魔王でない魔王、登録する
声と音が漏れないよう、部屋に掛けた魔王技による支配領域を解き、下着だけ穿いて窓を開ける。
ふう、良い朝だぜ。
上りだした太陽、鳥のさえずり、窓の外から入る新鮮な空気、床に散乱した衣服、そして一晩徹底的に相手させてベッドにぐったりしているソウファン。
「爽やかな朝だな」
「どこがですかっ!」
上半身を起こして、シーツで体を隠しながら声を上げるソウファンだが、実に良い眺めの胸元が見えてるぜ。
昨夜の縦横無尽な揺れも実に素晴らしかったぜ。
「うぅぅ……酷い目に遭いました」
「何言ってやがるんだ、良い声で鳴いてたくせに」
「あぁぁぁっ! 昨夜の出来事を忘れてしまいたい!」
忘れさせやしねぇよ。
仮に忘れようとしても、その都度同じような目に遭わせて思い出させてやる。
「精神は赤ん坊のくせに変なところは魔王なんだから。あつつ、腰とお尻が……」
安心しろ、腰も尻も壊れちゃいねぇよ。
せっかくの遊び相手なのに、早々に壊れちゃ楽しめねぇから治しておいたんだぜ。
俺の親切さに感謝しろ。
「あっ、そういえば聞き忘れてたんですけど」
「なんだよ」
「女性になったってことは、子供ができちゃったりは……」
……ふっ。
「そこで不敵な笑みを浮かべないで、ちゃんと答えてください!」
「いずれ分かるだろうよ」
「答えになってない!」
反応が面白いからはぐらかしたが、出来るっちゃ出来るぜ。
なにせ転生者の女の知識にある人工の性転換じゃなくて、ちゃんとした女体化だからな。
「んなことより、体でも拭いとけ」
「そんなことで済む案件じゃないですよぅ……」
落ち込むソウファンを尻目に、備え付けの桶と手拭いを取る。
これで宿にある井戸で水を汲んで体を洗ったり拭ったりするんだが、わざわざ行くのは面倒だ。
「アクア」
使う魔力の量によって勢いは変化するが、水を出すだけの初級水魔法で桶に水を溜め、その水で濡らした手拭いで体を拭っていく。
村で喰った中に水魔法の使い手がいて助かったぜ。
旅の道中も、こいつで水には困らなかったからな。
「普通の魔法も使えるんですね」
「使い手を喰えば訳ないぜ」
他には火と土、それと昨日ソウコクを喰って自己強化も手に入れたぜ。
「本当に何でもありですね、あなたは」
「魔王の力、様様だ」
転生者の女の言葉を使うなら、イージーモードってやつだ。
「はぁ、もういいです。僕も体を拭きますね」
「拭いてやろうか?」
「余計な事されそうだから、結構です」
ちっ、バレたか。
だがまあ強引にやれば問題無い。
もう一回支配領域を使って防音にした後、色々と徹底的に拭いてやった。
「朝から何してくれてるんですか、この外道」
「魔王もどきだが文句あるか」
くははははっ、やっぱいい朝だぜ。
ブツブツ文句を言うソウファンと服を着て食堂へ行ったら、話題はやっぱりソウコクの道場での件一色。
一晩経って情報が集まったのか、客達がアレコレ喋っている。
「金目の物が無くなってるんだってよ」
「強盗殺人か?」
「だとしたら死体は何処に行ったんだよ」
「帝国兵団は誘拐の線も洗っているらしいけど」
「あんな大人数をか? どうやって連れ出すんだよ」
「どっちにしても、ソウコク様がそう易々とやられるはずがないわ」
「そもそも、いつの間にあんな事件が起きていたんだよ」
くははははっ、いいねぇこの混乱ぶり。
聞くのが楽しくてしょうがねぇよ。
「僕は今、とても複雑な心境です」
「力のためならどんな代償でも払うんだろう? それにテメェを不出来と蔑んで見下してた連中なんだ、気にすることねぇよ」
「それはそうですけど……」
だったらいつまでも気にしてねぇで、これからのことを気にしやがれ。
俺から力を貰って強くなったとはいえ、まだまだなんだからよ。
