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魔王でない魔王は力を求める  作者: 斗樹 稼多利
19/22

魔王でない魔王、死霊を喰らう


 ヤマト共和国内にある、太陽が天高くに達した時以外は光が一切差し込まないほど、深く暗い谷の底。

 そこで今の私は生まれた。

 生前の怨みから死んでも死にきれず、死霊の魔物であるゾンビと化した。

 それから長い月日を費やしてリッチとなった時、意志と記憶と言葉を取り戻した。

 同時に死霊を生み出す術を手に入れて、この地にいる数多の怨念や怨嗟を利用して大量の死霊魔物を生み出し、この谷を死霊魔物の巣窟とした。

 いずれは生前の怨みを果たすために地上へ進攻しようとしていたが、それよりも先に国の連中が我々を討伐しに来た。

 そいつらは難無く撃退して逆にこちらの戦力にさせてもらったものの、地上へ繋がる道を全て破壊されてしまい、以降はずっとこの谷底にいる。

 しかし私はつい先日、最終形態とも言えるノーライフキングへの進化を果たし、従えている数千の死霊達も強力な姿へと進化した。


「諸君、遂に地上へ向かう時が来た」


 私に呼び掛けに死霊達がうめき声で応える。

 今の私の魔法ならば、地上への道を修復することなど容易い。

 長きに渡る雌伏の時を耐え、いざ地上へと思っていたところへ、近くへ何かが降って来て土煙が上がった。


「何だ?」


 壁面の岩か何かでも降って来たのかと思ったが違う。

 徐々に晴れてきた土煙の中に、人影が三つ見える。

 屈んでいた体勢から立ち上がった影は小さく、やがて土煙が晴れて姿を現したのは、黒髪のガキとメスガキと半猫獣人のメスガキだった。


「ほらみろ、この程度の高さなんか問題無かっただろ?」

「突き落としておいて、よく言う!」

「平気でいられる今の自分が、今さらながら改めて怖いです」


 どうしてこんな所にガキが? しかもあの高さから落ちてきて、何故平気でいられる。

 我らの同類……という訳ではなさそうだ。

 こいつらからは死の気配を感じない。

 風魔法で衝撃を和らげたのか?


「おおっ? なんだこりゃ、大勢でお出迎えってか?」


 生意気そうな面構えをした黒髪のガキは、我が死霊軍団を前に何故か楽しそうにしている。


「こんな状況でそんなこと言えるのは、クーロンさんだけです」

「普通なら大ピンチ、命の危機」


 黒髪と半猫獣人のメスガキ共も、まるで緊張感や恐怖心が無い。

 なんなのだこいつらは。


「貴様ら何者だ。ここへ何をしに来た」


 念のためスケルトンの上位種で、防御力に優れたスケルトンナイト数体を前に置いて話しかける。


「ほう? テメェがここの親玉か? 他よりはちったぁ力があるようだな」


 あの黒髪のガキ、何故私に話しかけられて平気でいるのだ。

 ノーライフキングとなった私は、常に恐怖の状態異常を引き起こす魔力を放っているのに、どうして表情にそれが出ていない。

 他のメスガキ共も同じだ。

 これに耐えられるとすれば、状態異常を防ぐ魔道具でも持っているのか?


「質問に答えろ」


 威圧を込めて再度問いかけるが、誰一人として恐怖状態にならない。

 どれだけ強力な、耐性効果のある魔道具を持っているというのだ。


「ああ? んなもん、テメェらをぶっ飛ばして喰らいに来たに決まってんだろ」


 こいつ、頭がおかしいのか?


「ガキがふざけたことを言っている」

「俺はちっともふざけてねぇよ。こうすりゃ分かるか?」


 不敵な笑みを浮かべても……何だこれはっ!?

 ノーライフキングにまでなった私が恐怖して寒気を覚えるとは、どういうことだ。

 おまけに以前に一度経験した感覚、死が頭を過った。


「どうだ? 抑えていた力をちっとばかり解放したが、これで本気だって分かったか?」


 これがちょっとばかりだと!?

 バカな、今のですら私が死を感じたというのに。


「い、いけっ! 一斉に掛かれ!」


 杖を振るって死霊達を一斉に向かわせる。

 これだけの数がいれば、いくらあれだけの力を持っていようとも敵うはずがない。

 そう思っていたのに、思惑はあっという間に打ち砕かれた。


「おらぁっ!」


 黒髪のガキが両手を魔力で覆って刃状にすると、ゾンビ系の魔物の首を一閃で切り落としていく。


「ほいほいほいっと」


 同じく黒髪のメスガキも、拳でもってスケルトン系の魔物の頭を砕いていく。 


「えいっ! フニャーッ!」


 急に服を脱ぎ捨てたかと思いきや、尻尾が二本ある巨大な猫に変身した半猫獣人のメスガキも、魔力で覆った爪や尻尾でゴースト系の魔物を消し去っていく。

 数は圧倒的にこちらの方が上なのに、どうしてこうなっている。

 いくら力があろうとも、数の暴力の前には無力のはず。

 それなのに奴らは数の暴力を全く意に介していない。

 まさか奴らの力は、この数千の死霊系魔物達が束になって掛かって平気なほど強いというのか!?


