魔王でない魔王、村を一つ喰らう
娘の葬式を終え、昨日と比べて少し暗くなったような気がする我が家へ帰る。
扉を開ければリンファンからの、おかえりなさいという言葉が聞こえそうだけど、あの子はもういない。
だけど、いつまでも気落ちしていられないわ。
夫が帰るまでは下の娘と息子と三人、一緒に頑張らないと。
空元気と自覚しつつも自分にそう言い聞かせ、娘の遺品を届けてくれたクーロンさんと家へ入り、悲しそうだけど眠そうでもある子供達を奥へ行かせる。
「さあ、二人は先に寝室へ行きなさい。お母さんはクーロンさんに料理を出したら、すぐに行くから」
残り物の野菜スープしか出せないのは申し訳ないけど、男達がいないとお肉は滅多に手に入らないから、仕方ないわね。
「はぁい」
「早く来てね」
そう言い残して奥へ向かう子供達を見送り、厨房の方へ行こうと背を向けた時だった。
「きゃあぁぁっ!」
「うわあぁぁっ!」
突然響いた子供達の悲鳴に振り返ると、四肢と胴体におぞましい様相をした蔦のようなものが巻きついて、子供達を持ち上げていた。
しかもその蔦のようなものは、クーロンさんの背中から生えている。
目の前の光景に絶句していると、私にもそれが巻きついて子供達と同じような状態になった。
「きゃあっ!? クーロンさん、これは一体!?」
驚きながら尋ねると、死んだ娘と同い年くらいの少年は冷笑を浮かべてこっちを向いた。
なんともいえない寒気が背筋に走って言葉が発せなくなり、泣き喚く子供達に声すら掛けられない。
「なんてことはない。お前の死んだ娘から貰ったものを、試すだけだ」
「えっ?」
死んだ娘? リンファンのこと? 貰ったものってどういうこと?
「俺にはちょっと変わった力があってな。喰ったものの力や知識、それから記憶や技術とかを奪えるんだ」
喰ったもの? えっ、それって……。
まさかという気持ちで彼を見ていたら、とても冷たい笑みを浮かべたまま告げた。
「直接じゃなくて、こっちの口でな」
「「ぎゃあぁぁぁぁっ!」」
背中から生えている蔦のようなものの中で、一際太いものが大きく口を開け、牙を覗かせながら涎をダラダラ垂らしている。
それを見た子供達は大声で泣き、私は確信した。
「まさか……」
「これを通してだけど、お前の娘はなかなか美味かったぜ」
「いやあぁぁぁぁぁっ!」
なんてことなの、私は娘の恩人どころか仇を招き入れてしまったというの!?
そんな相手をもてなした上に、葬式に参列させたというの!?
「いやぁ、あまりにもおかしくて笑いを堪えるのが大変だったぜ。葬式中、何度爆笑しそうになったことか」
「私達を騙したのね!」
怨みを込めて睨みつけても、彼は気にした様子を全く見せない。
「いいや、嘘は言ってないぜ。血だまりの中にお前の娘の衣類があったのは確かだし、他に手掛かりになる物が無いのも本当、身分証が欲しいのも、故郷を敵に襲われてそこの住人が全員死んだのも本当。ほらみろ、俺がお前の娘を喰ったことを言ってないだけで、全然騙してないだろ?」
「この……外道!」
こんな奴に感謝していたなんて!
「お母さーん!」
「助けてー!」
そうだ、子供達を助けないと。
どうにか巻きついた蔦のようなものを剥がそうと力を入れるけど、まるでビクともしない。
駄目、私の力じゃ無理だわ。
こうなったら、業腹だけどこいつに頼むしかない。
「私はどうなってもいいから、子供達だけでも開放して!」
「は? なんでそんなことしなきゃならないんだ?」
考える素振りすら見せず、冷めた目でそう返されて怒りがこみ上げてくる。
「こんな幼い子供達に危害を加える気!? あなたには人の心がないのっ!?」
「人の心? くっ、くははははっ!」
首を傾げたかと思ったら、急に大笑いしだした。
本当になんなのよ、こいつは。
「人の心がないのかって? ある訳ねぇだろ! この姿を見て、分からねぇのかよ!」
背中から生えている蔦のようなものが増え、気持ち悪いほど蠢きだす。
そうよ、こんなのが生えているんだから普通の人のはずがないわ。
「だからって、人の心を捨てたわけでもない。そもそも、俺には元からそんなものは無いんだよ」
そう言った直後に姿が変わっていく。
肌は黒く、瞳は紅色に、髪は銀色に変わっていき、頭には短い角が二本生えた。
実際に見たことはないけれど、その外見をした存在がなんなのかは聞いたことがある。
「魔……族……?」
なんで? どうして?
魔王は勇者様とその仲間達に倒されたから、魔族はもういないはずなのに。
「見ての通り、人じゃない俺には人の心なんて元から存在しないんだよ」
そんな、こんなことってあるの?
