評価されない聖女の弟妹、魔王でない魔王と遭遇する
ここ最近、国内の町や村で死霊系の魔物が発生している。
幸いにも現地にいる聖職者や冒険者や兵士で対応できる程度の規模だったけど、報告のあった場所を時系列順に並べると、徐々に聖都へ接近しているのが分かった。
だけどそれ以外、共通していることや不審な魔物や人物の目撃情報といったものは無い。
そこでとりあえずの対処として、近づいて来る方角の調査をすることになった。
調査は国の兵士に加え、死霊に関する造詣が深くて対抗できる浄化魔法を使える人が多い、僕が所属するローツ教会が協力することになった。
聖都防衛のために腕利きの多くが聖都を中心に調査をして、そうでもない僕達のような人員は聖都から離れた場所の調査に当たることになって、僕は同じローツ教会に所属する双子の姉のレイ姉さんと一緒に聖都から離れた地へ調査に向かっている。
調査地域に一番近い町までは馬車で移動して、そこからは若い女性兵士二人を加えた四人で森の中を歩く。
「ルイ、大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫だよ。レイ姉さんこそ大丈夫?」
「これくらい平気よ」
野営をしながら調査をする予定だから、荷物が多くてリュックが重い。
収納系の魔道具や魔法があればいいんだけど、あいにく僕達はそういった魔法を使えないし、魔道具も支給されなかった。
せめて馬がいれば良かったんだけど、それすらも無い。
これは別に数が足りなかったからとかじゃなくて、僕達にはその程度の扱いで十分だと判断されたからだ。
だからこそ、同行している兵士も若い女性二人。
レイ姉さんがいるから護衛が二人とも女性なのはありがたいけど、知識も経験も浅いから緊張していて、不安そうに周囲をキョロキョロと見渡している。
「お二人とも、死霊の気配はありますか?」
「いえ、今のところは感じません」
「僕もです」
浄化魔法を習得すると、なんとなくだけど死霊系の魔物の気配が分かるようになる。
といってもあくまで感覚的なもので、それが鋭いほど浄化魔法の扱いが上手いと言われている。
「何か感じたら、すぐに言ってくださいね」
「聖女メルシアン様の弟妹であられるお二人のことは、私達がしっかりお守りします」
聖女メルシアンの弟妹。
彼女達は何の悪気も無く言ってるんだろうけど、僕達にとってそれは重すぎる肩書だ。
大抵の人はその後に、「のくせに」とか「なのにあの程度」とか、そういう言葉を加えて僕達に見下した目を向ける。
幼くして浄化魔法や治癒魔法において歴代最高の力を持ち、整った外見と慈愛に満ちた精神を持つだけでなく、勇者の仲間の一員として魔王討伐を果たしたメルシアン姉さん。
まさに聖女と呼ぶに相応しいけど、周りはそんな姉と僕達を比べる。
姉と僕達は別人だから能力や外見に違いがあるのは当然なのに、何故か同じものを求めて、勝手に失望する。
『どうしてこんな子達が、聖女様の弟妹なのか』
『聖女様は出来るのに、どうして君達には出来ないんだ』
『これくらい、聖女様は君達の年齢の頃には出来ていたぞ』
僕らにすれば、何故そうまでメルシアン姉さんと同等以上を求めるのか分からない。
能力的には同年代の中では平均よりやや上ぐらいなのに、どうして僕達だけ比べる対象をメルシアン姉さんにするんだろう。
そもそも、まだ十四歳の僕らに何を求めているんだろうか。
神官をしている両親さえも周囲の右へ倣えで、今後の成長とかは一切考えず、早くも僕らを見限ろうとしている。
周囲の評価がそんなだから、収納系の魔道具も馬も支給されず、聖都から離れた場所の調査を命じられた。
「だいぶ日が落ちてきましたね。そろそろ野営の準備をしましょうか」
言われてみれば、太陽の位置が低くなっている。
森の中だし、早めに野営する場所を決めて準備しないと。
女性兵士さんの一人が辺りを調べて、良さそうな場所を見つけたらそこへ荷物を置き、焚き火をするために近くで木の枝を拾いに行く。
「お二人とも、あまり離れないでくださいね」
「はい」
「分かりました」
自生している食用のキノコを採取する女性兵士さんに返事をして、レイ姉さんと木の枝を拾っていると、どこからか水の音が聞こえて来た。
「あの、水の音が聞こえるんですけど」
「水ですか? それは助かります。持ち運べる水には限度がありますからね、川や湖があれば水には困りません」
確かに水は重要だ。
食べなくとも数日は生きていられるけど、水はそうはいかない。
収納系の魔法や魔道具が無い僕達にとって、水源というのは無視できない。
「……確かに水が跳ねる音が聞こえますね」
女性兵士さんの一人が耳を澄まして、僕が耳にした水の音を聞き取ったようだ。
「ですが水が跳ねている、というのが気になります」
「どういうことですか?」
「以前に上司から教わったのですが、滝のような音も無く水が跳ねているということは、何かが水中で活動している可能性があります。ですから不用意に近づいてはいけません」
レイ姉さんの問い掛けに対する返事に、なるほどと納得して頷く。