その後、朝飯を食って宿を後にして町へ出たが、どこでも話題はソウコクの道場でのことばかり。
調査が進んでねぇのか憶測や推測ばかりが飛び交う様子は、如何にも眉唾な噂も混じっていて、聞いているだけでも面白れぇ。
今は失われた古代魔法で転移させられたは良い方、殺された後で禁忌の死霊魔法で操られ、気づかれないよう外へ連れて行かれたって話までありやがる。
真実を知っている身としては、根も葉もない噂を聞くと吹き出しそうになるぜ。
「……楽しそうですね」
「周りの意味の分からねぇ憶測や推測は、事実を知る奴には滑稽でしかねぇんだよ」
バカでぇこいつらと、心の中で嘲笑う。
「それで、これからどうするんです? 早速、他の勇者の仲間の下へ向かいますか?」
「いや、その前に旅支度だ。俺のはともかく、お前のは準備が必要だろ」
俺には魔王城や道中で潰した村で用意した物があるが、こいつのはねぇ。
着の身着のまま連れ出したようなもんだから、旅支度は必要だ。
「意外ですね。そういう普通の対応もできるんですね」
「金は出すから、その分は色々な形で返せよ」
「前言撤回します。絶対にそれが目的でしょう」
金を出すんだから当然の権利を執行するまでだ。
「魔物や動物を狩って、その素材を売ったお金で返すのは駄目ですか?」
「構わねぇぞ。その代わり、肉は食うために確保して売るな」
「はいはい。だったらハンティングギルドでの登録も必要ですね」
ハンティングギルドっつうと、魔物や動物に限らず、薬草のような植物系の狩りも行うハンターとかいう職業のための組織だな。
転生者の女の知識だと、こういう場合は冒険者とかいうのが多いらしいが、そういった職業とよく似ている。
狩る対象に盗賊とかが含まれている点もな。
昨日喰った門下生の中に現役のハンターがいたから、知識はバッチリだぜ。
そいつの知識によると登録に年齢制限は無いらしい。
「面白そうだから俺も登録しとくぜ。獲物をぶっ殺せば金になるんだろ?」
金はまだまだ大量にあるが、持っておいて損はねぇ。
「物騒な言い方しないでください。それに倒すだけじゃなくて、素材を傷つけないよう倒したりとか、その素材を上手に剥ぎ取ったりとか、大事な要素は色々あるんですよ」
「んだよそりゃ、めんどくせぇな」
道中で肉を取ってたように、肉以外は適当に捌いて邪魔な皮は燃やして、じゃ駄目ってことかよ。
「なんでそんなことしなきゃなんねぇんだ」
「皮や牙を加工して、生計を立てている人もいるんです。また、そういった人達が作った物によって、僕達は生活しているんです」
「おい、何得意気な顔してやがるんだよ」
「精神が幼いクーロンさんのため、年上として説明してあげてるんです」
どうだといった感じの表情がムカつく。
「……立て替える金の利息はヒゴだからな」
「ヒゴ?」
「日に五割だ」
「暴利にもほどがありますよ!?」
うるせぇ、俺をムカつかせたテメェが悪い。
文句を聞き流しながら、奪った記憶と知識からハンティングギルドへの道を行く。
道中で耳に入る話題はソウコクの道場での件ばかりで、少し飽きてきたぜ。
滑稽だった的外れな推測と憶測も、いい加減に聞き飽きた。
「おっ、ここだな。さっさと登録するぞ」
「うぅ……日に五割、日に五割……」
なんかブツブツ言ってるのを聞き流して中へ入ると、視線が集まった。
つっても全員じゃなくて手前側にいる連中だけだ。
「なんだガキか」
「また親無し子らが、日銭稼ぎに来たか」
「いいじゃねぇか、そういうのがいるから俺らがゴミ仕事をしなくて済むんだしよ」
「ははっ、ちげぇねぇ」
ゴミ仕事……あった、苦労の割に報酬が安い仕事のことか。
主に弱いが数の多い魔物を狩ったり、探すのに苦労する薬草を採取したりするのを指すのか。
んな仕事、こっちから願い下げだ。