「あ、ありえん、ありえない」


 かつて将軍家に無実の罪を着せられて処刑され、この地で魔物と化して復讐を誓い、遂にその時が訪れたというのに、何故こんなことに。

 我が復讐の野望が、あんなガキ共に邪魔されていいはずがない!

 浄化されていないから魔物達は再生して復活しているが、奴らの倒す速度がそれを上回っており、瞬く間に数を減らしていく。


「ひっ!?」


 一瞬黒髪のガキと目が合った。

 生前に見た獰猛な獣のような鋭い視線を目に受けた時、ノーライフキングであるはずの私は、死神の手が両肩に添えられた気がした。


「く、くそっ!」


 復讐を遂げるために私は逃げ出した。

 かつて破壊された箇所を修復しながら、地上へ繋がる唯一の道を駆け上っていく。


「逃がすかよっ! 斬魔閃!」

「ぬぅっ! ウィンドウォール!」


 走っている最中、飛来する刃状の魔力を風の防壁で受け止め、なんとか軌道を逸らした。

 この私が防ぐどころか、逸らすので精一杯だなんて。

 とにかく一刻も早く逃げるため防壁を解いた瞬間、黒髪のガキが目の前にいた。


「なっ――」


 驚く暇も無く頭を掴まれ、谷底へ向けて共に落下する。

 ガキの下敷きにされた私は骨が砕けたりヒビが走ったりするが、この程度では死なんし、既に再生は始まっている。

 だが、私を踏んでいる黒髪のガキの方も平然としている。


「おいおい、大将が逃げるなよ」

「黙れ! インフェルノ!」


 炎系魔法の中でも上位の魔法を至近距離から浴びせる。

 どれだけ強かろうとも、この距離でこの魔法を浴びればただで済むはずがない。

 紅蓮の炎に飲まれて、骨の髄まで溶けてしまえ。

 そう思って炎を放出し続けていたら、炎の中から腕が伸びて頭を掴まれた。


「なっ?」


 驚いた直後に炎が吹き飛び、言葉を失ってしまう。

 その中から現れた黒髪のガキは、直撃したにも関わらず衣服が少し燃え焦げている程度で、体には火傷一つ負っていない。

 バカな、何故直撃したはずなのに火傷すらしていない。


「火遊びか?」


 遊び、だと?

 ふざけるなっ!


「ダークネスランス!」


 今度は顔へ向けて闇の槍を放つ。

 広範囲へ分散するインフェルノと違い、一点集中のこれならば。

 死霊の魔物と化した私と相性の良い闇属性なのに加え、この距離なら避けることも。


「よっと」


 ……嘘だ、ダークランスの柄を素手で掴んで受け止めただと?

 何故素手で掴める、何故この至近距離で反応できる。


「ふん」


 何故、素手でこの魔法を握り潰して破壊できる!?


「化け物か、貴様は……」

「くはははっ、魔物から化け物と言われるとは思わなかったぜ」

「うるさい、黙れ!」


 自棄になって杖を頭へ向けるが、あっさり受け止められ、握り潰されて折れてしまった。


「なんなのだ、お前は……」


 絶望。

 この言葉しか今の私の心情を表せない。

 暗い谷底でずっと息を潜めて耐え続けながら力を蓄え、ようやく復讐の時が来たというのに、こんな化け物が現れて邪魔されるなんて。


「クーロンさん、こっちはだいたい片付きましたよ」

「変身のたびに服が破けないよう、脱がなきゃいけないのが恥ずかしい」

「ここじゃ誰も見ちゃいねぇんだから、細かいこと気にすんな」

「気分の問題!」


 仲間のメスガキ共までやって来た。

 私が従えていた死霊系の魔物達は全て地にひれ伏し、再生をしている最中だ。

 何度も破壊されたせいで再生速度は極端に落ちており、復活までにはしばらく掛かりそうだ。


「どうだ? 数は多いし再生するから、良い修行になっただろう」


 修行だと?


「否定はしませんけど……」

「こいつの言う通りになったのは、なんか悔しい」


 まさか、こいつらがここへ来たのは、我々を修行に利用するため?

 国への復讐を企て、長きに渡って準備してきた我が軍勢を、修行相手としてしか見ていなかったというのか!?


「そんな、ことのために、我が軍勢が……私の野望が……」

「テメェの野望なんか知ったことか。やりたきゃ、俺達を力で屈服させてからやりやがれ」


 くそっ、生意気なガキめ。

 これほど強いのでは、どれだけ戦っても無駄だ。

 だが、我らは死霊による不死の軍勢。

 ただのスケルトンやゴーストやゾンビなら炎で焼き払うことも可能だが、ここにいるのはほとんどが上位種で、浄化魔法を使わない限り消滅することはない。

 今はこのような無様な姿を晒しているが、いずれ完全に復活して野望を果たしてくれよう。


「そんじゃ、締めといくか」


 締め? まだ何かやるつもりか?

