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番外編 公爵令嬢エヴァーレットによる義実家訪問②

 なんやかんや騒がしく出発したが、 ガヤーリン子爵家領地まで一週間半はかかる。

(往復三週間。長期休暇のタイミングに合わせたので、授業の遅れの心配はない)

 その間ずっと緊張しておくことも出来ず、移動中は馬車の中で歓談していた。

 本来であれば未婚の男女、しかも婚約前の男女がひとつの馬車に乗ることはできない。

 ただこれは『最早関係性は婚約と同義である』と示す…という無茶苦茶な名目を掲げ、エヴァがゴリ押しして同乗させた。

 勿論、男女二人で密室にする訳にもいかず、侍女のレナも同乗している。


「うふふ…こうやってモブロフ様と色々な景色が見られるなんて…ご実家への挨拶が目的だと言うのに、つい浮かれてしまいますわ」

「ぼっ僕も、エヴァ様と一緒にこうやって出かけられてっ……あの、嬉しい、です…」

 かあっと頬を赤く染め、俯くモブロフ様まじ天使。

 馬車という密室空間に居られるしあわせ…(あずま)の国にあると言われる桃源郷はここにあったんや…と幸せを噛み締めつつ。

(いけない、いけない)

 意識を切り替える。

 この旅の中で是非とも叶えたい夢があったのだ。

「…エヴァと…」

「え?」

「様、はなしで、エヴァ、と呼んでいただけませんの…?」

 潤んだ瞳。

 上目遣い。

 躊躇いがちに口元に与えられた手。

(かんっぺきですわ!!!)

 実際に目の前のモブロフは顔を真っ赤にして(ちょうかわ)「あ…!うぅ……」と唸られてらっしゃる(子犬ですかしらたまらん!)。


「ェ…エヴァ…!」


「!!!」


「…さま…」


「~!」


 惜しい。

 ん~でも照れるモブロフ様最高なのでこれはこれでアリ、なんて思っていると。


 ご自身の前髪をくしゃりと混ぜられ、


「ご、ごめんなさい…呼びたいんですが…まだ、恥ずかしくて…」


 と真っ赤な顔、潤んだお目目でそう言われた。





(……完敗ですわ…同じ仕草のはずなのにこの破壊力…天の生みだしたる最高傑作……)




 真白くなって燃え尽きたエヴァに「え、エヴァ様?!エヴァ様ー?!」と大慌てするモブロフ。

 いつもの事だと流すレナはひとり茶菓子をパリパリ頂きながらボヤく。


「そもそも婚約前に呼び捨てって流石にアウトですけどね」


 そんな的確かつ無粋な囁きは、幸か不幸か、目の前の勝手にやってろカップルには届くことはなかった。






 _道中、大きなトラブルもなく旅は順調に進む。

 もとよりほぼ最高身分のお嬢様の旅、行程はゆっくりと無理なく、宿泊先はそれぞれの有力者の家に伝手をつたって泊めてもらう。


(はぁ~もう毎日が幸せすぎる。画家が同乗していないことだけが心残りだわ…まるでし、新婚夫婦の旅行みたいなんですもの!キャーーー!)


