番外編 公爵令嬢エヴァーレットによる義実家訪問③
「それではこれにて失礼致しますわ。歓待いただきありがとう。」
「いえいえ、有り難きお言葉でございます。お気をつけて。お帰りもお立ち寄り下さることを楽しみに申し上げております。」
「ああ…わたくし達、帰りは別の経路で帰らせて頂くわね」
「…は?!」
ちろり、とここで意味深な目線。さっと白くなる顔。ふん!
「子爵夫妻のおもてなし、痛み入りましたわ。また息子さんも。まさか夜、わたくしに直接お声掛け頂いたり、わたくしの連れにまでご忠言いただけるなんて思いもよりませんでしたわ」
「なっなっ…!」
「わたくしの連れには、わたくしの事色々話してくださったようよ。『殿方にとって魅力的な容貌』とお褒め頂いたとか?うふふふ」
「……!」
最早真っ赤な顔で、子爵は問題の次男坊をねめつけている。
「御機嫌よう。次お会いする時は、もっと他の、教養ある話題で楽しめることを願っていますわ」
「僕がすぐなんとかしたかったのに…情けない…」
揺れる馬車の中でモブロフ様が零される。
あーもう!たまらん!かわいい!
「うふふ、今回はわたくしのことを侮る発言をしていたのですもの。わたくしから返した方が道理というものですわ」
あの後怒れる熾天使様(今まであんなに可愛らしかったのに、怒られるとあんな精悍だなんて…この美辞麗句泥棒さま!)は口を割らなかった。
ので、クライヴから全て聞き出したところによると、かの次男坊は『あの高慢女』だの『お前みたいなボンクラを男にするくらいだから頭も足りないんだろう』『顔と男好きのする体だけは褒めてやる…へへ』などとほざいていたらしい。
恐らく、つれなくあしらわれた腹いせと思われるが…
「お嬢様、あんなのでよろしかったので?もっと思い知らせてもよいかと。」
「いいのよ。帰り道わざわざ彼処だけ避けられるのよ?何かあったと言うようなものじゃない」
それに、と続ける。
「子爵家も領地自体も悪いものじゃなかったわ。子供の教育だけね。これを教訓としてくれることを願うわ」
まぁ後ここ、変に貰っちゃったりしても飛び地で使いづらいし…などは内心に留める。
ついでに同じ派閥なので変に揉めてると思われたくもない。
本音でいえばあのボンクラは処したかったが…モブロフ様が「やるなら、いつか自分が」と仰られていたので我慢した。
怒るモブロフ様しゅてきぃ…
「エヴァ様」
「はい、何でしょうモブロフ様」
内心をおくびにも出さず淑女の笑顔で返す。危ない。
「今回の原因は僕が…僕が侮られたことが原因です」
「そんな!」
「そうなんです。…僕はそれが腹立たしい。僕のせいでエヴァ様、貴方まで軽んじられることが許せない」
ギュッと拳を握りこまれる様子をみて、胸が痛くなる。
思わず否定の言葉を返しそうになるが、見つめ返される瞳に悲壮感はない。
姿勢を正して、向き合う。
きっと大事なことを伝えようとしてくれてる。
ならばここですべきは否定することではない。
向き合って話を、言葉を聞くべきだ。
「エヴァ様、僕は貴方の傍に立ちたい。相応しい人間になります。誰からも『エヴァ様に相応しい』と認めて貰えるように努力します、必ずなります。」
「本当は僕から言えた身分ではないですが…見守ってください。僕の傍で。そして、もし僕が相応しい存在になれたら」
「生涯の伴侶となってくれますか、僕と」
ぼろっと。
涙が落ちた。
彼の身分で、その言葉をくれるのは、どれだけ勇気が言ったのだろう。
もし自分が彼を望まなければ、彼は謂れのない悪意を向けられる羽目にならなかったはずなのに。
それでもこうして。
身分からすれば、叱責されるかもしれないような言葉を、世間からすると眉を顰められるかもしれない言葉を。
エヴァが望んでいた、諦めていた言葉を。
「も、モブロフしゃまあああ~…うええ…らいしゅきいいいい~……!」
躊躇いもなく、差し出してくれる彼が。彼に。
恋をしてよかったと。恋をされてよかったと。
小さな女の子のような、泣き声をあげて思うのだ。
「目ェパンパンですよお嬢様」
「うう…」
「これからご挨拶なのに…」
「あううう」
「私には出来ないことを平然とやってのけられる…痺れも憧れもしませんが」
「もう!仕方ないじゃないいい!!」
迂闊だった。
まさかあんなに泣く羽目になるとは。
「え、エヴァ様、大丈夫ですよ可愛いですから!」
元はと言えば、僕が泣かせたせいで……と責任を感じてらっしゃる様子のモブロフ様。
「……エヴァ」
「…え?」
「まだエヴァと呼んでくださいませんの?」
そうしてらしくなく、ちょっと拗ねたように見せれば、ことさら優しく微笑まれた。
いつものように少し困ったように。
「僕の自信がつくまで待ってください。ね、エヴァ様」
「!!!!」
精悍なお顔も好きだけど、やっぱりこのお顔が一番好き…!!と…
「え?!エヴァ様?!エヴァ様ーーーー!!!」
昨夜からの供給過多。
突然のプロポーズ。
完全にキャパオーバーを迎えたのだった。
こうして初の義実家訪問は。
到着早々、興奮からの熱を出し、うんうん言っている間に殆どの日程を終えてしまうという(エヴァにとっては)最悪なコースを辿った。
ただしガヤーリン子爵家一同は、そんな目上の公爵令嬢に対して、『可愛い人だなぁ』とあからさまに態度に出す三男坊に驚き。
安心して中継ぎの侯爵家入、婚約の書面にそのままサインしたという。
後日、王都学園の寮にて。
「うう…せっかくの聖地巡礼だったのに…何も見ることができなかった……!幼児期の姿絵ぇ……子どもの頃のエピソードぉ……」
「いいじゃないですか、それくらい。夢にまで見たプロポーズして貰えたんですから。」
「ぷっ!プロポーズ……そうよ、そうよね……」
途端に頬をあからめるエヴァ。
立場から仕方ないとして諦めていた、逆プロポーズ…思い出す度にやけてしまう。
「はあ……ほらさっさと仕事しますよお嬢様」
ばさっと置かれる書面の束。
「?何ですのこれ?デザイン画?」
「婚約式のドレス選びしませんと」
「……」
「…なんですかお嬢様」
「……うふふふふ!」
「気持ち悪いですよお嬢様」
「素敵ね!レナ!白地が裾に向かって茶色のグラデーションになるのね!金糸の刺繍で華やかで!」
「そうですか」
「薄茶のレースも金糸混じりで重ねられるのね!とっても素敵!」
「他にもデザイン画あるんだからちゃっちゃと選んでくださいよ」
「うふふふ」
「ドレスだったらいくらでも派手にできるからやりようはあるんですよ」
「そうなのね…レナ、ありがとう!」
「いや給料アップしてくださいよ」
「そういう人よね貴方」
おしまい!
駆け足ですが御礼まで。
ありがとうございました!