だからといって貴重な水源を無視する訳にはいかないから、皆で慎重に様子を見に向かう。
徐々に近づいて水の跳ねる音が大きくなるにつれて緊張が高まる中、木々の間から湖が見えてきた。
滝や渓流じゃないから、やっぱり何かがいる。
水を見つけた事よりもそっちを確認するのが重要だから、より慎重に湖へ近づく。
やがてもう少しで湖に着くというところで、水から上がった音がすぐ近くで聞こえた。
「姿勢を低くして、そこの茂みに隠れて確認しましょう」
女性兵士さんの指示で身を屈め、茂みに隠れながら音の主を覗き見る。
するとそこには、適当に脱ぎ散らかした服を前に頭を拭く、しっかりした体つきの全裸の少年がいた。
しかも湖に背を向けているから、こっちからは男の証がバッチリ見えている訳で……。
「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
まあ当然ながらレイ姉さんと女性兵士さん達は悲鳴を上げて、素早く彼に背を向けたよ。
僕も気まずいから背を向けておこう。
それにしても何さ、あの大きさは。
あれに比べたら僕のは、僕のは……うぅぅ……。
「おいこら、テメェら。なに人の水浴び覗いてやがるんだ」
「ご、ごめんなさい。水の音がしたので、何がいるのかを確認しに来ただけで、タイミングが悪かったというか何と言うか」
耳まで真っ赤になったレイ姉さんが、両手で顔を覆いながら釈明する。
確かにタイミング悪いよね、これ以上ないくらい悪いよね。
そう思っていたら、別の茂みから何かが飛び出して来た。
「今の悲鳴は何ですか!?」
「あんた今度は何したの、ってなんてカッコしてんの!」
飛び出して来たのは二人の少女。
一人は褐色肌の子で、もう一人は少年を指差すお尻と胸が大きい半猫獣人の女の子。
凄いな、半猫獣人の子の胸の揺れが。
褐色肌の子も出るとこは出てるし、平坦なレイ姉さんとは大違いだ。
「今の悲鳴はあなた達のですか? クーロンさんに何されたんですか?」
褐色肌の子が心配そうに尋ねてきたけど、別に何もされてない。
むしろ僕達の方がやらかしちゃった側だから。
「あんた、初対面相手に何してんの!」
「何もしてねぇよ。向こうが勝手に覗いて勝手に悲鳴上げただけだ」
「嘘おっしゃい!」
本当です、彼の言い分が正しいんです。
レイ姉さんと女性兵士さん達はまだ顔を真っ赤にしてのぼせてるから、僕が彼女らに説明した。
彼女らはなかなか信じなかったけど、女性兵士さん達が復活して僕の説明を肯定してくれたから、なんとか納得してもらえた。
「だから言ったろ。俺は何もしてねぇって」
「簡単に信じられるわけないでしょ!」
「なんでだよ」
「「日頃の行い!」」
彼は彼女達と、普段どう接しているんだろうか。
それと彼女達が彼の裸にレイ姉さん達のような反応をしないのも、何故だろう。
とりあえずクーロンと呼ばれている彼には服を着てもらい、その間に簡単な自己紹介をしておく。
褐色肌の子がソウファンさんで、半猫獣人の子がメイランさんっていうのか。
そして着替え終わったクーロンさんが戻ってきたら、レイ姉さん達と謝罪する。
「この度は申し訳ありませんでした」
「「「ご、ごめんなさい」」」
謝罪をしたレイ姉さんと女性兵士さん達の顔はまだ赤く、俯いたまま視線をキョロキョロさせて、彼の顔を見ないようにしている。
「頭下げただけで済ます気かよ。こちとら気分を害されたんだ、謝るにしても相応の態度と詫びってもんが」
「あんたはちょっと黙ってて!」
「ごめんなさい、こういう人なんです。皆さんに悪気が無いのはよく分かりましたから」
頭を掻きながらこっちを睨むクーロンさんをメイランさんが一喝し、ソウファンさんが代わりに謝罪を受け取ってくれた。
本当に彼らはどういう関係で、普段からどういう接し方をしているんだろう。
「お詫び、ですか。やはり裸を見たお詫びには、こちらも裸を見せるしか」
「レイ姉さん落ち着いて。兵士さん達も脱ごうとしないでください」
混乱して妙な事を口走るレイ姉さんを宥め、ならば自分達もと防具を外そうとしている女性兵士さん達を止める。
ローツ教の教えでは、女性は家族以外の異性を前にしての過度な露出を禁じていて、首から上と肘と膝から先は隠すように言われているから、いくらお詫びとはいえ初対面の男性相手に全裸は駄目だ。
なら女性兵士さん達は全裸になってお詫びすればいいという訳でもないから、全力で止めておいた。
クーロンさんは役得だと思っているのかニヤニヤしているけど、僕はとても気まずいので全力で止めます。
「んだよ。当人達が脱ぐって言ってんだから脱がせろよ」
「所属している宗教の戒律上、そうはいかないんです」
一応は僕もレイ姉さんも、ローツ教会の所属なので。
それに、あんな立派なものを見たお詫びが貧相なレイ姉さんの体じゃ、絶対に釣り合わないと思います。
「うぅぅ……。重ね重ねごめんなさい」
「あまりの衝撃に、つい我を忘れてしまいました」
「だって、あんな大きいなんて……」
再び耳まで真っ赤になったレイ姉さん達が謝る。
大きさを指摘した女性兵士さん、そこは重要なの?
