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魔王でない魔王は力を求める  作者: 斗樹 稼多利
17/22

魔王でない魔王、剣豪を捻じ伏せる


 共に戦った盟友の一人、ソウコクが大勢の門下生達と共に行方不明となってだいぶ経つ。

 肩を並べて戦った身としては捜索に向かいたいものの、詳細は不明な上に我は魔王討伐の功績により、現在は将軍様の下で侍大将として働いている。

 勝手なことは出来ぬ身のため、何かしらの情報が入るのを待つしかない。


「ダイジロウ様、トロールがいましたぞ。まだこちらには気づいておりませぬ」

「よし、今のうちに展開しながら接近するぞ」


 盟友の行方は気になるが、今は山のような巨人の魔物、トロールの討伐に専念しよう。

 悠然と歩くトロールに気づかれぬよう、生い茂る木々を利用して身を隠しつつ接近する。

 あのトロールはこれまでに複数の町を襲い、大きな被害を出してきた。

 近隣のハンターでは手に負えず、領主の要請を受けた将軍の命により我らが討伐に出向くこととなった。


「展開完了しました」

「よし。魔法部隊、攻撃開始!」


 戦術に関しては基礎的なものしか知らなかったが、勇者達との旅の中で学んだ。

 巨体を誇るトロールの頭部に魔法を集中させ、ダメージを追わせつつ目くらましをして、その隙に拙者を筆頭とした侍部隊が抜刀して足下へ接近。

 指や足の腱を集中的に攻撃し、機動力を封じると共に膝を落とさせる。

 動きを止めてしまえばトロールの巨体は魔法の的でしかない。

 しかも膝を着かせたため、前衛で刀を振るう侍部隊は後方に回り込めば攻撃をほぼ回避できる。

 攻撃力と耐久力と持久力は高いが、魔法が使えず鈍重で瞬発力にも欠けるトロールが相手ならば、少々時間は掛かるがこの方法でほぼ無傷で勝てる。

 侍部隊を攻撃するため腕を振り上げたら侍部隊はトロールの後方へ回りこみ、その隙に遠距離から魔法部隊が頭部へ集中攻撃。

 魔法部隊の攻撃を防いでいたら、その隙に侍部隊が膝元へ近づき膝を集中攻撃。

 これを繰り返してやがて膝立ちもできず両手を着けば、もうこちらのもの。

 倒れるまでさらに攻撃を続け、力尽きて木々をなぎ倒しながらひれ伏せたところを、我が一刀にて首を断ち切って討伐に成功した。


「トロール、討ち取ったり!」


 切り落とした首を背に刀を掲げての宣言に、部下達が勝どきを上げる。

 最後の良い所を持って行って申し訳なく思えるが、巨体を誇るトロールは首も太い。

 それを一刀で断ち斬れる剣技を持つのは拙者しかおらぬゆえ、部下達に功績を立てさせてやりたいところだが、拙者が出張らせてもらった。


「お見事です、ダイジロウ様」

「うむ。すぐに国元へ報告を向かわせろ。それと近くの町から人手を集め、トロールを運ぶ手配を、うん?」


 部下に事故処理のための指示を出している最中、ゆったりとした拍手の音が鳴り響いた。

 音の発生源を探すと、いつの間にか近くの木の上に少年がいた。

 どこか楽しそうな表情を浮かべ、こっちを見下ろしながら枝の上に立って幹に寄りかかっている姿は、見た目は十代前半くらいにも関わらずふてぶてしさを感じる。


「いやぁ、お見事。さすがは大剣豪、そんな独活の大木の首なら一刀両断ってか」


 拙者を小馬鹿にしたような口ぶりに、部下達から僅かに殺気が漏れる。

 戦いの後でまだ殺気立っているからだろうが、だとしても子供に向けるのは拙い。


「少年、拙者達は将軍の命によってこのトロールを討伐しに来た。仕事の邪魔になるゆえ、早急に立ち去ってもらいたい」


 部下達を制するように声を掛けると、少年は拍手を止めて木から飛び降りた。

 一部から驚きの声が上がるが、軽く着地して不敵な笑みを浮かべる。

 なんだこの少年は、妙に侮れない気配がある。

 しかもさっきから隙があるように見えて、まるで隙が無い。


「そう言うなよ、大剣豪様。せっかく会いに来たってのに」


 拙者に会いに来たとな?

