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魔王でない魔王は力を求める  作者: 斗樹 稼多利
9/22

魔王でない魔王、己の幼さに気づかれる


 道場を去った後、適当に入った宿の部屋で聞かされた話は衝撃的でした。

 僕がどれだけ驚いてもいいようにと、道場でやっていた魔王技とやらで部屋の音を漏れないようにしてから、ベッドに寝転がっては自分がどんな存在なのかを教えてくれました。

 魔王が負けた時の保険に用意した替えの肉体、その失敗によって魂と記憶を受け継げず、魔王の肉体と力だけを受け継いだ中途半端な魔王。

 そして魔王城からここまでの道中で、やらかしてきたこと。

 色々あり過ぎて、頭が痛い。


「随分と好き勝手やってますね」

「世の中は弱肉強食。力が全てだろ」

「否定しきれませんが、だからって力があれば何をやってもいいって思ってません?」


 死の山脈はともかく、辺境の村の住人達と道場の皆が喰われた件は領主なり国なりが動くはず。

 遺族の気持ちやその後の調査といったことなんて考えない、後先考えない行動は正直呆れてしまう。

 いくら全て証拠が無いとしても、そんなことしていいと思っているのかな。


「ハッ! こちとら神じゃねぇが、魔王の力の持ち主なんだぜ。だったらこの力は、魔王の如く使うべきだろ」


 確かに魔王らしい使い方だ。

 本人は魔王じゃなくとも、力は魔王のものだから魔王らしい使い方と言える。

 納得はし難いけど、持っている力の本質を理解して使っているから、使い方としては間違っていないんだろう。

 でも、それとこれとは話が別だし……うぅん……。


「はあ……。僕、どんでもない人に力を貰って、その代償としてこの体と下僕にされちゃったんですね」

「おうよ、力をやったんだから感謝しろよ」

「代償が代償だから、素直に感謝できませんよ!」


 もうちょっとまともな代償だったら、感謝したのに。


「それにしても、随分と好き勝手やってますね」

「魔王の力の持ち主と言っても命は一つで、不老不死や不死身じゃねぇからな。好きにやっていいだろ」

「そういう思考は魔王っぽいですよ」


 しかし父上達が倒した魔王は、彼の使う魔王技とやらを習得していない、いわば魔王としては完全な状態じゃなかったのか。

 だからこそ倒せたんだろうけど、その結果として彼が生まれた。

 これは不幸中の幸いならぬ、幸い中の不幸だよ。


「しかしテメェの親父にはガッカリだぜ。魔王を倒したから、もうちょっと楽しめると思ったのによ」


 一方的だったもんね、彼と父上の戦いは。

 だけどそれも当然だと思う。


「あの、クーロンさん」

「なんだ?」

「魔王を倒したと言っても、魔王技とやらを習得していない魔王を、勇者とその仲間達が手を組んでようやく倒したんですよ? 個々の力で魔王技を使えるあなたの相手になるはずがありませんよ」


 複数人の力を合わせて、ようやく不完全な魔王を倒した。

 それはつまり、父上一人の力では彼に遠く及ばないことになる。

 いや、勇者でも一人だったら勝てないかも。


「あ~、考えてみりゃそうだな。複数人で魔王をボコったんなら、一人の力なんざ大したことねぇじゃねぇか。まあ別にいいけどよ」

「いいんですかっ!?」

「テメェの親父もドラゴンも、単に俺の力を試すために挑んでるだけだ。いざとなれば、勝負中に喰えばいいからな」


 それって父上は力試しの相手に選ばれた上に、あんな負け方をしたってこと?