同じ男の僕としては、圧倒的な差に対する悔しさがあるけどね。
「ちっ、もういい。そんでテメェらは何者だ、ただの覗き魔じゃなさそうだが」
「「「だから覗いたことは謝りますって!」」」
「レイ姉さん達は落ち着いて。えっと、僕らはですね」
「ちょっと待て」
こっちの事情を説明しようとしたら、クーロンさんに止められた。
どうしたのかと思っていたらクーロンさんはこっちへ背を向け、ソウファンさんとメイランさんが僕達を守るように立つ。
すると木々が折れる音が聞こえてきて、女性兵士さん達が僕達の前に立って剣に手を添える。
音は徐々に近づいてきて、やがて角を生やした二メートルはある巨大なゴリラが、雄叫びを上げて胸を何度も叩きながら現れた。
「ギ、ギガントホーンゴリラ!?」
「腕利きの兵士が十人は必要な魔物です!」
こ、こんな魔物がいたのっ!?
事前調査が甘かったかな?
というかこんな魔物がいる場所に、護衛たった二人で派遣しないでよ!
そしてこんな状況なのにそんなことを気にしている場合じゃない!
「私達が時間稼ぎをしますから、急いで逃げ……えっ?」
「へっ?」
女性兵士さん達が剣を抜いて戦おうとした瞬間、クーロンさんの姿が消えて、いつの間にかクーロンさんの右腕が魔物の胸を貫いていた。
「あばよ」
魔物の後方で血が飛び散る。
細かく震えながら背中から倒れていく魔物を足場に、腕を抜きながら離れたクーロンさんが着地するのと、魔物が仰向けに倒れるのはほぼ同時だった。
胸に穴が開いた魔物はピクリともしない。
「あ~あ。水浴びしたばっかだってのに」
「魔法を使わなかった、あんたのミス」
「服も自分で洗ってくださいよ。僕達は、あれの血抜きをしておきますから」
「ちっ、しょうがねぇな」
何事も無かったように上着を脱いで服と腕を洗うクーロンさんと、魔物を湖まで引き摺って血抜きを始めるソウファンさんとメイランさん。
だけど僕達はまだ呆然としていて、事態を飲み込めていない。
「あの、今、何したんですか?」
血を洗い流した服を絞るクーロンさんにレイ姉さんが尋ねる。
「あぁ? 奴の心臓を抜き取っただけだ」
「心臓を!?」
「抜き取ったぁっ!?」
女性兵士さん達が驚くのも無理もない。
誰がそんなやり方で魔物を倒すなんて考えるだろうか。
隣にいるレイ姉さんは口を半開きで驚いてるし、僕だって驚いてるよ。
「でも、どこにも抜き取った心臓がありませんが?」
「握り潰して木端微塵にした。破片程度なら、その辺に落ちてるんじゃね」
腕を洗いながら当然のように言ってるけど、やってることは恐ろしい。
ひょっとして腕を貫いた後、魔物の後方で血が飛び散ったのは、抜き取った心臓を握り潰したから?
ということはあの時、クーロンさんの腕は魔物の体を貫通していたってこと?
しかもそれを、目にも止まらぬ速さで動いてやってのけた。
見た目の年齢は僕と同じかちょっと下くらいなのに、それだけのことができる強さが、クーロンさんにはあるってことなの?
「羨ましい……」
思わず小声で呟いてしまう。
周囲が僕達へ求めるものとは全く違うけど、あれだけの力があれば教護騎士団で活躍して、別の形で認められていたかもしれない。
「さっきはあれに気を取られて気づかなかったけど、いい体してるわね」
「あっちも凄かったし、ちょっといいかも。じゅるり」
女性兵士さん達の会話が聞こえたから、腕を洗い終えた彼の体を改めて見る。
筋肉のきの字もない貧相で細い僕とは大違いで、筋肉がしっかりついていて強そうだ。
「クーロンさんって凄いわね、ルイ。私達もあれだけ強ければ、文句なんて言われないのかしら」
どうやらレイ姉さんも同じ気落ちのようだ。
ただ、それだけじゃなく熱っぽい目でクーロンさんを見ている。
さっきの出来事が吹っ飛ぶくらい、今の出来事は凄かったし、憧れるくらいの強さが彼にはあるからね。
でもどうして、僕まで彼の体を見て胸がドキドキしてるんだろう。
おまけにさっき見てしまった彼の全裸も、妙に頭に残ってるし。
違うよね、これは恋とかじゃなくて、衝撃的で頭から離れないとの強さへの憧れだよね?
僕にその気は無い……はず。