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魔王でない魔王は力を求める  作者: 斗樹 稼多利
6/22

不出来な英雄の息子、魔王でない魔王と出会う


 チャニーズ帝国の西方にある、国内で二番目の規模を誇る町シェイト。

 その一等地に立派な道場が建っている。

 道場主の名前はソウコクという、実力と経験を兼ね備えた三十前半の男。

 この人物こそ勇者と共に魔王と戦った仲間の一人で、帝国ではその名を知らない者はいないとまで言われている英雄。

 国内では有名な格闘道場の跡取りだった彼は、凱旋した折に父から道場主の座を引き継ぎ、皇帝からは魔王討伐に貢献した褒美として、首都チャンアンに道場の支部を建てるための土地と金を与えられた。

 そちらを隠居した父に任せ、道場主の仕事に専念することにしたソウコクの下には、英雄から指導を受けたいという入門希望者が殺到する。

 英雄に憧れる少年少女だけでなく、他所の道場からの移籍希望者、修行し直したいという現役の格闘家までやって来た。

 こうなると予想できたからこそ、ソウコクは支部の設立を父に任せて道場主に専念することにし、自分目当ての門下生へ指導を行っている。


「そこのお前、体重移動がなっていない。正しい体の使い方をしなければ、どんな打撃も凡打となるぞ」

「はい!」

「君は脚の筋肉だけに頼って、腰が入っていない。どんな攻撃でも、腰の扱いは重要だぞ」

「はい!」


 指導を受けた門下生達は、指摘された点に注意しながら修行を続ける。

 その様子に頷くソウコクが次に目をやったのは、砂を詰め込んで吊るされた縦長の革袋を叩く二人の少年。

 一方は革袋を蹴る体格の良い精悍な顔つきの少年で、もう一方は同じ物を拳で叩いている中性的な顔をした細身の少年。

 蹴りを繰り出す少年の勢いは凄まじく、打ち込む度に革袋が破けそうなほど良い音が響く様子に、ソウコクは満足気な笑みを浮かべて頷く。

 対する拳を繰り出している少年の方からは全く音が出ず、打ち込んでいるというよりも拳を当てているだけに感じられる。

 それに溜め息を吐いたソウコクは首を横に振り、二人の下へ歩み寄った。


「ソウテン、ソウカイ」


 名を呼ばれた二人は修行を止め、ソウコクの方を向く。


「なんでしょうか、父上!」

「馬鹿者、修行中は師範と呼びなさいと常々言っているだろう」

「そうでした。申し訳ありません、師範!」


 蹴りを打ち込んでいた少年ソウテンが、ハキハキと答えつつ頭を下げて謝罪する。


「それで師範、何の御用でしょうか」


 拳を打ち込んでいた少年ソウカイの問い掛けに、ソウコクは一回頷いてから答える。


「まずはソウテンだが、実に見事な蹴りだ。それを忘れぬよう、もう百回打ち込め」

「はい!」

「うむ、良い返事だ。あの蹴りといい、さすがは私の息子だな」


 そう告げて笑みを浮かべていたソウコクだが、次にソウカイの方を向くと表情を厳しいものへ変える。


「それに比べてソウカイ、お前のあの打撃はなんだ。まるで子供の平手打ちだぞ」

「……はい」

「全く、双子なのにどうしてソウテンとこうも差があるんだ」


 ソウテンとソウカイ。

 十二歳になるこの二人は双子で、ソウコクの息子として生を受けた。

 しかし、兄であるソウテンが体格も才能も同年代に比べて飛び抜けて優れているのに対し、弟のソウカイは体格も才能も同年代の平凡未満。

 せめて平凡だったならまだしも、どれだけ鍛えても細いままの体と才能の無さに、周囲からは本当に双子なのかと疑われている。


「それでも私の息子か。恥を知れ」

「ごめんなさい……」

「まったく。そんなんだから兄の絞りカスと言われるのだ」


 機嫌を悪くしてその場を離れるソウコクが言った言葉に、ソウカイは悲しそうに俯く。

 彼は兄に全てを持って行かれた絞りカスと呼ばれ、門下生のみならず周囲からや家族も馬鹿にされている。


「父上の言う通りだぞ、この出来損ないめ。お前のせいで俺まで恥を掻いたら、どうしてくれるんだ」


 血を分けた双子の兄から向けられる、軽蔑の眼差しと冷たい言葉に言い返すこともできず、修業を再開する兄の背を見ながら拳を強く握る。


(どうして僕は、こんなに弱いんだ)


