魔王でない魔王、見届ける
眼下に見下ろす町は大騒ぎだ。
二本の尻尾がある凶悪な顔をした巨大な猫が、突然現れて大暴れしてるんだから当然だな。
俺達が今立っている、町を囲む防壁すらあっさり乗り越え、鳴き声を上げながら無差別に破壊している光景はなかなか壮観だぜ。
「こ、こんな事になるなんて……」
「あの猫ガキが力に飲まれた結果だ。制御できねぇ力に振り回されて、力の赴くまま、力を振るう。テメェもひょっとしたら、ああなってたんだぜ?」
驚愕してるソウファンに告げると、自分がそうなって町を破壊する姿でも思い浮かべたのか、身震いしてやがる。
しかし、図らずして転生者の女の知識にあった、巨大怪獣みたいなのが町を破壊する光景が見れたな。
ありゃあ特撮とかいう創作物だったが、実際に見ると迫力があっておもしれぇな。
「と、止めないんです?」
はっ? なんでそんなことする必要があるんだよ。
「誰が止めるか。あいつが力を求めて望んで、力に飲まれた結果だ。俺は関係ねぇ」
「関係あるでしょ! あなたが与えた力のせいで、あんなことになってるんですよ!」
激高したソウファンが、破壊され炎に包まれていく町を指差す。
だが、それがどうした。
「だからなんだ。確かに与えたのは俺だが、あの魔道具の受け取りを拒否することも、使わないこともできた。だがあの猫ガキは引き返さず立ち止まらず、進み続けた。この状況はその結果であって、俺のせいじゃねぇ」
「なっ!? よくもまあ、そんなことを言えますね!」
「当たり前だ。俺は悪くねぇんだからな」
つうか悪い奴なんていねぇよ。
あの猫ガキだって、力を欲して求めて渇望して、望んで力を得ようとしたんだからな。
つまりこれは、あの猫ガキが望んだ結果だ。
「つうかお前も人のこと言えねぇだろ。言ったよな、ひょっとしたらテメェもあぁなっていたってよ」
「うぅ……」
「お前が望んで、求めて、欲したから今のお前がある。その力も、体も、俺に付き従うしかないのもお前が求めた結果だ。よく分からねぇものを、欲しいものだからって考え無しに受け入れたな」
罹った病気を治したい、それを可能とする薬を手に入れた、良かったと飲んで確かに病気は治ったが別の重い副作用が出た。
ソウファンも猫ガキもそういうこった。
「もういいです! 僕が止めに」
「動くな」
「ぐっ!」
「余計なことすんじゃねぇよ」
打つ込んでおいた楔でソウファンを止める。
無粋な真似すんなよ。
一度起きた結果は、それが結末を迎えるまで邪魔するものじゃねぇ。
さあ、一体どんな結末を迎えるか、高みの見物といこうか。
*****
力、力、力よ!
凄い力じゃない、なんて強い力なの、とんでもない力よ!
思いっきり腕を振るうだけで家がいくつも吹っ飛ぶ。
強そうなハンター達も、町にいる兵士達も、私が腕や尻尾を振るうだけで吹っ飛んでいく。
最高よ、この力は!
「くそっ、くらいやがれ! フレアランス!」
「ウィンドスラッシュ!」
炎の槍と風の刃が当たったけど、ほとんど痛くない。
体毛にも皮膚にも焦げ跡は無いし、僅かな切り傷すらない。
これがお兄さんのくれた、私の力!
その力を魔法を放った奴らへ軽くぶつけただけで、そいつらは瓦礫の中へ叩き込まれた。
ああ、これよ。これだけの力あれば、もうあんな惨めな生活は送らないで済む。
これだけの力をくれたお兄さんには、感謝しかないわ。
「こんのっ!」
とても大きな斧が当たったけど、さほど痛くない。
体毛も表皮もなんともなく、ちょっとぶつかっただけって感じ。
「バカな、効いてないのか!?」
あなたの力が私の力より弱いからよ。
虫を払うようにしただけで、その男は遠くへ吹っ飛んでいった。
今なら故郷を襲った魔族ですら、この手で倒せる。
あっと、魔王が倒されたから魔族はもういなかったのよね。
「逃げろ、逃げろ!」
「なんなんだあの猫の化け物はっ!?」
うるさい。レディに向かって化け物とはなによ。
ムカついたから、口から魔力を収束して放つ。
こんなことが出来る気がしたから、なんとなくやってみたけど、本当に出来たわ。
それに飲み込まれた失礼な連中は跡形もなく消えた。
アハハッ、最高じゃないこの力。
もっと、もっとこの力を使いたい!