 確かに魔王を討伐してからは、何かしらの益を求めて近寄る大人だけでなく、純粋に拙者へ憧れる子供達が増えて町中でもよく声を掛けられるようになった。

 しかしこの少年は侮れない気配といい隙の無さといい、そういった類の子供達とは違う。

 むしろ、拙者を倒して名を挙げようと挑みに来る者達のような、野望に満ちたギラギラとしたものを感じる。


「君、先ほどダイジロウ様が言ったように我々は将軍直々の任務の最中だ。会いたいのは分かるが、仕事の邪魔はしないでくれ」


 部下の一人が無警戒に近づいて注意した。

 すると少年は背筋に寒気がするような、とても冷たい不服な表情を浮かべた。


「黙れクソ雑魚」


 冷静でありながら怒りが込められた声で呟いた少年の背後から、残像しか見えないほど超高速で何かが動き、次の瞬間には部下の体から頭が消えた。


「へ?」

「え?」


 何が起きたのか理解できず部下達が間抜けな声を漏らす中、頭部を失った部下の体から血が噴き出し赤い雨を降らしながら、うつ伏せに倒れる。

 そこでようやく事態を理解して、部下達の悲鳴が響き渡った。


「き、貴様、よくも! 子供といえど許さん!」

「よせ、やめろ!」


 刀を抜いた部下達へ声を掛けるが、この時点でもう遅かった。

 先ほどと同じく、少年の背後から残像しか見えないほど超高速で何かが動き、次の瞬間には部下達の頭が無くなり、そこからさらに僅かな間で次々と体が失われていき、やがて部下達は跡形も残らず消えてしまった。

 気づけば、頭部を失った部下の体も消えている。


「うわ、うわああぁぁっ!」

「ば、化け物だ!」


 恐怖に駆られた部下達が逃げ出そうとするが、何かに遮られたかのように吹き飛ばされて将棋倒しになり、巻き込まれなかった者達は立ち尽くす。


「あの人が化け物なのは否定しませんが、仮にも将軍に仕えている方々が敵前逃亡とは、情けないですね」


 彼らの前には苦笑いを浮かべた褐色肌の少女がいるが、彼女が今のをやったのか?


「うわっ!? こっちにも!?」

「フシャーッ!」


 今度は二本の尾がある巨大な猫だとっ!?

 まさか、あれが伝説に聞く猫又かっ!?

 どちらもただ者ではない雰囲気を放っており、部下達では足元にも及ばんだろう。

 いや、拙者であってもただでは済まないだろう。


「おうお前ら、そっちのクソ雑魚共は任せるぜ。俺は本命をいただくからなぁっ!」


 少女と猫は彼の仲間か。

 しかし本当になんなんだ彼は。

 一瞬で凄まじい闘気と殺気が当てられて、部下達の脚が震えて崩れ落ちている、


「さあ、楽しませてもらうぜぇっ!」


 一気に迫る彼を迎撃すべく刀を抜き、彼の一撃を受け止める。

 いつの間にか彼の両手は魔力で覆われており、禍々しく鋭い爪を形成している。


「おぉぉらっ!」


 なんと激しく荒々しい攻撃だ。

 怒涛の如く押し寄せる攻撃の嵐に、防戦一方になってしまう。


「どうしたぁっ! 大剣豪とやらは、この程度か!」

「ぬっ!?」


 鋭い回し蹴りを後ろへ跳んで避けて距離を取りつつ、刀へ魔力を込める。


「斬魔閃!」


 着地と同時に刀を振り抜き、魔力の刃を少年へ放つ。

 防具を纏ったオークキングであろうと真っ二つにしたこの一撃。

 少年には悪いが、貴様は危険な存在だと直感が継げている。

 ゆえにこの技を。


「おらぁっ!」


 バカな!?

 回避どころか腕の振り下ろしだけで破壊しただと!?