 鍛えても付かない筋肉、伸びない背丈、父や兄への劣等感から生じた気持ちの弱さ。

 それがソウカイにとっての大きな悩みであり、自分に対する大きな憎しみでもあった。


(強く、なりたい……。力が、力が欲しい。強い力が僕にあれば……)


 自身の生まれや周囲の反応ではなく、他の誰でもない自分自身が憎くて恨めしくて腹立たしくて拳を革袋へ叩きつけるが、どれだけ叩いても音は小さく革袋は微かに揺れるだけ。

 その様子に周囲からはヒソヒソと陰口が囁かれ、失笑が漏れ、軽蔑の眼差しが向けられる。


(こんなんじゃ駄目なんだ! どんな手段でもいい、強い力が欲しい!)


 自分が強ければ、こんな目には遭わずに済んだ。

 家族も周囲も誰も自分を馬鹿にしない。

 力があれば見下されることも蔑まれることも無く、英雄の一員となった父を誇りに思う息子として、平穏な日々を送れるはずだった。

 それができていないのは弱いから。

 だからこそ強くなろうとしているのに強くなれない自分に苛立ち、怒りが募っていく。


「はぁぁっ!」


 威勢の良い声を上げながら全力で殴っても、革袋は微かに揺れるだけ。


「だっせ、全力であの程度かよ」

「年下の俺でも、もっと大きく揺らせるぜ」

「トンビが鷹を産むって言うけど、鷹がトンビを産んじゃったのね」

「ソウコク様も不憫よね、あんな絞りカスな息子を持っちゃって」

「頭の方も兄貴より劣ってるんだってな」

「成人したら縁を切るんじゃないの?」

「それまでは、あのお荷物を抱えなきゃならない訳か」

「いや、政略結婚か何かに利用するってことも」


 好き勝手言う周囲の反応に、隣で革袋を蹴るソウテンは不甲斐ない弟に舌打ちして見下した目を向ける。

 ソウコクもまた、それを耳にして不出来な息子に苛立ち、本当にそうしてやろうかと画策しだす。

 味方が一切いない中で革袋の前に立ち尽くし、どうすれば強くなれるのか悩んだソウカイは答えを見いだせず、走ってきますと叫んで道場の外へ走りに行く。

 弱虫が逃げたという陰口を耳にしながら。 



 *****



(くそっ、くそっ、くそっ!)


 悔しい気持ちをぶつけるように道場の外周を走る。

 だけど毎日走っているのに速さは変わらず、息がすぐに上がって立ち止まりたくなる。

 それを我慢して脚を動かし続けるけど、そう長くは続かずに躓いて転ぶ。


「はぁ……はぁ……。くそぅ……」


 情けない、なんで僕はこんなに弱いんだ。

 体力だけでなく頭も魔力も兄さんより劣っていて、何一つ勝っていないどころか同等のものすら無い。

 同じ兄弟でも年が離れているならともかく、双子なのにどうしてこうも違うんだ。


「強くなりたい……。力が、欲しい……」


 力だ、力さえあれば、誰にも文句は言わせない。

 誰も文句を言えないぐらい強い力があれば、こんな辛い日々は送らずに済んだ。

 弱い自分が憎くて恨めしくて腹立たしくて情けない。


「くそぅ……」


 惨めな気分で立ち上がって、道場の外壁に沿ってトボトボ歩き出す。

 このまま帰ったら、また何か言われるんだろうなと思いながら歩いていると、通りの方から賑やかな声が聞こえて来た。

 そこは露店が多く並んでいて、チャンアンで最も賑やかな通りだ。

 食べ物の屋台や多種多様な物を売る露店だけでなく、大道芸人が芸を披露する場でもあるため、見物しに行くだけでも楽しめる。

 だけど立ち寄る場合じゃないから立ち去ろうとしたら、手前の方から大きな声が聞こえてきた。


「さあ御立合い! こちらにいる大男と、力比べをする猛者はいないか!」


 力比べ?