 私から足を下ろした黒髪のガキを観察していると、背中から無数の何かが生えた。

 先端には鋭い牙を生やした口だけがあり、それを口の開閉で鳴らしながら蠢き、強い不快感を与える。


「な、なんっ」

「喰らえ」


 蠢くそれは再生している最中の我が軍勢に襲い掛かり、まるで餓鬼のように貪り食っていく。

 ゾンビやグールどころか、実体が無いゴースト系ですら食い千切られて悲鳴を上げる。

 進化した上位種すらそれに抗えず食われていき、あっという間にその数を減らす。


「こんなことが、あるのかっ!?」


 私が死霊魔法で生み出した魔物だから分かる。

 あの蠢くものは、死霊達の存在そのものを食っているのだと。

 いくら浄化されない限りは不死身でも、存在そのものが消されてしまうのでは、再生もくそもない。

 こいつはこんなことができるのに、あえてせずに直接戦っていたというのか。

 我々は、最初から手加減されていたということか。


「くははははっ! 憎しみ、怨み、怒り、いいぞいいぞ。力こそ弱っちいが、糧としちゃ悪くねぇぜ」


 興奮する黒髪のガキの姿が変化する。

 肌は褐色に、髪は銀に、瞳は赤に、そして頭には角が生えてくる。


「魔、族?」


 直接目にしたことはないが、生前に伝え聞いていた魔族の特徴そのままではないか。

 思わず口にしたその言葉にガキはこちらを向き、ニヤリと笑う。

 その笑みに私の肩に手を添えていた死神が、しっかりと肩を掴んだ。

 直後に蠢くものが私にも襲い掛かり、私と言う存在を食らって消滅させていく。

 冤罪で死んだどころか、こんな姿になってまで果たそうとした復讐の、たった一歩すら踏み出せないとは。

 私は一体、何のために生きながらえていたのだろうか。



 *****



 へえ、この死霊共の大将はノーライフキングだったのか。

 道理で良い感じに力が漲ってくるわけだ。

 おまけにこいつのお陰で死霊魔法まで俺のものにできた。


「くははははっ。良い餌場だったぜ」

「餌場って……食べたのは骨や腐肉や幽体ですよ?」

「気にしたら負け。それよりあんた、早く着替えなさいよ」


 おお、そういや火遊びで燃やされたんだった。

 上はもう駄目だし、下も結構ギリギリだな。

 手早く着替えながら、ノーライフキングが着ていたロープやらマントやらを嫉妬の力で喰らい、他の死霊共の装備品も喰らっておく。


「んじゃまっ、上に行くか」

「ですね。ちょうどあの魔物が、地上への道を修復してくれましたし」

「ちなみに道が直っていなかったら?」

「力づくで上る」


 出っ張りや窪みもあるから、普通に登れるだろ。


「ですよね」

「分かってた、聞いた私がバカ」


 なんか俯いてる二人と上に上り、ここへ降りる前に潰した砦を見送って先へ進む。

 それから数日ほどして、道中で狩って食料にした魔物や動物、それと身の程知らずにも襲ってきて返り討ちにした盗賊を使って死霊魔法を完全にものにした頃、俺達は聖教国ソワールへと足を踏み入れた。


「手続きで問題無いって言われるのが、なんか釈然としません」


 問題ねぇって言われたんだから、堂々としてりゃいいんだよ。


「真実は言えない。どうせ言ったところで、力づくで解決するだろうから無駄だけど」


 ったりめぇだ。

 こんな国境砦にいる連中なんざ、俺達の相手じゃねぇ。


「さてと、そんじゃここからは近くの村や町の方へ行くか」

「えっ? 一直線に聖女様がいる聖都へ行かないんですか?」

「天変地異の前触れ?」


 よしテメェら、今夜は覚悟しておけ。

 穴という穴を使い潰すつもりで犯してやるよ。

 壊れても色欲の力で治せるから、問題ねぇよな。


「ちなみに目的は?」

「ちょっくら聖女というか、この国へ迷惑掛けて遊ぶためだ」

「「はぁっ?」」


 訳の分からない顔をしてやがるな。

 そもそも、村や町へは近づくがそこへは立ち寄るつもりはねぇ。

 せっかく死霊魔法を手に入れたんだ、宗教と密接な関係にあるこの国で、こいつを利用しない手は無いだろう?

 つう訳で近くの村へ近づいたら、そこの墓地で死霊魔法を使ってスケルトンやゾンビを生み出し、村へ向かわせた。

 当然、村の連中は大慌てだ。

 最終的には神父のジジイとババアの修道女が浄化したが、死霊が出たってことでてんやわんやしてやがる。

 こっちはその様子を、離れた場所から高見の見物だ。


「迷惑を掛けて遊ぶって、こういうことですか……」

「単純な迷惑どころじゃない。悪趣味」

「なんとでも言え」


 神を信じる奴が多いこの国の各地で死霊が発生だなんて、なかなか楽しいことになりそうだろ?

 とはいえ、俺らが立ち寄った先でこんな事が起きていることに気づかれたらせっかくの遊びが台無しだから、こうして距離を置いておかないとな。


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