こっちを見てあざ笑う連中に舌打ちしつつ、受付とやらに進む。
ちっ、座ってんのはババァかよ。
「ハンティングギルドへようこそ。仕事の持ち込みかい? それとも登録かい?」
「登録です。僕と彼の二人を、お願いします」
「はいよ。じゃあ身分証を貸してくれるかい」
「あっ、はい」
「ほらよ」
無造作に渡す俺に比べ、ソウファンがソワソワしてやがる。
他人のを使った偽造品だからって、そう挙動不審になるなっての。
なにせ身分証を作る魔道具の能力と、嫉妬の力を合わせて偽造したんだ、バレるはずがねぇ。
「ちょっと待ってな。確認してくるから」
そう言ったババァは奥に引っ込んで、戻って来るのを待っていると汚ねぇ顔のおっさんが寄ってきやがった。
「おう、坊主に嬢ちゃん。いくら登録には年齢制限が無いからって、せめて成人してから来いよ。無駄死にするだけだぜ」
ちっ、顔が汚ねぇだけじゃなくて息も臭いぜ。
表情をしかめたソウファンが、俺を盾にしてやがるこの野郎。
「余計なお世話だ。テメェに影響はねぇだろ」
「なんだぁ、その口の利き方は。人が親切で言ってやってんのによ」
「親切したけりゃ金寄越しな。そうすりゃ何もせずに済むからよ」
おっさんへ言い返したら、周りが笑い出した。
「ハッハッハッ、その子の言う通りだぜ」
「おい、言われた通り恵んでやれよ」
「無理よ。あの甲斐性無しに恵むお金なんて無いわよ」
「ちげぇねぇぜ。ぎゃはははははっ!」
くはははっ、言われてやがんの。
そんな顔を真っ赤にして睨んでも、凄みなんて欠片もねぇぜ。
「テメェ、ガキのくせに馬鹿にしやがって!」
おっ、生意気にも殴り掛かってきやがった。
でもおせぇ、欠伸が出るほどおせぇ。
そしてそれ以上に弱い。
昨日の昼にぶっ飛ばした木偶の坊の方が、まだマシだったぞ。
だから欠伸をしながら、左手の小指一本で拳を受け止めてやった。
「んなっ!?」
何驚いてやがるんだ、当然の結果じゃねぇか。
「このぉっ!」
力を入れて押しているようだが、本当に力入れてんのか?
踏ん張る必要も無いくらい弱いぞ。
「くそっ、なんだよテメェは!」
「ただの通りすがりのガキだ」
いい加減付き合うのに飽きたから、ちょっと力を入れて押したら仰け反るように吹っ飛んで、後ろ向きに転がって逆さまの状態で壁にぶつかって気絶しやがった。
海老反りみたいな体勢で気絶してるのが、メッチャウケるぜ。
「くはははっ。見ろよソウファン、あの汚ねぇ顔のおっさんのザマを」
「本当に力は凄いんだね、力は」
呆れるように言うソウファンの一方で、周りの反応は様々だ。
驚いてる奴、興味深そうにこっちを見てる奴、感心してる奴、おっさんのザマに爆笑してる奴。
そんな時にババァが戻って来た。
「待たせたね。うん? 何事だい?」
「絡んで来たバカをぶっ飛ばしただけだ」
「ああそうかい。だけどギルド内での荒事はやめとくれよ。今回は大目に見るけど、次は外でやっておくれよ」
「分かりました」
俺の代わりにソウファンが返事をして、身分証が返却された。
そこには新たに、ハンティングギルド所属と黒い文字で刻まれている。
「身分証に問題は無かったよ。で、そこに刻んだ通りアンタ達はハンティングギルド所属のハンターになったから、頑張るんだよ」
俺の偽造で問題があるはずがねぇだろ。
当たり前の結果なんだから、ソウファンもホッとしてんじゃねぇよ。
「階級によって文字の色が変わるんだけど、黒字は最下級のF級だ。一ヶ月以内に仕事をこなすか、何かしらをギルドへ納品しないと失効するから、気をつけな」
昨日喰った現役ハンターの知識があるから、それくらい知ってるぜ。
確か一番上のS級ハンターが金文字だったな。
だがババァの方はそれを知らない上にお節介なのか、聞いてもないのにあれこれ喋りだし、途中からソウファンもうんざりしてやがった。