「くはははっ、おもしれぇ技持ってんなぁ」


 しかも余裕綽々としたあの態度は、決してこちらの動揺を誘うための演技ではない。

 本当に余裕がある者の笑みだ。


「少年、お前は何者だ」

「俺が誰なのかはどうでもいいだろ。殺す気で来いよ、死ぬぜ?」


 挑発とも取れる一言の直後、笑みを浮かべた少年の顔が迫る。

 咄嗟の反応で防御するが、再びの怒涛の攻撃に反撃の隙が無い。

 しかも一撃一撃が相当な威力で、刀から伝わる衝撃で手が痺れそうだ。

 これは確かに、本気でやらねば命を取られかねない。


「きえいっ!」


 全力を込めて少年の爪を押し返し、距離を開かせて全身から魔力放つ。

 拙者に魔法は使えぬ。

 ゆえに他の手段を模索し、辿り着いた我が妙技を見よ。


逸器刀千いっきとうせん!」


 放出した魔力が千本の刀を型作り、空中に浮いた状態で留まる。

 神の与えし道具を神器と呼ぶのになぞらえ、通常の強度と切れ味を大きく逸脱した刀が千本という意味で逸器刀千と名付けたこの刀達。

 さあいくぞ!


「刀剣乱舞!」


 千の刃が宙を舞い少年へ降り注ぐ。

 刃同士がぶつかるという愚行は決して無い。

 いくらなんでもこれなら。


「へっ」


 何故、笑みを浮かべられる。


「こんなもんかよっ、テメェの力は!」


 少年が叫ぶと背中からおぞましい様相をしたものがいくつも生え、あっという間に千の刃を破壊してしまった。


「そ、そんな」

「ダイジロウ様の逸器刀千が」

「というか、なんだあのおぞましいものはっ!?」


 少年の背中から生えたそれは、先端に鋭い牙がある口があるのみで、他は何も無い。

 威嚇するように歯を鳴らす様子に、部下達は教師て一歩も動けそうにない。

 しかし仮に動いたとしても、あの少女か猫又にやられるのが落ちだ。


「ただの少年ではないと思ったが、人外の類であったか」

「くははははっ。だからどうした? お前には関係の無いこった」


 確かに彼が何者であろうと関係は無い。

 しかしこれで一つカラクリが解けた。

 先ほど部下達が消えたのは、あの背中から生えているものによるものだ。

 だが、それが分かったところでやることは変わらない。

 やられた部下達のためにも、彼を倒す。


「いざっ! 森羅万象!」


 再び魔力を全身から放ち、先ほどとは別の技を使う。


「はっ! 今度は何をやってくれるんだっ!」


 おぞましいものを消した少年が両手の爪を構え、迫って来る。

 だが今の私は「森羅万象」により、どう動くのかを直感的に察知してそれに超高速で反応できる。

 先ほどまでの拙者が防戦一方だったのとは違い、彼の攻撃を避けながら反撃を繰り出し、彼もまたそれを避けて反撃と、攻撃と回避の応酬が繰り広げられる。

 まさかこれに反応できるとは驚きだが、如何に彼が人外であろうとも、勇者の仲間として数々の厳しい戦いを切り抜け、魔王とも直に戦った拙者の経験があれば、徐々に潜って来た修羅場の差が……。


