魔王でない魔王、転生者を喰らう
私の名前はリンファン。
チャニーズ帝国の辺境にある農村に住む、十三歳の村娘アル。
ごめん、最後のは変なテンションで付けた余計な語尾だから忘れて。
そんな私は地球生まれ地球育ちの記憶がある、元女子高生の異世界転生者よ。
剣と魔法のファンタジー世界で、生まれた国は中華系、神様に会った訳でもなく、私TUEEEEなチートスキルがある訳でもなく、悪役令嬢でもなく、身分や才能に恵まれている訳でもなく、不遇な立ち位置でもないけど、異世界転生を体験できたのなら悪い気はしないわ。
だけど生まれた村が、魔王の治める国との国境に近い点に関してだけは、不安で仕方なかったわ。
でもそれも数日前の過去のこと、魔王は別の国に現れた勇者様とその仲間達が倒したからもう安心よ。
ここからは、私の知識チートによる異世界成り上がりストーリーの始まりよ!
……さて、現実逃避はこれくらいにして現実と向き合いましょう。
「ここはどこなのよ……」
現在私、絶賛遭難中です。
決して裕福ではない私が生まれた農村は、魔族との戦いのために成人の男が徴兵されたから労働力が低下して、食べる物に少し困っている。
私もそれを助けるために籠を背負って山へ入り、木の実やら山菜やらを採取していたんだけど、知らぬ間に辺りが暗くなっていた上に、奥へ進み過ぎて帰り道が分からなくなってしまった。
このリンファン、一生の不覚。
だけど挫けないわ、明るくなればなんとかなるはず。
当面の問題は水と食料ね。
採れた木の実はどれも生食に向かない物ばかりだし、山菜なんて生で食べられるはずがないわ。
せめて果物があれば、空腹も渇きも同時に満たせるのに今日に限って採れてない。
最悪空腹は我慢するとして、せめて水だけでも確保したいわ。
「でも、下手に動き回るのは危ないだろうし……」
暗い中、位置も分からず動き回るのは危険でしかないわ。
魔法で水を出せればいいんだけど、あいにくと私が使える魔法は火魔法だけ。
しかもまだ初心者に毛が生えた程度だから、種火を出すくらいしかできないのよね。
とはいえ、火を熾せれば入手した水を煮沸して比較的安全に飲める。
でも肝心の水が無いから、困ったものね。
「えっと、こういう時はどうすればよかったんだっけ」
今こそ働きなさい、前世の記憶がある私の脳よ。
前世で読み漁った異世界転生ものの小説の内容を思い出して、こういう場合の主人公が取った行動を思い出すのよ。
そんなことをしていたら、少し離れた所に小さな光が見えた。
「人家? それとも野営してる旅人?」
光はそこを動くことは無いから、少なくとも蛍のような虫ではないわ。
ということは、人がいる可能性が高いわね。
だけどこれが盗賊だったら、命や貞操の危機だから慎重に近づきましょう。
拾った木の棒で進行方向の安全を確認しつつ、光へ向かってゆっくりと歩き出す。
そうして近づいていくと、光の正体は焚き火で、近くに人影と何か大きな塊が見えた。
「どうか盗賊じゃありませんように」
そう願いながら慎重に接近を続け、人影が見えそうな距離で木の陰に隠れて覗き見る。
するとそこにいたのは、私と同い年ぐらいの黒い目と髪をした少年だった。
焚き火で肉でも焼いているのか、いい匂いがしている。
そして近くにある大きな塊は……何よアレ!?
なんか見たことが無い、赤い毛の大きな熊が横たわっているじゃない!?
ひょっとして焼いてる肉は、その熊の肉!?
えっ、まさかあの子が倒したの?
予想は的中して、少年は焼けた漫画肉のような肉へかぶりついた。
「うわぁ、ワイルドな子ね」
随分と豪快な食べ方をするじゃない。
それにしても、あの子はなんでこんな場所にいるの?
さすがに盗賊じゃなさそうだけど、駆け出しの冒険者か旅人かしら?
誰かをおびき寄せる罠にしても変だし、接触してみましょうかね。
あっ、盃みたいなのでなんか飲んでる。ということは、水があるのね。
よし、接触決定。媚びて拝み倒してでも水を分けてもらいましょう。
「誰だ」
意を決して進み出ると、口元を拭った少年が睨むような目でこっちを向いた。
その口周りには血が付着していて、まるで吸血鬼が食事を終えた後のように見えるのと、放たれる威圧感に歩みが止まる。
「ま、待って、怪しい者じゃないわ。ただの遭難した村娘よ」
威圧感に押されて、悪い事していないのに両手を上げる。
大丈夫よね、変な説明じゃないわよね。
「何の用だ、さっきからコソコソしやがって」
「えっ、気づいてたの?」
一体どこから気づいてたのかしら。
「おい、こっちは飯の最中なんだ、さっさと用件を言いやがれ。用が無いならすぐにでも消えろ」
こんの……、口が悪い奴ね。
だけどこれも水を貰うためよ、冷静になりなさい私。
血が滴るレアステーキのような肉へかぶりつく少年に、気を取り直してお願いする。
「用はあります。遭難して喉がカラカラなんです、どうか水を分けてもらえませんか?」
「ねぇよ、水なんて」
なによこいつ、さっき飲んでたじゃない。
「いやでも、さっき何か飲んでましたよね?」
「ああ、そりゃこいつか?」
そう言って差し出した盃のような器には……ひいぃぃぃっ!?
