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ハングドマン 【0と12】



暴露とは暴力でしかない。


内容の善悪はさておき内々で秘匿すべき事柄を許諾なく開示、圧倒された対象は有無も言えなくなるという、実に手荒い交渉手段である。限りなく無血に近く平和的な策であるのかもしれないが、処理として穏便とは到底思えない。


ネタバレ士(パンドーラ)の介入が正にそれで、僕の中の()()()()は無様にもゆらぎ始めていた。


そして無力化へ。異世界が異世界たる所以は、何よりも夢との差別化であると思われる。異世界というゲンジツだからこその魅惑の説得力。それが疲弊し、瓦解へと導かれている。待ち受ける終焉の予感。そしてにわかに浮き彫りとなる、実は夢なのかもしれないという不信感。


異世界と夢の境い目が曖昧ならば、それは現実も同様なのではないのか。今が現実なのか、夢なのか、誰がどのように証明してくれるのか。根拠も希薄で、説得力は紙の薄さに等しいのなら、もうここは夢の中でいいのでは?


そう、これは夢なのだ……


……()()()なんかであってたまるものか……チュートリアル子から萌黄さんまで……すべてが夢……


……これは一巡目の夢なんだ……


……夢の中で僕は異世界転生に逃げ場を求め、【袋小路(デッドエンド)】を立ち上げて、ゲンジツ逃避に明け暮れていたのだ……なんという(てい)たらく、なんという不毛。どうやらなかなか醒めない仕様らしく、えらく壮大で手が込んでいる。脚が地に着かず、背景が不自然極まりない灰色に塗り潰されている。猜疑心の塊と化している自分自身を、僕はなぜか客観的に眺めていた。


……現実ではないから、これでもかと不都合に片寄った物事だけが我がもの顔で進捗している。さて、どうしよう?


覚醒の方法は一つ、どん詰まりまで付き合ってみるしかない。その毒を、盛られた皿まで食う。行き止まり(デッドエンド)の認識をもってして、セカイを否定するしかないだろう。そして終点にて酷い目に遭う。なに、これはいつもの事だ。ただ友人を失いたくない。


僕の願いはたったそれだけなのに、しかし、残念ながら萌黄班長はただただ無情だったのである。




息苦しい。


僕はそう伝えたつもりだったのだけれど、どうにも橙乃木(とうのぎ)さんはそれを “ ()()()()() ” と捉えてしまったようだった。いや、それを言うなら『生きづらい』で、『生き苦しい』なんてそんな言い回しは存在しませんよ……と、笑って返せる雰囲気では到底なかった。彼女は見る見る肩を震わせ、そして下を向いて、涙声を絞り出した。


()()()()()、だから生きるのが嫌なの?…………」


それは貴女が感じている事なのでは……の、言の葉は喉元まで迫り上がりはしたが、もちろん僕はそれを必死に抑え込んだ。彼女と僕の間に不可視の(とばり)がゆるゆると降りる。隔てるように。もちろん(あらが)わない。否、抗えない。橙乃木さんは稀代の絶句使いなのだそうだ……意味はよくわからないけれど。


……絶句使いの頼みは断われない……


よくよく思い出してみれば【P(パンドーラ)】はそんな事を言っていたが、しかし、僕は『萌黄さんを仲間にしてほしい』という橙乃木さんの願いを反故にした。あれは無理である。仕方なかった。だからなのだろうか。僕は橙乃木さんからただただ一方的に(とが)められていた。彼女の澄んだ両の瞳が、真っ直ぐに僕を見つめているのである。



「宮田ニャンは自分の罪を忘れている……吊るされるべきはあなたなのに……」



……という()だった。夢の中で夢にうなされているのか。


「どうして橙乃木さんが?……」


頭の中で不可解さと不明瞭さだけが渦巻き、ぐったりとしながらも僕は何とか寝床から這い出た。萌黄班長から『ネタバレ士である』という告白を受けた、その翌朝の事である。




いつもより長く感じる通勤路を越え、なんとか出社。体調は万全ではないが、しかし業務をこなせない程ではない。腹をくくって席に腰を下ろしたと同時、スマートフォンが震えた。メールを着信。緋村からだった。


『 昼休憩の()()十五分前、屋上エリアに来てほしい。重要。』


テニスコート二面ほどもある社屋の屋上エリアは開放されていて、昼食時にはお弁当持参の連中で賑わっているのが通例である。


が、休憩開始から三十分ともなれば、喫煙スペースに移動したり、余裕をもって持ち場に戻ったりなどで、人影は比較的()()()となる。内密な話……メールでも電話でもなく、わざわざ直接に顔を突き合わせての案件……重要か……そうでなくとも気遅れに脚を取られて動きも思考も鈍っている僕だったが、それはさらに重くどんよりと全身を包むのであった。




屋上への階段を登る。不安しか抱いていないのだから、当然として足取りは重い。多忙の緋村が意味もなく只の与太話で僕を呼びつける訳がない。何かしらの不都合が僕を待ち構えている。でも行くしかない。


