CAR LOVE LETTER 「Potato flowers」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA SUPRA(JZA80)>
「見てよ。ジャガイモの花ってさ、こんなに綺麗なんだぜ。」
深夜のファミレスで、俺は携帯の写真を連れに見せる。そうすると、みんなは「は?」と呆気に取られて、写真じゃなくて俺の顔を見るんだ。
俺にはこのスープラで走ること以外に、土いじりってな趣味もあるんだ。
そのきっかけは、ある日うちの婆ちゃんを畑に連れて行った事。
うちは家から車でちょっと行った所に小さい小さい畑を持っててさ、婆ちゃんはそこで野菜の面倒をみるのが日課だった。
いつもはお袋か親父が畑に婆ちゃんを連れて行くんだけどさ、その日に限ってお袋も親父も都合付かなくて、しょうがなくしぶしぶ俺が婆ちゃんを畑に連れて行く事になったんだ。
「あ〜ホントにすまないねぇ。」と婆ちゃんは倉庫から野良仕事の道具を引っ張り出して来る。
ちょっとちょっと、めっちゃ土とかいっぱい付いてるじゃん!
俺がその土を倉庫に転がってたタワシで擦ったりしていると、婆ちゃん今度は一抱えもあるジャガイモの種芋をヨタヨタと担いで持って来た。
「いいって婆ちゃん!こんな重い物俺が持つからさ。トランク開けてよ。」
そうしたら婆ちゃん、「開かんよ〜。どうやるのかね?」と眉間にしわを寄せてスープラのウィング掴んでぐいぐいと持ち上げていた。
ちょっとちょっと!そんな所持ち上げちゃダメだって!
結局野良仕事の全ての準備を俺がする羽目になってしまった。
婆ちゃんを助手席に乗せて、俺は畑にスープラを走らせる。
婆ちゃんが座ると、タイトなバケットシートもガバガバだ。
「あんたの車はお尻が痛くなるねぇ。」
婆ちゃんにはこのスポーツカーの価値は分かんないよな。前に、お金をかけてボロにしてるなんて言われたからな。
あれは違うんだ。ドリフトが失敗してスポイラを割っちまったんだ。今は最高にかっこいいエアロに交換してる。
でもそしたら婆ちゃんエアロ見て「飴細工みたいじゃ。」って言ったんだ。
やっぱ婆ちゃんにはこの車の価値は分かんないよな。
畑に到着して荷物を降ろす。あーあ、トランクが土だらけだよ。こいつは掃除が大変そうだ。
婆ちゃんの野良作業が終わるまで随分暇だが、タバコでも吸ってぼーっと待ってればいいか。
田園風景ににつかわしくないスープラを眺めてタバコに火を着けようとすると、「あんた!何してんの。ほれクワ持ちなさい。」と婆ちゃん。
は?!俺が耕すの?
20坪程の狭い畑だが、土なんか耕した事ないし、思いのほかクワが重くてさ。耕し終わったら汗びっしょりで腕はパンパン、腰も悲鳴を上げていた。
俺が耕した畑に婆ちゃんが種芋を植えて行く。ひとつ植える度に「美味しい芋が出来ます様に。」と願をかけるんだ。結局作業が終わったのは日が大分傾いてきた頃だった。
その晩のビールがまた美味くてさ。たまにはこう言うのも悪くないかと思ったよ。
それからは、走りに行かない暇な土日なんかは、畑の水やりだとか草取りなんかを手伝う様になった。
小さな双葉が土から顔出しててさ、かわいいんだよ、これが。生きてるんだなーって実感したよ。
しばらくして、芋が大分大きくなって来た頃に、突然婆ちゃんの持病が悪くなって、頻繁に病院に通う様になっちゃってさ。親父もお袋も、仕事と婆ちゃんの面倒も診ないといけないからさ、畑の世話は全部俺がすることになったんだよ。
婆ちゃんがいないとやり方なんか全然分かんないからさ、ネットとかで調べていろいろやってたんだ。
任されたからにはしっかりやってやるってな、なんか意地だったね。
それから少ししてから、花が咲いたんだ。薄紫の小さな花で、すげー綺麗なんだよ。
ジャガイモに花が咲くなんてネットでは見たことあったけど、実物を見るのなんて初めてだったからさ、一生懸命やって来たのが報われた様な気がして、めっちゃ嬉しくって。その時、初めて芋の写真を撮ったんだ。
帰って婆ちゃんに見せてやるか、と何枚も写真撮ってたら、お袋から電話がかかって着た。
婆ちゃんの容態が急に悪くなったから、緊急入院したって。あんたも早く病院に来なさいって言うんだ。
すげー焦った。そんなにヤバイのか?俺は全力で病院に向かったんだ。
電話をもらってからものの10分で病院に着いた。この時は走り屋やってて、スープラに金かけてて本当によかったと思ったよ。
婆ちゃんは集中治療室で、いろんな機械を繋がれてベッドに寝かされていた。
婆ちゃん、こんなに小さかったっけ。病院のベッドが、やけにでかく感じたんだ。
「今夜が、峠らしい。」親父が重く口を開いた。
マジかよ。婆ちゃんっ子だった俺にとって、そんな昼ドラで聞き飽きた様なセリフは、全く受け入れられなかった。
肘まで手を洗い、マスクと頭巾を付けて集中治療室で眠る婆ちゃんに歩み寄る。手を握ると、暖かだった。
「婆ちゃん、ほら見てくれよ。芋、花咲いてるんだぜ。綺麗だよな。秋にはさ、一緒に掘りに行こうって。なあ、婆ちゃん!」
俺は携帯の画面を婆ちゃんに向けながら、一生懸命叫んだのだけれど、婆ちゃんは目を覚ましてはくれなかった。
その年のジャガイモは、びっくりする位豊作でさ。ご近所さんに配っても毎日食卓にジャガイモが並んだんだ。
そんなある日、お袋が芋餅ってのを作ってくれた。お袋が子供の頃、おやつ代わりに婆ちゃんがよく作ってくれたんだって。
ジャガイモの甘さに素朴な塩味と、もちっとした食感で、俺は一口で芋餅のとりこになった。
「お婆ちゃんの芋餅はもっともっと美味しかったわ。」と遠い目をしてお袋が言う。
そうなのか。お袋の芋餅でもこんなに美味いのに。婆ちゃんの芋餅はもう食えないのが悔やまれて仕方がない。
するとお袋が「あんた、またジャガイモ作りなさいよ。そしたらまた、お母さんがお婆ちゃんの芋餅を作るからさ。」と提案してきた。
それから何度か俺のジャガイモでお袋が芋餅を作ってくれたんだけどさ、未だに婆ちゃんの芋餅の味には及ばないらしい。
お袋は、「あんたの作るジャガイモがいけないんじゃないの。」って、人のせいにしてんの。よく言うぜ。
今日も俺は田園風景ににつかわしくないスープラを畦道に停め、ジャガイモに水をやっている。
今年も綺麗な薄紫の花が、たくさんたくさん咲き乱れそうな感じだよ。婆ちゃん。