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魔王でない魔王は力を求める  作者: 斗樹 稼多利
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魔王でない魔王、魔道具を使わせる


 とても強いお兄さんに会った。

 そのお兄さんは、自分よりも大きくて強そうな人をあっという間に倒して、連れっぽい褐色肌のお姉さんと一緒にギルドへ入っていった。

 周りの人達の話によると、倒されたおじさんは素行は悪いけど、Bランクの強いハンターらしい。

 対するあのお兄さんは、お姉さんとの話によるとEランク。

 それであんなに強いなんて、ランクと実力が比例するとは限らないって話は本当なのね。

 ひょっとして連れのお姉さんも、あれくらい強いのかな。

 なんにしても、あれだけの力があるのは羨ましいし、妬ましい。

 あんなに強ければ私は、いや私達はこんな生活をしていないのに。

 お兄さんの強さに下唇を噛みながら、その場を離れて路地裏に入って飲食店から出たゴミを漁り、比較的食べられそうな物を探す。

 野菜くず、お客の食べ残し、それとスープを作るのに使ったポソポソのお肉。


「これくらいあればいいかな……」


 惨めな気持ちになりつつも、生きていくために集めた食べ物をボロ布の袋に詰め、路地裏を駆けていく。

 やがて辿り着いたのは町の隅にあるスラム。

 親を失った子供達や訳有りの大人達がここに集まって、廃屋に住み着いたり廃材で作った家に住んだりして、私のようにゴミを漁ったり日雇いの仕事をしたり体を売ったりして生きている。

 私もここの住人で、廃屋の一つに住み着いている。


「ただいま」


 私が住んでいる廃屋に入ると、一緒に暮らしている子供達が寄って来た。


「あっ、おかえりお姉ちゃん」

「お腹空いた」

「ご飯は?」

「持って来たわよ。今日は少しだけどお肉もあるわ」


 被っていたボロ布を下ろし、乱雑に切った上にボサボサになっている白髪と、頭上に生えている猫の耳を解放する。

 半猫獣人、それが私の種族。

 純粋な猫獣人の父と人間の母の間に生まれた私は、魔族との戦争で滅びた町から逃げてきた。

 父は攻め込んできた魔族に殺され、一緒に町から逃げた母は道中に遭遇した狼の群れから私を逃がして、たぶん死んだ。

 その後で私はどうにかこの町へ辿り着いたけど、両親がいないたった八歳の子供が一人で生きていける訳もないし、半猫獣人の若い女ということもあって何度も悪い人に騙されかけたり連れて行かれそうになりながら、このスラムへ流れ着いた。


「お肉だ」

「美味しい」

「お姉ちゃんも食べよ」

「ええ、勿論食べるわよ」


 本当ならこんな物じゃなくて、両親と食べていた普通の物が食べたい。

 だけど狩りのやり方や魔法を教わる前に父が死に、家事や針仕事を教わる前に母が死んだから、お金を稼ぐ手段が無い。

 最後の手段があるにはあるけど、それをしているお姉さん達に相談したら十年早いって言われて、スラムのまとめ役からもやめておけって言われた。


『客が善人とは限らないぞ』


 ぶっきらぼうな物言いで言われたことには、思い出したくないけど心当たりがある。

 この町へ来た当初、何度騙されかけたり連れて行かれそうになったりしたことか。

 そういう訳で現在絶賛無職で、こうしてゴミ漁りをしながら似たような境遇の子達と、惨めなその日暮らしをしている。

 お肉は子供達に食べさせ、自分は野菜くずをつまみながらあのお兄さんを思い出す。

 あれくらいの力があれば自力でお金を稼いで、こんな場所から抜け出して、もっと良い物を食べて、もっと綺麗な服を着て、もっとまともな生活を送れる。


「力が、欲しい……」


 小声とはいえ思わず口にしてしまったけど、子供達は食べるのに夢中で気付いていない。

 このスラムで生まれ育ち、親が亡くなったから私が面倒を見ているこの子達は、いずれ普通の生活を送りたいと夢見ている。

 だけど普通からここへ落ちてきた私は、夢で終わらせたくない。

 こんな、生きていければそれでいいような生活は耐え難い。

 両親がいなくとも、絶対に元の普通の生活を取り戻す。

 そのために私は見たくもないこの子達の面倒を見ながら、ゴミ漁りをして生きているんだ。

 改めて自分の気持ちを見直しているうちに、食事は終わった。

 全然足りないけど、食べる物が無い以上は仕方がない。


「さあ、寝ましょうか」

「はぁい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 物足りなさを誤魔化すように、木箱を並べてぼろ布を敷いただけのベッドに寝転がり、目を閉じる。

