魔王でない魔王、遊ぶ
チャニーズ帝国の主都チャンアン。
その中心に建つ城の内部は大騒ぎになっていた。
勇者の仲間の一員にして、帝国出身の英雄ソウコクが行方不明、しかも死亡した可能性が高いとの報告が届いたからだ。
死体こそ見つかっていないが、道場には大量の血痕があり、本人と門下生達の道着しか残っていない。
一体何が起きたのか、何故遺留品が残っていないのか、ソウコク達の肉体はどこへ行ったのか。
あまりにも不明な点が多すぎて、国の上層部も訳が分からず頭を抱え、事態の究明は全く進んでいなかった。
「生存者がいないのはともかく、何故目撃者が出ないのだ」
「あれだけ血痕があるのなら、相当な戦闘があったはず」
「なのに戦闘音を聞いたという情報が一つも無いのは、どういうことだ!」
「暗殺だとしても、あんな大人数を誰にも気づかれずにどうやって」
「よほどの腕前の持ち主なのか、それとも何かしらの魔法を用いたのか」
「魔法を使ったのなら、目撃情報が出るはずだろう!」
「そもそも、何故怪我人も死体も見つからないのだ!」
国の上層部による会議は完全に迷走しており、チャニーズ帝国の皇帝リュウゴウは頭痛を覚える。
ソウコクの強さは彼もよく知っている。
勇者の仲間に加わる以前から国内に名を馳せていて、帝国兵団の団長や皇帝直属の近衛隊の隊長すら倒してみせた。
そうした実績もあって勇者の仲間の一員に加わり、途中で離脱することなく魔王を倒すまで役目を全うしきったソウコクは、正に国の英雄と言っても過言では無かった。
その英雄に何かが起きて、行方不明で生死すら不明。
既にこの件は国内へ広まっており、国内は動揺に包まれている。
「双子の御子息も行方不明だとか」
「金品が全て盗まれていたが、それほど荒らされた形跡も無い」
「門下生の少女の身分証が無くなっていますが、当人の道着は血まみれで発見されています」
「念のためその少女も背後も洗ったが、至って普通の平民の少女だった」
「くそっ、解決の手がかりがまるで無いではないか」
会議は遅々として進まないどころか、完全に停滞している。
何の証拠品も遺留物も見つからないため、調査は暗礁に乗り上げて原因不明の一路を辿っていた。
「そういえば、似たような件が他にも報告されていたな」
「ええ。魔族領に最も近い辺境の村で、今回と同様の事件が起きたという報告が届いています」
参考になるかもしれないと用意された資料には、村の住人達が血痕を残して消えたとある。
今回と同じく金品が盗まれていたものの、家屋や村を囲う柵には襲撃を受けた形跡が全く無いため、盗賊に襲われて連れて行かれた可能性は無いと判断された。
死体が無い点も、今回の件と酷似している。
「死の山脈に住むドラゴン達も、地面に染み込んだ血痕を残して一匹残らず姿を消したらしい」
「そちらも死体は無く、移動した目撃情報も無い」
「えぇい、この国で一体何が起きているというのだ!」
その叫びはこの場にいる全員の気持ちとも言えた。
だが叫んだからといって事態が好転するはずもなく、さらに頭を抱え続ける。
これ以上は何も起きないでくれ、リュウゴウは痛い頭を堪えながらそう願った。
しかし、仮に原因となったクーロンへ願いが届いたとしても、そんな願いなど欠片も受け入れようとしないだろう。
彼にとって別の生命体など、食料か遊び相手か力の糧か力の試し相手でしかないのだから。
ちなみにこの時、当の本人は進行方向にあった町へ立ち寄って、道中で狩った魔物の素材を売るためにギルドへ寄っていた。
*****
並べた素材を前に、買取担当だっていうオバさんと周りで騒いでたハンターの連中が、目を見開いて驚いてやがる。
「こ、これはゴブリンキングの魔石じゃないか。こっちの魔石と角、それに牙と皮はベアブルボアタイガー? おまけにこっちはソニックジャガーの魔石と皮と牙!?」
あー、ソニックジャガーか。
そいつの肉はそこそこの味だったが、固い筋があって食い辛かったぜ。
「本当にアンタ達が、これを狩ったのかい!?」
「そう言ってんだろ。それともなにか? 俺らがこれを買ってきたとでも思ってんのか?」
「いや、そういうつもりじゃないよ。でも、アンタ達みたいな子供が……」
「俺達は金はねぇが力はあるんでな、これくらい楽勝だぜ」
実のところ金は腐るほどあるが、金はねぇって言った方が、買ったんじゃねぇかって面倒な追及を避けられるだろ。
後ろで嘘つきとか小声で呟いたソウファン、今夜は覚悟しておけよ。