 興味がちょっと湧いたから見に行くと、逞しい体つきの大男が地面に描いた大きな円の中に、腕を組んで立っていた。


「ルールは簡単だ。挑戦料の銀貨一枚を払ってこの円の中に入ったら、こちらの大男と力比べをして円の中から出せれば勝ち。勝ったらこの袋の中の金を全部やろう!」


 周囲へ呼びかけているもう一人の男が持っている袋を開けると、かなりの枚数の銀貨が入っていた。

 すると体つきのいい男が地面に置かれた籠へ挑戦料を支払い、意気揚々と進み出る。


「俺がやってやるぜ」

「おっ、いいねお兄さん。そうそう、魔法は禁止だよ。今なら引き返せるけど、どうする?」

「魔法なんざ必要ねぇ。俺の力で押し出してやる!」


 威勢よく勝利宣言した男は腕まくりをして、僕とは大違いの逞しい両腕を披露した。

 あの人といい大道芸人の大男といい、僕とは比べ物にならない体つきが羨ましい。

 そのまま見物を続ける中、挑戦者の男が声を上げてぶつかりに行く。


「うおりゃあぁぁっ!」


 全身でぶつかりに行ったのに、相手は微動だにしない。

 挑戦者の男はそのまま組み合って押すけど、どれだけ押してもビクともしない。


「ば、バカな」

「ハッハッハッ。力は結構あるが、俺には及ばないな!」

「うわっ!?」


 余裕の表情をする大男は挑戦者を突き出すように押し、円の外へ転がり出した。

 すごいなぁ、あれだけの力が僕にもあれば……。


「はい、残念! 失敗です。さあ、次の挑戦者はいないか?」


 転がされた挑戦者へ失敗を告げて次の挑戦者を募っても、見物人は転がされた男よりも小柄だったり細身だったりで、誰も名乗り出ようとしない。

 僕にも到底無理だから走り込みへ戻ろうとしたその時、人ごみから誰かが進み出て籠へ銀貨を入れた。


「えっ?」


 意外な挑戦者に思わず声を出してしまう。

 他の見物人達もざわついていて、大道芸人の二人組も困惑している。

 だって挑戦するつもりでいるのは、黒い髪と目を持つ僕と同い年くらいの少年なんだから。


「俺がやらせてもらうぜ」


 纏っていたマントを脱ぎ捨てた下から現れた体つきは、大男とは比べ物にならないぐらい細い。

 それなりに鍛えられているようだけど、さっき挑戦した男にも及んでいない。


「えぇっと、別に構わないけど大丈夫かい? 怪我しても自己責任だよ?」

「そりゃこっちの台詞だ。そこの無駄にデカいおっさんが怪我しても、俺は責任取らないぜ」


 なんて大口を叩く奴なんだ。

 最初は心配していた見物人達も、彼の様子に失笑している。


「ハッハッハッ、随分と威勢の良い小僧じゃないか。いいだろう、掛かって来い」


 完全に舐められてるけど、それも当然だ。

 背丈は勿論、体つきも完全に劣っているんだから、すぐに負けるのは目に見えてるもの。

 円の中に入る彼を見ながらそう思っている間に、勝負は始まった。


「すぐに終わりにしてやるよ!」


 拳を鳴らした大男が、立ったまま構えすら取らない彼へ掌底を突き出す。

 発言通り、その一撃で終わるだろうと誰もが思っていたけど、その予想は覆された。

 というのも、彼はそれを左手の小指一本で受け止めたからだ。


「……はっ!?」


 大男が呆気に取られ、間抜けな声を漏らしたのも無理はない。

 だって自分よりも小柄で細い子供に、小指一本で攻撃を受け止められたんだから。


「おいおい、拳じゃなくて掌底とか舐めてんのか?」


 ニヤリと笑う彼に大男は腕を引いて、引きつった笑みを見せる。


「ほ、ほう、やるじゃないか小僧。だったら手加減せずにいくぜ!」


