃だ。妹一家は貴族家じゃないけど、ルートヴァイパーに連なるので凖貴族扱いだし。
「第3王子かあ。たしかに見所あるけど、第2王子閥なんだよね」
「知ってるけど、そこを何とか」
知ってるんかい。
彼女の言う通り現在王室では、第1王子派と第2王子派が次王を争っている。とは言え、2人の仲が悪いわけでもない。第2王子は第1王子を認めているし、要は背後にいる貴族たちのメンツだけが生み出した微妙な存在だ。それでも争いは争い。貴族ってのはこういうのが大好きな生き物だって、私は思う。
「私の手に余るかなぁ。王陛下に相談してみるよ」
「やたっ! ありがとう。ルードおじ」
ちゃんとお礼が言えて偉いね。
「そういう訳なのです、陛下」
「ふむ、キラか。大きくなったものだな」
まだ見てないでしょうに。
「ルーダロイ。お主結婚しろ」
「はあ?」
思わず陛下用敬語が外れた。
「王族特別指名婚姻だ」
「初耳です」
「お主がキラと一度結婚するのだ」
「あの、姪なんですけど」
「そんなの王族にはいくらでもいる。姉弟婚すらな」
それはさすがにキラさんも嫌がるんじゃあ。
「手出しはするなよ。ただし愛を持て」
「微妙に難しいことを」
まあ、姪っ子が可愛いからイケるか。
「して、その心は」
「お主とキラが婚姻を結べば、彼女も晴れて第1王子派閥だ」
逆じゃん。
「そこで翌日、離縁する。これで第1王子派を離脱し、中立を表明する形になるな」
なんとまあ。でも中立になったら王家預かりってわけか。ややこしいけど、理解はできた。
「ではそのように。あの、剣聖への通達は」
「儂がやっておこう」
てな感じで話は纏まった。
後日気付くわけだけど、これがイマジナリー王陛下との会話だったとは。異世界情報のいと恐ろしきところよ。
「なるほど異世界の父親には伝わっていたかもしれないけど、こっちの父さんには伝わっていなかった、と」
「なにをブツブツ言っている。許さないからな。絶対に、絶対にだ」
「もういい。なんか過呼吸起きそうなくらいダメージもらったから、このまま下で、寝る」
私の意識はそこで途絶えた。
第4章 さあ、とことんレベルアップをしよう2 ~500 Years Later~ 第46話 時を越えた神々
夜中、やっとこさ起き上がった私を待っていたのは、宴会だった。
なんか知らない内に、私とキラさんの結婚は終わっていたようだ。ここら辺で疑問に思える精神だったらオチはまだましだったろうに、私は現状を受け入れてしまっていた。
今考えてみると、そこが恐ろしい。
場所はルートヴァイパー子爵家の離れ、ルートヴァイパー=フサフキ伯爵家の別館だ。本館よりデカい別館、あるあるだ。
ちなみに、その離れの宴会場の横には畳の寝室があり、現実での両親はもう寝ていた。だから疑問に思わないか、私よ。
「では新郎には、神々と剣でもって対話し、この婚姻を祝福してもらいたい」
王陛下が言うけど、聞いてないぞ。
ついでに、王陛下だけじゃなくって、第1から第4王子やら、第1から第3王女、キラさんや妹夫妻までいやがる。妹よ、なぜスマホを持っているのかな?