 なんかいたたまれないなぁ……。


「俺が戦うのは単に暴れたいのと、今の力がどの程度か確かめるためだ。それ以外の理由はねぇよ」

「世界で一番強くなりたいとか、そういうのはないんですか?」

「ねぇよ。第一、何をぶっ殺したらそうなるんだよ」


 言われてみればそうだ。

 勇者やドラゴンに勝っても、それで世界一強いと言い切れるんだろうか。


「名誉だとか称号だとかなんていらねぇよ。俺は力を求め続けるだけだ」


 それに関しては同意できる。

 僕だってなりふり構わず力を求めている以上、名誉や称号や地位には拘っていないつもりだ。

 だけどクーロンさんは、どうしてそこまで力を求めるんだろう。


「クーロンさんは、なんで力を求めるんですか?」


 なんとなく尋ねてみると、不敵な笑みは消えてつまらなさそうな表情になった。


「……特に理由なんかねぇよ」

「へ?」

「それぐらいしか、やりたいことが浮かばねえからそうしてる。ただ、それだけだ」


 いやいや、それぐらいしかって。


「さすがにそれは無いでしょう」

「しょうがねぇだろ。俺が生まれた意味なんざ、魔王が復活に失敗した時点で無くなっちまったんだからよ」


 ああ、そうだ。

 彼は魔王が復活のために作られた存在で、それが失敗したから今の彼になっているだけ。

 失敗した時点で、彼は存在意義や生まれた理由を全て失っているんだ。


「だからこそ、クーロンさんは好きにやっていいんじゃないですか?」

「好きにやってるじゃねぇか、何言ってんだテメェ」


 そうだよ、彼はとっくに好きにやってるじゃないか。

 さっき自分でも言っていたのに、本当に何言ってるんだよ僕は。


「じゃあどうして、やりたいことが力を求めることなんですか?」

「知りたきゃ全裸になって尻でも振りな」

「この悪魔!」

「魔王もどきだが文句あるか?」


 ああ言えばこう言うんだから、もう!


「ふん! どうせ魔王の力が望むまま、力を欲しているだけなんでしょ!」

「……」


 あれ? 適当に言った割に当たってた?

 ふふん、僕の勘もなかなか冴えてるじゃないか。


「今晩覚悟しとけ。テメェの尻を壊れるほど犯し尽す」

「何堂々と八つ当たりしようとしてるんですかっ! しかもお尻って、そしたら僕が女にされた意味はなんなんですかっ!?」


 思わずお尻を隠しながらまくしたてる。


「うるせぇ黙れ、確かに俺は魔王の力が魂を持ったような存在だ。力への欲望に忠実なのは否定しねぇ。だが、他人に指摘されんのはムカつくんだよ!」

「やっぱり八つ当たりじゃないですか! そんなことで、僕のお尻を壊そうとしないでください!」

「本当に壊れても治すから安心しやがれ」

「出来る訳ないじゃないですか!?」


 もうこの人、まるっきり躾けられてない子供みたいだよ。

 感情の赴くまま、自分を欲望を満たすために行動して力を振るう。

 それがなまじ魔王の力だから性質たちが悪い。

 一体どんな人生を歩んだらそんな……大して歩んでないじゃん!

 考えてみればこの人、生まれてからまだそんなに月日が経っていないから、人生経験は生まれたての赤ん坊並。

 しかも誰からも育てられていないから、知識はあっても精神は未熟、食べた相手から得た記憶や知識も自分自身がした経験じゃない。

 そうか、クーロンさんは力が強くて知識は豊富でも精神が未熟過ぎるんだ。

 後先を考えられないんじゃない、考えていないんだ。

 理屈よりも感情を優先するのも当然だ、見た目の年齢は僕と同じくらいでも、精神はそれ以上に幼いんだから。

 誰からも躾けられず、普通の教育を受けていないから、こうした生き方しかできないんだ。

 ひょっとして僕を復活させた上に、魔人族にして同行させているのは、無意識の寂しさから?


