魔王でない魔王、笑いを堪える
チャニーズ帝国の東部、辺境にある名も無き農村。
魔族の国との国境に最も近い村とあって、村人達は不安な日々を過ごしていたが、勇者とその仲間達によって魔王が討伐されたことでそれは消えた。
領主の命令で徴兵された男達も、素人が戦場に出ても足手まといだからという理由で、戦場へ派遣された兵士達の代わりに町で治安維持を命じられたため全員生きている。
いずれ兵士達が町へ戻れば男達も帰って来るから、それまでは手を取り合って頑張ろうと結束した村人達だったが、この日はちょっとした騒ぎが起きていた。
「リンファンちゃんが帰って来ないって?」
「昨日、山へ食料を採りに行ったっきりらしいわよ」
「あの子は賢いが、大丈夫じゃろうか」
「んだ、山は侮れないど」
一人の少女が昨夜から行方不明とあって、村に残っている女達や老人達が広場に集まって話し合う。
村はさほど規模が大きくないため、村の住人達は顔見知りばかり。
当然、行方不明になった少女は誰もが知っている。
特にその少女の場合、とても頭が良くて神童扱いされていることもあり、知らない者はいない。
「お願いです、皆さん! リンファンを探すのを手伝ってください!」
「お願いします!」
「お姉ちゃんを探してください!」
母親が頭を下げると、十にも満たない妹と弟も姉を探してほしいと頭を下げる。
普通ならすぐに捜索隊が組まれるところだが、村には女と子供と老人しか残っていない。
若くて力のある男達が不在とあって、集まった村人達は迷ってしまう。
「私達で探しましょうよ」
「でも、男達がいないのに大丈夫かしら?」
「そうは言っても、今の村はわしらしかおらん。わしらがやらねば誰がやるんじゃ」
「リンファンちゃんを見捨てられんし、やるしかないかのう」
女と老人ばかりで不安になりつつも、同じ村に住む少女が行方不明とあって空気は賛同へ傾く。
中には、勝手に付いて来た若すぎる少年が自分も行くと言ったり、行方不明になった少女の友人達が自分達も探すと言い出す。
子供達がそう言っている姿に、女と老人ばかりだからと弱気になっていた面々もその気になっていく。
「よし、捜索隊を組もう。参加する者達は挙手してくれ、ただし子供達は全員村に残るのじゃ」
捜索隊に万が一のことがあっても、未来を担う子供達がいれば村はなんとかなる。
そう考えての村長の発言に、子供達は不満を漏らすが母親や祖父母に叱責されて渋々頷く。
他にも体に不自由がある老人は残るよう指示を出し、念のため農具を持って行くように言っていると、一人の老人が鍬を手に駆けてくる。
「おぉい、皆!」
「チャオシャンじゃないか。お前さん、門番をしていたんじゃないのか?」
「してたさ。そしたら旅人が来て、これを」
チャオシャンと呼ばれた老人が差し出したのは、身分証と一本のリボン。
それを見たリンファンの母親が驚き、奪うように身分証とリボンを手に取る。
「リンファンの身分証に、これは私が作ってあげた物です!」
碌な娯楽がない辺境の農村。
毎日が生きるために働く日々を過ごさせてしまっている娘のため、行商人から購入した布で作ってあげた、この世に一本だけのリボン。
それで後ろ髪を束ねていた姿は、誰もがよく覚えている。
「これをどこでっ!?」
「さっき言ったじゃろう、旅人が持って来たと。今、門の外におるよ」
それを聞いた母親は村の門へ向かい、集まっていた村人達もそれに続く。
木で作られた、無いよりはマシ程度の村を囲う柵と門、その外側にマントを羽織った黒髪の少年が佇んでいた。
「あ、あの、あなたがこれを?」
駆け寄った母親が身分証とリボンを差し出すと、少年は頷く。
「そうだ」
「これをどこで見つけたんですかっ!?」
必死の問い掛けに、追いついた村人達も固唾を飲んで見守る。
「ここへの道中、血だまりの中に食い千切られた痕と、爪のような物で引き裂かれた痕がある衣服があった」
表情を変えない少年から伝えられた内容に誰もが絶句する。
血だまり、食い千切られた痕と爪で引き裂かれた痕のある衣服、それから連想できるのは唯一つ。
獣か魔物に襲われ、食われてしまったということ。
「そ、そんな……」
「どこの誰かも分からないから、手掛かりになりそうなそれだけ持って来た。ここの住人だったのか」
身分証には国別の柄と身分別の色はあれど、記載されているのは名前だけ。
そのため死亡者の物を拾った場合は、近くの町か村の住人の可能性が高いと言われている。
だからこそ、誰も少年の発言を疑問に抱かなかった。
「……私の娘です」
絞り出すように呟き、崩れ落ちる母親に弟妹達が抱きついて泣きだし、村人達は涙する。