 あのお兄さんは、どこかの宿に泊まっているんだろうか。

 力があればお金を稼いで、こんな所じゃなくて宿に泊まれるはず。

 どこの宿に泊まっているかは分からないけど、ギルドで待ち伏せしていれば、また会えるのかな。

 うん、明日は朝からギルドの傍で待ち伏せしていよう。

 そして、あのお兄さんに鍛えてもらって力を得て、普通の生活を取り戻すんだ。



 *****



 目的地のヤマト共和国とやらへの方角を確認するため、ハンティングギルドへ向かう。

 ギルドに行けば地図が閲覧できるし、ちっと値段はするが金さえ払えば地図そのものが買える。

 道を無視して直進するとなれば、いちいち立ち寄った町のギルドで確認するより買った方がいいってソウファンが言うから、地図を買うことにした。

 金はたんまりあるんだし、それに比べりゃ出費じゃねえから構わねぇから賛成しておいた。


「地図はそれなりに良い値段するんですが、それが大した出費じゃないって、金銭感覚が狂いそうです」


 おう、狂え狂え。

 力だけを信じて力だけを求めて力に狂いやがれ。

 ついでにあっちの意味でも、もっと狂ってもいいんだぜ。

 そう思いつつギルドへ向かっていると、なんか注目が集まってきた。


「あいつ、昨日の」

「Bランクに勝ったEランクのガキだろ?」

「なんか後ろ向きの投げ技で、相手の頭を地面に突き刺したとか」

「俺はそれで首の骨をへし折ったって聞いたぞ」


 ああ、昨日の単細胞雑魚との件で注目されてんのか。

 あいつがどうなったかは知ったこっちゃねぇが、注目されるのは悪い気分じゃねぇ。


「しかもなんか、褐色肌の美少女連れてるし」

「羨ましい、妬ましい」

「おまけにあの子、僕っ子だってよ」

「僕っ子……だと?」


 ソウファンもソウファンでちっとは注目されてんのか。


「良かったな、注目されてて」

「嫌ですよ、あんな注目のされ方は!」

「照れんな照れんな」

「照れてません!」


 ったく、素直じゃねぇな。

 夜の遊びの時のように、素直になっちまえば楽だってのによ。

 そうして注目を浴びながら、見えてきたギルドへの歩を進めていたら、目の前にボロ布を頭から被ったガキが飛び出してきやがった。

 うん? こいつ、昨日の野次馬の中にいた奴じゃね?