「おい! テメェらみたいなガキに、ゴブリンキングやベアブルボアタイガーを狩れる力があるはずないだろ! どんなインチキしたんだよ!」
ちっ、雑魚が絡んできやがって。
「僕達はインチキなんてしてません」
いいぞソウファン、言ってやれ。
「だったら証拠を出せよ、証拠を! 出せないならインチキだ!」
ったく、こういう面倒な奴はどこにでもいるもんだな。
しゃあねぇ、分からせてやるか。
「だったらおっさん、俺と勝負しようぜ」
「勝負だと?」
「おうよ。こういうのは力を見せるのが、一番手っ取り早い証拠だろ?」
「……確かにな。よし、いいだろう。表へ出ろ!」
こんなんで納得する単細胞なんだから、証拠を出せとか面倒なこと言ってんじゃねぇよ。
おまけに力の差も分からねぇとは、やっぱこいつは雑魚だ。
単細胞の上に雑魚とは、救えねぇな。
と言う訳で金の受け取りはソウファンに任せてギルドの外に出て、野次馬共に囲まれながら単細胞雑魚と向き合う。
「すぐに化けの皮を剥がしてやるぜ」
拳を鳴らすのはいいが、テメェ程度じゃ小指一本で十分だ。
だが因縁を付けてきたのはムカついたから、転生者の女の知識にあった技でも使ってみるかな。
「おら、早く武器を構えやがれ!」
「俺は無手だ。テメェこそ構えやがれ」
「無手のガキ相手に武器が抜けるか! 俺もこいつでやってやる!」
そう言って拳を握る単細胞雑魚だが、腰に差してる剣を使っても敵わないのに、素手なんかでやってどうすんだよ。
これだから力の差が分からねぇ奴は嫌だ。
しゃあねぇ、ぶっ飛ばす前にちょっくら遊んでやるか。
精々恥を掻いてくれや。
「行くぜ! うおりゃあぁぁっ!」
声だけは威勢の良い単細胞雑魚の攻撃を避け、足を引っ掻けて転ばせる。
「どわっ!」
転んだ単細胞雑魚に野次馬共が笑い出し、何をやってるんだとからかう。
それに合わせて俺も馬鹿にしたように笑ってやったら、怒り狂って掛かってきたから足を引っかけて転ばす。
これを五回くらい繰り返したら、単細胞雑魚は耳まで真っ赤になった。
「テメェ、クソガキ! 俺をバカにするのもいい加減にしやがれっ!」
「くははははっ。弱いテメェが悪いんだよ、クソ雑魚野郎」
舌を出して嘲笑いながらそう言ったら、ようやく腰の剣を抜いた。
やれやれ、手間かけさせるんじゃねぇよ。
「お、おい、さすがに剣は」
「うるせえぇっ!」
周囲の制止を振り切って単細胞雑魚は斬りかかってきた。
そんじゃまっ、一気に決めるか。
真上からの大振りの振り下ろしを左へ避けて、地面に叩きつけられた剣を右足で踏んで押さえ、左手の小指で額を軽く突く。
この一連の流れに一秒も必要ないが、単細胞雑魚に恥を掻かせるために周りが見えるよう、あえて速度を抑えてやってみせる。
「ぐぉっ!?」
軽く突かれただけなのに、単細胞雑魚は倒れそうなほど仰け反った。
この隙に素早く背後に回ったら、腰に手を回してホールドして持ち上げながら俺も仰け反って投げる。
「ふんぬっ!」
「おごぉっ!?」
転生者の女の知識から得た、ジャーマンスープレックスとかいう投げ技。
見よう見まねのぶっつけ本番でやってみたが、見事に決まったぜ。
「あっ……がっ……」
単細胞雑魚を解放して顔を見たら、間抜け面を晒して気絶してやがる。
くははははっ、その間抜け面に免じて因縁をつけてきたのは許してやるよ。
「うしっ、これで文句ねぇだろ」
仕返しに来るのなら、その時はまたぶっ飛ばすだけだ。
「クーロンさん、終わりましたか?」
おっ、ソウファンのお出ましか。
ちゃんと金は受け取ってきただろうな。
「おう、ちょうどこっちも終わったところだ」
「あれ? 思ったよりも遅いですね」
「ちょっとばかり遊んでたからな」
遊んでたって言ったからか、野次馬共がざわついてやがる。
見てりゃ分かるだろ? 俺がやってたのは足を引っ掻けるのと、指で小突いたのと投げ技だぞ。
どう見たって遊んでただろうが。
「んで? いくらになった?」
「相当な額ですよ。おまけに今回の成果でランクが一気にEまで上がるので、更新が必要だからクーロンさんを連れて来いって」
「マジかよ。まっ、しゃあないか」
さっさと更新して宿探すか。
野営ばかりで寝辛かったし、外でするのも飽きてきたしな。
自然と開いた野次馬共の間を抜けてギルドへ入ろうとしたら、背後から刺さるような視線を感じた。
足を止めてそっちを見ると、驚きや畏怖の目を向ける野次馬共の中に全身を隠すようにボロい布を被ったのが、こっちを凝視している。