「んだよ、ジッと見やがって。尻を使われるのを、期待してんのか」

「違いますよ! クーロンさんがそういう風に振る舞う理由が、なんとなく分かったんです!」

「ほう? 言ってみやがれ、というか言え」


 ええ言ってやりますとも。

 如何に力が強くとも、クーロンさんは僕よりも精神が幼い子供なんだとね。

 ちょっと優越感に浸りながら説明したら、とても良い笑顔で背中に触手を何本も生やしました。

 道場で皆を食べたのとは違う、細くて表面がテカテカしている不気味な触手を。


「なんですかそれ!? さっきと明らかに用途が違いそうなんですけどっ!?」

「これからテメェをこいつで犯し尽す」

「だからそういうのを、精神が幼いって言ってるんですよ!」

「黙れガキがぁっ!」

「人生経験の方は僕が圧倒的に上ですよ!」


 反論をしつつもジリジリ後ずさるけど、所詮ここは宿の一室。

 しかも彼の魔王技とやらで部屋からは出られないし、外へ助けを求められない。

 万事休すかと思ったら、部屋の扉がノックされた。

 外からの音は聞こえるんだ。


「お客様、夕飯の準備が出来たので下へどうぞ」


 外からなら声も聞こえるのかと思っていたら、クーロンさんは舌打ちして触手を消した。


「分かった、すぐに行く」

「は~い。お待ちしてます」


 扉の向こうから呼びかけた宿の娘さんが返事に反応したから、防音と逃走防止のために使っていた魔王技を解いたんだろう。

 返事が無かったら不審に思われるからかな。

 精神は幼いくせに、そういう所には頭が回るんだね。 

 食べて入手した知識や記憶は伊達じゃないようだ。

 それでいて精神は幼くて力はとんでもないから、歪な存在だよ。


「行くぞ。仕置きは今夜にするから覚悟しておけ」


 そういうところも子供っぽいけど、今夜に待っていることを想像すると気が重いなぁ……。



 *****



 ったく、何が精神が幼いだよ。

 バカにすんじゃねぇ、と否定したいところだが否定しきれない。

 今まで目を逸らしてきた自覚はあるさ。

 魔王の力の影響で欲望に忠実になっている自覚も、それを自重も自制もできずにいる自覚も、忠実になった欲望に溺れている自覚もな。

 一体何人を喰って、そいつらの知識や記憶を手に入れてきたと思ってんだ。

 特にあの転生者の女、あいつのいた世界は情報化社会とかで色々なやり取りや情報があったから、最も自覚に繋がる要因になった。

 でもだからって、どうすりゃいいのか分からねぇんだよ。

 感情や欲望の赴くまま振る舞って力を使って、それをやり過ぎだって言われてもどうすりゃいいんだよ。

 俺はこうすることしか知らねぇんだから。


「つう訳で、俺は今後も今まで通りにやってくぜ」

「開き直って思考放棄しないでください!」


 宿の食堂、その隅の方の席で夕飯を食いながら俺なりの考えを伝えたってのに、何でそんなこと言われなきゃならねぇんだ。


「まったくもう、子供だからって嫌な事から目を逸らさないでください」


 ソウカイ改めソウファンが、呆れながらワンタンとかいう、独特の食感は悪くねぇが肉が少ねぇのを食ってる。


「ふん、それこそ俺の勝手だろ。文句があんなら、力で俺を屈服させてから言え」

「そうやって力で解決しようとする考えも、子供っぽいんですよ」

「テメェだって、文句を言う奴は力で分からせるって言ったじゃねぇか」

「ぐっ……」


 語るに落ちたな。

 転生者の女の言葉を借りるなら、ブーメランってやつか。


「まあもう、その辺はいいですよ。これで終わりにしましょう。それよりも」

「嫌な事から目を逸らすな」

「うぐぅ……」


 またブーメランだぜ、さっき自分で言ったことを自分でやってどうすんだって。

 所詮はテメェもガキってことだ。


「んで、終わりにするのはいいとして、何言おうとしたんだ」

「……今後についてですよ。僕を連れて、今度はどこへ行くんですか? それともこの町に留まるんですか?」

「考えてねぇ」

「無計画!?」


 ったりめぇだ。

 力を得る以外の目的はねぇんだ、移動か留まるかは気分任せ風任せの適当だ。

 こういうのを風来坊、っつうんだったな。


「だったら、勇者やその仲間の下を尋ねるのはどうですか? 場所なら知ってますよ」

「ほう?」


 面白そうじゃねぇか。

 個々の力は俺に及ばないとしても、戦えば楽しめそうだし、力の糧として喰うにも値する。


「よし、乗った。テメェも来るんだぞ」

「はいはい、寂しいから付いて来てほしいんでしょ?」