 そんな浮かれ調子の一夜だった。

 ささやかな事件が起きたのは。


「何なのかしらね今日のアレは…流石に不愉快だわ」

「あるかもしれない、と想定していましたが本当に起こるとは…」

 湯浴みを整え、就寝前のお茶をいただきながら、眉根を寄せる。

 滞在先はそれなりに懇意にしている子爵家。

 子爵夫妻の対応はマナーに則ったものだったが…


「初対面だと言うのに馴れ馴れしいあの態度!何が『ご就寝前に私の部屋で寝酒でもいかがですか?貴方に相応しい蒸留酒があるのです』よ!気持ち悪い!!!」

「あからさまにモブロフ様を見下してらっしゃいましたしね。流石に度を超えています。」

 この家の次男という男が問題だった。

 家庭教師からの教育、ということで学園では見たことも無く、初対面であった。それはいい。そういった家庭も多いことは知っている。

 初めて目にするエヴァーレットに岡惚れする。これもなくはない。

 だが身分差も考えず、ましてや夜に誘うなど…

 勿論、エヴァからは冷たい目で見据えられ、直接声を掛けてもらうことなど叶わず、レナに手酷く追い払われていたが。


「首を切られても可笑しくないという事が分からないのかしらね。今回の旅の目的は聞いているだろうに」

「ご家族の目にも止まらぬよう、というのが更に姑息です」

「モブロフ様は大丈夫かしら…私はレナがいるから安心ですけれど…」

「今日は念の為、私が一晩同じ部屋に失礼します。モブロフ様はモブロフ様で、付き添いを置いておくように指示しました」

「ありがとう、レナ」


 さて明日は早々に出てしまおう、と随分早めの就寝の支度を整えると。


 コンコン…


 ひどく躊躇いがちな扉を叩く音が聞こえた。

 レナの目が厳しくなる。


「…誰です?この部屋の主はもう休むところですが」

「夜分恐れ入ります。護衛のクライヴです。モブロフ様をお連れ致しました」

「…まぁ!」

 小さく声を上げると、ちらり、とレナが目配せをする。

 頷くと、レナが小さくため息をつき、返した。

「…少しお待ちください。お嬢様がお会いになるそうです」


「…申し訳ありません…もう休まれるところだったというのに…」

「うふふ、モブロフ様のためであればなんてことありませんわ」

 流石に夜着で部屋に招く訳にもいかず、慌ててワンピースを着込んで出迎えた。

「でも…どうされましたの?私はお会いできてとても嬉しいですけれど」

「…と、その…」

「……」

「……」

 沈黙が落ちる。

 モブロフ様は、何かを言おうとするけれど、言葉を選んでお声にならない様子。

 ふむ、これは。

「モブロフ様、単刀直入にお伺いしますわ。この家の者に何か言われまして?正確には次男に」

「あえ?!」

「そうですのね……分かりましたご安心なさって」


 すっと立ち上がり、扉近くに控えていたクライヴに言う。



「こちら貸してくれるかしら?今からちょんぎってくるわ!」



 と宣言したところ。


「うわぁあーー!!ダメですダメです!!落ち着いてくださいっ!!」

「騎士の剣で何切ろうとしてるんですか嫌ですよ!!絶対嫌です!!きったねーじゃないですか!!!」

「まず扱える得物からにしましょうよお嬢様」

 三者三様に騒がれ、残念ながら断念する羽目になった。



 取り敢えず『落ち着け』と言わんばかりに、それぞれの椅子に座り直すよう促され、会話を続ける。

「…残念ですわ。不届き者をわたくし自ら成敗してやりましたのに!」

「成敗って…」

 むくれて見せれば、困ったようにモブロフ様が笑われる。

 ああ…尊いけどそうではなく。

「モブロフ様が言い淀むようなことを言われたのでしょう?わたくしもでしたから何となく察してしまいます。わたくしのモブロフ様に対して!」

 ぷん!と膨れてそっぽむいて見せれば、モブロフ様の息を呑む音。


「やっぱり…」

「…モブロフ様?」

 なんか思てたんと反応違う、と思って顔をあげると。

「何を言われましたか?」

 そっと足元に跪き、こちらを見上げる真摯なお顔、て。



(えええええ!?何このギャップ!!!死ぬる!!)



 普段優しげな表情や困った表情を浮かべることの多いモブロフ様が、精悍な…少しお怒りになっている?お顔を見せている。

 そして紳士にも、こちらには触れず、ただその目に怒りを滲ませて先を促す。






「あのひとは、エヴァ、貴方に何を言ったのですか」






 あ か ん も う 死 ぬ る。





 推し(モブロフ様)が、推し(モブロフ様)推し(モブロフ様)が……!!!!




 私のために激怒されている……!!!


 何故私の目にはこの瞬間を切り取れる機能がついていないの?!

 この奇跡のような瞬間を永遠に取っておきたいのに!あああ無限再生していたい!!!


 見つめられて顔も赤く、息も絶え絶えな私を見て、回答が難しいと判断したのか、「レナさん?」とレナに問いただし先を変える。



「あのボンクラはあろうことか『私の部屋で寝酒を』などと世迷い言を」



 淡々とした回答に、ぶ!と控えていたクライヴが吹き出す。


「は?あ?たかが田舎の子爵家次男がですか?!あ、申し訳ありません!モブロフ様!」

 クライヴは、子爵家三男であるモブロフ様を省み、すぐさま謝罪するも当のモブロフ様は気にとめられた様子もなく。

「いえ、いいです…それよりも…そうですか…エヴァ様にそんな事を…」

 あ、あ…様付けに戻ってしまわれた…

 夢のような1回だったァ…と振り返り、しょん、としているとモブロフ様がクライヴに向き直る。






「貸して下さい。尻からぶち込んで息の根を止めてきます」







兄弟喧嘩で悪い言葉は履修済みだったモブロフ氏

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