駄目、とてもじゃないけど私がどうにかできる相手じゃない。
早く誰かに助けを求めないと。
「誰か、誰か助けて!」
「無駄だ。どれだけ声を出されてもいいように、建物内を俺の力で支配して、音が外へ漏れないようにさせてもらったからな」
なによそれ、そんなことが出来るの!?
「そういう訳だから、これから死んだ娘と同じ目に遭わせてやるよ」
「くっ……」
ごめんねリンファン、ちっとも疑わずにあなたの仇を招き入れちゃって。
そっちへ行ったらいくらでも謝るから、どうかお母さんを許してちょうだい。
諦めて涙を流しながら最後の瞬間を待っていたら、蔦のようなものが服の下へ潜り込み、服を引き裂いた。
「なっ!?」
露わになった胸元を隠そうにも両腕は蔦で拘束されており、身じろぎしても微動だにしない。
その間にも蔦が私の衣服を破り捨てていく。
「きゃっ!」
「わぁっ!」
私だけじゃない、子供達の方も同じように衣服を破られているじゃない。
「何するのよ!」
「見りゃ分かるだろ、邪魔だから破いてんだよ」
そんなの分かりたくもないわよ!
こいつにとって私達の衣服は、野菜か果物の皮みたいなものだっていうの!?
「いっそ一思いに食べなさいよ!」
「おいおい、つれないこと言うなよ。娘と同じ目に遭わせてやるって言っただろ。存分に楽しもうぜ」
「何を楽しめっていうの!」
激高しながらそう言うと、笑みがとても厭らしいものに変わった。
「ガキを三人も作ったんだから、分かるだろ?」
子供を三人も作ったから分かるって、どういう……まさか。
「どうせ身分証が出来るのは明日だ。それまで退屈だから、相手しろや」
「待って。あなた、娘と同じ目に遭わせるって言ったわよね、ひょっとしてリンファンも……」
やめて、答えないで。
その厭らしくて冷徹な笑みで、その先を言わないで。
「休みなく一晩中犯した挙句に喰ってやったぜ」
「わあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リンファン、あなたはただ食べられただけじゃなくて、そんな目にも遭っていたのね。
殺したい、憎いこいつを殺してやりたい!
「殺してやる、殺してやる! この外道!」
「くははははっ、いい表情だ。抵抗してる時の娘とそっくりだぜ、さすがは親子」
煩い、煩い煩い煩い!
「だがお前程度の力で俺は殺せない。お前達親子にできるのは、俺を楽しませた後で養分になることだけだ」
眼前に蔦が何本も迫る。
表面にはテカテカ光る気持ち悪い液体が浮かんで、糸を引きながら床へ垂れる。
私だけでなく子供達にもそれが迫り、恐怖で叫んでいるけど助けられない。
「子供達は、子供達はやめなさいよ! まだ十にもなってないのよ!」
「それがどうした。お前の娘から得た知識通りなら、そういうのを好む性癖もあるらしいじゃないか」
だからってあんな幼い子を、しかも息子まで!
「んじゃま、お前の娘の知識から一言。レッツ、ショータイム!」
「「「ぎゃあぁぁっ!」」」
*****
夜明けか。
三人もいたくせに思ったより早く壊れちまったから、少し早めの朝食になっちまったな。
得た力は微々たるもので、知識や技術の方も大したことはない。
ガキ共はともかく、母親の方はちょっと期待したんだがな。
「物足りねぇ」
肉を食ってないせいで暴食が少し欲求不満気味だ。
今の三人で少し落ち着いたが、もっと何か食わなきゃ落ち着かねぇ。
腹を満たすため、母親の記憶の中にある食料保管庫を漁り、裏の畑からも適当に食える物を集める。
生きたまま暴食の力で喰えば、記憶まで奪えるから便利だぜ。
さて、この村の連中を喰う前に調整の腹ごしらえだ。
肉が無いのは不満だが、この後でたっぷり食えるからそれを楽しみにしつつ、集めた食料を食っていく。
「しかし今回は、まあまあ楽しめたな」
複数同時に犯してやるのも悪くない。
一人は俺自身と触手が相手して、残り二人は触手だけに相手させていたが、なかなかのもんだった。
色欲の力で奴らの感覚に干渉して感度を何倍にもしたり、触手で強引に母親と妹を弟と交わらせたり、そこへ俺が加わわったりと、色々試せたのも良かったな。
「だが、男相手はガキだけで十分だな」
弟を犯したのは悪くなかったのに、色欲の力で母親を性転換させて犯したのはイマイチだったから、すぐ元に戻したぜ。
つう訳で今後、男を犯すとしたらガキだけにするか。
女の方は妹も母親も良かったんだがな。
さて、調整の腹ごしらえは終わったし、そろそろ行くか。