そんな様子に対し、少年は背を向けると愉快そうに笑みを浮かべていた。
*****
あまりに上手くいきすぎて笑いが止めらない。
これで容易に村へ入れるし、礼に身分証を作らせることもできる。
作らせるための理由はあの女の知識からとっくに考えてあるし、後はこの村の村長とやらに頼めばいい。
「あの、これを届けてくれて、ありがとうございます」
おっと、そろそろ取り繕わなくちゃな。
「いや、当たり前のことをしただけだ」
神妙な顔を作って振り向き、立ち上がった母親に告げる。
そいつは形見が手に入っただけでもとか言ってるが、その形見とやらの持ち主だった女を犯した上で喰らって殺したのは、目の前にいる俺だぞ。
実に滑稽で笑いそうになるのを堪えながら、気にするなとだけ返す。
「何かお礼をしたいのですが、あいにく見ての通り貧しい暮らしですので、先立つ物が……」
確かに、見るからに貧しい村だ。
あの女の記憶からも分かっていたが、実際に見ると冬を越すのも一苦労だというのがよく分かる。
だが金は別にどうでもいい。
金なら魔王城から持ち出したのが、腐るほどあるからな。
それに、どうせ後から全て奪うんだし。
「金はいい。礼をしたいなら身分証をくれ」
「身分証……ですか?」
よし、ここで作り話の始まりだ。
「この前まで魔族と戦争してただろ。俺の故郷に敵が乗り込んできて、住んでた奴は全員死んだ。一人生き延びた俺は故郷を出て旅してるんだが、故郷での戦闘で身分証を紛失したんだ」
最後以外は嘘じゃない。
故郷の魔王城に敵である勇者達が乗り込んで来たのは事実だし、あそこに住んでた奴が全員死んだのも事実で、一人生き延びた俺はさらなる力を求めて城を出たのも事実だ。
「そう、苦労したのね。村長、なんとかなりませんか?」
「勿論だとも。移住者という形で発行してあげよう」
さすがは田舎者、ちょっと情に訴えればこんなもんだ。
「ただし発行には時間が掛かるから、明日まで待ってもらいたい。いいかな?」
チッ、仕方ないか。
「構わない。急ぐ旅でもないからな」
「だったらうちに泊まってください。うちは村唯一の宿ですし、娘を連れ帰ってくれたお礼をしたいので」
連れ帰ったと言えば連れ帰ったな、お前の娘は俺の腹の中にいるんだから。
そんな布切れや身分証なんてのは所詮、物に過ぎない。
それが連れ帰ったって言ってんなら、面白くて爆笑しそうだぜ。
「んじゃ、世話になる」
発行が明日になるのなら、こいつらを喰らうのも明日だな。
「そうだ、身分証を作るのなら名前を聞きたい。教えてくれるかな?」
「クーロン」
あの女の知識によると、異世界では俺のような複製体はクローンと呼ぶらしい。
それを並び替えて、この国の名前っぽくしただけだ。
なにせ俺には名前が無いからな。
「承知した、すぐに発行の準備をしよう。皆は葬式の準備をしてくれ」
集まっていた有象無象が散っていき、あの女の母親と弟妹のガキ共に案内されて宿とやらへ向かう。
いつまでもメソメソしてやがるそいつらに連れて行かれたのは、他の家よりは大きい程度の木造二階建て。
行商人やたまに来る旅人以外は滅多に客が来なくて、普段は食堂をしつつ裏で畑を耕していると、聞いてもいないのに母親が勝手に語る。
ああそうかい、俺にはどうでもいいことだ。
「お母さんはこの人を部屋へ連れて行くから、あなた達は奥にいなさいね」
「「はぁい」」
まだ泣いてやがるガキ共を奥へやって、二階へ案内される。
「この部屋を使ってください」
通された二階の部屋は掃除こそされているが、さほど広くなくてベッドと小さなイスとテーブル、それと棚があるだけの部屋。
ベッドは堅そうで布も小汚くて、外で野宿よりはマシ程度だな。
「食事になったら呼ぶので、どうぞごゆっくり」
「ああ」
とりあえずベッドに寝転がったが、思った以上雄に堅いな。
敷いてる布も小汚いのに加えて、何度も使いまわして所々擦り切れてやがる。
こんな所の宿だから仕方ないとはいえ、この調子じゃ飯も期待できそうにねぇな。
実際問題、呼ばれて向かった一階の食堂に用意された昼飯は、野菜ばかりの質素な料理で味は不味くはない程度でしかなかった。
しかも肉が欠片も入ってないときた。
「恩人にこんな食事しか用意できなくて、申し訳ありません」
全くだ、いくら男共がいないとはいえ肉くらい出しやがれ。
しかし恩人ね、あの女の知識を借りるなら、知らぬが仏とはよく言ったもんだ。
あの女の技術を得たことで扱える箸を使って飯を食ってると、ガキ共がやって来た。
「母ちゃん、副村長さんが来たよ」
「お姉ちゃんのお葬式は夕方にやるって」
「分かったわ。よければクーロンさんも参加してください、あなたのお陰であの子は帰って来れたんですから」