見なさい、これが私の手に入れた力よ!
「お姉ちゃん、どこー?」
「うわあぁぁん!」
「助けてぇ!」
「お前達、早くこっちへ来い!」
あら、私が面倒見てた子達じゃない。
それにスラムの元締めまで。
見覚えがある場所だと思ったら、この辺りはスラムじゃないの。
ちょうどいいわ、これだけの力を手に入れた私にはスラムは不要、なら面倒を見ていた子達も不要、つまり処分してもいいってことよね。
あそこで送った惨めて屈辱的な過去は消せなくとも、せめてもの憂さ晴らしにそんな日々を送った場所を消してあげるわ。
そこを出て行くために手に入れた、この力でね!
「あっ――」
口から放った収束した魔力が子供達と元締めを飲み込んで、悲鳴を上げる間も無く消滅させる。
元締めには少なからずお世話になったからね、せめてもの慈悲で痛みを感じる間もなく逝かせてあげたわ。
私が手に入れた力で逝けたんだから、子供達も文句は無いでしょう。
でもまだよ、この力でスラムを完全に消さないと。
いいえ、スラムだけじゃない。
私がゴミ漁りをして生きたこの町も、しっかり消しておかないとね!
この力でもって、全てを消し去る!
私はもう、食べるために惨めにゴミ漁りをして、体を売ってまで生きようとしていた頃の私じゃない!
*****
猫ガキの変身した尻尾が二本ある猫の化け物が、さっきまで俺達がいた町で大暴れだ。
よほどあの町に嫌な思い出があるのか、徹底的に破壊してやがる。
「おーおー、スゲェな」
爪を振り下ろし、二本の尻尾を振るい、口から収束した魔力を何度も放ってあらゆるものを破壊し、逃げ惑う連中を容赦なく消していく。
ハンティングギルドも宿も飯屋も、町の一角にあったスラムもあっという間に破壊されていって、町全体が炎に包まれている。
立ち向かっていたハンター達や兵士達も、敵わないと悟ったのか逃げ出すが、瓦礫の下敷きになったり踏みつけられたり、収束した魔力に飲み込まれたりして一瞬でやられていく。
地獄絵図ってのは、こういう光景のことを指すのかね。
「こ、こんなことが……」
身動きできねぇソウファンは、目の前の光景に震えてやがる。
「どうだ? これが力だ。お前だってその気になれば、あれくらい余裕でやれるぜ」
「僕も……」
当たり前じゃねぇか、俺のやった力だぜ?