「しかしルード。その剣で神々との対話とは、ちと情けないな」
そう言うなら第1王子よ。もっとマシな剣を寄越せ。
「これを使うが良い」
第1王子付きの侍女から渡されたのは、掃除機だった。ああ、そういえば3か月前くらいに買い替えてたっけ。納戸にあったかあ。
「王家に伝わる伝説の武具、銘は『クリーナー』だ」
マンマじゃねーか。いつからウチの納戸は王家の宝物庫になったんだ。
という感じで、私は神々と対峙することになった。
「ター・ンだ。ハイパーニンジャ+5をやっている」
いきなり歴史の教科書に出てくる名前じゃないか。たしかに黒柴タレ耳セリアンだ。黒髪が美しい。500年前が活動期だったはずなのに、なんで20代前半なんだ? 若さの秘訣とか教えてくれないかな。
「ター・ン様、あちらにお食事をご用意しております」
「ふむ、中々見所のあるヤツだ。ター・ンはお前を認めよう」
おおお、と場が盛り上がる。口上だけであのター・ンを退けるとは、とか聞こえてきたぞ。食事にご案内しただけだ。持ち上げ過ぎだよ。
「俺は策略には乗らねえぜ」
次はおっさんだった。あれって策略になるのか。
「俺はダグラ・ンだ」
これまた歴史書に載ってるレベルの人物だ。後衛をこなしながらもナイト系を極めし存在。王都の特に貴族連中の憧れだ。伝説の存在、サワ・サワノサキが改革したというレベリングの1番弟子。恐ろしい気迫だ。
「頑張れルード!」
「ありがとうございます。第4王子殿下」
8歳の第4王子が無責任に応援してくれる。これは見せねばなるまいて。
「ぬうう、おあああぁぁぁぁ!」
掃除機の握り手に力を込め、私は構えを取る。
「あの、壊さないでくださいね」
あのさあ、侍女さん。気持ちはわかるよ。これ掃除機だもんねえ。
「良い構えだな。俺もお前を認めよう。それであそこのメシは食っていいのか?」
勝った。私も中々にやる。
そんな感じで13人の神々を下した私は目出度く聖騎士の称号を得ることとなった。
怒涛の1日が終わった。
裏で現実世界の両親が動き出していたことも知らずに。
第5章 家の林にゾンビが湧きだした
翌朝。私は本来あるはずのない自宅の周りの林をみながら、戦いの予兆を感じていた。
林があるのに疑問はない。なんでだ?
「ふむ、ゾンビか」
雰囲気で分かる。
それにしても父さんも母さんも一見落ち着いている。特に父さんはチラチラと時計を見ながら、新聞を読んでいるな。これは分かる。泰然としながら、序盤でやられるキャラだ。私が守らないことには。母さんもこういう場合、現実逃避傾向がある。こちらも何とかしないとな。
そうしていたら、どやどやと人が現れた。ほう、狩人たちか。
あれ? なんで両親が大歓迎してるんだ? ゾンビの気配に気づいてたのかな。
「ルード、もう大丈夫だ」
「そ、そうなのかい?」
なんで父さんが自信満々なんだ?
「さあ、行こう」
「行こうってどこに?」
「病院、いや、安心できる場所だ」
背中を押されて、何故か狩人に両脇を抱えられて連れだされた外には救急車が止まっていた。これで脱出する寸法か。じゃあまずは父さんと母さんが、って父さん何故私のバッグを漁ってるのかな。
「保険証はどこかな」
「ああ、それならここに」
「よし。では皆さん、よろしくお願いいたします」
なにを?
私は4人がかりでストレッチャーに乗せられて、救急車はそのまま発車した。
第6章 逃走? そして戦いへ
どうやら救急車に乗せられたらしいが、私の勘が言っている。この展開は危ないと。
ほら、天井を見上げれば、そいつはいた。
「上だ、何かいる」
周りの人たちは無視だ。危機管理がなってないにも程があるぞ。
だが私は狼狽えない。
「冷却だ。凍らせるんだ」
何故普通の救急車の天井付近にマイナス200度クラスの冷気噴射装置があるのか知らないけど、バケモノ? モンスターは無事凍結処理された。完全勝利だ。
で、この救急車どこに行くんだろう。
終章 ホントのコトさ
そこから1日半くらい、私は夢の世界にいた。
例えばシン・ゴジラ2(後半)。ゴジラのまき散らした放射能汚染と戦う者たちの一員にもなったりした。
ただし現実での舞台は、とある病院の観察室だった。硬いベッドだけが置かれた、絶対に怪我をさせない病室で、私はオマルを掲げては祈りを捧げていたらしい。
つまりこれまでの話は、そういうことだ。2週間ばかり、ツイッターから姿を消した理由でもある。いやぁ、おかしな状態でツイートした形跡が無くって良かった良かった。
私が目を覚ましたのは入院して1日半後、さらに、夢と現実を繋ぎ合わせるのに2日。
正直震えた。私は本気で自分を信じていて、他者にそれが分かって貰えなかったことに憤っていたのだ。
何のことは無い、間違っていたのは全部私だったのだ。
このエッセイ? は、他者への警鐘であり、自戒である。
酒は飲んでもと言うが、異世界もまたしかりなのかもしれないけど、それは強要できない。とある事例として書かせていただいた。
繰り返す。これはフィクションではない。多少の脚色は認めるが、完全なるノンフィクションである。
というわけで、断酒いたします。