「なあ、もういいか? これから寄る場所があるんだ」
「あらごめんなさい。私ってば、喋りだすと長いのよね」
そういうのは他のババアとの井戸端会議だけにしやがれ。
謝罪するババアは放置して、さっさとハンティングギルドを出て行く。
ぶっ飛ばした野郎? 知るか。
ともかくその後で店を回って、ソウファン用のマントやら解体用のナイフやらを購入してデカい革袋へ放り込んだら、さっさと町を出る。
門の所で帝国兵団の連中が、ソウコクの道場の件を町を出る奴らに聞いていた。
だが俺達は子供二人組だからか何も聞かれず、気をつけろとだけ言われて通過した。
「くはははっ。奴ら、犯人を目の前で見逃しやがったぜ」
「そりゃあ、外見は子供のクーロンさんが何かやったなんて、普通は考えませんよ」
その点に関しては、この体に感謝だな。
「んで? 最初はどいつの所に行くんだ?」
「一番近いのは、大剣豪と呼ばれているヤリュウダイジロウ殿がいる、ヤマト共和国ですね」
大剣豪のヤリュウダイジロウ。
ソウコクの記憶によると、自分のことを拙者とか言っている剣士だったな。
おっと、剣士じゃなくてサムライか。
転生者の女の記憶と知識にも、そんな感じのがあるぜ。
「ならそこで決まりだな。さっさと……」
「? どうかしました?」
気づいてねぇのか?
力はやったけど、まだまだ使いこなせてねぇようだな。
「どうやらゴミ掃除が必要そうだ」
「ゴミ掃除?」
「ほれ、粗大ゴミが大量においでなすったぞ」
思わず呆れていると、さっきぶっ飛ばした汚ねぇ顔のおっさんが現れた。
しかも不細工だったり同じくらい汚ねぇ顔をした、やたらニヤけたおっさん共を引き連れて。
「見つけたぞ、クソガキ! さっきの落とし前をつけてやる!」
「だったら一人で来いよ。そのクソガキ相手にそんな人数引き連れて、恥ずかしくねぇのか」
「うるせぇ! テメェはぶっ殺して、連れの女は犯してやる!」
弱っちいクソ雑魚が、粋がってんじゃねぇよ。
しかも連れて来たのも同格っぽいし、期待できそうにねぇな。
「ハッ。テメェら程度、俺がやるまでもねぇ。ソウファン、ぶっ飛ばせ」
「えぇぇぇっ!? 僕ですか!」
親指でクソ雑魚共を指差してソウファンに押し付けたら、当の本人は驚いてクソ雑魚共は笑い出した。
「おいおい、偉そうなこと言っておいて女に押し付けるのかよ」
「ガキとはいえ、俺達は容赦しないぜ」
ほざけクソ雑魚共が。
別に俺がやってもいいが、こいつに力を実感させるちょうどいい機会なんだよ。
黙って練習台にでもなってろ。
「あの、どうして僕が」
「テメェはもう力があるんだ。代償にそんな体になった成果、自分で試してこい」
「そ、そうでした。僕にはもう力があるんでしたね」
なんだ忘れてたのか?
ったく、しょうがねぇ奴だ。
「ちょっと振り回されるだろうが、あの程度の連中なら問題ねぇよ。存分にやってこい」
「……分かりました。やってきます!」
前へ進み出たソウファンは構えを取った。
連中は侮って勇ましいな嬢ちゃんとか、遊んでやるよとか、揉んでやるよその胸をとか言ってやがる。
完全に油断してるが、仮に油断していなくともテメェらなんざ、今のソウファンの相手じゃねぇよ。
「ふぅ……ハッ!」
息を吐いて飛び出したソウファンの膝蹴りが、さっきぶっ飛ばしたおっさんの汚ねぇ顔に見事に決まった。
陥没するんじゃないかと思うくらいの一撃でおっさんが吹っ飛んで、後ろにいたのを何人か巻き添えにする。
『なっ!?』
連中が驚いて余所見をした隙にソウファンは接近して、両手での掌底で一人をぶっ飛ばし、その後ろにいたのも一緒に吹っ飛ばした。
「……凄い。これが、今の僕の力……」
そうだ、それが俺のやった今のお前の力だ。
さあ行け、蹂躙しろ。