力に飲まれた猫ガキにできて、制御は甘くとも飲まれてないテメェにできねぇはずがないだろ。
「何か、特別な悪い力とか入れてませんよね?」
はぁ? 何言ってやがるんだこいつ。
「んなもんあるか。そもそも、物理的な力だろうが魔力だろうが知力だろうが財力だろうが権力だろうが、力そのものに善悪なんてねぇんだよ。魔力に善悪の区別があるか? 金そのものに良いも悪いもあるか? 権力自体には良い権力と悪い権力があるってのか? どうなんだ!」
返答は俯いての沈黙だ。
要するに反論できねぇってこった。
「結局のところ、善悪なんてのは力そのものには関係ねぇんだよ。汚ねぇ金は、汚ねぇ手段で手に入れたもんであって金そのものは汚くなんかねぇ。正義のための力っても、ただ力を正義のために使っただけで正義のために力があるんじゃねぇ。善か悪か、綺麗か汚ねぇか、合法か違法か、そんなのは力そのものにあるんじゃなくて、使う側にあるんだよ」
だから猫ガキがああして暴れてるのも、俺がやった力が悪いんじゃねぇ。
その力を上手く使えない猫ガキが悪いんだよ。
「使う側に責任を押し付ける気ですか」
「押し付けてんじゃねぇ、ごく当たり前のことだ。なにせ俺が与えたのは違法な物でも禁制品でもねぇ、ただの力だからな。どれだけ持っていようとも、誰に与えようとも罪にはならねぇ」
力は持っているだけで罪になるような物とは違う。
どれだけ持っていようが、力を持っていること自体は咎められることじゃねぇ。
力によって罪になるのは使った奴のせいであって、責任は力そのものじゃなくて使った奴が被るんだよ。
「まあその責任も、バレなきゃ取る必要はねぇがな」
「……魔王じゃないと言ってましたが、クーロンさんは十分に魔王だと思いますよ。力と思想がね」
「ハッ! 存在としての魔王じゃなくて、称号としての魔王ってか? 俺はそんなのゴメンだな。俺は俺だ、魔王じゃねぇし、魔王なんてのに興味はねぇ」
魔王は自滅して、魂は完全に消滅した。
おまけに力を取り除かれて消滅したから、おそらくはもう二度と存在としての魔王は誕生しないだろう。
つまりは魔王という存在がいるからこそ現れる、勇者なんて存在も二度と現れねぇってこった。
だがまあ、勇者だった奴にどれだけの力が有るかは気になるがな。
「でも、本当に止めなくていいんですか?」
「しつけぇな。いいんだよ、放っておいたってそのうち止まる。忘れたか? あいつに渡した魔道具は、一時的に力を与えるだけのものだ。時間が経てば勝手に力を失って止まるだろ」
「それっていつなんですか?」
「さぁな」
ダメージを受ければその分を消費して止まるのが早まるが、あの町の連中じゃ猫ガキに傷一つ付けることができてねえし、傷つけられる力もねぇ。
止まるとしたら、一時的に得た力を使い果たした時だな。
「まっ、止まるまでは高みの見物といこうか」
「そんな暢気な……。どれだけ被害が出ていると思っているんですか!」
「親父や兄貴や同門の連中が喰われている間も、俺の力に魅入られていた奴が何言ってやがる」
それくらい、一度は喰ったから分かるんだぜ。
「おまけに再生してやった時も、誰かの再生を頼まなかったくせに」
「うっ……」
図星を突かれたから俯いて黙りやがった。
そりゃそうだ。俺に他の奴を再生する気が無かったとはいえ、誰かも一緒に再生してくれと頼みもしなかった奴に、被害がどうこうなんて言う死角はねぇ。
「分かったら黙って見物してろ」
「……分かりましたよ。どうせ逆らったところで、無駄でしょうからね」
ああ、それでいいんだよ。
まだ逆らうのなら、従順になるまで徹底的に躾けるところだったぜ。
女の体になったこいつに相応しいやり方でな。
「ちなみに、あの子が止まった後はどうするんですか?」
「どうせ力を使い果たしてるだろうから、ちゃちゃっと回収してトンズラだ。力をくれてやった対価を、しっかり払ってもらわなきゃ困るからな」
上手い話には裏がある、タダほど高いものは無いってことだ。
「対価って、あんな小さな子に何する気なんですか」
「テメェがされてんのと同じことだ」
「……この鬼畜変態魔王」
「お前、今夜しようとしていたこと倍増しな」
「何をどれだけされるんですか、僕!?」