 今度は拳を握って大きく勢いつけた一撃。

 さっきのは相手を配慮した手加減だと明らかに分かる全力の攻撃に、今度こそやられると思ったけど、彼はそれすらも左手の小指一本で受け止めた。


「んなぁっ!?」


 受け止められた大男だけでなく、僕を含めて全員が驚く。

 凄い。僕とそう変わらない年齢に見えるのに、あんな逞しい大男の拳を小指一本受け止めるなんて。


「これで全力か? だとしたらガッカリだぜ。見かけ倒しかよ、この木偶の坊!」

「うおっ!?」


 つまらなさそうな表情を浮かべ、声を荒げさせた彼が小さく一歩踏み出し、小指で大男を押す。

 たったそれだけで大男は凄い勢いで吹っ飛ばされて、壁へ背中を叩きつけてしりもちをつく。

 当然、地面の円からは出ているけど、目の前で起きたことへの驚きで誰も指摘しない。

 僕だって驚いている。でもそれ以上に、彼への憧れと尊敬と嫉妬を覚えた。

 見た目以上の歳を重ねているエルフのような種族でもないのに、あの年齢でどうやってあれだけの力を得たのかと。

 そんな気持ちで彼を見ていると、溜め息を吐いた彼は円の中から出て、周囲へ声を掛けていた相方の男へ手を出した。


「ん!」

「へ?」

「へっ? じゃねぇよ。俺の勝ちなんだ、約束通りその金を寄越せ」

「え、あ、あぁ、ほらよ」


 銀貨が詰まった袋を受け取り、中身を確認した彼は笑みを浮かべて袋を懐へ入れ、脱ぎ捨てたマントを拾って纏ったら立ち去ろうとする。


「あっ」

「待ちやがれ!」


 どうやってあれだけの力を得たのか聞きたくて呼び止めようとしたら、それよりも先に吹っ飛ばされた大男が声を上げた。


「なんだよ、木偶の坊」

「テメェ、魔法を使いやがったな! でなかった俺が、テメェみたいなガキに負けるはずがねぇ!」


 そう言いたい気持ちは分かるけど、彼に魔法を使った素振りは無かったし、身体強化魔法を使っている時に見える体を纏う発光も無かった。

 大男の言い分は完全に言いがかりだ。


「はっ。お前程度に魔法なんか使うかよ。負けたからって吠えてんじゃねぇよ、負け犬が」

「誰が負け犬だと、このクソガキ!」

「おいやめろ!」


 相方の制止を振り切った大男が助走の勢いを乗せて拳を振り抜く。

 助走をつけた分、さっきよりも強そうな一撃は溜め息を吐いた彼の右手によって、あっさりと受け止められた。

 今度は小指一本ではなかったとはいえ、受け止めた彼はその場から微動だにしていない。

 やっぱりすごいと思っていたら、彼はとても不機嫌な表情を浮かべた。


「雑魚が……絡んでくるんじゃねぇっ!」


 そう言って彼は、受け止めた大男の拳を握って腕を振り上げた。

 するとあれだけ逞しい大男の体が浮かび、次の瞬間には地面へ叩きつけられる。


「ぎゃっ!?」


 地面が陥没するんじゃないかと思う勢いで叩きつけられ、大男は鈍い悲鳴を上げてうつ伏せに倒れる。


「おい、大丈夫か!?」


 そのままピクリとも動かなくなったから、相方が慌てて駆け寄って揺さぶるけど、反応は無い。


「まさか……。良かった、死んでない。気絶しただけか」


 胸元に耳を当てて心臓の音を聞いた相方がそう口にすると、僕も見物人達もホッとした。


「ったく。気分悪いぜ」


 不機嫌そうにそう言い残して、彼は立ち去る。

 僕の目はそんな彼に釘付けになっていて、どうしても目を離せない。

 心臓が高鳴る、気分が高揚してくる、体が小さく震える。

 なりたい、あの人みたいに、強くなりたい。


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