背丈からしてガキっぽいそいつの目から放たれているのは、嫉妬や羨望といったもの。
ソウファンがまだソウカイだった時、力無い奴が力有る奴へ向けていた眼差しを同じだ。
「どうしましたか?」
「いや、なんでもねぇ」
そいつから目を離して歩き出す。
どうせ絡んで来るなら、単細胞雑魚じゃなくてあいつがいいな。
そう思いつつギルドでランクの更新を済ませたら、周囲の注目を無視して外へ出て、宿を探す。
幸い金はあるから安宿じゃなくて良い宿に泊まって、それなりに美味い飯を食い、久々に室内でソウファンとすることしたのはいいが、ちょっと激しくしたら気絶しやがった。
「ったく、情けねぇな。この程度で気絶しやがって」
気絶したソウファンの隣に寝転がり、いっそこのまま寝るかとも思ったが、まだ気持ちが高ぶっていて寝られそうにねぇ。
しょうがねぇから次にソウファンをどう弄ぼうかと、転生者の女から得た知識や記憶を探る。
すると探しているのとは関係ねぇが、興味を惹かれるものがあった。
「ほう、力を封じ込めて一時的に力を強化する道具か」
すぐに探る対象をそっちへ変えて、どんなものか調べていく。
なるほど、あの女の前世では変身っていう一時的に強くなったり、何かしらに特化した状態へ変化したりする創作物があるらしい。
メダルやカードやカプセルといった力を封じた道具と、それを開放して使用者を強化したり変化させたりする道具。
中にはそれを一つの道具で実行する道具もあるのか。
これを組み合わせて戦うヒーローとやらが、あの女の前世では人気なようだ。
尤も、あくまで創作物だがな。
それと似たような系統だと、魔物とは違う巨大怪獣といった存在や、ロボとかいうよく分からん動く鉄人形を扱った創作物もあるのか。
所詮は創作物には違いねぇが、なかなか面白そうじゃねぇか。
「道具で一時的に強くなるのは安直で好まねぇが、試してみるのもいいか」
眠くなるまでの時間潰しの遊びに、そういう魔道具でも作ってみるか。
ここまでに嫉妬の力でいくつもの魔道具を喰ったから、魔道具の作り方は分かる。
それに魔王技を組み合わせれば似たような物を作るのはできるが、問題は使う素材か。
道中で狩ったのは売っちまったし、ドラゴン共のは喰らって消化しちまった。
いや待てよ、確かソウファンが念のためにいくつか残しておこうって、口煩く言ってたから残しておいたのがあったな。
冷えるから一旦服を着て、備え付けのテーブルへ向かう。
魔王技 ――強欲の無限収納――
魔法の袋の効果と魔王技を合わせて作った無限収納能力の中から、残しておいた素材を適当に取り出してテーブルへ並べていく。
食料用に狩ったホーンホースの、角と毛皮と蹄と魔石。
同じく食料用に狩ったハードサーペントの、皮と牙と魔石。
これくらいあれば十分だろう。
勝手に使ったことにソウファンが文句を言っても、俺が狩って得た物だから文句は無視だ。
自分で狩った物を自分で利用する、どこもおかしくないだろうが。
「さて、どういう形状にするかな」
力を封じるのと解放して強化するのを別々にするか、一緒にしちまうか。
どちらにしても問題なのは、どうやって使用者に影響を与えるかだな。
転生者の女の知識にあるのは、なんかそういうものだからで片付けるような設定ばかりで、ほとんど役に立たねぇ。
手っ取り早いのは使用者本人の体に、魔道具を直接埋め込むか繋げかして、解放した力を使用者の体へ直接流し込んで強化することだが……いや待てよ、肌と触れてりゃ十分じゃねぇか?
肌が水分を吸収するように、触れてる肌から体内へ力が染み込むようにすりゃ、直接繋げる必要はねぇよな。
「つうことは、こうすれば……」
頭の中でおおよその形状を考えたら、後は作るだけだ。
魔王技 ――色欲の形状変化――
生命や存在に干渉する色欲の力を使えば、魔物から採った素材の形状を変化させるなんてお手の物だ。
そうして形状や力の注ぎ具合を試行錯誤して調整を繰り返し、安全のための試験動作も終えると、一先ず完成した物を外して無限収納へ片付けておく。
「くぁ……ちょうどいい時間潰しにはなったな」
いい感じに眠くなったし、寝るか。
気を失ったままのソウファンの隣に寝転がり、欠伸をして目を閉じる。
作った物は、次に会った力が欲しい奴にでも渡してみるか。
その辺の弱っちい奴が使っても大丈夫か、試す必要があるしな。
そういう意味でも、あのボロ布を被った奴が絡んでこねぇかな。
もしも力が欲しいとか言ったら、あれを使わせて実験台にしてやろう。