くははははっ。知らぬとはいえ、娘を犯して喰った奴を葬式に誘うとか笑えるぜ。
「そうさせてもらう」
葬式ってんだから、食うもんくらいは出るだろう。
そっち目当てで行かせてもらうぜ。
お前らを喰らう前菜を食いにな。
*****
夕方頃、葬式は村の集会所で行われた。
通常なら神職に就く者が執り行うのだが、この村には神職者がいないため村長が代わりを務める。
住人達は死体の代わりに身分証が収められた棺の前に参列し、棺の上に花を手向けて深く一礼する。
子供達は友人の死にすすり泣き、遺族の母親と弟妹の下には村人達が集まって声を掛ける。
「気をしっかりね」
「困ったことがあったら言いなさいよ」
「二人とも、お姉ちゃんの分まで生きるんじゃぞ」
そうした中、クーロンは参列もせずに出入り口付近の壁に寄り掛かっていた。
「君は参列しないのかい?」
村長に問いかけられ、内心うざったいと思いながらそれっぽい理由を口にする。
「顔も知らない俺に、並ぶ意味は無い」
「そんなことはない。君がリンファンを村へ連れ帰ってくれたんだ、きっと彼女も喜ぶだろうから、一緒に送ってやってほしい」
何も知らずにそう告げる村長に、思わず吹きそうになったクーロンはそれを堪える。
自分を散々犯した挙句に喰らって殺した相手に送られて、誰が喜ぶかと。
しかしそれも一興かと、笑いを堪え切ると頷く。
「分かったよ」
残り少なくなった参列の最後尾に並び、手渡された花を手向けて深く頭を下げると、俺に送られて嬉しいかと言わんばかりに笑みを浮かべた。
表情を戻して頭を上げて離れると、村長が今後の流れを伝える。
「この後は故人を送るためのささやかな飲食をして、棺は一晩集会所に保管し、故人に村での最後の一夜を過ごしてもらう。そして翌朝に墓へ埋めて、最後の別れを執り行う」
説明を終えると集会所にテーブルが並べられ、葬式向けの質素な料理が並び、大人達には一杯だけ酒がふるまわれた。
「では、リンファンの冥福を祈って」
全員が黙祷すると、クーロンもそれに合わせて目を閉じる。
だが死者を送ろうという気は全くなく、昨夜のことを思い出して内心ほくそ笑む。
もうすぐこいつらもそっちへ行くからなと、亡きリンファンに心の中で告げながら。。
「さあ皆、飲んで食べてくれ。大した物は無いがな」
黙祷が終わると住人達は食事を始める。
思った以上に質素な料理に、当てが外れた気分になったクーロンは内心舌打ちしながらも、無いよりはマシと箸を伸ばした。
*****
まったく、当てが外れたぜ。
故人を送るんだから、もっと豪勢な物を用意しろよ。
なんだ、この肉の欠片も無い飯はよ。
味もあの女の母親が作ったのと大差ないし、これなら道中にぶっ殺して食った魔物や獣の方がずっとマシだぜ。
やっぱ肉がないとな、肉が。
「利発な良い子じゃったのにのう」
「こんな農村には勿体ないくらい、頭が良かったわね」
「あの子の助言のお陰で畑が豊作になった礼が、まだ出来ておらんというのに」
そりゃそうだ、あの女には異世界の発展した知識があったんだからな。
あの女の言葉を借りるなら、知識チートってやつだ。
つっても異世界転生物っていう創作物の記憶を流用していただけで、あの女自身の知識は大したことない。
周りは頭が良いとか神童とか言ってるが、いずれは化けの皮が剥がれて馬脚を現しただろうよ。
「しかし、何に襲われたんじゃろうか」
「やはり魔物かの」
「んだな。男達が戻るまで、村に来ないことを祈るだ」
喰ったのは魔物じゃなくて俺だよ。
とっくに村へ入って、お前達を喰う時を虎視眈々と待ってるぜ。
そうして時折笑いそうになった葬式が終わると、あの女の母親と弟妹のガキ共と宿への帰路へ着く。
「二人とも、今夜は一緒に寝ましょうね」
「うん」
「お母さんと、一緒に寝る」
まだメソメソしてやがるのか、ったく軟弱な奴らだ。
「あっ、クーロンさん。食事は足りましたか? 若い男性じゃ、ちょっと足りなかったかしら」
「まあな」
肉が無い上に量も大してなかったから、全然足りねぇよ。
できることなら、デザートに村の連中を喰ってやりたかったぜ。
「簡単な物で良ければ、帰ったら何か作りましょうか?」
何かって言っても、どうせ昼に食ったような物だろうが。
いらねぇと返そうとしたが、その女の豊かな胸が目に入った。
そういやあの女の知識の中に、母娘を同時に犯すってのがあったっけ。
ガキとはいえ娘はもう一人いるし、男のガキの何がいいのか確かめるのもいいな。
「ああ、もらおうか」
どうせ明日には全員喰らってやるんだから、ちょっとつまみ食いするか。
楽しんだら明日の朝飯にしてやって、他の誰よりも真っ先に娘の下へ送ってやろう。