「死なない範囲で色々だ」
気絶したらそこで終了、なんてことにするつもりはねぇ。
限界ギリギリまで何度でも正気に戻しては気絶させを繰り替えしてやる。
「あああ、余計なこと言わなきゃよかった……」
「口は災いの元ってこった」
さて、猫ガキの方は……絶好調だな。
力に飲まれて振り回されて酔ってはいるが、力そのものは徐々に体へ馴染んでいっている。
その力でもって、建物だろうが住人だろうが関係無く、徹底的に蹂躙して破壊していく
町を囲む分厚い防壁も、収束した魔力で撃ち抜かれて穴だらけだし、外へ飛び出たそれで周辺にも被害が出てる。
大地は抉れ、町へ近づいていた馬車や旅人やハンターが余波を受けて吹っ飛ぶか消え去り、無事だった連中は大慌ててで回れ右して逃げていく。
「僕にもこれ、出来ちゃうんですね」
「そうだぜ。なんなら、テメェのいた町へ戻ってやってくるか?」
「やりませんよ!」
んだよ、つまんねぇな。
まあいい、今はこの地獄絵図を堪能するか。
「ところでそろそろ、この触手の拘束解いてくれません? もう余計なことはしませんから」
「とか言って余計なことしたら、あいつが止まるまでここで犯すからな」
「それを聞いたら、絶対にしませんよ!」
なんでぇ、面白くねぇな。
舌打ちしながら拘束を解いて、地獄絵図見物を続ける。
悲鳴や泣き声や破壊音を聞きながらの破壊見物も、結構オツなもんだ。
それからしばらく見物を続けていたが、それも終わりが近づいてきたのか徐々に力が弱まって、動きも鈍ってきた。
やがて動きが止まって崩れ落ちると、体が小さくなっていき、猫から人の姿へ戻りながら尻尾は消えて体毛も牙も爪も引っ込んでいく。
「どうやら時間切れのようですね」
「だな。ちょっくら回収してくらぁ」
魔王技 ――怠惰の時空跳躍――
現在地から目的地まで行くには、僅かでも時間の経過が発生する。
だがこの魔王技で時間と空間の壁を越え、時間経過無しで目的地へ行ける。
目的地が見えてなきゃ使えない短距離移動専用だが、この程度の距離なら問題はねぇ。
元に戻って地面にひれ伏せている猫ガキの下へ一瞬も必要とせず移動して、脇に抱えて同じ魔王技で戻る。
気絶して動けねぇのを回収してやるんだから、抱える時に胸を掴むぐらい役得だよな。
「うわっ、早っ!? えっ、今の一瞬で回収して戻ってきたんですかっ!?」
「まあな」
瞬時に消えたように見えたから、誰もこの猫ガキが化け物の正体だとは気づかないだろう。
「ていうか服! その子、服着てないじゃないですかっ!」
「何言ってやがるんだ、あの姿になった時に破れたじゃねぇか」
体がデカくなった時にビリビリに破けて、ただの布切れになったのを覚えてねぇのか?
あれじゃあ役に立たないから、回収したのは落ちてた身分証だけだ。
「うん? なんかさっきよりも肉付きがよくなっていません?」
ああ? まあ言われてみればそうだな。
さっきより肉が付いて、骨と皮だけなんじゃないかと思うほど細かった体が、ちょっと痩せている程度にはなってるな。
道理で痩せている割には胸の掴み心地がいいと思ったし、尻も良い感じになってる訳だ。
だが既に変化は止まっているし、これは一時的にしろ強い力を得た効果か?
ちょっと気になったから色欲の力で存在に干渉して調べてみたら、面白いことになってやがった。
「く、くははははっ、マジかこいつ」
「どうかしたんですか?」
「よほど力を手放すのが嫌なんだろうな、意思の力で魔道具に込めた力の一部を、自分の中に留めやがった」
それの影響で、体の状態が改善されたのか。
やるなこの猫ガキ。こいつの力への執着と渇望は本物だ。
「ちょとした実験台のつもりだったが、こいつは拾い物かもな」
「うわー、なんか悪い笑みを浮かべてるし」
どこがだ。良い物を拾ったかもしれないことへの、最高の笑みじゃねぇか。
「とにかく行くぞ。もうここには用はねぇからな」
「はいはい」
防壁から町の外側へ飛び降り、着地したら一気に突き進む。
さあて、この拾い物をどうしてくれようか。
とりあえずソウファンと同じ楔を打って、遊び道具として連れて行くのは決定だ。
力をやった対価は、利息含めてしっかり払ってもらわねぇとな。