「ちちちちち、血じゃないですかそれ!」
思わず尻もちを付きながら、血で浸された盃を指差す。
まさかさっき飲んでたのは水じゃなくて、血なの?
じゃあ口周りの血は、焼き方がレアの肉を食べてたからじゃなくて、それを飲んでたから?
「おう、こいつの血だ。水が無いんでな、代わりに飲んでんだ」
親指で熊を指してそう言うと、躊躇なく盃を傾けて血を飲む。
見た目は肉を食べながら赤ワインを飲んでいるようだけど、それが血だと分かると寒気がする。
前世では血を飲んだり料理に使ったりする文化があるのは知ってるし、日本でもスッポンの血をお酒で割って飲むって聞いたことがあるわ。
だけど血をそのまま飲むなんて、とてもじゃないけど無理よ。
「くはぁ、効くな。もう一杯」
お酒どころか水ですら割っていない百パーセント血液なのに、やたら美味しそうに飲むと、赤い毛の熊の死体から血液を盃へ注いでる。
うえっ、どういう神経してるのよこいつ。
だけど水分を摂らないと命が危ない以上は、背に腹は代えられないわね。
「あの、その血でいいので分けてくれませんか?」
「誰がやるか」
「はぁっ!?」
本当になんなの、この自分勝手な奴は。
「これは俺が喰らうために俺の力で倒したんだ、なんでそれを赤の他人のテメェにやらなきゃならねぇんだ」
「いいじゃない、ちょっとくらい。こっちは困ってるんだから、助け合おうとは思わないの!?」
「欠片も思わねぇな。欲しけりゃテメェの力で手に入れろ。尤も、テメェ程度の力で倒せるのがいるかどうか」
嘲笑うような表情を見せた後、そいつは盃を置いて赤い毛の熊へ近づいて右脚を左手で掴むと、そのまま胴体から引きちぎって手刀のようにした右手を振るう。
すると毛皮の部分だけが切り落とされ、綺麗に肉だけが残った。
それを両手で掴み、膝辺りで引きちぎると火にかけた。
地面に切り落とした毛皮は火の中へ放り込み、元の位置に座ったら別の焼けた肉を喰らい、盃の血を飲む。
何よこれは、私は一体何を見ているのよ、こいつは本当に何者なのよ。
「おい、いつまでそこにいやがるんだ。テメェ程度の力の奴には興味がねぇから、気が変わらない内にさっさと消えろ」
おまけに他人を思う気持ちが、これっぽっちも無いし。
心底ムカつく奴だけど、もうすっかり暗くなった中を非力でか弱い美少女な私が一人で歩くのは危険だから、焚き火を挟んで対面側に移動して腰を下ろし、背中の籠を下ろす。
「もう何もいらないから、せめてここにいさせてよ。遭難中だから、無暗に動きたくないの」
「んなこと俺の知ったことか。邪魔だからさっさと消えろ、でないとぶっ殺すぞ」
「あー、はいはい。やれるものならやってみなさいよ」
すぐにぶっ殺すとか、子供かっての。
こういうのは前世も異世界も同じなのね。
「ああそうかい。なら遠慮なく」
「……えっ?」
思わず耳を疑ってあいつを見ると、背中から一本の触手が生えていた。
しかも先端には鋭い牙が何本もある口があって、音を立てて口を開け閉めしている。
「ちょっ、何よそれ!」
「やれるものならやってみろって言ったろ? お望み通り、やってやるよ」
そいつがそう言った直後、触手が伸びてきて私の左脚のふくらはぎに噛みつき、膝から先を食い千切った。
「いっ、ぎゃあぁぁぁっ!?」
痛い痛い痛い痛い痛い、何よこれ、何で本当に殺そうとするのよ、いくらここが異世界だからって、そう簡単に殺していいと思ってんのっ!?
食い千切られた私の脚は、そのまま触手の先端の口が丸呑みするように食べていく。
やめてよ、返してよ私の脚を!
悲しみつつも膝から先を失って激痛が走り、出血する左膝を押さえて地面を転がっていると、興味無さげに肉を食おうとしていたそいつの動きが止まって、ニヤリを厭らしい笑みを浮かべた。
「ははははっ、なんだこりゃ! 異世界の知識と記憶がある転生者とは、面白いじゃねぇか!」
えっ、何言ってるの、なんでそのことに気づいたの?
まさかこいつ、あの触手で食べたものに関する情報を得られるの?