かくして到着。鉄扉を目の前にし覚悟をもってノブをひねれば、緩い風と共に押し寄せたのは意外や開放感だった。


穏やかな晴天の下にて、緋村はひとりで待っていた。案の定として見渡す限りにヒトの姿はなく、見慣れた背中だけが空を見上げていた。雲一つない蒼穹。ゆるゆると吹き抜ける風が、彼の背広の裾をいたずらっぽく捲くりあげていた。


「……悪かったな、休憩中に」


僕がその背後三メートルばかしに近づくや、緋村はそう言って振り返った。いつもの嘘臭い笑顔。ただ、今日の彼はいつもの饒舌さをどこかに仕舞い込んでいるようで、しばらく僕らは無口なままに互いの視線だけを交差させていた。


普段の緋村ではない。警戒……というか、ためらいが透けて見える。そんなに重要な事なのか……何が? 僕には皆目見当がつかない。でも、何か言わなければ。奇妙な圧に押されて、僕の口がためらいがちに開いた。


「……その……課長の権限ならば突発でも小会議室くらいは押さえられたのでは?」


どうでもいい事だった。緋村もまた、どうでもいいように答えた。「……密閉された小部屋では話したくなかったんだよ。()()()()()()()()()()なのでな。空の下で話した方がいい。そう思ったんだ。それだけだ」


「……重要なこと……ですか?」


緋村は「ああ……」とだけ小さくうなづいて、またくるりと後ろを向いた。その背中が言う。


「昨晩、お前の寄り合い所帯の女性……橙乃木さんといったか……彼女からメールをもらってな……」


予期せぬ人物の名前に、僕は息を呑む。


……橙乃木さん……だって……?………






    吊るされるべきはあなたなのに






彼女のあの発言も蘇り、さらに僕を追い詰める。そんなこちらの乱れる鼓動など露知らず、緋村は続けた。


「相談を受けたよ。彼女、萌黄班長から()()()()()信じられない事を告げられたそうだ……」


これ以上はない程の嫌な予感。そして理解していた。良くない事が必ず起こってしまうと。


ああ……駄目だ……これは……駄目だ……


しかし、僕がそう願ったところで事態は微かにも好転しない。それもまたわかっていた。土壇場である。尋ねない訳にはいかなかった。


「……何を……ですか……」


緋村は振り返らないまま、落ち着いた声で答えた。


「宮田……お前の正体についてだ」


「僕の……正体……?」


眉間にしわが寄るのを感じたその時だ。


背後で鉄扉が開く。僕は反射的に振り返った。


「宮田くん!」


村上陽子だった。全速で駆け上がって来たのだろう、彼女は肩で荒い息をしていた。


「え……」


唐突の登場に息を呑む僕から、村上の視線は僕の先、緋村の背中へと転じた。


「やめて、緋村くん! お願い、やめて!」


村上の訴えは鬼気迫るほどであったのだが、それでも緋村が振り返ることはなかった。その姿勢のままに答える。


「いや、その……ごめん、陽子さん。よくわからないのだが……尋ねずにはにはおけないんだ……」


侘びる緋村から発せられる、臭うような違和感。()()()()()()()()()()()()


すると村上が顔を歪め、声を震わせた。


「あのネタバレの女……絶句使いで緋村くんを動かすなんて……」


と、そこへ場の緊張を砕くような軽やかなメロディ。僕のスマートフォンが歌っていた。メールを着信。


この局面に堂々と割り込んでくる連絡である。ただのメールではない。何かに押されるように、僕は画面を開いた。不吉な予感ほど当たるもので、『よしてくれ』と願っていた相手が発信者の登録氏名として、(ほこ)るようにそこへ表示された。


『萌黄班長』だった。



『 せっかく()()()()()()()()()()のに、すべての努力が無駄になる気分はいかがですか。笑ってしまうほどに典型的な逆位置のタロット。どう? なかなかの()()()()()でしょ?(笑) 』



不躾な内容に僕の思考は白く濁り、その中で萌黄さんの言葉だけが浮き彫りとなった。




……ながいお別れになる……




スマートフォンを握る手が小刻みに震え出す。犬歯を噛む。ギギギという、耳障りな音を止められないでいたが、それを遮ってくれたのは緋村だった。


「お前が()()()()なのだそうだ、宮田……お前はヒトではないと」


「緋村くん!」


叫ぶ村上陽子。


一段と強く吹き抜けた風が、その悲鳴のような語尾を描き消す。結果として村上陽子の願いを拒絶、緋村はためらうでもなく続けた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()……」


僕はその場から脱兎と駆け出していた。村上の方へ。「ここに居ては駄目だ!」


そして彼女の手をつかみ、階下へ続く鉄扉に走った。よたよたとしながらも、村上陽子もまた懸命に脚を動かしているのがわかった。


扉を開け放ち、二人してもつれ込む様に階段へ。勢いのまま、下る。


「……宮田くん……」


村上がか細い声で僕を呼ぶ。


今度は僕が大声で答える番だった。


「駄目だ! 駄目なんだよ!」


握っている村上の腕が不自然なほどに冷たい。しかし、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。




「最終回だけは駄目だ!」














【ツヅキ〼】



【次回完結 ト ナリ〼】


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