 俺に向けてる目が力を求めてギラギラしてるから、すぐに思い出したぜ。


「待っていました、お兄さん。どうか私を強くしてください」

「はぁ?」


 力を求めてるのは目を見りゃ分かるが、気づいてないフリをしてやった。

 周りはこのガキの行動に足を止めて、好奇の目を向けてやがる。

 つうか声聞いて気づいたけど、こいつ女かよ。

 昨日も今日もボロ布で顔が隠れてるから、気づかなかったぜ。


「私は力が欲しいんです。見ての通りの貧しい生活を抜け出すには、力が必要なんです」


 貧しい生活してんのは、そんな汚ねぇボロ布を被っているから分かる。

 そっから抜け出すために力が欲しいのも分かるぜ。

 力さえあれば何でもできる。

 魔物をぶっ飛ばして金にすることだって、盗賊をぶっ飛ばして金を得ることだってできる。

 なんなら、他人から金や物を巻き上げるために力を使ったっていい。

 だがこいつに力が有るようには見えねぇ。

 手足は細いし、ボロ布で隠れちゃいるが体も細い。

 力が無いからこそ、欲するのはソウカイだった頃のソウファンと同じだな。


「あの君、なんで彼に頼むの? 連れの僕が言うのもなんだけど、この人って結構滅茶苦茶だよ」


 よしソウファン、てめぇ今夜は覚悟しておけ。

 どうせ今日には町を発つから、今夜は転生者の女の知識から得たエロ触手祭りで、だらしなく舌を出して白目でダブルピースってのをさせてやる。


「だってこの人、強いじゃないですか。Bランクのハンターを手玉に取って、あっさり勝ってましたし」


 当たり前だ。

 つうか、あれでBランクだったのかよ。

 あんな単細胞でよくそこまで行けたもんだ。


「ですからお願いします、私を強くしてください」


 ガキが頭を下げると、周りの目が集まってきやがった。

 どうすんだって視線がソウファンからも向けられて、正直面倒でしかない。

 だが、このガキのギラギラした目から伝わる力への渇望は本物だ。

 ちょうど昨日の夜に作った物もあるし、それでも遣わせるかな。


「別に構わねぇが、俺達は今日この町を発つ。付いてこれるか?」

「勿論です!」


 即答か、いいな。

 力を得るためなら一切の躊躇をしないのは、心の奥底から力を求めている証拠だ。

 だったら俺からも力をやろうじゃないか、どんなことになるか分からないがな。


「だったらちょっと待ってろ。ギルドで地図買ってくっから」

「分かりました!」


 おう、良い返事だな。

 ガキをその場に置いてギルドへ入ると、ソウファンが一度後ろを振り返って尋ねてきた。


「……いいんですか?」


 不安そうな表情に、笑みを浮かべて小声で返す。


「構いやしねぇよ。試したいこともあるしな」

「どうせ碌なことじゃないんでしょうね」


 まあな。そこのガキがアレを使ってどうなっても、知ったこっちゃねぇ。

 俺が使っても平気なのは当然、ああいう弱い奴が使ってどうなるかが知りてぇんだ。

 つう訳でさっさと地図を購入して、進行方向を確認したらガキを連れて町の外へ出る。

 少しばかり町から離れて人気がなくなったら、そこで止まってガキと向き合う。


「はぁ、はぁ……なんですか?」


 大して歩いてねぇのに、もう息切れしてんのかよ。

 まあ、あの手足の細さじゃ、体力も碌にねぇんだろうな。


「約束だ、力をやろう」


 ポケットに手を入れ、その中で無限収納から昨夜に作った物、着用者へ特殊な強化を与える魔道具を取り出す。

 形状は転生者の女の知識にあった戦隊、とかいうのがよく使っていた手首辺りに装着するタイプで、本体はホーンホースの角と蹄とハードサーペントの牙を混ぜ合わせた物にそれぞれの青と黒の魔石を埋め込んで、ベルト部分は表側がホーンホースの皮で裏側がハードサーペントの皮を使った二重構造になっている。


「それ、なんですか?」

「お前に力を与える特性の魔道具だ。ただし使ったら最後、どうなるのか分からねぇぞ」


 安全性なんかこれっぽっちも考慮していない、ただ魔石に込めた力を解放して使用者を強化するだけの魔道具で、何かあっても俺は一切の責任は取らねぇ。

 まあ自滅して木端微塵にならなければ、壊れようが死のうが喰らって力の糧にしてやるよ。

 こんな弱っちいのじゃ、微々たる糧にしかならなそうだがな。


「そ、そんな魔道具があるんですかっ?」

「まあな。自己責任で使うってんなら、これを腕に付けな」

「はい!」


 躊躇なく受け取って腕に付けるガキに対して、ソウファンは怪訝な表情を浮かべてやがる。


「あの、アレなんですか?」

「昨日の夜、テメェが気絶していた時に作ったもんだ」


 誰でも使えて力を得られる、俺自身は絶対に使わない一品だ。

 得られる力は膨大、俺以外への安全性は知ったこっちゃねぇ。

 だが使うと決めたのはガキ自身だから、どうなろうとこのガキの責任だ。


「大丈夫なんですか?」

「俺が使う分には問題ねぇ」

「……他の人が使う分には?」

「さぁな」

「ちょっ!?」

「付けました!」


 なんか追求しようとしてきたソウファンを押しのけ、ガキが魔道具を付けた右腕を見せてきた。


「ねぇ君、やっぱり、むぐぅ!?」

「そしたら左手で青い方の魔石に触れて魔力を流せ。できるか?」

「できます!」


 余計な事を言いそうになったソウファンの口を塞いで使い方を教えると、嬉々として返事した。

 青い方が機動装置になっているホーンホースの魔石。

 もう一方の黒い魔石は力が込められているハードサーペントの魔石で、こっちに魔力を流しても何にもならねぇ。

 普通の魔道具なら魔石は一つでいいが、今回は強化のための力を込めて留めるため、二つ使わせてもらった。


「こっちに魔力を……」


 ホーンホースの魔石に触れて魔力が流された。

 それによってハードサーペントの魔石に込められた力が解放され、その力が装着部分の肌から浸透していき、やがて装着者に力を与えて強化する。

 装着者が魔石に触れて魔力を流すことで込めた力との親和性を確保して、その際に腕が輪を描くことで力が循環して全身へ広まりやすい。

 問題は装着者がその力に耐えきれるかどうかだが、どうだ?

 解放された力は構想通りにガキの体に染み込んで広がって行き、やがて全身を包む。


「す、凄いです。今までに感じたことがないくらい、力が湧いてきます!」

「体に不快感とかは無い?」

「はい、ありません!」


 塞いでいた口を開放したソウファンの問い掛けに、ガキは喜々とした声で応えた。

 それを聞いてソウファンはホッとしてるが……。

 うん、やっぱ簡単にはいかねぇか。


「物凄い力です! 漲る、漲る!」

「あ、あの?」

「力が、漲るうぅぅぅっ!」


 上を向いて吠えると同時にガキの体から力が溢れ出す。

 それで被っていた布が落ちると、猫系の耳が出た。

 猫獣人か? いや、尻尾がねぇから人間と猫獣人の間に生まれた半猫獣人か。

 碌なもんを食ってねぇのか頬がこけてやがる。


「あぁぁぁぁぁっ!」


 空に向かって咆哮を上げるガキが這いつくばる姿勢になり、体が変化しだした。

 全身から髪と同じ白い毛が生えて、爪と牙が伸びて、尻からは二本の尻尾が生えて、細い手足が徐々に太くなっていく。


「ちょっとクーロンさん、あれ大丈夫なんですかっ!?」

「姿を変えるのは想定の範囲内だ」


 強大な力を与えたんだ、外見の変化くらいは想定していたさ。

 転生者の女の知識にある、変身して強くなるってのも参考にしているからな。

 だが……。


「外見はともかく、意識は駄目だな。力に飲まれやがった」


 焦るソウファンへそう返した直後、二本の尻尾を持つ凶悪な顔をした巨大な猫が大きく鳴き声を上げ、町の方へ駆け出した。


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