だけどこの世界には、魔法はあってもステータスやスキルのようなものは存在しないはず。
ということは、あいつだけの特殊な力?
「喰う価値の無いクソ雑魚かと思ったが、興味が湧いたぜ」
愉快そうな笑みを浮かべて立ち上がるあいつに、もう苛立ちや怒りは湧かない。
今の私が抱いているのは恐怖一色だった。
*****
「いや、いやぁ……。いやぁぁぁっ!」
興味が湧いた女が泣きながら後退りして、這うように逃げ出した。
「逃がすか」
「ぎゃあぁぁぁっ!」
二本追加した背中の触手に両腕と右脚を襲わせ、女は両腕の肘から先と両脚の膝から先を全て失った。
傷口から血を撒き散らしながら地面を転がる姿は、無様でみっともねぇったらありゃしない。
だが、流れ込んで来るこいつの知識や記憶には笑いが止まらない。
知力だって力なんだ、いくらでも欲しい。
ほうほう、異世界にはこんな知識があるのか、実に興味深いぜ。
「いだいいだいいだいいだいいだいっ!」
「うるせぇっ!」
「ごっふっ!」
泣き喚いて地面を転がる女を蹴りながら、接触した瞬間に色欲の力で傷口を塞ぐ。
存在や生命に干渉できる色欲の力があれば、傷を塞ぐのなんて朝飯前だ。
さてと、わざわざ傷口を塞いでやったんだから、今ので得た知識を試させてもらおうか。
「はぁ……はぁ……」
背中の触手を消して今にも気を失いそうな女の下へ歩み寄り、見下ろす。
「おう、異世界ってのは面白い所だな。性癖だけでも随分変わったのがあるしよ」
「はぁ……えっ?」
虚ろな目で息を切らしていた女は、目を見開いてこっちを見た。
「複数相手や同性同士やババァやおっさんやガキ。ああそれと、空想って前提でも色々あったな。両方あるのとか性転換とか、触手、とか」
触手の部分を強調しながら、今度は色欲の力で背中から先端に口の無い細い触手を十本生やす。
「ちょっ、まさか……」
「面白そうだから、どんなものか経験させてもらうぜ」
笑いながらそう伝え、五本の触手で両腕の二の腕と両脚の太もも、それと胴体をそれぞれ拘束する。
「いや! 何考えてんの、このクソ野郎! 離せ、離しなさいよ!」
「つれないこと言うなよ。せっかくこれを試すために傷口を塞いでやったんだから、大人しくしやがれ」
「黙れ変態! ロリコン! スケベ! 人でなし!」
人でなし……か。
「確かに俺は人でなしだな。なにせ、人間じゃないからなぁっ!」
自分に掛けていた色欲の力による変化を解くと、女は驚愕に満ちた顔を見せた。
「魔……族? なんで? 魔王は死んだし、魔族はそれで消滅したはず……」
「俺は特別なんでな。まあそれよりも、散々罵ってくれた礼はするぜ。たっぷりとな」
拘束に使っていない、残り五本の触手を近づけると女は身じろぎする。
「いや、いやよ! やめてよ!」
「んな嫌がるなよ。ああそうか、お前から得た知識通りなら、これが足りないからか」
色欲の力に手を加え、触手の表面に無色透明の液体を浮かび上がらせる。
粘りつつも潤滑効果があるテカテカな液体が触手から滴ると、女は激しく首を横に振る。
「そういう問題じゃないわよ! やめてったら!」
「い、や、だ」
笑顔でそう返し、触手による蹂躙を開始する。
それは夜が明けるまで休みなく続き、触手だけでなく俺自身でも犯してやった女は精神が壊れかけていたから、熊の残りと一緒に暴食の力で喰らって朝食にした。
別に壊れてなくても朝食にしたけど、些細な事だな。
「ふう、ごちそうさん」
しかし別の世界の知識とは、なかなか面白いものを手に入れたぜ。
女の知識によると、こんなのはそうそう無いらしいからもう同じのはいないだろうが、魔王城から出た初っ端からこんなのを喰えるとはラッキーだ。
おまけにこの国の常識やらなんやらも手に入ったのは大きい。
なにせ魔王から受け継いだ知識には、魔王の国の常識しかないからな。
クソ雑魚だから戦う意味での力はほとんど得られなかったが、この知識だけでも喰った価値はある。
「んじゃまっ、あの女の住んでる村でも探すか」
身分証とやらがないと町や村の出入りが色々面倒らしいから、そこで作らせるか。
おっ、そうだ。あの女が髪を束ねるのに使っていた、リボンとかいう細長い布切れとこいつの身分証ってのを使わせてもらおう。
個人が分かった方が話が早いし、母親が作ってくれたこいつを持ち帰った礼に要求すれば、簡単に手に入るだろう。
それが済んだら、村の奴らは全員喰らってやるか。
ひょっとしたらあの女のように、何か使えそうな知識があるかもしれないしな。