食い終わった後のゴミは放置して、姿を人に変えたら集会所へ向かう。
既に村の連中が集まっていて、棺を運び出す準備をしてやがる。
身分証を頼んだ村長のジジイは……おっ、いたいた。
「おう」
「ん? おお、君か。奥さん達はまだかい?」
「ああ」
とっくに来てるよ、俺の腹の中にいるからな。
「身分証はできたか?」
「勿論だとも。ほら、この通り」
差し出された身分証を受け取る。
この国の柄で平民の色をしたそれには、クーロンって名前が刻まれている。
よし、これで目的は達成だ。
もうここに用は無いな。
「住人は全員集まったのか?」
「うむ。奥さん達以外は、全員ここに集まっておるよ」
「ならちょうどいい」
「む? 何がかね?」
「捕食の時間だ」
魔王技 ――暴食の無限触手喰い――
魔王が使えていなかった、魔王の力の源による魔王技。
それによって背中から、先端が口になっている触手を無数に生み出す。
周囲からは悲鳴が響き渡り、村長の爺は腰を抜かしてしりもちをついた。
「な、な、なっ!?」
震えて目を見開く爺がうざったいから、真っ先に一口で喰った。
「村長が喰われたぞ!」
「ば、化け物じゃあっ!」
「早く逃げるのよ!」
最初は混乱して動けなかった連中が、あっちこっちへ逃げ出す。
無駄無駄、どこへ逃げても結果は同じだ。
魔王技 ――色欲の生命察知――
周辺の生命体の位置と動きを把握し、そこへ暴食の触手を一斉に向かわせる。
そうして響き始めるのは、悲鳴による狂想曲。
実に心地良くて胸躍らせる曲に聞き浸り、住人達を喰らって腹を満たしていき、流れ込んでくるあらゆる力を自分のものにしていく。
良いなこれ、至福の時間とはまさにこのことだぜ。
大地には噛まれた際の出血で血の海が広がっていき、不要だから吐き出させた衣服が血に染まっていく光景も眼福だ。
「この、悪魔めぇっ!」
最後の一人がそう叫びながら喰われ、狂想曲は終焉を迎えた。
「悪魔ね。魔王とどっちが上なんだか」
仮に悪魔の方が上だとしても、力でねじ伏せて屈服させた上で喰らってやる。
さて、全員喰い終わったし後始末でもするか。
喰らった奴らの記憶を頼りに金銭や金になりそうな物、食料を根こそぎ奪って収納して、ついでに村長のジジイの記憶にある身分証を発行する魔道具を喰らう。
それの力を嫉妬の力で奪ったら、身分証の内容を書き換える。
「ほう、こいつは便利だ」
魔道具を喰らって分かったが、身分証は名前しか記載されていないようで、実はそうじゃない。
記載されていないだけで、いつどこで発行されたかも記録されている。
しかも移住者用に作られたから、移住した日の記録までありやがる。
それを魔道具を喰らって得た力で書き換え、誰かの記憶にある別の町で十三年前に発行されたことに変えて、移住者の部分は全て削除しておく。
この国の平民向けに作られた魔道具だったから、国籍と身分は変更できないが問題無い。
出身や身分なんて、俺には関係無いからな。
「さぁて、行くか」
用は済んだし腹も懐も膨れた。
もっと力を得るために、こんな辺鄙な場所はさっさと離れるか。
*****
この十日後、配置されていた町へ正規の兵士達が戻ったことで、徴兵を解除された男達が村へ帰って来た。
ところが門前には誰も見張りに立っておらず、村に入っても人の気配が無い。
呼び掛けに誰も応じず付近の家も無人のため、男達は首を傾げる。
盗賊か魔物に襲われたにしては家屋に破壊された痕跡は無く、不思議がりながら村を回っていると、目を疑う光景を目の当たりにした。
「な、なんだこれはっ!?」
集会所を中心に渇いた大量の血痕が広がっており、その付近には牙のようなもので噛まれた痕跡のある、血に染まった衣服が散乱している。
何があったのか手分けして調べると、集会所にはリンファンの身分証が収めれた棺があり、どの家からも現金や金目の物や食料が無くなっており、村唯一の宿には住人と思われる母子の血痕と衣服が散乱していた。
「魔物にでも襲われたのか?」
「だったら何で、現金まで無くなってるんだ!」
「服にある牙の跡と家や防壁の様子からして、盗賊に襲われた訳じゃなさそうだが」
「親父やおふくろはどうなったんだ!」
「妻や息子に、一体何があったっていうんだ……」
出迎えてくれると思っていた家族に何が起きたのか、全く分からない男達。
数人が領主の下へ調査を依頼しに向かい、他は周辺を捜索したが生存者や手掛かりは見つからず、その後の領主による調査でも何も分からず、この事件は謎の怪奇事件として処理された。
家族を失って悲しみに暮れる男達を残して。