 うし、今夜はテメェの尻に触手が何本入るが試してみるか。

 壊れても治せるから安心しな。


「ひっ!? なんか寒気が。あの、変なこと考えてませんよね?」

「さあな」

「その笑みが怖いんですけど!?」


 痛みは快楽になるよう、一時的に感覚を変えてやるから楽しみにしておけ。


「うぅぅ……笑みに不気味さが増したよぉ……」


 くははは、良い反応だ。連れに選んだ甲斐があるぜ。


「お客さん、どうかしました? 調子でも悪いんですか?」


 おっ、この宿の看板娘とやらじゃねぇか。

 顔は地味だがよく通る声は鳴かせ甲斐がありそうだし、良い尻もしてやがる。


「いえ、今後が不安なんです……」

「そういえば故郷を失って、お二人で旅をしてるんでしたね。私より年下なのに、大変ですね」


 そういや、そういう設定で泊まってるんだったな。

 女将とやらに同情されて仕事先を紹介しようかと言われたり、大将にいざとなれば雇ってやるから言えって言われたり、面倒だったぜ。


「なんだ、ガキが二人いると思ったらそういう事情なのかよ」

「最近そういう子供が多いらしいな」


 ほう、そうなのか。


「嫌だねぇ、魔族との戦いは終わったっていうのに」

「せっかく親が逃がしてくれたとはいえ、残された子供はどうすればいいのか、分からないものね」

「親戚に引き取られるか孤児院に入れればまだマシ、それが叶わない子供も多いらしいわよ」

「なんでだよ。国は何をしてんだか」

「どこの国も戦後の復興のため、孤児対策以外にも予算が必要なんだとさ」

「はぁ、こんな時にも金か。やだやだ」


 道理で俺が一人旅してても、見た目はガキ同士で宿に泊まっても不審がられない訳だ。

 似たようなのが多くいるのなら、目の前のこいつのように世を憎んで、力を欲してる奴は多いかもな。


「君達も金があるうちに、雇ってくれるところを探した方がいいぞ」

「せっかくご両親が残してくれた命とお金なんだから、大切に使うのよ」


 俺らの金はそう思われてるのか。

 実際は奪えるところから奪っただけなんだがな。

 事実を知っているソウファンは後ろめたい顔をしてるが、言えるはずがねぇよなぁ。

 言おうとしても、命令してその口を封じるだけだ。


「おい、大変だ!」


 生暖かい視線を向けられるのをうざったく思いつつ、飯を食っていたら髭面の男が駆け込んできやがった。

 なんだよ、人が不味くはねぇがさほど美味くもねぇ飯を食ってるって時に。


「どうした?」

「何があったんだ?」

「ソウコク様の道場で事件だ! 中が血の海になっているんだと!」


 おっ、あの様子が発見されたのか。

 思ったよりも遅かったな。


「なんだって!? どういうことだ!」

「俺も詳しい事は分かんねぇよ。だけど道場のあっちこっちが血だらけなのに、門下生の姿は全く無いんだと」

「どういうことだよっ!」

「だから分かんねぇって!」


 おーおー、混乱してやがる。

 無理もねぇか、あれだけ辺り一面が血の海なのに死体はおろか、怪我人すらいないんだからな。

 くはははっ、混乱ぶりに笑いを堪えるのが大変だぜ。


「ソウコク様はどうしたんだ!」

「ソウコク様の姿も無いそうだ。ただ、血まみれの道着があったとか」

「嘘でしょ。どうなってるのよ」


 どうしたもこうしたも、雑魚の門下生もろとも俺に喰われて力の糧になったよ。

 真実を知っているソウファンが頭を抱えている姿も、滑稽で楽しいぜ。


「あ、あの」

「静かにしろ、聞こえねぇだろ」


 余計な事を言う前に、それっぽい事を言って口を封じる。

 声を出せなくなったソウファンから恨みがましい視線が向けられるが、痛くも痒くもねぇぜ。


「そのことで大騒ぎになって、帝国兵団が調査に動き出したそうだ」

「マジかよ。何があったんだ?」


 皆、俺に喰われちまったよ。

 唯一の生き証人は目の前でこのザマだし、あぁ愉快だ。

 おっと、怪しまれないよう表情には出さないようにしねぇとな。


「何があったか知らないけど、怖いわねぇ。あなた達も気をつけるのよ」

「ああ。窓と扉はしっかり閉めとくよ」

「そうね。今夜は施錠の確認をちゃんとした方がいいわね」


 いくら確認しても無駄だ、とっくに内側にいるぜ。

 つっても、この宿の連中を襲う気は無い。

 尤も、目の前で溜め息を吐いてるソウファンは別だがな。

 そのソウファンとの一晩が楽しみだぜ。


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