「ぬぐっ!?」


 彼の攻撃が頬を掠めた。

 バカな、動きを察知して反応しているのに、どうして避けきれなかった。

 まだ「森羅万象」の効果は続いている。

 今の拙者なら半日の維持ができるゆえ、これが切れているはずがない。

 では何故、徐々に拙者の方が押されているのだ。

 経験の差で拙者が押すならともかく、何故拙者の方が押されている。


「おいおい、それが限界か? もっと楽しませろ!」

「くっ!」


 爪が耳を掠め、痛みが走る。

 これは掠めただけでなく、切られたか。

 動きを察知して反応しているのに、回避が追い付かなくなってきた。

 どうなっているのだ、体力もそれほど消耗していないはずなのに。


「貴様、一体どれだけの修羅場を潜ってきたというのだ」

「はっ」


 彼は拙者以上に修羅場を潜って経験を積んできた。

 拙者なりに出したこの状況への結論を呟くと、彼に鼻で笑われた。


「経験だぁ? まさかそんなので、この差があると思ってんのか? だったらお笑いだな!」


 爪を避けきれず左肩に少し当たり、後方へ退くと肩の防具が壊れて服が切れ、肩から出血する。

 今の一撃で理解した。

 彼の攻撃が拙者の先読みと反応より速かった、ただそれだけだと。


「これは純粋な力の差だ。随分頑張って俺の動きを読んで反応してるようだが、それより速く動けば問題ねぇよなぁ?」


 そんな、ありえん。

 彼の言う対処法は間違ってこそいないが、それを実行するなど不可能だ。

 「森羅万象」は、魔王とも渡り合えるほどの直感的察知と反応を可能とするというのに。

 もしも可能とするならば、彼の力は魔王以上ということになる。


「まあそもそも、そんな獣の動きで俺に対抗できるわけねぇよ」

「獣、だと!?」


 魔法を使えない拙者が苦心して編み出した技での戦いを、獣だとっ!?


「ふざけるなっ!」


 肩の痛みを堪えて斬りかかる。

 だが彼は、今まで以上の余裕を見せながら攻撃を回避していく。


「この動きのどこが獣だというのだ!」


 彼の動きを察知してそれに反応して攻撃しているというに、掠りもしない。

 くそっ、どうなっている。

 怒りで剣筋が鈍るようなことはなく、普段通りの速さと鋭さを出しているというに、何故だ。


「どっからどう見ても、獣だろ」

「ごふっ!?」


 まるで突き刺さるように彼の拳が腹に当たり、体がくの字に曲がる。


「俺の動きを察知して反応してるようだが、動きの繋がりがあめぇよ!」

「ぬぐっ!?」


 反対の手の拳打を頬に浴びて後方へ吹っ飛んでいき、部下の一人と激突。

 数回転がって地面にひれ伏していると、彼が傍に現れる。


「単調単発じゃねぇが、思考が追い付いてねぇから分かりやすいんだよ!」

「があぁっ!?」


 背中への踏みつけで体内に痛みが走り吐血した。


「碌に考えず、察知した情報に反応するだけ。これが獣でなくてなんだってんだ!」

「ぬぐぁっ、ごっ、ぼはぁっ!?」


 何度も踏みつけられては吐血し、徐々に意識が薄くなっていく。

 なんなんだこいつは、拙者は一体何と戦っているのだ。


「魔王との戦いでもそれを使ったのか? だとしたらその時は、優し~いお仲間がフォローしてくれてたんだろうなぁっ!」

「ぎゃあぁぁぁっ!」


 駄目だ、もう呼吸をするのも辛い。

 言葉を発するどころか、息を吐くだけでも吐血してしまう。


「おいソウファン、お前の言った通りだな」

「何がですか?」

「所詮こいつもソウコクも、たった一人の魔王に複数人掛かりで勝った内の一人って話だよ」

「ああ、その話ですか」


 ソウコク、だと?

 まさがあいつが行方不明になったのは、こいつのせい、なのか?

 こいつが、何かをしたのか?


「そんな、ダイジロウ様が」

「おのれぇっ! その足をどけろぉっ!」

「皆の衆、ダイジロウ様をお助けするのだ。一斉にかかれぇっ!」


 やめろ、よせ。

 そんな言葉も吐けずにいる間に、部下達は少年が再び背中から出現させたおぞましい物に襲われ、いや食われている。

 刀を振ろうと魔法を放とうとおぞましい物には効かず、ただ蹂躙されて生きたまま食われていく。


「ぶっ、ぼっ」


 部下達が悲鳴を上げて傷つき、命を落としていくのに何もできない。

 背中を踏む彼の足を跳ねのけることもできない。

 くそっ、こんなものだったのか拙者の力は。


「ふう、ごちそうさん」


 皆、皆食われてしまった……。


「そんじゃ、ラストもいただくか」


 背中から彼の足が離れた。

 代わりに近づくのは、鋭い牙が何本も生えたおぞましい物の口。

 今になってようやく分かったぞ。

 ソウコク、お前もお前の門下生達もこいつに食われ――。


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